8-8
6月26日(水) 22:18
無事グループトークも終わって、これからは娯楽の時間だ。
裏アカデミ――――と呼んでいるこのゲームが、生みの親の所信表明によって変わるのか、変わらないのか。
もしかしたらその確認も、娯楽の一種なのかもしれない。
正直、今日は純粋にゲームを楽しめる心境じゃない。
一体どれくらい、あの世界に入り込めるかは未知数だ。
思えば、家庭用ゲームではそんな事は全くと言っていいくらいなかった。
外部からの情報に振り回される事はなく、ゲーム画面と向き合うだけで、その世界の中に没頭出来た。
現実から隔離された場所だった。
ゲームと現実を分けて考えろってのは常套句だ。
でも実際、ゲームをプレイする上で現実を持ち込めば途端に冷めてしまうのもまた現実。
リアルとは明確に違うからこそ、ゲームは娯楽たり得る。
他のエンタメもきっとそうだろうけど、現実のいざこざやトラブル、醜聞が聞こえてくると、途端にその世界は瓦解してしまう。
別にゲームがどれだけ利権や意地汚さにまみれていても良い。
それを見せなければ、隠してくれれば良いんだ。
けれど、オンラインゲームは、そして終夜京四郎はそれを許さない。
ここに来て、決定的に自分の嗜好がオンラインゲームとは合わないって思い知らされた。
おもしろい面、優れた面は多々あるけど、どうしても自分にとってのマイナス面が大き過ぎる。
それでも止めようとは思わない。
まだ先があるかもしれないから。
ここで結論を出して拒絶してしまうのは、ゲームを愛する人間として、余りに不誠実だ。
鬱陶しさの中に手を突っ込んだ時、大切な物や素晴らしい物が掴めるかもしれない。
そういう思考が俺の頭の中にはある。
これはきっとRPG脳だ。
強い敵ほど経験値やお金を多くくれる。
面倒なダンジョンにこそレアアイテムが落ちている。
攻略の困難なゲームほど、クリアした時の爽快感が得られる。
これは人生と必ずしもリンクしない。
辛い思いをすれば必ず報われるなんていうほど、現実は甘くも優しくもない。
だから、ゲームは現実と相容れなくても良いんだ。
それじゃ、再開しますか。
確か前回は――――
そうそう。
フィーナとアポロンの裏切りが判明したんだ。
裏切りというより、最初から彼女達は敵勢力の一員だった。
シーラのショックは計り知れないだろう。
俺は……どうだろうな。
かなりガックリ来たのは事実だけど、彼が元々そういう役割でアカデミック・ファンタジアをプレイしていて、俺がそんな彼に対して勝手に恩義を感じていただけの事。
もう大分割り切れているような気がする。
それはきっと、今日のグループトークもそうだけど、他にいろんな人と繋がりがあるからだろう。
もし俺のコミュニティが表アカデミにしかなくて、その上でアポロンから『実は仕事で接待トークしてただけ』なんて言われたら、立ち直れなかったかもしれない。
これも、オンラインゲームにしか存在しない落とし穴だ。
俺はアポロンの事なんて何も知らない。
本名も、本来の性格も、趣味嗜好さえも一切知らない。
それなのに裏切られたと本気で思ってしまうくらい、このコミュニティには依存性がある。
好きなゲームを一緒にプレイしているってだけで、仲間意識が過剰になってしまう。
相手に多くを求め過ぎてしまう。
でも、仕方ない事なんだろう。
それくらい、ゲーム内のキャラの心情と隣接する事が、協力プレイ必須のオンラインゲームの持つ魔力だ。
抗う術はきっとあるんだろうけど、少なくとも初心者の俺にはない。
なら、深く考えても仕方ないよな。
合うか合わないか、それは一通りプレイし終えてから結論を出せば良い。
どうしても耐えられないようなら、そこで諦めれば良い。
……うわ、悶々と考えてたらいつの間にか10時半過ぎてる。
でもそのおかげで、集中力が大分高まってきた。
これなら入り込めそうだ。
俺は実証実験士シーラ。
本隊とは違う、別働隊のイーター討伐隊の設立を認めて貰う為、ビルドレット国王の信頼を得ようと奔走していた。
幸か不幸か、裏切り者の情報を得た為、その報告をしようとしている最中だ。
この情報をそのまま国王に伝えるか。
それとも、別の身の振り方を考えるか。
決断の時だ――――
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――
――――――――
――――
……
「…………それは朗報……と言って良いんでしょうか」
酒場で俺からの報告を受けたメリクは、国王への手土産を手に入れた事より、裏切り者の中に俺の知り合いがいた事を戸惑ってくれた。
彼は優し過ぎる。
あの殺伐としたウォーランドサンチュリア勢の中では、もしかしたら浮いていたのかもしれない。
でも俺にとっては、これだけ思いやってくれる人が相棒なのは正直ありがたい。
仮に、彼がアポロンのように本心で喋っていなかったとしても――――ガーディアルさんに命じられて俺に付いているだけだとしても。
そういう疑いは、メリクがウォーランドサンチュリア人である以上、どうしたって晴らしようがない。
そこを無理に100%信じているって自分に言い聞かせたところで嘘になる。
だから重要なのは、盲目的に信じる事じゃない。
裏切られていたとしても仕方ないと割り切れる、そんな人物かどうかだ。
それに、昔の俺がアポロンの存在に救われていたのも純然たる事実。
意図がどうあれ、アポロンは俺の恩人のままだ。
人類共通の敵、イーターに立ち向かうって目的も、きっと同じだろうしな。
「……どうか…………しましたか?」
「いや。ありがとう」
「……?」
脈絡のないお礼を言ってしまった所為で困惑させてしまったか。
俺も早く切り替えないとな。
「朗報で大丈夫。これで国王も俺達を信用……するかどうかは兎も角、別働隊の設置を認めてくれるだろうし。後は、一人でも多く仲間を集めて、出来る事を増やそう」
「役割を…………得られるように……ですね」
「そう。監視役ってのはあくまで、存在意義を問われた時の暫定的な解答。イーター討伐隊である以上、イーターを倒す為の役割がなくちゃ意味がない」
今回の討伐隊結成の意図は、疲弊し絶望しかけている国民や城のみんなを勇気付ける為のもの。
人類はイーターと戦っていける、まだやれると証明する為の実証実験。
それを達成する為の本隊であり、サポートする為の別働隊だ。
「陛下への報告はメリク、君に頼んでいいかな?」
「…………それは……シーラさんが手に入れたお手柄ですから……シーラさんがした方が良いのでは……」
「ここだけの話、陛下と会話するの苦手なんだ。圧が凄いっていうか、緊張するから。だから出来ればお願いしたいんだけど」
頭を下げて頼んでみる。
実際のところ、別にああいう人が苦手って訳じゃない。
褒められるのは苦手だけど。
「……条件があります」
「何?」
「本当の事を……言ってくれれば」
……見抜かれてたか。
間延びする話し方とは真逆で、メリクは結構キレ者だ。
そこまで言われて隠しても仕方ないな。
「陛下の心情的に、俺よりウォーランドサンチュリア人のメリクが報告に行った方が、今後の為には良いかなと」
「僕を……立ててくれるんですね」
「寧ろ矢面に立たせてるだけ、かもしれないけど」
ビルドレット国王に、ウォーランドサンチュリア人への差別感情はない。
でも国民を守る必要がある以上、どちらに重きを置くかと言えば、やっぱりヒストピア人の方で、ウォーランドサンチュリア人に対しては相対的にとはいえ懐疑的にならざるを得ない。
だから、ウォーランドサンチュリア人のメリクが積極的にこの国の為に働いている姿を見せる方が、連合軍たる俺達全体にとってのプラスが大きい。
ヒストピアの為に頑張ってくれているウォーランドサンチュリア人がいる。
この認識を持って貰えれば、俺達の存在意義は必ず何処かで大きなものになる筈だ。
「わかりました……大事な役目として……務めてみます」
「ありがとう。無理言ってゴメンね」
「こちらこそ、気を遣って貰って……ありがとうございます」
少しずつ、理解が深まっているのを感じる。
だから怖い。
これがまた――――演技に過ぎないんじゃないかって疑心暗鬼に囚われる自分の出現が。
「僕は……団長を尊敬しています。団長に信頼されたくて……必死に付いていこうとしていました。その為に……敢えて他の先輩方とは違う意見を唱えたりもしました」
そんな俺の不安を、もしかしたら何らかの形で感じ取ったのかもしれない。
今まで自分の事を語る事のなかったメリクが、断片的にとはいえ心情を漏らした。
「先輩方と同じ事をしても……きっと僕を見て貰えないって思っていました。目立ちたがり……だったのかもしれないです」
「俺もそういうとこあるよ。現に今もそうだし」
「だから……僕もシーラさんの事を少しは理解出来るかも……しれません。えっと、つまり……大丈夫、です」
どっちでも良い。
裏切られても構わない。
俺が今、一番欲しかった言葉を、絞り出すようにして発してくれた彼を、俺は信じよう。
「了解。これからも頼み難い事を頼むかもしれないけど、よろしく」
「……こちらこそ」
拳を合わせるような、そんな確認はしない。
言葉の交差だけで十分だ。
アポロンが今後、敵として立ち塞がったとしても、俺はきっと大丈夫。
そう思えるのは、本当にありがたい事だ。
しみじみ思った。
「随分仲良くなったみたいだね」
……いつの間にか、隣の席にブロウが座っていた。
ちょっとしたホラーなんだけど……
「ちょっと見ない内に、僕の相棒ポジションが奪われそうで少しショックだよ。いや、本音を言うとかなりショックだ。僕はたった数日で居場所を失ったのかと思うと震えが止まらない」
「お前の相棒は見果てぬロリババアだろ」
「そうだけれども、確かにそうだけれども、率直に言って奪われた感が尋常じゃないんだ。こんな自分が歯痒い」
何が歯痒いのか良くわからないけど、幾らパーティメンバーとはいえ討伐隊の本隊と別働隊じゃ情報の共有も制限されるし、どうしたって仲間意識は生まれ難い。
暫くはメリクの方をより親しく感じそうだ。
「ところで、今日エメラルビィさんが突然デートしようとしつこく迫ってきたんだけど、心当たりはないかい?」
「ない。特にない」
「……本当に? 凄く執拗だったんだ。まるで確約があったかのように。聞こえているだろう? こっちを向いてくれないか? シーラ! どうして僕を見てくれないんだ!」
誤解を招く発言を繰り返すブロウを無視しまくり、酒場から逃げた。
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