8-7
レトロゲーと触れ合い、実況動画を眺め、コツコツとプレノートを書いている日々を送っていた過去の自分と、MMORPGで共同プレイを始めた今の俺に、明確な違いは多分ないと思う。
人間的に成長したと胸を張って言えるほど、この一ヶ月で自分が劇的に変われたとも思えない。
強いて挙げれば、交友関係が少し広がった程度だ。
でも、その小さくて曖昧な変化は確実に、俺の価値観を一部塗り替えた。
ゴールが見えているからこそ、ゲームは楽しめる――――その持論は揺るぎないけど、ゴールの保証がないからこそ、体験出来る感情も確かにある。
『終夜京四郎が何を求めて裏アカデミを作ってるのか、正直まだ俺もわからない』『でも、あの声明はただの言い訳や負け惜しみとは思わない』
『どうしてですか?』
『裏アカデミを作ってるから』
俺は、終わりがあるからこそ物語は魅力的だと思っている。
もっと言えば、終わりを初期段階から意識して作られている物語だからこそ、気持ちを昂ぶらせてくれると考えている。
だってそうだろう?
終わりを決めずに作られたストーリーは、結局のところ、何かに流される。
それはユーザーの意向や総意かもしれないし、流行かもしれない。
会社都合や資金捻出の困難といった厳しい現実の可能性が一番高いのかな。
何にしても、そういう外部からの力によって流されてしまった物語は、どうしたって妥協の産物になってしまう。
妥協された物語は、結局のところ、日常でしかない。
誰だって、現実世界では妥協しながら生きている。
それをゲームの世界で味わっても、何にも心地良くないし、意味がない。
自分以外の誰かが、最初から最後まで描いた物語には、必ず自分にはない世界観がある。
何人ものスタッフが関与していても、作っている最中に何度も妥協していたとしても、そこには彼らの矜恃がある。
独りよがりでも、不快でも、そういう作品には歯応えがある。
だから俺は、終わらない事を最善とするオンラインゲームに興味が湧かなかった。
『ユーザーの数だけ物語がある』なんて詭弁だ。
空想する材料だけ提供されて、後はご自由に……なんてゲームに魅力は感じない。
全てのオンラインゲームが、そうとは限らないと思ってはいた。
でも心の何処かで、そういうものだって偏見を持っていたのは間違いない。
『あんな、ユーザーにも流行にも会社の事情にも考慮しない独りよがりなゲームを作っている人が、終わっている訳ないよ』
裏アカデミのゴールは、全く見えない。
でもあのゲームは魅力的だ。
きっと、エゴが見えるからだろう。
それがどんなエゴかはわからなくても、強い、物凄く強いエゴなのはわかる。
あのゲームにはメインストーリーが存在していない。
そういうゲーム自体は幾らでもあるけど、メインストーリーがないのにプレイ中はメインストーリーを進めているとしか思えないところは、明らかに既存のゲームとは違う。
『自分は悪くない、周りや時代が悪いって本気で思ってるなら、新作にチャレンジはしないと思う』『自分が良いと思うもの、面白いと思う事を沢山の人が共有してくれると信じてるからトライしてる筈なんだ』
強い言葉を使う人間が必ずしも自信家じゃないし、弱さの裏返しとも限らない。
多分、終夜京四郎は知っているんだ。
どんな言葉を用いれば、ゲーマー達の目を引くのかを。
『結論を出すのは早い』
俺は、そう思う。
だから自分の考えをそのまま、終夜に投げかけてみた。
ゲームが娯楽という俺の持論とは真逆の事をしようとしている終夜父の肩を持つ気は一切ないけど、裏アカデミの得体の知れなさに未だ惹かれている以上、その生みの親を全面否定は出来ない。
『そうでしょうか』
『テストプレイの時点でクソゲーにしかならないってわかるゲームは沢山ある』『終夜が裏アカデミをそう感じた時に、あらためて終わったって突きつければいいんじゃないか』
終夜はあのゲームを今も続けている。
どれくらいの熱量かは本人にしかわからないけど、少なくとも熱はまだ冷めてない筈だ。
『一理あるかもしれません』『でも、あの所信表明はダメです』『うわぁってなりました』
……うん、まあそこは別に俺も否定はしないよ。
『あのー』
なんとなくお互い納得したところで、空気読んで沈黙していたrain君が話に加わってきた。
『ボクも終夜さんのお父さんと少し前に話したけど』『まだまだエネルギーあり余ってて、終わってるって感じはなかったよ』『あの所信はヘイトスピーチみたいなものだったんじゃないかな』
rain君も同意見だったか。
心強い援軍だ。
単に俺の要請に応える為に良く言ってくれてるだけ、って気は全くしない。
飄々としてる割に、上辺で話してる感じがないもんな。
『私はリズのお父さんの事はわからないけど』『裏アカデミの製作を指揮してるのなら、凄い人だって思う』
この中で一番終夜父に遠い水流にとっては介入し辛い会話だろうに、健気にも後押ししてくれた。
エルテは捻くれたキャラだけど、水流本人は素直な良い子なんだよな。
こういう場合、ゲームのキャラの方が本質ってのがお約束なんだけど、水流に腹黒感は一切ない……のは俺の贔屓目だろうか。
しょうがない。
可愛いは正義だ。
『皆さん、ありがとうございます』『どうしようもない父ですけど』『こんなふうに言って貰えて嬉しいです』
……逆に終夜の方は本音が読めない。
あいつの性格上、感極まってたらフリーズするか、それに近い感じになりそうなのに、書き込まれる速度は至って普通で、なんか淡々と送信してるように感じてしまう。
終夜も良い奴なんだけど、父親に対してはドライだからなあ……実際そうなる気持ちもわかるから、余計そっちに引っ張られてしまう。
ま、終夜の本音が何であれ、結構思いの丈を吐露してはくれたと思う。
今の感じならあの所信表明を引きずる事はなさそうだし、当初の目的は果たせたかな。
『いえいえ』『それじゃ』
どうやらrain君はここまでみたいだ。
売れっ子のイラストレーターだから当然そんなに時間は割けないよな。
後で感謝のメッセージを送っておこ――――
『好きなゲームを語ろうのコーナー』『どんぱふどんぱふー』
……居座る気マンマンだった!
『まずボクからいくねー』『Evenシリーズ知ってる?』
知ってるけどそれ原作は普通にエロゲーだよ!
未成年の女子が二人いるグループトークで話題に出すタイトルじゃない!
『すみません知らないです』
『私も』
『だよねー、1990年代のゲームだしね』『去年、新作が出て結構評価高かったんだけど』『このシリーズはね、一作目の「Even lastenter」がコアなファンに大人気で』『あ、ジャンルは推理アドベンチャーなんだけどミステリー要素のあるADVって感じでね』『ハードボイルドなようでおちゃらけてるっていうか』『主人公が男女二人いて』『男の探偵と女の捜査官』『その二人を切り替えながら謎を解いていくんだけど』『キャラも凄く立ってて最高だけど、とにかくシナリオが良くて』『それですぐ続編出たんだけど、一作目のシナリオライターが関わってなくてね』『もの凄く叩かれてたんだって』
やめろ! 淡々と暴走しないで!
……あー、そういえばrain君、『誰がために少女XYは誰何する』がレトロゲー愛好家になるきっかけって言ってたっけ。
確か同じシナリオライターだった。
『アニメ化とか全然されてないし、シナリオライターの人はもう亡くなってるんだけど』『そんなゲームが20年以上経って新作作られるって凄くない?』
『それは凄いと思います』
『凄いです』
『でしょでしょ』『まあガチで凄いのは一作目だけなんだけどね』『システムも当時は斬新だったらしいけど、それより本当にシナリオ良すぎるんだよね』『でもテキストがクドいから』『やってみてって言えないこのジレンマ』『わかる?』『っていうか、ふかっち聞いてる?』
ふかっち……? ふかっちゃんじゃなかったっけ?
『そのゲームはウチのオヤジが好きなんで知ってます』『オヤジと語り合って下さい』
『あ、ふかっちには刺さらなかった感じ?』
面白かったけど、今ここで話題にするゲームじゃない。
『じゃ級友の話しよっか』『なんと! フルリメイクが決定しました!』
『それもオヤジ案件です』
『しょぼーん』
……前から思ってたけど、rain君って言葉のチョイスも古いよな。
実際会った時は童顔だし、俺より少し上くらいかと思ってたけど、もうちょい上の世代かも。
『じゃ、ふかっちは何話したいの』
いや、別にこの場でゲーム談義とかしたい訳じゃないんだけど……
『先輩はソーシャルユーフォリアが一番好きって言ってたよね』
逃げ道を水流に塞がれた!
『そうなんですか?』『え、本当に?』
終夜にも食いつかれた。
確かに水流にはそう言ったけど、正直自分でもこのゲームが一番好きっていう確信はない。
マイベストなんて日によって変わる、ってのもあるけど、単純にソーシャル・ユーフォリアにそこまで別格な思い入れはない筈なんだけど……何故かあの時、最初に思い付いたのがこのタイトルだったんだよな。
『そのゲーム、私が生まれて初めてプレイしたゲームなんです』『春秋くんには前に話しましたけど』
……それここで言う必要あった?
『そうだったんですか』『私は先輩に勧められて、ソフトもハードも貸してもらってプレイしました』
そういえば、水流にユートピア2ごと貸してたな。
レトロゲーだし、借りるだけ借りてプレイしないのも十分あり得ると思ってたけど、ちゃんと遊んだのか。
『最近始めたんですか?』
『はい』
『どうでした?』
『今のところ、面白いけど複雑って感じです』『攻略サイトがネット上にあったのは意外でした』
『あのゲームは攻略見ないと難しいですね』『でも初回プレイは見ないのをオススメします』
『そうしてます』『リズさんはいつプレイしたんですか?』
『わたしはリアルタイムですね』『本当に子供の頃だったから、記憶は曖昧ですけど』
……話弾んでるな。
まだ余所余所しい会話ではあるけど、この二人が仲良く話してるのを見るとほっこりする。
なんか邪魔したくないし、このまま見守りモードに移行しよう。
rain君も同じ気持ちなのか、ソーシャルユーフォリアは知らないのか、全然会話に参加していない。
まあ、rain君は更に古い時代のゲームの方が好みっぽいしな。
そういえば……rain君、普通に裏アカデミの事話してたな。
会話してる最中は気に留めてなかったけど、俺rain君にあのゲームの事話してないよな?
まあ、表のアカデミック・ファンタジアのキャラデザ担当だし、ゲームスタッフや朱宮さんから聞いていたのかもしれないな。
案外プレイしてたりして。
若しくは、NPCとして参加してるとか。
……そんな訳ないか。
売れっ子のイラストレーターにそんな時間はないよな。
『他のゲームと平行してだと、なかなか進められませんよね』
『一度やめちゃうと、再開するのがちょっと難しいかも』
『わかります凄くわかります』
そんな俺の疑問を余所に、終夜と水流はその後もゲーム談義に花を咲かせていた。
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