8-6
イジられたのは不本意だったけど、rain君と終夜、水流が普通に会話出来てるのは少し安心した。
終夜はゲーム好きの人相手なら普通に話せるって言うし、旧知の仲みたいだからそこまで心配はしてなかったけど、水流は完全に初めてだしな。
水流とリアルで初めて会った時の事は今も鮮明に覚えている。
貧血起こして、駅の事務室で保護されてたんだよな。
決してコミュ症とかじゃないんだけど、あの時の印象が強いから、つい『大丈夫か?』って思ってしまう。
『ところでさー』『ちょっとぶっちゃけていいかな』
rain君、また何かぶっ込む気だ。
これ以上、俺の事を雑にイジるのは止めて欲しいんだけど……
『終夜さん』『お父さんの件、ちょっと話したいんだけど』『大丈夫?』
……良かった、そっちか。
rain君、励まして欲しいっていう俺との約束覚えていてくれたんだな。
『だいじょぶです』
……大丈夫じゃなさそうだ。
正直、今の終夜にどう接するのが正解なのかはわからないし、正解なんてない気もする。
このまま何もせずにいるのは、友達としてどうなんだって思いが強い。
でも親切心の押し付けというか、大きなお世話というか、家庭の事情に何処まで触れていいのかって問題があるから、俺の方からあれこれ聞くのはやっぱり良くないと思うんだよな。
その点、rain君は仕事でアカデミック・ファンタジアに関わってる訳で、その会社の社長がおかしな動きをしている以上、終夜には説明する必要がある――――とまでは言えないけど、聞かれて然るべき立場ではある。
逆に言えば、聞かれても精神的負担はきっと少ない。
仕事での関わりなんだから、義務感とか責任感が生じて、却って割り切れるんじゃないだろうか。
『rain先生、アカデミック・ファンタジアのキャラデザやってるんですよね』『今回の件は聞かされていなかったんですか?』
お、水流が積極的に話題に入って来た。
案外水流も、終夜父の行動に関心を持っていたのかも知れない。
『うん全然』『だからあの文章見て、なんじゃーこりゃーって思ったもん』
『すみません』
rain先生はワルキューレの社員じゃないから、完全に取引相手。
そんな彼女に対し、娘に謝らせる社長ってどうなんだ……?
新しい事やるのは良いけど、余りにも責任を放棄し過ぎているよな、終夜父。
『終夜さんは全然気にしなくてもいいけど』『っていうか、お父さんも終夜だから紛らわしいね』『渾名で呼んでいい?』
えらく渾名に拘るな、rain君。
今は小学校じゃ渾名呼び禁止にしてる所も多いのに。
『はい、呼んで欲しいです』『昔から苗字でばかり呼ばれているので』
……あ、そうなんだ。
いや苗字で呼ばれてるのはなんとなく想像出来るけど、名前や渾名で呼ばれたい願望が終夜にあったとは。
『あーちょっとゴメン』『こんな事言っといてアレだけど』
『細雨ですよ』
どうせ名前覚えてないだろうと予想してたから、質問の前に答えてやった。
クイズ番組で質問文が全部読まれる前に答えるアレだ。
『ありがとー』『って、答えてるのふかっちゃんじゃん』『え何夫婦なの』
『どうせそんな事だろうと思ってたから事前にツッコミ準備してたんですよ』
『えーそれツッコミじゃなくね?』『仲良しアピールっぽいんだけど』
『マジですか』『まあそこまで仲良くはないんですけどね』
終夜は執拗に『友達以上恋人未満』を押してくるけど、こっちとしてはコンシューマを終わったと罵る終夜を仲良しと認める訳にはいかない。
一応、同じゲームでパーティ組んでる仲間ではあるけど。
『え?』『仲良くなかったの?』
……水流が食いついてきた。
え、これどう答えれば良いんだろう……なんか余計な事言っちゃったな。
『ふかっちゃーん』『そういうのよくないよ?』『気になる子にわざと冷たくするのって小学生までじゃね?』
『いやマジでそういうんじゃないからね』『終夜には俺の趣味を全否定された過去があって』
『え?そうなん?』
rain君の質問が終夜に飛ぶ。
その答えは――――
全く送信されなかった。
あいつまさかフリーズしてるんじゃ……
『しましてん』
フリーズはしてなかったみたいだけど、何だその答え。
ネタに走ってるのか、言いたくないのか、素で打ち間違えたのか、全部可能性あるからわかり辛い。
『先輩の趣味ってゲームじゃないの?』『リズさんもゲーム好きなのに』
水流、今も終夜をキャラ名で呼んでるのか。
多分終夜の方もエルテさんって呼んでるんだろうな。
まあ、そこには立ち入らないでおこう。
『春秋くんはコンシューマが好きなので』『わたしはオンライン派です』
『あー、そういう事ね』『コンシューマは化石とか言っちゃった?』
レトロゲー愛好家のrain君は、多分その手の中傷とイジりの中間みたいな言われ方を結構してきたんだろう。
俺の場合は、家族以外には周りにゲーム好きがいなかったから、終夜以外に言われた事ないけど。
『いえ』『そこまで酷い事は言っていません』
『終夜さん?』『家庭用ゲームは死んだって言ったよね?』
……返信しろよ。
『あーそれね』『昔のゲームが好きって言ったら結構似た事言われる』
言われるのかよ。
最近のゲーマーって物騒だな。
『良い機会だから聞くけど』『本心からの言葉だったのか?』
多分、一対一の会話ではこの件を掘り下げる事はもうなかったと思う。
アカデミの事とか父親の事とか、他に話題は沢山あるし。
そういう意味では、良い機会というより最後の機会かもしれない。
以前、終夜から『友達の話』という体で話して貰った事はある。
既に市場規模が縮小して、子供からは見向きもされなくなっていたのに、それでも父親がコンシューマに拘って開発を続けていた事に対する否定。
その根源には、家庭崩壊がある。
終夜の母親は、終夜父の拘りが理解出来ず、家を出て行った。
終夜にとっては、父親を魅了した――――或いは狂わせた家庭用ゲームは、確かに忌むべきものだったのかもしれない。
でも俺は、違うと思っている。
もし本気で終夜が父親の固執に呆れ果てていたのなら、恨んでいたんだったら、ゲームそのものに愛想を尽かした筈だ。
終夜の両親が正式に離婚したのか、出て行っただけで籍は入れたままなのか、俺に知る術はない。
わかっているのは、終夜の母親は終夜を連れて行かなかった事。
そして、終夜がゲームの世界に身を投じている事。
終夜は、これからもゲームに携わっていきたいと言っていた。
仕事にしたいとさえ。
だとしたら、終夜は……父親の事を恨んではいないし、嫌ってもいないと考える以外にない。
『家庭用ゲームが死んだって言葉は、父親の言葉を真似ただけなんじゃないのか?』
俺は……残酷な事をしているだろうか。
俺だけじゃなく、水流やrain君もいる中で過去の発言を論って、否定すらしている。
終夜が嫌な思いをしている事だって十分に考えられるのに。
それでも俺は、この件だけはどうしても、終夜に心を開いて欲しかった。
そうしないと、終夜と終夜父の事にこれ以上何も言えなくなってしまう。
手を貸したくても、助けたくても、それが出来なくなってしまう。
水流もrain君も、終夜の反応を待っている。
その二人がいるから、終夜には余計にプレッシャーが掛かっている筈。
嘘はつけないと。
後でどれだけ罵られても構わない。
吐き出して欲しい。
きっとそれが、今の終夜には必要だから。
返答は――――
『真似じゃないです』
あった。
それに心から安堵した。
『確かにお父さんも言っていました』『見苦しい言い訳です』『自分の作ったゲームが、今のゲーム業界には通用しなかっただけなのに』
一度吐き出すと、そこからは一気だ。
雪崩のように言葉が綴られていく。
『私はそれがとても嫌でした』『ヒットしなくても、面白いゲームを作ってるって胸を張って欲しかったんです』『ユーザーや流行の所為にする父は見たくありませんでした』
想像はついていた。
終夜は父親を嫌っているんじゃなく、寧ろ――――
『ゲームのことで言い訳するお父さんなんて、見たくなかった』
……憧れていたんだ。
だから自分もゲームを好きになった。
作りたいと願うようになった。
たったそれだけの、何処にでもある話だったんだ。
終夜にとって、家庭用ゲームとは父親の作ったゲームの事。
大好きな父親が、沢山の人達に称賛された、誇らしいもの。
終夜の中で、それはもう死に絶えてしまったんだろう。
終夜からの送信は、そこで一旦途絶えた。
次に発言すべきは間違いなく俺だろう。
ここまで吐き出させてしまった俺が、何を言うべきか。
謝罪か。
お礼か。
それとも同情の言葉か。
女子は共感されたい生き物だって、いろんな媒体で目にする。
なら、同情するのが本当は正解なのかもしれない。
終夜がゲーム好きとしか話せないのも、共感を得たいからなのかもしれない。
でも、それは俺のする事じゃない。
俺が終夜に伝えられる事があるとすれば、それは――――
『終夜京四郎はまだ終わってない』
慰めでもなんでもなく、この事実だった。
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