8-5
6月26日(水) 20:31
営業時間も無事終わって、今日の手伝いも一段落したタイミングで、グループトークを始めるべくSIGNを開く。
参加者は全部で四名。
俺、rain君、終夜、そして――――水流だ。
rain君とのSIGNの直後に連絡が入って、rain君の修正版の漫画を見せてみたところ、水流も前回より今回が良いとの評価。
なら、それを直接本人に言ってあげたら喜ぶんじゃないかと安易に送ってしまった結果、水流のトーク参加が決まった。
全員年上のグループトークなんて居心地良くなさそうだし、てっきり断ると思ったんだけど、意外にも割とノリ気だったな。
にしても、男一女三のグループトークって……正直キツいな。
女子勢が意気投合したら、俺だけ蚊帳の外って展開は十分あり得る。
rain先生はレトロゲーが絡まないと飄々としてるから、多分大丈夫。
水流と終夜も既にある程度親しくなってる筈だから、特に話し辛いって事もないだろう。
こうなると、俺だけ浮きそうなんだよな……
せめてrain先生と親交のある朱宮さんにも参加して貰うか、来未あたりを引っ張ってくれば良かったんだけど、朱宮さんは水流に未だ苦手意識持ってるかもしれないし、ゲームの話になると来未が孤立しちゃう。
俺の都合だけで誘うのはどっちも気が引けた結果、難易度A級のグループトークが実現するハメになった。
仕方ない。
腹括って参加しよう。
孤立したら孤立したで、こっそり抜けりゃ良いだけの話だ。
『こんばんは』
んー……今更だけど、俺のアイコンって変えた方がいいのかな。
シーラカンスから『シーラ』を拝借してる関係でシーラカンスのイラストを使ってるんだけど、rain先生に『シーメンっぽいってツッコみ待ち?』みたいに思われてそうでちょっと微妙なんだよな。
結局あのゲームって完全版は出たけど続編みたいなのはなかったんだよな。
親父が言うには結構流行ってたらしいのに。
『こんばんは派だ』
……え、何?
この傘のアイコンはrain先生だ。
漫画家やイラストレーターのアイコンは自分のキャラの絵かマスコットっぽい絵が多いけど、rain先生は自分の名前にちなんで傘のイラストを使ってる。
なお、本人の絵なのか別の人なのかは判断出来ない。
『わたしはこんばんわ派です』
『私はこんばんは』
終夜と水流も既に集まってたか。
終夜のアイコンは表アカデミのリズのビジュアルを使用している。
水流は本名の瑪瑙にちなんで石の瑪瑙の画像だ。
で、三人の言葉から察するに、『こんばんは派』と『こんばんわ派』に分かれてるって話題で盛り上がっていた、と。
『ボクはわ派だから2対2だ』
……マジどうでも良い!
いやでも、最後に来た俺がそんな発言したら場はどっちらけだよな。
普段はSIGNどころか学校で複数人と一度に会話する事なんてないし、家族とゲーム内以外で場の空気を読んだ会話ってしないからなあ……気をつけないと。
『こんばんわって、なんか犬っぽくない?』
『こんばんわん』
『かわいい』
……何この水流と終夜の会話。
いつの間にこんな仲良くなったの。
最近はゲーム内でも二人とはあんまり接してないから、交友関係の深まり方とか全然把握出来てないな。
『それじゃみんな揃ったし、感想聞かせて』
……沈黙。
終夜も水流も黙ったままだ。
まあ、こういうのって先陣切って言うの結構勇気要るよね。
『あれ?』『わ派とは派でもうちょっと盛り上がりたかった?』『それとも、面白くなかった?』『まんが』
rain君が珍しく動揺してる……
そもそも、他の二人はrain君と話した事ないんだから、俺が最初に行かないとダメなんだよな。
つい傍観モードに入ってしまった。
『いや面白いって言いましたよね』
『だって反応ないんだもん』『ちょっと泣きそうになったんだけど』
飄々としてる印象だったけど、案外繊細なのかもしれない。
クリエイターだし、当然そういう部分はあるよな。
他人から評価されてこそって職業だろうし。
『それじゃ俺、終夜、水流の順番で感想言おうか』
『わかりました』
『私もそれでいいです』
結局場を取り仕切る感じになってしまった。
柄じゃないんだけどな、こういうの。
『俺は率直に、前回の逮捕オチも良かったと思うけど、今回の方が展開がダイナミックでより良かったです』『裁判所で荒ぶってるからキャラも立ってるし』
『おーうれしーありがとー』『やっぱり漫画ってキャラが立たないとダメだし』
イラストが描けて漫画が描けない人が、何処に差異を感じているのかは素人の俺にはわからないけど、キャラを立たせるって相当難しいんだろうな、そこで躓く人もいるんだろうなとは思う。
その点、今回の展開の方が確実に漫画としてのクオリティは上がってる……と思う。
多分、いやわかんないけど。
『わたしは率直に、逮捕されて可哀想って思っちゃいましたから、裁判で終わる方が好きです』『希望が持てます』『キャラの顔も活き活きして見えます』
『ありがとねー』『そういうのすごく参考になるよ』
終夜も、勿論ギャグ描写なのは理解した上で、それでも主人公がバッドエンドを迎えるのは物悲しく感じるって事なんだろう。
変に作者の意図を理解しようとする漫画マニアより、案外こういう意見の方が本当に参考になるのかも。
『私は今回の方が主人公が強い女性に見えたので読んでいて気持ち良かったです』『前向きな姿勢は見習いたいです』
……水流、ちょっと堅いな。
自ら志願して参加したとはいえ、緊張してるのかも。
来未もそうなってたし、やっぱrain君ってネームバリューエグいな。
『水流さんもありがと』『共感されるって大事だよねー』
本人が気さく過ぎて、全然そんな感じしないけど。
でも、この人のプロ意識の高さは改めて感じた。
チェック入れる編集もいないし、描いた物を渡して終わりってなるのが普通なのに、素人の意見すら取り入れて手直しした上、更に何かを吸収しようとしているこの貪欲さは到底真似できないな……
『それじゃ、今回の原稿で最終チェック完了とさせて頂きますね』『rain先生、本当にありがとうございました』
『こちらこそ良いお仕事回してくれて感謝だよ』『おかげで、チャレンジする決心ついたし』
チャレンジ?
それってまさか……
『実は、漫画描いてみないかって話は結構前から貰ってて』『今イラストやってるラノベのコミカライズとか』
『イラスト担当の人がコミカライズもやるんですか?』
『結構前例あるよ』『チョー昔だと「グッドラック・クエスト」』『最近だと「ぜつエン」とか』
多分どっちも有名な作品なんだろうけど、ラノベに詳しくない俺にはサッパリだ。
『ぜつエン知ってます』『「乙女ゲームの絶滅エンドの原因になった悪役令嬢に転生してしまった…」ですよね』
『そうそれ』
……転生した瞬間に人生詰んでない?
『私はグッドラッククエスト読んだことあります』『お母さんが好きだった小説です』『最近完結しましたよね』
『したした』『最終巻良かったよ』
親世代のラノベなのに、最近完結?
どんだけロングランなんだ……
『自分以外の人が描いたお話を漫画にするの、難しいと思って保留にしてたんだけど』『原作者の先生もボクにやって欲しいって言ってくれてて』
『なら絶対やるべきですよ』『ぶっちゃけた話、一番失敗率が少ないでしょうし』
既に原作ファンが多数いるからこそコミカライズの話が出たんだろうし、rain君が漫画描くならそのファンがスルーする訳ない。
原作者との関係も良好そうだし、こんな美味しい話はないよな。
『ふかっちゃん、ぶっちゃけすぎー』
『ふかっちゃん?』
『ふかっちゃん?』
『ふかっちゃん?』
なんで二人とも俺とほぼ同じタイミングで聞き返す……?
『おお、怒涛のふかっちゃん』『名前、深海だったからふかっちゃん』『言われたことない?』
『ないです』『渾名で呼ばれたのすら初めてですよ』
『あれ意外』『2人はなんて呼んでんの?』
な、なんか話が変な方向に転がってない?
この後の予定では、クリエイターとしての心構えとかアドバイスを終夜にして貰う筈だったんだけど……
『わたしは普通に苗字にくん付けです』
『私は後輩だから先輩って呼んでます』
『えー』『苗字だと妹さんとの区別が面倒じゃない?』『先輩だって、他にも先輩いるよね?』
やめてrain君!
その呼ばれ方チェックなんかムズムズする!
『私が先輩って呼ぶのは先輩だけです』
え……そうなの?
同じ学校に先輩いるだろうに。
まあ、俺もそうだけど部活に入ってない奴は先輩と接する機会自体がないか。
『そっかー』『今ならふかっちゃんって呼ぶ権利どっちかにあげるけど』『どう?』
『いりません』
『要りません』
……何このフラれたっぽくなってる感じ。
家の中にいたらヘリコプターが墜落してきたみたいな貰い事故じゃん。
『おかしーなー』『もしかして渾名で呼ぶのって流行ってないのかな』『レトロゲーとか昔の作品読みまくったせいで感覚古くなってるのかも』
それはクリエイターとして致命的なのでは……
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