8-4
――――彼女が一歩目を踏み出せていないと君にどうして言える?
「……」
帰宅して店を手伝っている最中も、アヤメ姉さんの言葉が頭の中にこびりついて離れない。
俺自身、納得している部分と出来ない部分とがあって、素直に受け入れられないからだ。
確かに、俺にそう言える根拠はない。
終夜とは大分打ち解けてきた自覚はあるし、結構本心を話してくれてると思うんだけど……それはあくまで俺の主観。
俺にあいつを正しくジャッジ出来るとは限らない。
わかった気でいるだけに過ぎないって、やんわりそう言われたような気がした。
実際、そうかもしれない。
でもやっぱり納得がいかない。
今の終夜が、一体何に対して一歩を踏み出せているんだ?
学校に毎日通えていないのは、この際問題じゃない。
ゲーム好き以外とまともに話せないって体質を、全く改善出来ていないところが問題なんだ。
でもそれは、あくまで俺から見た範囲での事で、終夜の中では何かしら解決の糸口が見えているかもしれない。
それを俺に打ち明けるとも限らない訳で……
正解がわからない。
わからないからこそ、アヤメ姉さんは俺に釘を刺したんだろうな。
自分が似た境遇だからって、わかったような気になって過剰なお節介を焼くのは、却って終夜を困らせる事になる……って。
「社長さん、3件で12億4000万円です!」
今日の来未は桃栗レヱルのコスプレで接客してる。
ゲーム内の相場に合わせて、八百屋のギャグみたいなお会計にしようと言い出した親父の案が何故か採用された結果、なんか物凄い額の商談が成立している大企業みたくなった。
わかり難くて不親切だとも思ったけど、客の大半が桃栗世代だから特に問題はないみたいだな……良かった。
「それにしても、あのキャラデザはどうなんだ? 初代から桃栗を見て来た俺には到底納得出来ないぞ」
客足が途絶えた時間帯を見計らって、親父は愚痴を言い出した。
「私は可愛くていいと思うけど? 大体、桃栗にそこまで思い入れないでしょ」
「そんな事はない! 確かにプレイしたのは数作のみだが、俺達アラフォー世代にとって桃栗は一緒に歩んできた友なんだよ! その進化を全て目の当たりにしてきた世代としては、文句の一つくらい付けたくなるってモンだ!」
また面倒な事を言い出した……
現在大ヒット中の桃栗レヱル、一作目がリリースされたのは1988年。
元々は『桃栗レジェンズ』っていうRPGの派生シリーズとして誕生した作品で、テレビゲームでボードゲームを遊ぶタイプのゲームだ。
双六をベースにしたゲームデザインで、舞台は日本全国の各駅。
最初に目的地となる駅が決定して、プレイヤーはサイコロを振って出た目の数だけ進み、目的地を目指す。
道中には様々なマス目があって、止まったマスによってお金をゲットしたり様々なトラブルが生じたりする。
各駅に止まると、その地方の物件を購入できる。
物件は自分の資産となり、その上収益も得られるから、高くてかつ収益率の高い物件をより多く所有する事が勝利へと繋がる。
カードゲームの要素も強く、様々な種類のカードを道中で入手可能。
それによって対戦相手を攻撃したり、自分に有利な展開に持って行けたりする。
最終的に総資産が一番高いプレイヤーが勝利となる。
ストーリーがあるゲームじゃないけど、名物キャラは結構たくさんいるから、キャラデザごと思い入れを持っている人は多い。
親父もその中の一人だ。
つまり、思い出の中のキャラ達と同じ、若しくはその面影をしっかり残したキャラであって欲しかったんだろう。
でも、シリーズ最新作の『桃栗レヱル レヱワノレヱル』ではかなり大胆にキャラデザが変更されていた。
なんでも、それまでのシリーズで長らくキャラデザを担当していた人が、別メーカーの同タイプのゲーム、つまり桃栗レヱルと競合するゲームに参加した為、その人を起用し辛くなったらしい。
そういう事情もあって、敢えて似せないキャラデザにしたみたいだ。
「そんな事情は知らねーよ! ユーザーには関係ねーし! 今更変えられてもピンと来ないんだよ!」
「でもそれ、すっごく売れてるんでしょ? キャラデザ変えて正解だったんだって。アニメでは大抵失敗するんだけどねー」
来未まで混ざってきた。
実際、桃栗レヱルの最新作はメチャクチャ売れている。
30年以上の歴史を持つシリーズにあって、発売から2週間くらいで歴代最高セールスを樹立するくらい。
「やっぱり新しい物をみんな求めてるんだろうねー。もちろん、発売した時期の情勢とか色んな理由があっての大ヒットなんだろうけど」
「俺は認めてないからな! あれは桃栗じゃない! ホワホワ弁当とほっとちょっとの弁当くらい違う!」
それはどう違うんだ……?
ま、親父や同世代のゲーマーがどれだけ騒ごうと、桃栗といえば『桃栗レヱル レヱワノレヱル』ってくらいの売れ行きだからな。
来未や母さんの言う通り、求められていた形でリリースされたって事だよな。
それはとても幸せな事だと思う。
同時に、あらためてゲームのキャラデザが重要なのを思い知らされた。
ADVとか恋愛SLG、RPGなんかは当然重要なのはわかってたけど、桃栗みたいなタイプのゲームでさえそこが大きなトピックになるのは意外だった。
大袈裟な話でもなんでもなく、キャラデザでゲームの売上は大きく変わる。
ゲーム自体がどれだけ面白くても、キャラデザがゲームの世界観もターゲットになるユーザー層にもハマらなかったら、手に取ってさえ貰えない。
キャラデザを担当する人の責任は重大だ。
rain君は、そんな重圧の中でもあれだけの数の仕事をこなしている。
どれだけ大きなプレッシャーを感じながら仕事してたんだろう。
途方もない、想像を絶する世界だ。
終夜も、キャラクターデザイナーになるかどうかは兎も角、それに近い方向でゲーム制作に関わろうとしている。
素人の俺に言われるまでもなく、その世界の厳しさはあいつも知ってるだろう。
それでも、目指すつもりなんだな。
あ、そうか。
その時点で既に、一歩目を踏み出してるのか。
アヤメ姉さんが伝えたかった意図通りかどうかはわからないけど、気付けて良かった。
……ん?
スマホから通知音、誰かからSIGN来たのか。
幾ら客がいないとはいえ、仕事中に確認する訳には……
「深海、休憩しても構わないよ。今日はもうそんなに来ないだろうし」
「あ、うん。わかった」
こういう時、俺は事実上の戦力外になる。
遅い時間帯になると、ミュージアム目当てで来る客は殆どいなくなるからな。
洗い物や掃除は営業時間が終わってからだし、確かにいても役には立たない。
取り敢えず、部屋に移動してスマホを……あ、rain君だ。
『投下ー』
おっ、もしかしてテイク2を送ってくれたのか?
……やっぱり! 最初のマンガと展開が違う!
前回は逮捕オチだったけど、今回は逮捕されるシーンをすっ飛ばして裁判シーンで幕を下ろしている。
来未モチーフの主人公キャラが法廷で死刑を言い渡されるのがラストシーンか。
あれ?
死刑オチって……逮捕オチより酷くなってない?
いやでも、独占禁止法違反と著作権侵害で死刑は普通にあり得ないから、誰でもギャグってわかる分、バッドエンド感は薄れたかもしれない。
それと、死刑を言い渡された主人公が変に凝った言い回しじゃなく『死刑!?』ってオウム返ししてるのが良い。
死刑って言葉のインパクトがより強まる。
『ありがとうございます!』『俺的には前回のオチより好きです!』
『やった』『ボクもこっちのが良いって思う』『前回不評だった人にも見せてみてー』
……こうアッサリと言えるところが凄いよな。
プロなのに、素人からアレコレ言われても意にも介さない。
これが、何度も修羅場をかいくぐってきた一流イラストレーターか。
そうだ。
rain君と終夜を会話させてみてはどうだろう。
アカデミのキャラデザ担当のrain君と、アカデミに参加している終夜は既に接点があるけど、会話らしい会話はしてない筈。
rain君ならゲーム好きだし、終夜にとって話が出来る相手なのは間違いない。
終夜にとっても、良い相談相手になるかもしれない。
『その件なんですけど』『前回、逮捕されて可哀想って言ってた人を紹介したいんですけど、いいですか?』
『チクリ魔?』
『そういうんじゃないです』『アカデミにも参加してた終夜細雨って子なんですけど』
『知ってる』『今話題になってる人の娘さん』
ま、当然あの終夜父の声明は知ってるよな。
『その話題になってる件の所為で、少し悩んでるみたいで』『それとなく励ましてやって欲しいんですよね』
『その子、君の恋人?』
……そうか、この感じだとそう取られるよな。
『違います』『ゲーム仲間です』
『お』『もしかしてレトロゲー好き?』
『むしろコンシューマ嫌いです』『コンシューマはもう死んだって言ってました』
『何それおかしい』『あの子、そんな子だったんだ』『いーよ、時間合わせてグループで話しよう』
ありがたい……忙しいだろうに。
納得出来る物が描けて、テンションが上がってるのかもしれない。
絵も迫力あって最高の仕上がりだし。
『それじゃ一旦終夜に連絡してみます』
『りょ』
さて……フリーズしなきゃいいけど。
ん、また通知音か。
今度は――――
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