8-3

 将来の夢を誰かに聞いたり話したりするほど親しいかといえば……きっとそこまでの関係じゃないと思う。

 友達以上恋人未満っていうのは、あくまで終夜のリクエストであって、肩書きのようなもの。

 実態を示す言葉じゃない。


 だけど、それでも踏み込んだ理由は……何だろう。


 仲良くなりたいから?

 心配だから?

 自分と似た境遇で放っておけないから?


 どれも合っていて、どれも違う気がする。

 何か、意識とは違うところで近さを感じてるような……不思議な感覚だ。


 思えば終夜には、初対面時からそんな感じを持っていた。

 遠く離れたあいつの家に行ったのも、俺にしては随分と大胆な行動だったし。


 貴重なゲーム好きの友達で、同じゲームに挑んでいる仲間。

 俺は終夜に、それ以外の認識を持っているんだろうか……?  


『ワルキューレを存続させたいです』


 それは後ろ向きなのか前向きなのかよくわからない、でも現実的な目標だった。

 既に作品に関わって仕事している訳だから、既定路線なのは確か。

 ただ……父親の裏切りとも言える行為があった今、果たして彼女の立場はどうなるんだろう。


『でも現実には難しいと思います』『それに、他の会社も難しいかもしれません』『この苗字だとすぐに終夜京四郎の娘だとわかるでしょうし』


 ……やっぱり、微妙な空気は感じ取っているんだろな。


 今の終夜の感じだと、露骨に嫌悪感を向けられてはいないっぽい。

 でも『お前の親父は何やってんだよ』って感情は、そりゃ誰だって持つよな。

 ただでさえ厳しい状況のゲーム市場なのに、会社の代表が今のゲームを投げ出して、全く別のゲームを外部で作ってるんだから。


『本当は、父は会社を畳みたかったのかもしれません』『それをしないのは、わたしがいるからかも』


 余りに身勝手な終夜父にあらためて憤っていたそのタイミングで、娘からのフォローが届いた。


『仮にそうだとしても』『自分のところのゲームと社員を無視して外で違うゲームを作るのは良くないよ』『しかもアカデミックファンタジアを利用してテストまでしてるし』


 正直、現状では身勝手な独裁者って印象しかない。

 それを娘の終夜に言っても仕方ないのはわかってるけど……


『そうですね』『父は昔からそうでした』『自分がこれって決めた事は、自分の独断でなんでも決める人です』


 終夜も似たような心証を持っているのか。

 まあ、そういう人物の方が人の上に立つのには向いているのかもしれないな。


『でも、そういう父だからこそ成し得た事もあると思います』『わたしがワルキューレのスタッフの方々と縁を持てたのは、父がいたからですし』『わたしの空想の絵を勝手に使ったのは納得できませんが』『少しだけ嬉しかったのも事実です』『私は今も父に甘えているのかもしれません』


 堰を切ったように、終夜は思いの丈を綴り始めた。


『わたしは多分ワルキューレには入れないと思います』『でも何らかの形でゲームに関われるよう努力はしたいです』『ゲームクリエイターを目指せる専門学校に入れればいいなと思ってます』


 専門学校か。

 当然、俺もそれは選択肢に入れた事はあった。

 ゲーム好きなら一度は作る側に回りたいと思うし、その為には技術を学ばないといけないから、自然に目を向ける進路ではある。


 専門学校を卒業して、コンシューマの大手ゲーム会社に入社できれば、それが一番良い。

 仮に無理でも、小さい会社なら入れるかもしれない。

 それも厳しいなら、せめてゲームに関連する仕事に就ければいいかな……とか、曖昧な夢を描いたりもした。


 でも今は、経営学を学びたいって気持ちもある。

 仮にウチのカフェが潰れたとしても、将来俺が新しく立ち上げる事が出来れば、両親も喜んでくれるかもしれないし。

 何にしても、その為の努力は何もしていないし、まだまだ現実味のない話ではあるけど。


『ありがとう、教えてくれて』『終夜がそういう気持ちなのは、お父さんは知ってるの?』


『話したことはありません』『今後話すこともないと思います』


 ……俺が思っている以上に、終夜家の親子関係は複雑なのかもしれない。

 恨んでいるような印象はないけど、時々諦めたような物言いをする事が終夜にはある。

 でも、そこにまで踏み込むのは流石に遠慮がなさ過ぎるか。


『そっか、わかった』『痛い人になったお父さんの事で悩みがあったら遠慮しないで言って』『相談に乗るくらいしかできないけど』


『ずっと乗ってもらっていますよ』『わたしこそありがとうです』


 そんな意識はなかったけど、終夜の力にはなれてるのかな。

 それなら嬉しい。

 このまま切ってもいいけど、暗い話題のまま終わるのもなんだし、締めにゲームの話でもしとくか。


『話は変わるけど、最近は家庭用ゲームが結構頑張ってるよな』『金色のイナホヒメとか桃栗レヱルの新作が話題になってるし』『逆にMMORPGが元気なくね?』


『そんなことないです』『UD14の全世界累計アカウントは2000万人を突破しましたし』『スマホ向けのタイトルも増えてますから』『そう遠くない未来に新規ヒット作も出ます』『アカデミもまだまだ踏ん張ってます』『死んだコンシューマにいつまで縋っているんですか』


 ……こいつ、ちょっと煽ったらえらい剣幕で吠え始めたな。


 いいだろう徹底抗戦だ。

 コンシューマがまだまだ戦えるって事をこの機会に訴えてやる――――


「兄ーに! 何してんのもう! 学校始まるよ!」


 げ。

 いつの間にか8時過ぎてるじゃん!


『この続きは放課後な』


『望むところです。わたしも今日は学校行きます』


 そっか。

 まあ、高校は義務教育じゃないんだし、行っても行かなくてもいいんだよな。


『元気出ましたから』


 ……なら良し。

 終夜父がこれから何をするのかはわからないけど、暫くは今の環境のまま、もう少し粘ってみよう。

 そう思った。





 6月26日(水) 17:11





「……最近、君自身より君の周囲の人間に関する相談窓口になっている気がするんだが」


 今日はメンタルクリニック菖蒲の診察日――――じゃない。

 というか、そんな頻繁に診察はしない。

 だからこうしてアヤメ姉さんに顔を見せに来たのは、あくまで相談の範疇であり、患者が来ない時間帯なのを確認した上での事だ。


「良い傾向だと思わない? 他人の事が気になるって、自分に余裕がある時しか出来ない事だし」


「君の場合は寧ろ自分より他人を優先するタイプだろう。昔は来未の事でどれだけ相談を受けたか……」


 余計な事を思い出して、アヤメ姉さんは疲労を顔に滲ませていた。


 他人の表情は機微までわかる。

 でも自分は全く動かせない。

 その事実を突きつけられた時、いつだって歯痒くなる。


 それは今日も変わらない。

 でも、いつもより少しだけ軽度な気がした。


「母上とは上手くいっているか?」


「それはもう。母さん、気遣いの鬼だから」


 常に家の空気を考えて、相手の状態を踏まえて、その上で接し方を決めている。

 母さんは昔からそういう人だ。


 でも、来未相手には苦戦していた。

 まだ子供だった……今でも子供だけど、今よりちょっとだけ子供だった小学生の頃の来未は、一家の中で自分だけゲームに興味がない事に強い疎外感を覚えていて、明るい顔の裏で心を塞いでいるような子だった。

 態度で露骨に示すのなら、まだ幾らでもやりようはあったけど、本心を隠すタイプだったから、腹を割って話す取っ掛かりがなかった。


 それは俺もずっと感じていたから、正直自分の事より来未と家族の関係がずっと気になっていた。

 だからアヤメ姉さんに何度となく相談したところ、個別に話をするより家族全員で話せる環境を作った方が、本音を話しやすいかもとアドバイスを貰った。


 以降、ウチの家では家族会議が定期的に行われるようになった。


 それで劇的に来未が変わった訳じゃない。

 もしかしたら今も、疎外感を何処かに感じているのかもしれない。

 でも、塞ぎ込むような表情や遠慮するような言動は一切見られなくなった。


 ウチの家族で一番気楽に、一番負担なく生きてきたのは、多分俺だと思う。

 表情の件で周囲に気を使わせておいて、自分は大した苦労もしていないなんて、随分と良いご身分だよなと思わないでもない。

 一刻も早く接客ができるような状態になって、今までの分を取り返したいんだけど……


「血は繋がっていなくても、子は親に似るものだな。家族に気を遣い過ぎるのは良くないよ、深海」


 俺の表情から思考を読む事は絶対に出来ない。

 それなのに、アヤメ姉さんは頻繁に俺の頭の中を覗いたかのような発言をする。


 精神科医ってみんなこうなんだろうか。

 ちょっと怖い。


「今度、家に遊びに寄ろう。来未がどれくらい成長しているのか、興味がある」


「歓迎するよ。別に今日でもいいけど? 店閉めた後でよかったら」


「そこまで非常識じゃない。事前に連絡を入れておかないと来客用の夕食のメニューにならないだろ?」


 アヤメ姉さんの常識は少し変わっている。


「話を戻そう。ゲームが好きな、自分の趣味嗜好と同じ相手でなければ会話がスムーズに出来ない女の子、だったか」


「うん。病気かどうかとか、病名が何かとか、そういうのが知りたい訳じゃない。改善する余地があるかどうかと、その方法が知りたい。こんなの精神科医に聞く事じゃないかもだけど」


 朱宮さんの時もそうだけど、本当はこういうのはよくない。

 本人が助けを求めたのなら兎も角、勝手に他人の症状を話すのはマナー違反だ。

 

 それでも、俺が今以上に力になるには、アヤメ姉さんの知恵が必要だ。

 ネットなんかで調べて、本当かガセかもわからない情報に振り回されるくらいなら、専門家に丸投げした方が正解に近いと思う。


「……いや。それくらい慎重で良い」


 アヤメ姉さんは、思いの外真剣な面持ちで俺の目を凝視した。


「表層的なところでは、君や以前話を聞いた声優の彼と似た状態に思える。だが話を聞く限り、少し種類が違うかもしれない」


「種類?」


「憶測で無責任な事は言えないから、私が答えられるのはそこまでだ。強いて言えば、彼女は彼女なりのやり方で人と関わっている。無理にそれを変えようとしない事だ」


「……今のままでいた方が良いって事? でもそれだと……」


「物事には順序がある。"彼女が一歩目を踏み出せていないと君にどうして言える?"」



 アヤメ姉さんのその言葉は、俺の心臓の中心に深々と突き刺さった。


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