8-2

 SIGNの送り主は……やっぱり終夜だった。

 恐らく、この終夜父――――終夜京四郎の声明文を見たんだろう。

 前にwhisperでアカデミックファンタジアの公式アカウントを乗っ取ってた時はスマホを会社から取り上げられてたっけ。


 今回の声明は、アカデミックファンタジアとは無関係な彼個人のアカウント。

 普通に終夜京四郎って名前で作っている。


 それでも、すぐに投稿が見つかって晒されてるんだから、彼を追いかけているゲームマニアも結構いるんだな。

 柳桜殿の佐倉ディレクターみたいなカリスマなら兎も角、終夜父にはそこまでの知名度はないと思ってたんだけど……


 っと、そんな事よりSIGNを見ないと。



『私の父が痛い人になってしまいました』



 ……ミもフタもないな。

 でもこれが率直な感想だろうな、そりゃ。



『声明文見たよ』『あれだけ長文だと、もう中身どうこうって話じゃなくなってくるな』


『そうなんです』『でも、それも計算ずくなんだと思います』


 俺もそう思う。

 終夜は俺以上に彼の事を知っている訳だから、恐らく正しいだろう。


 一言で言えば炎上商法。

 中途半端に小綺麗な文を読みやすい量で提示するより、怪文書を投稿した方が注目は浴びる。

 勿論、そこには大きなリスクが伴う訳だけど……


『今回の件で大多数の人に植え付けた痛い人イメージを払拭するのは大変だろうに』『それを承知した上でやるって事は、今の開発状況によっぽど自信があるのかな』


『かもしれません』『父は基本、自信家なので』


 そりゃそうだ。

 自信家でもなければ、ゲーム会社を立ち上げようなんて思わないだろうし。

 まして今回は、自分の会社を欺いて別の所でゲームを作ってる訳だしな……


『会社の人達とは連絡取った?』


『まだです』『そろそろ来ると思います』『その前に春秋くんと話をして、落ち着きたいと思って』


 何それ、俺もしかして頼られてる?

 まあ、他に頼る人いなさそうだしな。


 そうだ、この流れなら聞けるかもしれない。

 地雷っぽい気もするけど、敢えてぶっ込んでみるか。


『クラスメイトとか、他に親しい奴っていないの?』


 この質問に関しては、多分いないと返ってくるだろう。

 俺もいないし。

 これはあくまで、次の質問の為の布石だ。


『ゲームの事話せる人は学校にはいません』


『相談も?』


『はい』


 ……言葉が少ない。

 終夜の性格上、学校の件について触れて欲しくない時は多分こんな反応になるよな。

 俺だったら、逆に明かして良い情報だけ長々と垂れ流して、それ以上踏み込んで来るなって空気を作ろうとするだろうけど……終夜はそんなタイプじゃない。


『ちゃんと学校行ってる?』


 それでも、踏み込んだ。

 今思い付いた質問じゃない。

 もうずっと、本当かと疑問に思っていた問題だ。


 終夜父が普通にワルキューレに出勤していた頃だったら、恐らく登校させていただろう。

 学校に行かないと言うなら、ゲームの制作チームとは連絡を禁止するくらいの処置は当然行う筈。

 大学生ならまだしも、高校生が学校そっちのけでゲーム作りに励むってのは流石に不健全だ。


 でも、今は父親がいない。

 監視の目がない今、終夜は果たして学校に通っているんだろうか。

 一人暮らしの彼女が、学校に通いながら会社ともやり取りして、その上で長時間ゲームまでやるっていうのは……難しいんじゃないだろうか。


 返事は来ない。

 フリーズしているのかもしれない。

 だとしたら、もうそれが答えみたいなもんだ。


『俺は別に、終夜の親みたいな事がしたい訳じゃない』『学校に行ってないのなら、行ってなくても全然構わない』『本当の事だけ聞きたい』


 圧力を与えてしまうような聞き方になってしまったかもしれない。

 でも、これが本心だ。


 終夜が不登校でも、ゲーム仲間って事に変わりはない。

 ただ、それがもし……父親絡みで学校に行き辛いとか、本当は行きたいけど行けなくて困ってるとか、そういう悩みがあるのなら、何か力になれるかもしれない。


 終夜には大きな問題がある。


 ゲームを好きな相手以外にはまともに会話すら出来ない。

 そして、ゲームの事を話せる相手がいないと終夜は言っていた。

 つまり、学校でまともに会話する機会はない訳だ。


 そんな彼女が学校に行けないのは、全く不自然じゃない。

 自然だ。

 だからこそ、その自然さの中で苦しんでしまっているのなら、似た問題を抱える身としては協力したい。


 俺も、沢山の人に気を使っても貰って、支えられて、どうにか普通の生活を送れている。

 なら俺だって、違う場所で苦戦している人を気遣っても良いだろう。

 身の程知らずって訳じゃない……多分。



『それとも』『友達以上恋人未満っていうのは、本当の事を言えない間柄なのか?』



 卑怯ではあるけど、手持ちのカードで一番強力そうなのを使ってみた。

 自分で言い出した事だからな。

 今更なかった事には出来ないだろう。


 少しの間、画面を眺めていると――――



『すいません』


 

 その一言が送られてきた。

 瞬間的に、何も話したくないという完全拒絶の姿勢かもと身が強張ったけど、すぐに次の言葉が届けられた。



『嘘ついてました』『学校行ってません』



 ……そっか。



『ならよし』『困った事があったら相談して』『それなりに援軍もいるから』



 ウチの家族はゲームバカとオタクしかいないけど、お人好しばっかりだ。

 心の問題の専門家だっている。

 年下だけど頼りになる終夜にとっての同性や、社会的地位を確固たるものにしているプロもいる。


 俺一人なら不適切なアドバイスをしてしまう危険はあるけど、周りにこれだけいる。

 その事は伝えておきたっかった。



『春秋くんは優しいです』『でもそういう事を、簡単に言ってはダメです』


『簡単には言ってないよ』『こういうのは男女の問題とは関係ない』



 きっと終夜は『好きじゃないなら優しくするな』とか、『好意を持たれてるんじゃないかと勘違いさせるな』とか、そういう事を言いたかったんだろう。

 自分に好意があるのなら別だけど、そうじゃないのならプライベートに踏み込むなと。

 正論だ。


 でも俺には、自分と同じような苦しみを持つ人を放置するなんて出来ない。

 お節介や余計なお世話にならない範囲を見極めて、そのギリギリまで手を貸そうとする体勢でいたい。


 自惚れを承知で言うならば、終夜の抱える辛さをある程度まで理解出来るのは、俺以外にあいつの周りにはいないと思う。

 俺が力になれる余地があるし、終夜は心から拒絶してはいない。

 そう判断したからこその食い下がりだ。



『俺の事は回復アイテムか何かと思ってくれればいいよ』



 ……我ながら、他人には絶対見せられない文章だなこれ。

 ゲーム好きじゃないと気楽に話せない終夜が相手だからこそ、ギリで送れた。



『そんな事思えません』『でも、話を聞いて貰いたいです』



 ……恥かくのを承知で送った甲斐があったな。

 痛すぎる文章を連投されるのが嫌で、折れたってだけかもしれないけど、それでも良い。


 ゲームは娯楽だ。

 でも、そのゲームがないと生きる気力を失う人はいる。

 俺も終夜も、そういうタイプだ。


 だから仲間。

 かけがえのない仲間だ。

 失いたくはない。


『最初に言っておきますけど、イジメにはあってません』


 良かった。

 率直に、その可能性はないとは言えなかったからな。

 ぶっちゃけ、終夜にはイジられる要素が結構あるから、その延長でイジメられる可能性は十分あり得た。


『学校に行く意味を見出せなくなったんです』


『行っても意味がないって思うようになったのか?』 


『はい』『登校しても話せる相手がいませんし、大学受験に向けての勉強なら家でも出来ます』『最低限の日数を出席すれば、それでいいと思っています』


 そういう事か。

 不登校は不登校でも、計算した上でのサボリ。

 なんだよ、あんなぽわ~っとした雰囲気の割に、中々の不良じゃないか。


『最初からクラスに溶け込めるとは思っていなかったので、それで行こうって割り切ってました』『でも今は、本当にこのままでいいのか不安になってます』


『なんで?』


『コミュニケーション不全を治すためには、学校に通わないといけないのかもって』『深夜に不登校児のドキュメント番組やってたら、つい見ちゃうくらいには心配になってます』


 ……意外とノリが軽い気がしてきた。

 いや、深刻に考えてるよりは良いかもしれないけど。


『前に春秋くんとお出かけした時も感じました』『春秋くんも、私とは違うけど問題を抱えている人なのに、余裕があります』『きっと、お店で人とたくさん接しているからだと思うんです』


『それはあると思う』


『普通はそれを学校で体験するんですよね』『だから、私もそうしないといけないのかなって』


 それは良くないかもしれない。

 いや、学校の役割はまさにそれだとは思うけど、高校生でしかも出席日数があんまり多くない今の状態で、学校をコミュニケーションの訓練所にしようとしても、多分上手くはいかない。


 普通に通えば、きっと周囲も普通に接してくれる。

 でも、今の終夜の感じだと、無駄にトラウマを作りかねない。


 相談を受けて良かった。

 下手したら自爆してたぞ。


『焦らなくて良いと思う』『俺もそうだったけど、段階踏まないと心がもたないかも』


『そういうものですか』


『うん。マジでそういうもん』


 俺にも幾つか黒歴史がある。

 中学二年生の頃、強烈な感情を抱くシチュエーションを用意すれば表情が作れると思って、わざと授業中に注視されるような事をしたり、教師にキレられるような事を言ったり。


 結果、全部失敗に終わって、残ったのは奇行に走った無表情の生徒のみ。

 親が呼び出されるという最悪の結末を迎えた。

 あの一年は地獄だったな……


『終夜は将来、ゲーム会社に就職するつもり?』


 そんな事を思い出しながら、更にもう一つ踏み込んでみた。 


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