7-42

 追跡しながら、これが本当に現実なのかと疑わしく思う自分を自覚して、どうしても足取りが重くなってしまう。

 全くのノーマーク。

 正直、頭の片隅にも入れていなかった展開だ。


 アポロンが裏切り者……?

 到底信じられない。

 彼がウォーランドサンチュリア勢のいる『反逆者の住処』から出て来た事実は余りに重過ぎる。


 現在、ウォーランドサンチュリア勢は討伐隊から自主的に離脱した状態。

 彼らに非はないけど、少なくとも形式上はビルドレット様に反旗を翻した格好で、そんな彼らとヒストピア人のアポロンが接触していたとしたら、その時点で裏切り者なのは確定的とすら思える。


 でも、冷静に考えてまだそう断定は出来ない。

 アポロンが何を目的としてこの館に足を運んでいたのか、そこが重要だ。


 例えば、ウォーランドサンチュリア勢との和解を目的に、自己判断で説得しに来た可能性だってある。

 彼の立場を考えれば、限りなくゼロに近い確率だろうけど、ゼロとまでは言えない。


 また、実はアポロンがビルドレット国王陛下の勅命でウォーランドサンチュリア勢を監視していた……というケースもなくはない。

 その他、エルオーレット王子、ヘリオニキスやラピスピネルの指示という線もある。


 けれど……それらが俺の希望的観測なのは否めない。

 既にエルオーレット様からビルドレット様に討伐隊解体の報告が行っている以上、この件はビルドレット様が直接指示する以外に動くべきでないと誰もが思っている筈。

 勝手な行動は即座に国家反逆罪と見なされても不思議じゃない、そんな事態に発展しているからな。


 つまり、現実的な可能性は二つ。

 ビルドレット様の命令で動いているか、若しくは――――他にクライアントがいるか。

 そして……現実的には、後者の方があり得ると判断せざるを得ない。


 もし国王勅命で裏切り者を発見すべくウォーランドサンチュリア勢の監視をしていたのなら、仮に討伐隊の再結成が行われるという情報を得たとしても、監視を止めて建物の外に出る必要は何処にもない。


 他の理由――――例えば定時報告の為に持ち場を離れるにしても、時間帯が中途半端過ぎる。

 全員が寝静まった後で良い筈だ。


 別の監視役と交代って事も考えられない。

 その交代要員が館内に入って行くような動きは、俺が見張っている間には一切なかった。


 分が悪い。

 アポロンを擁護する材料が余りにも脆弱だ。


 それでも信じるしかない。

 アポロンは俺にとって、最高の仲間だった。

 弱い俺をラボに受け入れてくれて、ずっと話し相手をしてくれた、軽薄だけど優しい奴だった。


 そんな男と今更敵対なんてしたくない。

 折角再会出来たんだ。

 積もる話は沢山あるんだ。


 頼むアポロン。

 お前は……善であってくれ。


 そう願いながら、彼の背中を追い続け――――やがて辿り着いたのは。


「……」


 この王都エンペルドに初めて来た時、最初に目に入った光景。

 巨大な水車のような車輪状のフレームの周囲に、無数のゴンドラが設置された、謎の遊具の入り口だった。


 水車のように動く訳ではなく、静止したままのその遊具は、複雑に入り組んだフレームを足場にしてよじ登る事が可能で、高い場所にあるゴンドラまで向かうことが出来る。

 勿論、体力と筋力がなければ登る事は出来ないけど、高レベルな実証実験士なら行き来はそう難しくない。

 より高い場所のゴンドラに到達出来れば、より高所から王都を見下ろす事が出来る。

 

 ただ――――この遊具には別の使い道がある。

 決して盗み聞きが出来ない、密談にはもってこいの空間。

 絶景を眺めながら、他者に聞かれる心配なく大事な話が出来る、開放的かつ閉鎖的な会議室だ。


 アポロンは機動力と俊敏性に長けた実証実験士だった。

 案の定、全く躊躇も苦戦もなくフレームをよじ登っていく。


 俺は……とてもあんな身軽に登る事は出来ない。

 そもそも高所恐怖症だ。

 筋力も体力も大してないし、アポロンの後を追う事は難しい。


 そうなると、残る手段は――――刹那移動。

 でも、かなり厳しい賭けになる。

 もし目的地とはズレた場所に瞬間移動してしまった場合のリスクが高過ぎる。


 地上だったらまだ良い。

 隣のゴンドラでも問題ない。

 でも、例えば最上部のフレームだったり、足場が極めて不安定な高所に瞬間移動してしまった場合、落下する恐れがある。


 迅速に再度刹那移動を使えれば良いけど、落下しそうな状況、または落下中に果たしてそこまで冷静でいられるだろうか……


 とはいえ、既にアポロンは最上部より少し低い位置のゴンドラに到着してしまった。

 恐らく、あそこで誰かと待ち合わせをしているんだろう。

 既に待ち人が到着している場合、密談はもう始まってしまっているけど、生憎外からはゴンドラの中に人が既にいたかどうか確認出来なかった。


 スネーク《気配消失》の効果が持続しているから、気配を察知される心配はない。

 でも視認は普通にされるから、アポロンの入ったゴンドラに直接乗り込むのは危険だ。

 宿の一室や会議室ならまだしも、あの狭いゴンドラの中じゃ瞬殺される恐れがあるし、もしアポロンの密会相手が来ていなかったら空振りに終わってしまう。


 どうする……?

 会話の内容を聞くのは困難。

 アポロンと密会している相手を特定するのが精一杯だけど、それすらハイリスクってのが現状だ。


 それでも、やれる事をやるしかない。


 取り敢えず、別の遊具に身を潜めて、そこからアポロンの入ったゴンドラを監視しよう。

 密会相手がまだ来ていない場合は、これからやって来るだろうから直ぐにわかるし、もし既にゴンドラ内に来ていたとしたら、密談が終わってアポロン若しくは密会相手が出て来るのを待つ。


 密談の現場に乗り込む事は出来ないから、その場で裏切り行為を特定するのは不可能になった。

 でも、安全にアポロンの密会相手を確認する事は出来る。

 降りて来たタイミングで話しかければ、向こうにとっては想像すらしていないであろう奇襲になるし、不安定な心のまま会話すれば、何らかの情報を漏らすかもしれない。


 正直余り気乗りしない作戦だけど、この際仕方ない。

 アポロンが本当に裏切り者の一味なのかどうか、それだけはハッキリさせないといけない。


 その為だったら、幾らだって――――


「!」


 長期戦を覚悟していただけに、不意を突かれた。

 アポロンがゴンドラから降りようとしている。

 どうやら、密会相手は先に着いていたらしい。

 

 ……待てよ。

 もし、このまま密会相手がゴンドラから降りなかったとしたら?


 アポロンと一緒に降りる可能性は低い。

 普通に考えたら、アポロンの直後に降りる。

 何か別の作業が残っている場合でも、少し時間を置いた上で降りてくるだろう。


 でも、万が一密会相手が尾行や監視を極度に警戒していた場合は?

 例えば、俺みたいにこうして外で待っている人間がいると想定していたら?


 あのゴンドラは完全な密室で、移動経路も限られている。

 空を飛んで逃亡でもしない限り、地上で待っている相手を振り切る事は出来ない。


 ただ――――振り切る必要もない。

 夜になるのを待てば良い。

 当然、足場が見え辛くなるリスクを背負う事になるけど、顔を見られる心配もなくなる。


 あの狭い密室空間で密会するのを決めたのは、アポロンじゃないだろう。

 そこまで用心深い性格とは思えない。


 だとしたら、用心深いのは密会相手の方。

 そういう性格なんだから、用心に用心を重ねて目撃者対策はしてくる筈。

 つまり――――ここで待っているのは悪手だ。


 既にアポロンは下に降りようとしている。

 このタイミングであのゴンドラに乗り込めば、密会していたのを目撃したに等しい。

 行くなら今しかない。


 迷うな。

 刹那移動の精度は回数を重ねる度に上がっている。

 ここで行かなきゃ宝の持ち腐れだ。


 頼む……!

 あのゴンドラの中へ、跳べ――――





「!?」


 次の瞬間、視界がガラリと変わる。

 窓から覗く景色は、明らかに地上からのものじゃない。


 そして――――


「な……」


 絶句した状態で、椅子に座ったまま固まっている人物が一人。

 間違いない。

 狙い通り、密会現場のゴンドラに移動出来た。


 でも、その喜びはない。

 喜べる余裕なんて全くなかった。

 眼前の人物と同じくらい、いや……それ以上に、俺の方が唖然としてしまったからだ。


「フィーナ……さん?」


 この距離で人違いなんてあり得ない。

 間違いなく彼女だ。


「な、なんだ? 今何かデカい音が……は? はあああああああああああ!?」


 ゴンドラの外に出ていたアポロンが引き返してきて、幽霊でも目撃したかのように目を丸くして、素っ頓狂な声を上げる。


 結論を出さざるを得ない。

 アポロンは――――フィーナと密会をしていた。


「な、な、なんでシーラがここに……」


「お前の後を尾けて、反対側から登って来たんだよ」


 勿論、嘘。

 刹那移動の事を話す必要はない。

 ただ、支離滅裂な事を言うよりは、リアリティのある嘘を言う方が良いだろう。


「アポロン。お前がウォーランドサンチュリア人の集まっている廃墟から出て来て、ここに来た事実は抑えている。そして今、彼女と密会していた事も」


 二人とも俺にとっては重要人物。

 密談相手が確認出来たからといって、このまま立ち去る訳にはいかない。

 対話の必要がある。


「一体、どういう事なんだ?」


 多少のリスクを背負ってでも、尋問しなくちゃいけない。


「それは……」


「アポロンさん、沈黙を。貴方は口が軽いですから、余計な情報を与えてしまう恐れがあります」


 そしてその相手が、アポロンじゃなくフィーナになる事は、なんとなく予想していた。


「……お久し振りです、シーラさん。こんな場所でお目にかかるなんて想像もしていませんでした」


「それは、お互い様だよ」


 こんな状況下にあって尚――――フィーナは穏やかな微笑を浮かべていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る