7-41
――――作戦決行当日。
「今のところ、グレストロイも動く気配はないみたいだな」
尾行者からの報告を受けたアイリスが届けてくれた情報は、歯痒さを感じさせる内容だった。
既に夕刻。
本日中に動かないとなると、両者が裏切り者という俺達の予想は大外れって事になってしまう。
作戦は、可能な限りシンプルにした。
自ら尾行をすると名乗り出てくれたシャリオと、刹那移動を使える俺の二人が追跡者に決定。
俺の方がラモネースを、シャリオがグレストロイを尾行する事になった。
短い期間とはいえ同じ討伐隊の仲間だった分、シャリオにとってはグレストロイの方が行動を読みやすいという理由だ。
もしラモネースの方に密会の兆候があれば、俺がそのまま時期を見計らって刹那移動を使用。
シャリオはアイリスと連携し、定期的に俺の方に尾行中のグレストロイの動向について知らせる……って寸法だ。
明日、討伐隊の再編成が緊急に行われるという偽の情報は、エルテとメリクに流して貰った。
エルテがグレストロイが贔屓にしている情報屋に、メリクがウォーランドサンチュリア勢と懇意にしていた情報屋に、それぞれリークしている。
ウォーランドサンチュリア勢の現在地は不明だったから、『メリクが掴んだ極秘情報』としてリークすれば、情報屋の方が率先してその情報を売りに走るだろうから彼らの居場所も特定出来る――――そんな目算だった。
確実性という点では、余り良い方法じゃない。
でも俺達には打てる手も時間も限られているし、方法を選り好み出来る立場じゃない。
賭けに近い作戦だけど、これが現状では最善策だ。
「ラモネースも動きなし。何度も小間使いのような真似をさせてしまってすいません」
「遠慮するな。そんな畏まった言葉遣いも不要。私は既に君の事も仲間だと思ってるよ。恐らくシャリオもな」
リズやエルテと同じように話せ、って事らしい。
ならそうしよう。
「驚いたよ。今のシャリオがあんな申し出をするなんてな」
「実証実験士の
「ああ。ちょっとした事で傷付く繊細な心になってしまっている。だから、自ら責任のある役割を担うなど考え難い事だ。もしかしたら、ナイトメアの効果が薄れているのかもしれない」
「だとしたら、リッピ王女の功績かな」
俺はシャリオとほぼ接点がない。
彼女が変わるとしたら、それは良くも悪くも彼女を振り回しているリッピィア王女の影響が大きい筈だ。
「そうだろうな。だがそれだけじゃない。君の仲間二人、特にリズと出会った事が大きい」
……リズと?
今回の作戦でも役割がなくて安堵するくらい責任って言葉に弱い奴なんだけど……
「彼女は弱い。身体も心も。だがそれでも、女神などと虚勢を張りながら懸命に私達に付いていこうと努力している。嵐の中の小舟だ。沈みそうで沈まない」
虚勢の部分が全然反映されていないクソ例えだったけど、それをツッコむのは止めておこう。
親しき中にも礼儀ありって言うしな。
「シャリオは元々、私以上の才能の持ち主だ。弱体化している今、これが本当の自分だと思われたくなくて閉じこもっていたのだろう。だがリズと接している内に、弱さを免罪符に何もしないのは恥だと、そう感じたに違いない」
「だとしたら、仲間として嬉しい限りだよ」
リズは俺以上に脆くて弱い。
ずっとそう思ってきたけど、どうやら俺の思い違いだったらしい。
他人に好影響を与える人間は、例外なく強い。
「……」
「本当に嬉しそうだな。上辺だけの言葉じゃないと良くわかる顔をしている」
「え……俺そんな顔してた?」
「孫を褒められた祖父だな」
いや、それはもうストレート過ぎて例えとは言えない。
「雑談はここまでにしておこう。本命は夜だ。気を引き締めて見張るようにな」
「ありがとう」
最後に希望を与える言葉を残し、アイリスはシャリオの元へ戻っていった。
彼女の脚なら、ここから所定の位置まで戻るのにそう時間はかからないだろう。
俺の方も見張り地点まで戻るとしよう。
ウォーランドサンチュリア勢が現在いるのは――――王都内。
彼らはまだ王都から出ていなかった。
まあ、俺らみたくイーターを回避出来る術を持たない彼らが、おいそれとフィールドに出られる訳ないから想像はしてたけど。
討伐隊に見切りを付けたとはいえ、彼らは彼らでこの土地で生きていかなくちゃいけない。
別の国も殆ど滅ぼされてしまっている現状で、再び国教を跨ぐのは得策じゃない。
仮に今後王都を出るにしても、慎重に次の行き先を決める必要があるだろうしな。
何より、ガーディアルをはじめとした彼らはメリクを残して即座にここを去るほど薄情には思えない。
もし俺がメリクを裏切ったり、ヒストピア人が彼を迫害したりした場合は、遠慮なく叩き伏せてメリクを再び迎え入れる――――それくらいの用意はしているだろう。
だからこそ、彼らが王都およびヒストピアの動向を窺っている、現在も情報屋を利用していると予想したんだ。
連中が現在潜んでいるのは、王都の郊外にある廃墟の館。
名のある大商人が建てた屋敷だったらしいが、その商人が国家反逆級の大罪を犯し終身刑になったようで、所有者を事実上失った建物は長らく放置され続けているそうだ。
通常、そういう場合は国が土地と建物を差し押さえそうなものだけど、敢えてそれをせず『反逆者の住処』として晒す事で、王都内での商人の影響力を根絶やしにしたらしい。
反逆者の住処に寄りつけば、問答無用でその人物も仲間だと思われてしまう為、忍び寄るのは商人の財産を狙った盗賊くらい。
ただし、財産は既に没収されていた為、直ぐに夜盗すらも近付かなくなり、やがて廃墟と化したそうな。
非公式とはいえ、討伐隊から背き離れる事になったウォーランドサンチュリア勢にとって、反逆者の住処は似付かわしい場所。
本人達が調べたのか、誰かからの紹介なのかは不明だけど、確かに彼らは今、この廃墟にいる。
それにしても……幽霊でも出て来そうな、まさに絵に描いたような廃墟って感じの建物だ。
単に古びてるってだけじゃなく、長らく人が住んでいない建物特有の痛み方というか、風が通っていない乾ききった感じが壁から見て取れる。
正直、あんまり長く見ていたくない建物ではあるけど……ラモネースの現在地が特定出来たのはありがたい。
躊躇せずここへ駆け込んで偽情報を彼らに伝えた情報屋に感謝だ。
後は、ラモネースが単独で外出するのを待つだけなんだけど、その気配は未だになし。
もう日が暮れ始めてきた。
アイリスの言うように、夜に動く可能性が一番高くはあるんだけど……どうしても不安は募る。
俺の見立てでは、グレストロイとラモネースの双方が裏切り者で、まず彼らが落ち合うと予想している。
そこで話し合って、黒幕に伝達を行うって流れだ。
だから、日中に二人が会って、夜に黒幕と密会ってのが本命予想だったんだけど、既にその可能性はなくなった。
最悪のパターンは、黒幕がウォーランドサンチュリア勢の"中"にいる場合だ。
グレストロイは単独で宿に泊まっているから良いとして、ラモネースは他のウォーランドサンチュリア人と一緒にこの廃墟内にいる。
つまり、ラモネースと黒幕が廃墟内で情報伝達出来てしまう事になり、俺達外部からはそれを確認する術がない。
もしそうだったらお手上げだ。
実際、その可能性も十分にある。
元々ヒストピア勢と組むのを反対していたウォーランドサンチュリア人が、グレストロイに金を渡すなどして会議を台無しにしていたとしても、何もおかしくない。
俺の心証では、ラモネースの他に露骨に怪しいウォーランドサンチュリア人はいなかった。
ジェメドって女が俺を罵倒してきたけど、それ以上の発言は特になかったしな。
そもそも黒幕がそんな態度を表に出す筈もないからな……
まあ、空振りに終わっても何かを失う訳じゃないから、それで終わりって訳じゃない。
ただ打てる手はかなり狭まってしまうし、偽情報だった事がバレれば一気に警戒されてしまう。
終わりではないけど、かなり追い込まれてしまうのは確かだ。
あのムカつく野郎の顔は二度と見たくなかったけど……今は誰よりも目にしたい顔だ。
頼む、ラモネース。
出て来てくれ――――
「……!」
そんな俺の願いは、天に届かなかった。
けれどそれは、当然の事だったのかもしれない。
廃墟から、明らかに焦った様子で人が出て来た。
ラモネースじゃない人物が。
奴の顔はハッキリ覚えているから、まだ暗くなっていないこの段階なら遠目でも十分判別出来る。
そして、今出てきた人物の顔も覚えている。
ラモネースよりもずっと克明に。
彼はウォーランドサンチュリア人じゃない。
その彼がどうしてここから出て来たのか、それはわからない。
断言出来るのは、奴が――――
アポロンという名前である事のみ。
「……冗談だろ?」
自分の唇が青ざめているのを自覚しながら、俺は尾行の為にスネーク《気配消失》を発動させるべくエメラルビィから借りた口紅を塗った。
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