7-43
……
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「!」
ゲーム内に入り込んでいた意識が、強制的に現実へと引き戻される。
SIGNが届いたらしい。
でも、妙だな。
イマーシブモードの時は、SIGNの通知音くらいだったら聞こえもしないんだけど……今日は没入が甘かったんだろうか?
正直、こんな良い所で中断するのは痛恨の極みなんだけど、一端集中力が切れると戻すのには少し時間が要る。
再びイマーシブモードに入るのは諦めて、通常モードで再開しよう。
ノンストップのイベントシーンじゃないから、会話用のボタンさえ押さなきゃゲームは進行しない。
まずはSIGNを確認しておこう。
現在の時刻は……22時回ってる。
こんな時間にSIGNが来るとなると、朱宮さんかな?
でも多分彼も今は仕事かゲーム中だよな……
『取り敢えず』
違った。
送り主はrain君だ。
しかも――――画像ファイルが添付されている。
これ……もしかして漫画のネーム?
いやいやいやいや!
さっき『おやすみ』って言ったじゃん!
あと締切りは他の仕事優先って言ってたじゃなん!
何急にぶっ込んできてるの!?
『早過ぎますって!』『寝てたんじゃないんですか!?』
『あ、起きてた』『こんな時間に寝る絵描きはいないよ』『アップするにしろ他の人の観るにしろwhisperが盛況な時間だもん』
そうかもしれないけど、それとこれとは話が別だって!
『まあ正直、こっちも結構興奮しててさ』『他の仕事手が付かなかったから、もうやっちゃえって』『そしたらなんか出て来た』
……『そしたらなんか』でアイデアって出て来るものなの?
なんかもう、同じ人間と会話してる気がしない。
でもアレだよな、自分で言うのもなんだけど、俺も結構凄くない?
通知音スルーしてたら、折角のrain君の超絶スピードを実感出来なかった訳で。
無意識下で何か予感めいたものがあったのかもしれない……野性の本能的な。
『ありがたく読ませて貰います』
『ショートでしかもネームだから、サクッとね』『微妙だったら素直に言ってくれていいから』『遠慮はなし』
『了解です』
こっちもこのマンガにはカフェの命運を賭けてるつもりでいる。
妥協なんて最初からするつもりはないし、それなら最初からイラストレーターにマンガを依頼してない。
よし、気持ち切り替えた。
読もう。
内容は――――俺の依頼した通り、ウチのカフェの自虐ネタだった。
ただでさえ潰れかけているところ、キャライズをモチーフにした会社『キャルペコ』が運営する大手カフェ『キャルペコカフェ』の支店が近所にオープンする事になった、という状況説明で1コマ。
これは意外だった。
1ページはここに割くと思ってただけに、ここから先の展開が予想出来なくなった。
緊張しつつ、続きを読む。
このままだと為す術なく店が粉々に吹き飛ぶと悲観した来未モデルのキャラ『くるみ』が、その大手カフェの社長に直談判しに行く……という展開で1ページ目が終了。
おお……既に面白い。
俺には一生思い付かない展開だ。
くるみ、行動力あり過ぎでしょ……
なんとなくピンと来たんで、キャライズの社長を画像検索してみる。
……やっぱりソックリだった!
着実にバズるポイントを狙いに行ってる感がある。
2ページ目。
くるみはキャルペコ社長に直談判する。
『私達のカフェを傘下に入れて下さい!』
……おい。
面白いけど、これを認める訳には……でも面白い……どうしよう。
キャルペコ社長、困惑しつつも『オープン初日にウチの支店と客数で良い勝負をしたら考える』と条件を出す。
オープン初日なんだから当然キャルペコカフェが有利だけど、売上じゃなく客数ってところに勝機を見出したくるみは快諾。
1円メニューを開発したり、今一番流行ってるアニメやマンガやゲームの作者と会社に凸ってコラボを依頼したり……この辺はマンガらしい無茶路線で良い感じだ。
ここまで2ページ。
勢いあるな。
絵に描いたような『起』と『承』だ。
でも、残る『転』と『結』を最後の1ページで表現するのは至難の業。
それに、あくまで自虐だからキャライズ側を敗北させる訳にはいかない。
どんな形でウチのカフェを敗北させてくれたのか――――
「……!」
3ページ目。
独占禁止法違反と著作権侵害でくるみは捕まりました。
完。
「逮捕オチかよ!」
思わず声に出てしまった。
いやこれは……流石にダメな気がするけど、どうなんだ?
一歩間違えばカフェのイメージダウンに繋がる気がするんだけど。
自分達が逮捕されたってオチのマンガを世に送り出して大丈夫か……?
ダメだ。
俺一人では判断出来ない。
『最高でした』『でも保留で』
『だよねー』
向こうも察していたらしく、俺の返答からのレスポンスが異常に早かった。
『幾つかオチ考えたんだけど、正直それが一番面白いかなって』『でも店側のキミには笑えないよね』『そもそもイメージダウンになるかもって懸念もあるし』
こっちの不安や拒否感は想定済みだったけど、それでも自分の感性に従っての第一稿提出。
それくらいじゃないと、一流のイラストレーターじゃないのかもしれない。
彼女は自分が良いと思うものに嘘をつかないんだ。
『今更、店のイメージダウンを気にするつもりはありません』
依頼した以上、彼女の感性の赴くままに採用したい。
でも、それは俺の思いであって、親父や母さん、何よりモデルになってる来未の意見も聞きたい。
それに――――
『でも、当事者意識が働いてるのも事実で』『客観的判断が欲しいとも思ってます』『可能なら、朱宮さんや親しい知人の反応も見たいんですが』
第三者の視点は欲しい。
rain先生は初めての漫画で、俺たち家族は当事者。
どうしたって冷静な判断は出来ない。
『アケさんならOK』『キミが心から信頼している人ならそれもOK』『ボクも知り合いに見せて反応探りたいし』
ありがたい事に、無事許可が貰えた。
信頼してる人……まあ、アヤメ姉さんとか終夜とか水流になるんだろうな。
俺の狭い交友関係の中では、彼女達くらいの付き合いでもトップクラスの親しさになってしまう。
というか俺、男の友達より女の友達が多いんだよな。
これって何気に凄い事かも。
『今回のも自分的には気に入ってるけど』『もっと良いの思い付いたら送るね』
rain君は貪欲だ。
零細カフェからの依頼でも、一切手を抜かないどころか情熱すら感じさせる。
『この仕事、rain君の刺激になってますか?』
思わず聞いてみた。
これだけ力を入れて貰って、何の成果もないんじゃ申し訳なさ過ぎる。
『なってるね』
気を使ってくれているのかもしれないけど、大げさでも飾り気もないその返事が、却って本音っぽく見えた。
『じゃ』『おやすみ』
『はい、今度こそ』
苦笑しながら、本日のお別れを告げる。
にしても驚いた。
今までマンガを書いた事のない人が、二時間でネームを送ってくるなんて想像出来る訳がない。
嬉しいサプライズだった。
さて……今度は嬉しくないサプライズと向き合わなくちゃいけない。
裏アカデミを再開しよう。
まさかアポロンを裏切り者と疑わなきゃいけないとはな。
しかも、奴と一緒にいたのはフィーナ。
よりにもよって、俺にとって縁のある二人が関わってくるとはなあ……
いや、最初からそういうシナリオと考えるのが自然かもしれない。
アポロンはともかく、フィーナは俺以外のユーザーも多数スカウトしていただろうし、そういう人物が実は黒幕、若しくは敵勢力って展開はこのゲームならではの衝撃だ。
真実を知りたい。
そう思わせてくるシナリオだ。
中断したのは不本意だったけど、却って良かったかもしれない。
今回に限っては、客観的な観点で進行した方がプラスに作用しそうだ。
その方が色々気付けそうだしな。
「フィーナ。君が王都からいなくなったのをみんな心配していた。今まで何をしてたんだ?」
「心配ではなく疑心ではないですか?」
嫌な事を言う。
でも真実に近いのは彼女の言った方だろう。
何も言わず突然姿を消したフィーナには、スパイ疑惑がかけられても不思議じゃない。
「アポロンとのデート、って訳じゃないよな。アポロンがモテるとも思えない」
「それ酷くねーか!? シーラちゃん辛辣!」
「この状況で冗談を言うだけマシだと思え。正直、キツいよ。お前を疑わなきゃいけないなんて」
シーラがここに現れた時点で、アポロンは自分がつけられていたと思っている筈。
刹那移動の事は知らないだろうから、フィーナの後に来た自分が尾行されていたと考えるのが自然だしな。
もしフィーナを尾行していたら、アポロンより先にここに辿り着いている事になるし。
「ま、そうだろうな。オレが反逆者の住処から出て来たところ、バッチリ見られてるだろうし」
「ああ。だからこその疑惑だ。お前はウォーランドサンチュリア勢と結託してるのか?」
俺にとって、アポロンは恩人だ。
奴がいなかったら、とっくにオンラインゲームからは手を引いていたかもしれない。
そんな奴相手に尋問みたいな真似をしなくちゃいけないのは辛い。
これはゲームだ。
ゲームは娯楽。
もし楽しめないのなら、辛い思いをするだけなら、そっと手を引くべきだ。
アポロンの答えは――――
「私がお答えします。その認識は正しくありません」
フィーナによって遮られた。
「おい、待てよ。こいつにはオレから……」
「貴方の説明下手は承知していますので。今の貴方は余計な事まで話しかねません」
丁寧な、でも強い口調。
今のこの言葉で、フィーナが以前からアポロンと交流があった事、そしてアポロンの事をある程度理解し、厳しい事を言える間柄なのがわかった。
これは恐らく……余り良い話じゃなさそうだ。
「アポロンは、ウォーランドサンチュリア人を勧誘している最中です。私達の勢力に加える為に」
「フィーナの勢力……その口振りだと、オルトロスって訳じゃなさそうだな」
全世界の世界樹の研究を行っている機関、オルトロス。
彼女はその組織に属する実証実験士だった筈だ。
「いえ。私の所属はオルトロスです。でも、エメラルヴィ達と同じ理念を持っている訳ではありません」
――――オルトロスは決して一枚岩ではない。
《No.p236 ルルドの聖水を大量生産しよう!》のオーダーを受けた時に、表示されたそのメッセージを思い出した。
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