7-38
俺は殆ど魔法は使わないから、世界樹魔法には余り詳しくはない。
特にこっちの世界樹世界に来てからは、刹那移動こそ結構頻繁に使っているけど、それ以外、特に攻撃魔法については使用も見る機会も極端に少なくなったから、余計に魔法とは縁遠くなっていた。
「凄いです。ルビージュどころか【メルビージュ】も耐えるなんて……」
だから、エルテが放っている炎系の魔法がどれくらいのレベルで、それを耐えるのがどれくらい凄いのかは理屈の上ではわかっているけど、本質的な部分では今一つピンと来ていないのが本音だ。
メルビージュってのは確か、炎系の上級魔法だった筈。それを盾で防ぐんだから、実際凄い。でもその凄さは、レベル100以上の実証実験士が犇めく討伐隊の中では果たしてどうなのか。そしてこの世界のイーターの攻撃を防ぐ上でどれくらいの保証になるのか。重要なのはそこだ。
「…………僕は……攻撃には長けていません…………でも……どんな攻撃にも耐える自信が……あります」
その後も、エルテが繰り出す様々な属性の上級魔法を防ぎ切ったメリクは、強い瞳でそう訴えてきた。
確かに彼はかなり優秀なディフェンダーだ。
少なくとも、ここまで防御に長けたヒストピア人の実証実験士はいないだろう。
「でも、そんな君や他の優れた実証実験士がいたウォーランドサンチュリアでも、イーターの侵攻は防げなかった」
「シーラくん、それは……」
失礼な発言だとリズが警告を発しようとしたけど、それを手で制する。
ここから先は綺麗事だけじゃやっていけない。
何故なら――――
「メリクの耐久力を見誤ったら、まず最初に彼が死ぬ事になる。そして俺も直ぐに後を追う事になる。一蓮托生だからな。だから、聞いておかなくちゃいけないんだ」
「……はい。聞いてください」
「ありがとう。君とその盾は、イーターの攻撃に耐えた経験はある?」
別に、今のエルテの魔法を使っての耐久実験が無駄だった訳じゃない。
まず各属性に対しての適応を確認するのはとても重要な事だったし、口だけじゃなく行動で示す彼の頼もしさはしっかり見させて貰った。
「……」
そして何より、この場にいるリッピィア王女にそれを見せる必要があった。
尤も、メリクの本命は彼女よりもシャリオだったのかもしれないけど。
「あります。キラークァールの突進や……ガーゴイルのデーモンスピアを防ぎました。ただ……それらのイーターは人間の倍くらいの大きさしかない、最小の部類に入るイーターです」
メリクが嘘をついたり見栄を張ったりする性格じゃないのは、疑う余地もない。
つまり、小型のイーターの攻撃なら防げる。
逆に言えば、中型以降は防げていない、若しくは自己判断で諦めたという事になる。
「助かるよ。答え難い質問、申し訳なかった」
「いえ……お互いの戦力を正確に把握するのは……必要です」
メリクの発言は、次は俺が正しい自分の実績と戦力の申告を行うべきだという意図だ。
勿論、断る理由はない。
「シーラくんは私と同じで低レベルだから戦闘面はダメダメです」
『まともに戦ったらその辺の中年研究者にも負けるとエルテは推察を記すわ』
君たち?
俺より先に俺を下げるの止めてくれないかな……そういうのは自虐だから許されるんであって。
「レベルは低いかもしれないが、勝負強さというか、いざという時に最適な行動を捻出する能力は秀でている。嵐の後の晴れ間だ。必要な恵みと希望を与える存在と言えるだろう」
「使える使えないで言えば使えるタイプ」
何故か付き合いの浅いアイリスとシャリオの方が俺の事を高く評価してくれている。
こういうのもっと頂戴。
『一応、この世界のイーターとの戦いはそれなりに経験してるから、頼もしくはあるとエルテは正直に記すわ』
「生き残る力とその為の知恵は凄いと思います。シーラくんがいなかったら、私達だってどうなっていたかわかりません」
そうそう、そういう感じが欲しかった。
弱者に必要なのは成功体験と仲間の信頼、そしてお褒めのお言葉。
単純なのは自覚してるけど、これでまた戦って行けそうだ。
「話を聞く限り……彼がみんなの中心という事で良いみたいですね」
中心、とは少し違う気がする。
単純にレベル、強さで言えばブロウが間違いなく中心だし、局面を打破する力は強力な魔法を使えるエルテの存在が大きい。
リズは……実はこう見えて潤滑油みたいな役割を担っているし、彼女がいなければもっと俺達はギスギスしていただろう、特にエルテが。
つまり、中心なんてない。
全員が必要不可欠であり、全員が主軸だ。
「俺は参謀というか、これからどうするかってのを考える役割だと思う。それくらいしか出来ないし」
「その役割には……信頼が不可欠です。団長みたいに力を誇示出来る人ならともかく……レベルが高くないのにそれを得られるのは、立派です」
「……お世辞でもそう言って貰えると嬉しいよ」
「お世辞は……苦手です。器用ではないので……」
お互い、なんか照れてしまった。
褒められ慣れてないからな、俺……多分メリクも似たようなものなんだろう。
つまり俺と彼は似た者同士だ。
「なんかお似合いのコンビ感ありますね。ブロウに強力なライバルが出来たみたいな感じです」
『ブロウなんかよりこの子の方がずっと良いとエルテは断言を記すわ』
……ロリババア扱いされてる所為で、ブロウの事を随分と嫌ってるんだよな、エルテ。
ブロウにその件を話したら、暫く自分の趣味嗜好を出すのを控えるって反省してたけど、それだけじゃエルテの好感度は上がらないらしい。
「で、どうしてリッズシェアの前でその子の力を見せようとしたのか、そろそろ説明して貰える?」
長らく沈黙を保ってきたリッピィア王女が、その思い口を開いた。
訓練を邪魔されて若干苛立っている様子が窺える。
彼女も本気でリッズシェアを仕上げようとしているみたいだ。
「はい。王女にお願いをしに来ました」
「ダメ」
……いやいや。
説明責任果たさせて欲しいんですけど。
「確かに私達リッズシェアには将来的に護衛が必要になるとは思うけど、今はその時期じゃないの。時期が来て、その時に最適と思う人材を雇うつもりだから、自薦は受け付けてないのよ。ゴメンね」
「あの、すいません。全然違いますんで」
確かに、そういうアピールだと誤解されても不思議じゃないけども。
「俺とメリクは、国王陛下が結成した討伐隊から外れて、独自のチームを結成しました。その件で、国王陛下とお話しをさせて頂きたいと思っているんです。口添えをお願い出来ませんか?」
「それは……無理よ。知っているでしょう? 私と陛下には血の繋がりはないもの。ステラに頼むのが筋じゃないの?」
「いえ。王女は貴女ですから、貴女に頼むべき事だと思っています」
筋を通した、って訳じゃない。
最初に王女の影武者であるリッピィア王女に話を通して、その後ステラに依頼する……そんな算段でここに来たんじゃないんだ。
「貴女の行動力と、国の為に何かしたいって気持ちの強さは、ビルドレット国王から高く評価されている筈です。そんな貴女に口添えして貰うのが最適と判断しました」
あの国王の性格なら、ポジティブでアクティブなリッピィア王女に目をかけているに違いない。
もしかしたら、実の娘であるステラよりも。
だから、リッピィア王女から話を通して貰った方が、国の為に第二討伐隊を作りたいっていう要望が通り易いと思うんだよな。
「……ホントにそう思う?」
「冗談でこんな事頼みません。だからこそ、本気だって所を貴女に見せに来たんです」
デモンストレーションとしては結構あざといとは自覚しているけど、この人にはこれくらいストレートなのが丁度良い。
気持ちを伝える方法は、その相手に合わせるべきだ。
独りよがりの一方通行じゃ、繋がりは得られてもその中には空洞しかない。
「……一応、話を聞いてから判断しよっかな。なんで討伐隊を抜けたの?」
取り敢えず、プレゼンを出来るところまでは来られたらしい。
第一段階クリアってとこか。
まだ安堵するのは早いけど、早々に躓かなかったのは朗報だ。
「はい、実は――――」
ここまでの経緯を簡潔に伝える。
リッピィア王女だけじゃなく、アイリスやシャリオも思いの外真剣に話を聞いていたのが印象的だった。
そして――――
「王女。この話、受けるべき」
驚いた事に、そう好意的な意見をくれたのはシャリオだった。
「そして、私達は討伐隊の支援じゃなく、彼らを支援すべき」
しかも、俺が第二の依頼として後で頼もうとしていた事まで進言してくれた。
ありがたいけど、何故……?
「シャリオ。貴女はまだ怖がっているの?」
「……」
どうやら、リッピィア王女は事情を即座に理解したらしい。
アイリスも、そしてリズやエルテも同じように表情を曇らせている。
……そうか。
以前から親しい間柄だったアイリスは兎も角、リズ達も事情を知っているって事は、恐らく――――
「実証実験士の
「ナイトメア…………の被害者…………なんですか……?」
正解かどうかの判定を貰う前に、メリクが食いついてきた。
「そう聞いてる。ナイトメアの所為で、精神が傷付きやすくなってるって」
「そうね。そして、もし討伐隊の支援に失敗したら、仮にイーターから逃れられても討伐隊からの非難は避けられない。今のシャリオには大きなリスクよ」
王女のシャリオへの理解に、思わず唸りそうになった。
リッズシェアはもう、単なる寄せ集めの集団じゃないんだな。
「好物のパールベリーをあげなくても意思の疎通が出来るようになるまで結構かかったし。シャリオの事は大分わかってきてる。彼女だけじゃない。他の三人も」
そこまで呟き、リッピィア王女は思案顔で俯いた。
リッズシェアと俺達が組むメリット、デメリットを考えているんだろう。
「実は、討伐隊の支援は断られているんです。諦めるつもりはないって王女は言い続けていますが」
リズがこっそり耳打ちで教えてくれたその情報は、ある意味妥当だった。
俺だって、身内が誰もいなくてリッピィア王女と何度も接していなかったら、王女の娯楽としか思えないもんな。
「……わかりました。父と話をしてきます」
そう告げたリッピィア王女の顔と声は、王族の気品に満ちていた。
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