7-39

 実の娘、つまり本当の王女ではないリッピィア王女にとって、国王への取り次ぎは決して容易じゃない。

 恐らく国王本人は気さくな人柄で、会って話がしたいと申し出れば時間の都合を付けて会ってくれるだろうが、国王という身分はそんな単純にはいかない。

 まずは官吏に話を通して、国王のスケジュールを確認し、空いている時間があって尚且つ国王に会う意思があった時、ようやく会話が出来る。


 例え王女の仕事をしていても、影武者であるリッピィアにはそういう手順が必要。

 取り次ぎは基本時間がかかるし、場合によっては何度も粘り強く交渉する事もしなければならない。

 それでも彼女は、そんな面倒さを一切俺達に説明せず、自分で全てを背負い込んで『父と話をする』とだけ告げた。


「テキトーに見えて、責任感の強い人なんだ。今私達と取り組んでいるリッズシェアも、決して安易な思いつきではない。小回りが利く部隊がない事を憂慮し、各方面にカドが立たない形で支援部隊を常駐させる最善策として、今の形を選択したんだ」


 思いの外、リッピィア王女はリッズシェアのメンバーに詳細まで話していたらしい。

 アイリスにそう代弁された事で、リッピィア王女の思惑がほぼ判明した。


 国民に勇気を与える為、歌って踊れるユニットを結成したい――――


 この提案自体は、本来なら王宮の人間が行うものではないし、仮に提案したとしても、下々に命じて民間委託するのが通常の流れだ。

 だから、王女自らが行う時点で『王女の娯楽』という見方をされるのは当然と言える。

 遊芸を専門とした部隊など、それこそ本来は劇団の類であって戦闘に携わる集団である筈もなく、そのような分野を専門としている人物もいないのだから、介入しようもない。


 一方で、私兵を募って支援部隊を作るとなると話は別。

 その兵は本当に信用に値するのか、能力はどうなのか、部隊としての存在価値は、予算は、現存する部隊との連携は、立場は、役割は――――など、あらゆる事が精査される。

 仮とはいえ王女という身分の為、『兵団の新設など余計な混乱を招くだけ』と軍事部門のトップから突っぱねられる事なく、王女の顔を立てる為に一通りの査定を行い、その上で却下される流れになるのは間違いない。


 こんな事態になれば、あらゆる部署にしわ寄せがいく迷惑行為以外の何物でもない。

 そういったマイナス面を極力排除すべく、リッピィア王女は娯楽ユニットという形でリッズシェアを結成した。

 これなら余計な精査も手続きも入らず、それこそ王女の娯楽の範疇として自由に新設出来る訳だ。


 そこまでして王女が支援部隊を設立したのは、彼女なりに様々な思惑があっての事。

 いずれ影武者の地位から離れる際の『言い訳』にも使えるし『護衛』にも出来る。

 加えて、今回国王が立ち上げたイーター討伐隊のような、突然のケースにも関与がし易い。


 何より、国家主導の部隊、兵団とは違って、柔軟に対応し情報を共有出来る少数精鋭ならではの強みがある。

 イーターという巨大な敵と戦う上で、小回りが利くか否かは非常に重要な問題だ。


『でもその分、人選は限られた範囲でしか出来ないし、自分が動けば悪目立ちもするから、シーラに一任したと話していたのをエルテは思い出し記すわ』


「結構重要なポジションを担ってたんだな、俺」


 リッピィア王女と特別懇意にしていた訳じゃないけど、一応初対面時に特殊な出会いを果たして以降、それなりに信頼を得るだけの積み重ねはあった……のか?

 自分では良くわからないけど、多分そうなんだろう。


「わたしなんてLv.18だから何のお役にも立てないと何度もイジけたんですが、その度に王女様が励ましてくれました。とてもお優しい方です」


 声にこそ出さなかったけど、リズの発言にシャリオも同意の首肯をしていた。

 思った以上にリッズシェアは纏まっている。

 リーダーであるリッピィア王女のカリスマがあってこそだろう。


 それだけに、俺とメリクがこのリッズシェアと連携を取る事が、果たして彼女達のプラスになるかどうか――――再考する余地があるかもと思ってしまう。

 ただでさえ微妙な、繊細な立ち位置にある部隊なのに、はみ出し者の俺達が関わったら余計に肩身が狭くなるんじゃないだろうか……


「出来ればわたしは、信頼出来る人と一緒に戦いたいです。だから、シーラ君達と共闘出来ればそれが一番です」


「そうだな。恐らく本隊の再編成で遠征は延期はされるだろうが、そう長くはかからず出発の目処が立つだろう。信頼関係を一から構築するより、既に相互理解出来ている仲間同士で組む方が効率も良い」


 幸い、メンバーの皆は歓迎してくれている。俺は兎も角メリクも受け入れてくれるのはありがたい。

 後はリッピィア王女がしっかり取り次ぎを頼んでくれれば――――


「話を付けて来た!」


 ……え?


「何キョトンとしてるのシーラ。今から貴方が直接父と話なさい。時間はちゃんと確保してあるから」


「そ、そんな簡単に?」


「私を誰だと思ってるの? リッピちゃんよ? 取り次ぎに時間がかかるとか面倒な手続きが要るとか思ってたんでしょうけど、そんなのガン付けて威圧すれば最優先でやってくれるのよ。影武者でも王女は王女。お役所仕事なんてさせるものですか」


 どうやら俺はリッピィア王女を見くびっていたらしい。

 案外、同じような事がこれまで何度もあったのかもしれない。


「わ、わかりました。心の準備は出来てるんで、今から行きます」


「ついてらっしゃい。メリクだったかしら、貴方も一緒にね」


「……………………………………………………………………………わかりました……」


 うわ、かつてないほど間延びが凄い。

 まあ今すぐに王様に会うってのは想定しなかっただろうからなあ。


「メリク、話は俺がするから君は聞かれた事だけ正直に答えてくれれば良い。妙な流れになったら俺がフォローするから」


「…………はい……頼りにしています……」


 少し落ち着いたっぽいな。

 メリクの場合、間延びの具合で精神状態がわかるから助かる。

 彼の場合、元々嘘はつけない性格だろうから、特に問題はないな。


「リッピィア様、国王陛下との関係は良好なんですね。安心しました」


「リッピちゃんって呼びなさいっつってるでしょ」


「それは無理です。折衷案でリッピちゃん様なら……」


「それはナシ」


 そんな軽口を交えつつ、謁見の間へと向かった。





 謁見の間には先客がいたらしく、扉の前で少しの間待たされたものの、ほぼ滞りなく国王と相対する事が出来た。

 ビルドレット様は相変わらず筋骨隆々で、心なしか最初に出会った時よりも筋肉が膨らんで一回り大きくなっているように見える。

 身体を鍛えるのが趣味なのか、国の象徴として強さを誇示する為の身体作りなのか、自らも参戦すべく本気で戦闘に耐え得る肉体に仕上げているのか……全部かな、なんとなく。


「よう! なんかオレに話があるんだってな! なんだい?」


 そしてこの気さくな感じも変わらない。

 これからする話が、そんな国王に果たしてどんな変化をもたらすのか、それとも全く変わらないのか――――


「先日、陛下が編成した討伐隊が空中分解した件、当事者の一人として責任を痛感しております。心よりお詫び致します」


「あーそれな。なら死んで詫びっか!?」


 ……え?


 いや、ちょっ、待っ――――


「冗談冗談! 今の御時世、そんな事したら独裁者っつってクーデター食らうからさ! いや食らわなくてもやんないけどさ!」


 し、心臓に悪い……カラッとしてるだけに、冗談とはいえ想定外の非情宣告に思わず肝が冷えた。

 案外、この御時世じゃなかったらアッサリ死刑を言い渡すタイプかもしれないな……


「その件はエルオーレットとヘリオニキスから報告受けてっから。なんかゴタゴタしちまったんだってな。そっちの盾の奴はウォーランドサンチュリア人だったな? 災難だったな」


「…………いえ………………………………一丸となれなくて……………………申し訳ありませんでした」


「いーっていーって! ま、原因はちゃんと解明しなくちゃだけどな! エルオーレット達の報告を鵜呑みにはしてねーけどさ、何が原因で誰の目論みだったかなんて、ちゃんと調べないとわかんねーから!」


 流石は受難の時代を生きる国王陛下。

 恐らくヒストピア側の報告は『狭量なウォーランドサンチュリア人が急に怒り出して席を立った』若しくは『ほぼ部外者のシーラという身の程知らずが場の空気を悪くした』みたいな感じの内容だったと思うんだけど、それをそのまま受け取る気はないらしい。


 しかも『目論み』なんて言葉を使ってるって事は、あの一件が仕組まれた出来事かもしれないと感じてる訳だ。

 まあそれについては、恐らくヘリオニキスがその可能性を示唆したんだろうけど、それでも短絡的に『ウォーランドサンチュリア人が悪い!』と判断しないのは助かる。


 国内最高の権力を持つ人間は、持論がそのまま正義となる。

 国のトップがどんな人間かによって、その国の正義が決まるんだ。

 でもウォーランドサンチュリア人との共闘を望んだこのビルドレット国王は、自分で正義を作るんじゃなく、何が正解かを判断する力を持っている御方みたいだ。


「で、話って? お詫びだけなら来る意味ないもんな」


「はい。陛下によって再編成されるであろう討伐隊とは別に、もう一つ小規模の部隊を結成する事を許可願いたく馳せ参じました」


 奇を衒わず、嘘はつかず、希望をそのまま口にした。

 恐らくこの方に対しては、そのやり方が一番良い方向に向かう。


 本当はステラにも国王の性格を聞いて、慎重に話の運び方を検討する予定だったけど、そうする暇もなかったし、必要もない。

 リッピィア王女に頼まれ、これだけ早く謁見を実現させたって事は、俺が抱いた第一印象そのままの御方と判断して良い筈だ。


「別部隊を作るのか? なんで?」


「先日の一件で、討伐隊メンバー間に多少なりとも遺恨が残ったように見受けられました。このまま再編成すると疑心暗鬼となって結束もままなりません。そうならない為には、監視役が必要だと思うのです」


「それをお前達がやるのか?」


「はい。ヒストピア人の私と、ここにいるウォーランドサンチュリア人のメリクが、討伐隊の中に裏切り者がいないか監視します。また、ウォーランドサンチュリア人に裏切り者がいたと発覚した場合も、即座に御報告致します」


 つまり、俺とメリクであの討伐隊の仲間割れの真相を究明する。

 そして同時に、監視役が存在していると示唆する事で、仲間内で不審がるのを防ぐ。

 別部隊が設立された時点で、その部隊が監視役を担っているのは容易に想像出来るし、なら裏切りの件はそっちに一任して戦いに集中しよう、って流れを作れる――――そんな算段だ。


「如何……でしょうか」


 後は陛下がどう判断するか。

 熟考している様子のビルドレット国王を目の当たりにしながら、静かに時を待った。


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