7-31

 唐突な、そして全く想像もしていなかったエルテ――――水流のブロウに対する隔絶宣言に、正直頭の中が真っ白になった。


 オンゲーの経験が少ない俺でも、事の重大さはわかる。

 他プレイヤーに対して、幾ら当事者が今はいないとはいえ、追放を提案するって事は……もう埋められないくらい深い溝が両者の間に出来ている証。

 普通はこんな話が出て来る時点で、もうグループとしては末期の状態だ。


 ……いや、そんな事になってたの?

 このラボの実情。

 俺が知らなかっただけで、水流とブロウの間にそこまで深刻な確執が……?


 ちょっと待て。

 幾らなんでも一足飛びが過ぎる。

 もしブロウが気に入らないのなら、まず俺か終夜に相談するだろうし、それでもギスギスするようならゲーム内だろうとケンカの一つや二つはして然るべきだ。


 そういう過程が一切なく、いきなり追放?

 流石にあり得ない。

 ブロウの方からも、そんな深刻な状態になってるって話は一切出てないし。


 だとしたらこれは……ドッキリ?

 俺を驚かす為のサプライズ?

 水流なら、それくらいの事はやりかねない気がする。


 でも、確証はない。

 この際SIGNで聞いてみるか?

 キャラになりきって会議しているこの集いの中でそれをやるのはルール違反だけど、ちょっと扱う議題が重過ぎる。


『今までラボの為を思ってずっと我慢して来たけど、ブロウのエルテに対する接し方は本当に気持ちが悪いと辛い胸の内を記すわ』

 

 ……なんかガチっぽい気もして来た。

 確かに、ブロウのロリババア崇拝はキャラ作りなのがわかってても若干引くし、崇拝対象にされてしまったエルテは傍観者の立場の俺より遥かに鬱陶しいだろう。


 とは言ってもだよ。


「辛い気持ちはわかった。でも、いきなり追放はちょっとやり過ぎじゃないかな」


「いえ、やり過ぎじゃありません。妥当です」


 終夜まで乗っかってきた!

 

「私も常々、ブロウ君が時折見せるあの異様な執着心に生理的嫌悪感を抱いていました。今まで言えませんでしたが」


 嘘だろ……これ完全にマジトーンじゃん……

 不評なのは知ってたし、女性陣からぞんざいに扱われてはいたけど、半分くらいはネタなんだと思ってた。

 でもこの二人の発言、到底ネタとは思えない。


『ちょうど良い機会だからシーラ、貴方はロリババアをどう思っているのか聞かせてとエルテは参考意見の聴取の為に記すわ』


 俺にまで火の粉が……!?


 でも、ようやく二人の気持ちが見えてきたというか、俺と二人の温度差の正体が見えてきた。

 

「結論から言えば興味はないよ。でも、幼女や少女の姿をした数百歳、数千歳の女性がいたとして、その人物に対して思うところはない。人間を超越した存在なのは間違いないけど、そこに嫌悪感とか拒絶反応みたいなのは全くない」


 シーラとしての認識はこんなところだ。

 そして、俺――――春秋深海としても、ほぼ同じ意見。

 ファンタジー系のゲームには、精霊や悪霊みたいな存在でその手のキャラはよく出て来るから、別に抵抗とかはない。


『なら、ロリババアに異常な興奮を覚えている男をどう思うか聞かせてと記すわ』


「気持ち悪いけど、絶縁するほどの抵抗感はないかな」


 もしそれがあるのなら、とっくに袂を分かつ決断を下していただろう。

 ぶっちゃけロリコンとあんまり変わらないって印象だ。

 本人からしたら天と地ほどの違いがあるんだろうけど。


『問題はそこにあると、エルテは嘆息混じりに記すわ』


「そうですよね。認識の相違の断層が凄い事になってます」


 やっぱりそうか。

 男の俺と女性の終夜と水流の間には、ロリババアに対しての印象が全く違うんだ。


 ロリババアって多分、男の歪んだ性癖が生み出した属性なんだよな。

 物語の設定上、そういうキャラがいる事自体は彼女達も納得は出来る筈。

 でも、それが一つのカテゴリーとして定着した途端、その愛好者も含めて『気色の悪い一群』になってしまうんだろう。


 例えば『男の娘』なんかもそうだ。

 この世界にいるテイルの助手のネクマロンはそれに近い存在だけど、彼本人に対して思うところは何もない。

 でも、男の娘と一括りにした途端、なんか狡猾というか、卑しいというか、いやらしさを感じてしまう。


 特にロリババアの場合、女性陣からすれば『男が女を自分達の都合の良いように魔改造した存在』みたく思えてしまうのかもしれない。


 逆の立場で言うと……『過剰に赤面する男』とかがそうかもしれない。

 あれ、男の立場から見ると結構気持ち悪いんだよな。

 そう考えると、水流達の嫌悪感にはちょっと納得してしまうところがある。


 反面、折角良い感じでここまで来たのに、ここに来てラボメンバーを追放させるのは避けたい。

 ブロウが朱宮さんか否かの問題を抜きにしても、彼はラボ内で重要な存在だし、俺個人にとっても大事な仲間だ。

 ここは俺が仲裁に入るしかないな。


「二人の気持ちはわかった。エルテ、今まで耐えてきてくれてありがとう。それと、気付けなくて申し訳なかった。俺がもっと早くあいつを注意すべきだった」


『そんな言い方をされても困るとエルテは記すわ』


 確かに困惑してるな。

 エルテ……というか水流は困ると語彙が極端に減って、シンプルな物言いになる。


「この件は俺に預けて貰えないか? ブロウだって悪気があって気持ち悪くなった訳じゃない。それに、俺達だってあいつの強さや経験を当て込んでパーティを組んだ訳で、そこには別種類だけどいやらしさがある。こっちが一方的に追放するのはフェアじゃないし、やってはいけない事だと思う」


 逆に俺は、逆境になればなるほど冗長になる。

 不安だから言葉を重ねているのかもしれない。


「シーラ君が、ブロウ君にこれ以上エルテをロリババア扱いしないよう忠告するって事ですか?」


「いや、その程度で済む話なら、そもそもエルテがブロウにそう言えば良いだけだ。ブロウに気を使う理由なんてないだろうし、遠慮なく言える筈」


 でも実際には言えなかった。

 ブロウのアイデンティティを全否定する事に繋がるからだ。


 誰だって、自分の趣味嗜好を『気持ち悪い』と言われれば相当傷付くし、最悪私生活に支障が出るレベルで落ち込む。

 でもそこに遠慮して中途半端に注意したら、今度はダメージが通らず『キャラ作りでやってるのに何マジになってるの?』と逆ギレ&反撃されかねない怖さがある。

 中学生の水流にとって、そんな危ない橋は渡れないだろう。


 最近のブロウはロリババアについて余り語ってなかったし、このタイミングで限界を迎えたとは思えない。

 とっくに限界を越えていて、それでも我慢してたんだろう。


 一つの事で嫌いになると、別の部分に対しても嫌悪感を抱くようになるって言うし、もう水流の中でブロウは『ロリババアに関係なく全部嫌い』って次元まで落ちてしまってるのかも。

 だったらもう修復は不可能と諦めたくなるけど……そういう訳にもいかないよな。


「彼がロリババアを好きな理由を聞いて、それを二人に話す。その理由に納得したら、ブロウに今までの配慮のない対応について謝罪させるから、それを受け入れて欲しい」


「納得出来なかったらどうするんですか?」


「ラボからは追放しない。でも、徹底してエルテとは別行動を取って貰う。部隊を分ける感じかな」


 まるで家庭内別居みたいだけど、この際仕方がない。

 これが最善策だ。


「エルテ、それで良いか?」


『シーラの顔を立てると、エルテは自分の感情を押し殺して記すわ』


「いや押し殺さなくていいから。嫌なら嫌って言ってくれれば別の案を考えるし」


「そうですよ。エルテが遠慮する必要はないんです。今まで遠慮し過ぎだったんですよ」


 終夜の言葉は、まるで子供のようなシンプルさだったけど、俺よりも遥かに言葉の重みがあるように感じた。きっと俺が彼女の境遇を少し知っているからだろう。苦労人はこういう時に強い。


『エルテは大丈夫。さっきのシーラの提案で問題ないと記すわ。二人ともありがと』


 その返事をもって、会議はようやく終わった。


 ……取り敢えず、解決への糸口は見出せた。

 後は、俺がブロウと話すだけか。


 ブロウとの会話はゲーム内に限られる。

 でも、今の状況でそれはちょっとな……腹を割って話せそうにない。

『そういうキャラだから』でお茶を濁されるのが一番厄介だ。


 どうやら、その時が来たみたいだ。

 まさかこんな形で……とは思わなかったけど。


 あと、ウチのラボがこんな泥沼化してるなんて夢にも思わなかった。

 水流がそこまでストレスを溜め込んでいたとはな……気付けなかったのが本当に悔やまれる。

 二人で会ってる時やSIGNで話してる時は、そんな様子一切なかったし。


 ……このタイミングでSIGNか。

 まず間違いなく水流だろうな。



『ごめんね』『ブロウと同じ討伐隊に入るかもって思ったらテンパって』



 そうか、それがきっかけだったのか。


 水流の性格からして、俺や終夜を巻き込むのをギリギリまで拒否していたんだろう。

 でも今回、イーター討伐隊のウォーランドサンチュリア勢が抜けた補充の為、Lv.100未満の実証実験士も討伐隊に呼ばれる可能性大……というルートに入った。

 もしブロウと同じ討伐隊で戦う事になったら、私的な感情で討伐隊に迷惑をかけるかもしれない……と思ったんだろう。

 

 だとしたら、このルートに入るのを選択した俺の責任は重い。

 


『ブロウの件は俺に任せて』『水流が辛い思いしなくて良いようにする』『約束する』



 ……送信アイコン押す指がちょっと震える程度には、自分でもクサい事書いちゃったなとは思った。

 自分に酔ってると思われそうな懸念もあった。

 でも、偽りなくありのまま思ったことを書いたつもりだ。


 

『お願いします』



 ふぅ……


 この短い返答から、水流の感情を推し量るのは無理だ。

 取り敢えず一息つこう。

 その前にログアウトしないと……っと、また着信来た。


 これって――――



『約束』

 


 ……緊張した。

 一瞬、妙な期待をしてしまった自分が恥ずかしい。

 こんなタイミングだから、何か決定的な言葉が書かれてるかもって身構えちゃったよ。


 でも、この言葉の意味も重い。

 約束を果たす奴だって思って貰えるよう、ちゃんとしないと。



 朱宮さんに連絡しよう。


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