7-32
『おはようございます』『折り入ってお話したい事があります』『近々まとまった時間を頂ける事は可能ですか?』
……ふぅ。
たったこれだけの文章を送信するのに、えらく精神を削られた気がする。
でも、取り敢えずアプローチとしてはこんなもんだろう。
6月23日(日)8:38
早朝からこんな堅苦しいメッセージ送るの超しんどい。
本当は昨晩送りたかったんだけど、これから仕事って人に送る文章じゃないしな……日曜の朝から読みたい文章でもないけど。
そもそも、声優って日曜は休みなんだろうか?
なんかその辺の実情とか実態って全然わからないから、配慮しようもないんだよな。
朝早いイメージはないし、まだ寝てるのかも……昼頃に送れば良かったかな。
って、通知音鳴っちゃったよ!
この時間帯に他の人からSIGNが来るって事はまずない。
なんか緊張するな……
『おはようございます』『今日は午前中収録ないから大丈夫』『何?』
え、今から!?
まだ心の準備が……なんて言ってる場合じゃない。
一つ間違えば、これまでの関係性が全て崩れてしまう。
カフェのプロジェクト参加もなしになってしまうかもしれない。
ゲーム内のトラブルを解決する為にしては、リスクが大き過ぎる気もする。
でも、この件は俺自身もずっと抱えていたモヤモヤなんだ。
水流や終夜の為だけじゃない。
他の誰でもない、自分の為に踏み入れなきゃいけない事だ。
『朱宮さんの名前、ソウザブロウでしたよね』
……送った。
これでわからないほど鈍い人じゃないだろう。
その上ですっ惚けられるとなれば、触れるなって意思表示と受け取るしかない。
その場合はどうするか。
昨日、寝ながら考えてて一番悩んだのがこれだ。
結局、ゲームでもたまに見かける『なら、今から言うのは僕の独り言です』路線でいく事に決めた。
正直、ちょっと言ってみたいセリフではある。
フザけてると思われかねないのがネックだけど、他に良い手段が思い付かなかったんだから仕方ない。
にしても……返信来ないな。
いつも余裕ある態度だから想像し辛いけど、何気に動揺してるのかも。
こっちまで緊張してくるな……いや元々してるけど。
6月23日(日)8:52
10分音沙汰なし。
10分って結構長いんだな……ゲームやってる時やテスト中はあっと言う間なのに。
何もしないでただ待つだけの10分、ここまで苦痛だったなんて……
でも、流石にそろそろ何かリアクションあるだろう。
どういう内容の返信が来ても対応出来るよう、昨日寝ながら散々考えてきたし、覚悟はもう出来ている。
いつでも良いよ朱宮さん。
どんな返事をくれるんだい?
6月23日(日)9:12
……いやいやいや。
30分はないよ30分は。
どんだけ時間かかるの。
まさか二度寝?
そんな訳ないよな。
すぐ既読になったし。
……え?
これってもしかして既読スルー?
2ターン目で突然の既読スルーとか斬新過ぎるでしょ!
あ、でも終夜は会話中に突然返信が途切れる事あるよな。
あいつ特有のフリーズ現象。
……まさか朱宮さんもフリーズ持ちなんじゃないよな?
いやでも、ゲーム中そんな状況に陥った事はなかった。
けど、ブロウが返答に困るような状況自体、殆どなかったからな……
「兄ーに、朝ごはん食べないのー? っていうか寝てる? 寝てるなら起こしに行くよー。すっごい起こすよー」
う……もうそんな時間か。
まさかこっちの都合の方がヤバくなるなんて想像もしてなかった。
っていうか来未、すっごい起こすって何? どんな起こし方想定したらその表現になるんだ?
仕方ない。
朝食は諦めよう。
「起きてるよ! 食欲ないから朝飯は要らない!」
「えー、朝から楽したいお母さんの煩悩の塊なんだよ? 要らないなら来未貰うけど良い――――痛たたたたたた!」
朝っぱらから相変わらず余計な一言で身を削ってるな、我が妹。
あと最近覚えたネタすぐ使いたがるよな……あいつ。子供か。
……子供か。まだ中学生だし。
いやでも、それ言ったら同い年の水流も子供って事になるよな。
俺は子供相手に掌の上でコロコロ転がされてるのか……?
あいつが『せんぱーい』っつってSIGN送ってくる度にドキドキしてるんだけど、俺。
って、そんな事は今は良いんだよ!
それよりSIGNは……来てなーーーい!
朱宮さん?
もう40分になりますよ?
これだけ待つと緊張もどっかにいっちゃうな。
これはもう、こっちから送るしかないか?
でも急かすみたいで印象良くないよな。
こっちはもうド直球投げてる訳だし、これ以上の補足も無理がある。
待つしかないか。
朝飯抜いたから、カフェの開店ギリギリまでは粘れる。
最近ダイエットしてんのってくらいちょくちょくメシ抜いてるよな、俺……
6月23日(日)9:42
一時間!
一時間無言は逆に凄い!!
これ、流石に何かあったんじゃないかな……スマホ落として壊れたとか、別件の急用が入って返信出来なくなったとか。
何にしても、もうカフェは開店しちゃうし、このやり取りを仕事中にする度胸は俺にはない。
一旦抜けるとメッセージを送って……でもそれもなんか微妙に感じ悪く受け取られそうで嫌なんだよな。
『これだけ待ったのに反応なし? やってられませんわ』って意思表示をしたと受け取られかねないというか……
考え過ぎかもしれないけど、ここは一旦第三者を挟もう。
rain君、起きてるかな……
『おはようございます、突然すみません』『今大丈夫ですか?』
……既読にすらなんない。
イラストレーターも日曜ってあんまり関係なさそうな職種だけど、規則正しい生活をしてる印象も特にないしな……
仕方ない、極力嫌味ったらしくならない文章を送っておこう。
『カフェのお手伝いがあるので一旦抜けますね』『お昼頃戻ります』
これなら圧かけてる感じはあんまりないと思うけど、受け取り方は人それぞれ。
自分に出来る事はやった。
後は昼、答えが出るのを信じて待とう。
6月23日(日)12:28
「いらっしゃいませ! お二人様ですか? こちらの席へどうぞー♪」
……まさかの大繁盛!
特に何かキャンペーンみたいなのを打って出ている訳でもないし、めぼしいコンシューマの新作出てないから、来未のコスプレも二十数年前の大ヒット
なのに今日に限って、ランチタイムとはいえ席の大半が埋まってしまい、接客に借り出されてしまった。
稀にあるんだよな、この現象。
今日みたいに梅雨時なのに晴れた週末とか、あと近くで何かイベントがあった時とか。
その合わせ技かもしれない。
これだとスマホを確認する余裕もない。
中途半端に確認だけしても、対応出来ないんじゃ意味ないしな……それこそ既読スルーしちゃう事になる。
仕方ない、客足が落ち着くまで一旦頭から消そう。
6月23日(日)15:25
……結局ランチタイム終了まで忙しかった。
一体何があったんだってくらい客足途絶えなかったな。
「お疲れ、深海。大分遅くなったけど、お昼休憩取って良いよ」
厨房から現れた母さんは疲れた顔も見せず、充実した表情。
ちょっと複雑な心境だったけど、こんな顔を見せられたらこっちも嬉しくなる。
「材料よくもったね」
「ギリギリ。これから夜の分を買い足して来ないと。夕方まで一旦閉めるね」
慌てた様子で母さんは奥に引っ込んだ。
買い物用の外出着に着替えるんだろう。
取り敢えず、夕方までは自由時間だ。
朝から何も食べてないから、正直かなり腹は減ってるけど、それより今はスマホを確認しないと。
「凄かったね今日。何があったのかな? こんなのウチのカフェじゃないよ」
「ホントそれな。まるで人気店じゃーん……ってやかましいわ!」
……娘と父のドツキ漫才が店内で行われている。浮かれてんなー。
連中のいるところで真面目な話は出来ない。
一旦部屋に戻るか。
「おう深海、今日は御苦労だったな」
「ああ。俺一旦部屋で休憩するから」
「ンだよつれねーな。珍しく大繁盛だったんだから、ハイタッチの一つや二つしようぜ。ウェイウェーイ」
今時ウェーイってリアルに言う奴いないと思うんだけど……いるの?
「兄ーにって最近直ぐ部屋に籠もるよね。女とSIGN? また女出来たの?」
「マジかよ! やるねー。まさかお前が非モテ男子卒業するとはな……」
「非モテ男子言うな。あと女出来てない」
最低限の指摘だけして、部屋に直行。今日は連中を相手にしている暇はない。
さて、SIGNは……来てる来てる。
幾らなんでも7時間近く放置はないよな――――
『大丈夫だよー』『なになに』
……しまった。
rain君に『自己解決しました』って送るの忘れてた。
でもこの返信、今から二時間前だな。
つまり、俺が送った四時間後に目覚めたのか。
っていうか、四時間前の『今大丈夫ですか?』にこの反応……でもこっちとしては救われる。
きっと普段からリアクションの遅い人を相手にやり取りし慣れているんだろう。
ならこっちもタイムラグに遠慮せず送ろう。
『朱宮さんが会話の途中で急に返信途切れちゃいまして』『連絡取れます?』
これでよし。
……お、もう返信来た。
『アケさん閉じちゃった?』『久々だ』
え?
それって、まさか……
『アケさんって普段は誠実なんだけど』『どうにもならない事があるとシャッター下ろす人なんだよね』『最近は大丈夫だったんだけど』
えぇぇぇぇ……!?
閉じるってつまり、逃げ癖?
それは想像してなかった。
でも、確かにオフ会頑なに断ったり、そういう傾向は以前から匂わせてたかも……
『参考までに聞きたいんですが』『下ろしたシャッターを上げるの、どれくらいかかります?』
『最短で一週間』
一週間!?
閉じ過ぎでしょ幾らなんでも!
『その間も仕事はちゃんとするんだけどね』『閉じた原因に対してはもう完全に無』『全然喋んない』
マジか……地雷踏んだどころの騒ぎじゃないな。
とはいっても、一週間はとても待てない。
強引にでも向き合って貰わないと。
『何があったの?』
『隠し事を指摘してしまって』
具体的な内容は言えないから、ここまでが限界。
rain君は察してくれたらしく『なら大変だけど頑張って』と言い残し、仕事に戻った。
……どうしたもんか。
俺や終夜とは種類が違うけど、割と近い問題抱えてたんだな、朱宮さん。
だったら、それを話すしかないか。
体当たりだな、もう。
『俺は表情を作れません』『笑おうとしても笑えません』『そういう問題を抱えています』『もし朱宮さんが近い問題を抱えているなら、その事も話したいです』『連絡待ってます』
朱宮さんがこれを見てどう思うかはわからない。
見もしないかもしれない。
どうか良い方に向かって欲しい――――その一心で、送信アイコンを押した。
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