7-30
王子が王様の邪魔をしようとしている――――そんな国家を揺るがす疑惑を口にしてしまった事に、思わず顔から体温が消えていく。
いや、ゲームの中の話なんだし、まして単なる予想の段階なんだからゾッとしても仕方ないんだけど、ついシーラの心情にシンクロしてしまった。
我ながら入り込んでるなあ。
「滅多な事を口にするものじゃないよ、シーラ」
そんな俺にブロウからお叱りの言葉が飛んできた。彼もまた、この裏アカデミの世界に入り込んでいる。こういう反応されるのは素直に嬉しい。
『でも、シーラの言う事には一理あるとエルテは臆面なく記すわ』
「私は良くわかりません。女神は人の親子関係に口を挟まないのです」
女神設定の使いどころがおかしい終夜inリズは放っておくとして、水流inエルテが加勢してくれたのは意外だった。こういう時は真っ先に反論する印象だったのに。
「考え方として整合性が取れている、辻褄が合っているのは認めるけど、王族批判を軽々しく口に出してはいけない。僕達だけの会議とは言っても、誰かが聞いているとも限らないからね。実際、僕達の行動はテイルに筒抜けなんだしさ」
……そう言えば、そんな設定あったな。
すっかり忘れてた。
「確かに軽率だった。これからテイルを口止めしてくる」
「こらこらこら!」
割と本気だったんだけど、ブロウはボケと解釈したらしい。
律儀にツッコんでくる辺り、難儀な性格をしてるよな。
……正直、俺の中でもう七割、いや八割くらいブロウ=朱宮さんという図式が有力になっている。
この律儀さも根拠の一つ。
ただ、これを十割にして良いのかどうかは悩み所だ。
確かめる方法はある。
朱宮さんは今日の25時……つまり深夜1時から、現在出演中のアニメのラジオに出演予定がある。
もしブロウが朱宮さんなら、ここに長居は出来ない筈だ。
ブロウが退室したタイミングで朱宮さんにSIGNで『これからラジオですか?』と送れば、流石に誤魔化せないと察して何らかの反応を示すだろう。
でもそれは、朱宮さんとの信頼関係が崩壊する事を意味する。
これまでカミングアウトする機会は幾らでもあったけど、朱宮さんは敢えてそれをしなかった。
オフ会にも参加しないし、俺に知られたくないと考えるのが普通だ。
それを無視して我欲を優先させるのは、やっぱり良くない。
この件は一旦忘れよう。
それがオンラインゲームとの付き合い方だ。
「ブロウ君は今後も討伐隊の一員でいる予定なんですよね?」
珍しく終夜が気を利かせて話題転換してくれた。
何気に成長してるのかもしれない……なんて上から目線で評価するのも止めておこう。
「そうだね。会議の後にそれぞれの意思確認はしていないから、シーラ以外の全員が残るとも限らないけど」
誰か抜けるとしたら、そいつをこっちに勧誘するって手もあるな。
俺を会議中に罵倒してきた連中は除外……と言いたいところだけど、そんな余裕はない。
グレストロイは論外だけど、他の連中には声だけでもかけてみよう。
とはいえ……
「自分の意思で討伐隊を抜けるのは、陛下への反逆と見なされる恐れがある。シーラ、君はその点をどう考えているのか聞かせてくれないか?」
そうなんだよな。
だからまず抜ける奴はいないと考えるべきだろう。
「あの……」
おずおずとリズが挙手する。
「それ、私が先にシーラ君に聞いたのですけど」
『確かに、さっきリズが質問しようとしていたのと同じ内容ね。わざわざリズの話に割り込んで、その質問を奪うなんて外道のやる事だとエルテは舌鋒鋭く記すわ』
「……すいません」
相変わらずウチの女性陣はブロウに厳しいな。
まあ変態キャラの扱いはこんなもんか。
特にエルテは様付けで呼ばれてるし、何気に嫌がってそう。
水流に後で本音を聞いてみようかな。
「それで、シーラ君。どうなんですか?」
「ああ。その点については直接陛下とお話させて貰おうと思ってるよ」
ビルドレット陛下はかなり気さくなキャラだし、その辺りはどうにでもなると思う。
実の娘のステラに頼むって手もあるし。
勝算我にあり、だ。
「それって大丈夫なんでしょうか……?」
『高確率で失敗に終わると、エルテは高笑いする準備をしながら記すわ』
ぐっ……ここに来て煽ってきやがったな水流。
相変わらず緩急自在の小悪魔め。
「何にしても、陛下には筋を通さないといけないからな。避けては通れない」
「シーラ君は結構マジメですよね」
『うん、真面目』
……水流、また素になってるな。
まあでも、キャラに完璧になり切って話す方が異端っていうか、普通は無理だよな。
終夜だってほぼ素だし。
「シーラの考えはわかった。今後は微妙な立場同士になるけど、お互い頑張ろう」
「ああ。ラボの仲間なのは変わりないしな」
変態なのは兎も角として、ブロウに対しては仲間として信頼を寄せているつもりだ。
だから迷惑もかけたくない。
もし、国王との話――――交渉になると思うけど、その時にブロウの立場を危うくするような流れになったら、メリクには悪いけど一旦引く事になるだろう。
『次はリズの番ね。エルテも同じ立場だから、まとめて話す方が良いと妙案を記すわ』
「そうですね。エルテにお願いします」
……なんか君達、話がズレてない?
意思の疎通大丈夫か?
『それはズルいとエルテは厳かに不満を記すわ』
「そんな事はないです。エルテの方が年上なので、エルテを立てただけです」
『そっちは女神なんだから、人を立てる必要はないとエルテは正論を記すわ。リズが説明すべき』
「ダメです。私そういうの苦手です。女神は嘘つきません」
……急にグダグダになったな。
まあ、どっちも率先して説明とかするタイプじゃないから仕方ないけど……でもこういう言い合いが出来るのは距離が縮まっている証かもしれない。
変に遠慮し合うよりは近しい関係って気がするし。
『仕方がないからエルテが説明すると疲弊しきった心で記すわ』
最終的に年下の水流が折れる辺りも含めて、彼女達なりの関係性が構築されているんだろう、多分。
ほぼ希望的観測だけど……
『エルテとリズは現在、リッピィア王女のオーダーに基づいて、アイリス、シャリオと一緒に、歌って踊れて戦える女神同盟リッズシェアでの活動を行っている』
……なんか機械音声みたいな文章だな。
終夜ほどじゃないにしても、水流も説明苦手なんだな。
いつもの仕返しにSIGNでツッコんでみようかな。
でも傷付くかもしれないしな……止めておくか。
代わりに、幾つか質問して質疑応答の流れを作ろう。
その方が話しやすいだろうし。
「リッズシェアの結成目的はリッピ王女から聞いたけど、明らかに今回のイーター討伐に間に合うよう仕上げてるよな。アイリスとシャリオは討伐隊にも選ばれている訳だけど、どんな絡み方するつもりなのか王女から聞かされてる?」
『大まかな事は聞いているとエルテは無難に記すわ』
「なら、話せる範囲で良いから教えておいて欲しいんだけど」
『隠すよう言われてはいないから全部教える。リッズシェアは元々支援を前提にしたユニットで、討伐隊についても支援を行う予定だった。アイリスとシャリオは私達と討伐隊を繋ぐ役目。彼女達が間に入って両者が連携するよう、リッピィア王女が陛下に直訴していたとエルテは記すわ』
普通なら、王女の影武者に過ぎないリッピ王女が国王に直訴するのは畏れ多い行為なんだろうけど、彼女も俺の思惑同様にステラを間に挟んだんだろう。
まあ、それをしなくても話を聞いてくれそうな王様だったけど。
『支援ユニットの存在意義は、イーターを混乱させる事にある。イーターには学習能力があるから、最初に実証実験士達のありのままの強さを覚えさせて、その後に支援すれば、イーターの思考の外から攻撃出来る。そういうのがイーター打倒に有効だとリッピィア王女は考えているとエルテは長文を締めるわ』
成程な……それは一理ある。
弱者たる俺達は、正攻法じゃ勝てない。
裏をかくって意味では、確かに有効かもしれない。
『それと、歌って踊れて戦える美少女ユニットが活躍すれば国民に勇気を与えられると王女は話していたとエルテは追記するわ』
「小っ恥ずかしいです……」
終夜は多分素で恥ずかしがっているだろうけど、実際これが王女の一番の狙いだよな。
彼女は影武者生活から脱出したいと願っている。
その一方で、ステラを裏切る気は全くない。
もしリッズシェアが国民的アイドルになれば、リッピ王女は王女という立場以上に『リッズシェアのリーダー』としてのポジションが確立される。
要は目立ち過ぎる。
目立つ影武者なんて成立する訳ないんだから、国王も違う影武者を用意するしかなくなるだろう。
勿論、ステラが自身の血筋に従い王女になる事も普通にあり得る。
いずれにしても、リッピ王女は誰を裏切る事なく影武者を辞められる。
国の為に尽力し、国民に大きな勇気を与える新たな役目を担うのだから。
「そういえば、エルテは明日新たに討伐隊に呼ばれるかもしれないけど、もしそうなったらどうするつもりだ?」
『王女の指示に従うと当然の答えを記すわ』
つまり、自ら拒否する気はない訳か。
でもそうなると、リズがいよいよ孤立しそうな気がするけど……
「私は大丈夫です。役割は違っても、同じラボの仲間ですから」
おおっ、良く言った終夜!
やっぱり成長してるよお前。
ゲームは子供の人格形成に影響を及ぼす、と大人は言う。
それは確かだ。
でも決して悪い方にばかりじゃない。
良い方にだって影響を与えるんだ。
ゲームで人との付き合い方や距離感を学んだ子供はきっと沢山いる。
俺は『ゲームとは娯楽』って認識だから、この事をもってゲームの素晴らしさを説く気はない。
でも、ゲームのもたらす良い影響にも目を向けて欲しいとは思う。
少なくとも、俺の親はそうやって育ってきたし、その背中を見て俺も育ってきた。
俺が真っ当に生きる事で、そういう見解もあるってのを示せれば良いんだけど、残念ながらそんな影響力は俺にはない。
だからこそ俺は、これからも娯楽としてゲームに接していける。
『報告は以上とエルテは堂々と記すわ』
「素晴らしかったです。やっぱり女神たる私の目に狂いはありませんでした。エルテはやれる子です」
大げさな気もするけど、取り敢えず会議はこれで一段落。
時間は――――まだ11時か。
思ったよりスムーズだったな。
何気に水流は良い進行役だった。
出しゃばらず、丁度良いタイミングで次に移ってたし。
実は委員長や生徒会の経験があるのかも。
「良い話し合いが出来て良かったよ。申し訳ないけど、僕はそろそろ抜けさせて貰いたい。これから用事があってね」
……ま、そうだろう。
俺はこれを受け入れるしかない。
「了解。またな」
『さようなら』
「お元気で」
「なんか淡白だよねみんな。それじゃ」
若干不満そうな言葉を残して、ブロウは去った。
それじゃ、そろそろ俺も――――
『ここからが本番とエルテは宣言するわ』
ん?
会議は終わったのに、何が本番なんだ?
『ブロウはラボから追放すべきだと、エルテは意見書を提出するわ』
……えええええええ!?
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