7-26
「決起集会が終わって、宿に引き返す途中の城内で偶然耳にしたんだよ。集会の中にLv.20にもなってない奴が参加してるってな。一瞬、詳しく話を聞こうかとも思ったが、その時はジョーやペケルツと一緒だったし、わざわざ立ち止まって話を聞くのもどうかと思ってスルーしたんだよ。でも、宿に帰って一人で寝ながら考えてさ……やっぱ違うんじゃね? て思った訳よ」
一通りラモネースの話を聞いたガーディアルさんは、その厳しい目を名前の出た二人に向ける。
巻き込まれた格好のジョー……悪ガキみたいな外見の男は困った様子で後頭部を掻き毟っていた。
「いや……一緒に帰ってたのは確かだけど、オレはその話は聞いてねー。つっても、雑談しながら歩いてたし、ただ聞こえてなかっただけかもしれねー」
「ジョーと同じだ。自分もその話を聞いた記憶はないけど、そもそも移動中に周囲の発言など意識して耳を傾けでもしない限り明瞭には聞こえない」
小柄なペケルツの発言は、信憑性のある内容だった。
実際、誰かと話している最中にグループ外の声なんて余程声が大きくない限り頭の中には入って来ない。
そして、それをわかった上でラモネースはこの証言をした筈だ。
俺のレベルについて知っている人間は限られる。
でも、それはあくまで俺の視点での話。
例えば、街中でのメリクとの会話を、たまたま城の住人――――研究者や実証実験士が聞いていて、それを噂話として城内で口にしていたかもしれない。
その証拠はない。
でも、違うという証拠もない。
ラモネースは、この件を消極的事実にするつもりだ。
証明が出来ない以上、どちらが正しいと断定するのも不可能。
ならば、ここにいるウォーランドサンチュリア人は最終的に仲間である彼の肩を持つだろう。
ラモネース自身が訴えていたように、彼等は一体感、一枚岩である事に強く拘っている。
故郷を失い少数となった事で、連帯意識が強くなるのは必然。
一方、ヒストピア人に対しての心証は最悪だろうし、俺の提案を受け入れるとなれば、ラモネースだけでなく他にも拒否反応を示す人間が出て来るのは目に見えている。
俺が『ラモネース=スパイ』の確たる証拠を提示出来ない限り、この場はラモネースの思惑通りに事が運ぶ。
そして、その証拠を俺は持っていない。
ラモネースの顔に笑みが浮かぶ。
俺に打つ手がないと、そう確信した表情だ。
実のところ――――打つ手はある。
俺がメリクに自分のレベルを話したと、ここで暴露すれば良い。
そうすれば、今度はメリクに『知っていたのに何故黙っていた?』『どうして仲間を庇わなかった?』と疑惑の目が向けられる。
恐らくラモネースは『メリクこそスパイだ』と彼に全てをなすりつけようとするに違いない。
今後の為にも、出来れば自分に向けられた疑惑の目はここで完全に晴らしたいだろうからな。
この展開に持って行ければ、あとはメリクを擁護する事でラモネースを切り崩せる。
メリクはスパイじゃないんだから、証拠は当然出てこない。
逆にラモネースはスパイの線が濃厚だから、突けば何処かでボロを出す確率が極めて高い。
けど……それを実行する気にはなれない。
メリクを巻き込む訳にはいかないし、万が一ラモネースを言い負かす事が出来なければ、大きな迷惑をかけてしまう。
口惜しいが、ここは一旦引くしか――――
「僕は………………シーラさんが嘘を言っているとは思えません」
――――思わず耳を疑った。
会議中、ただの一言も発しなかったメリクが、一歩前に出てガーディアルさんにそう進言した。
何故だ……?
ここで俺の肩を持つのは、百害あっても一利すらない。
「テメェ、どういうつもりだよ?」
「今…………言った通りです。僕は……シーラさんを信じます」
「このガキ……!」
目を血走らせたラモネースが、歯を折りそうなほど食いしばっている。
その形相は、怒りを飛び越え悦すら見え隠れした。
案の定、この二人は明らかに反目し合っている。
でも、それでもメリクがここで声を上げるとは思っていなかった。
彼はそういう目立つ事はしないタイプだと思い込んでいた。
「落ち着け、ラモネース」
「これが落ち着いていられるかよ! 前々からオレを気に入らないって態度を匂わせちゃいたが、ここで仕掛けてくるとはなあ。信じられねぇ事しやがる。覚悟は出来てるんだろな……?」
ガーディアルさんの制止すら全く聞き入れないほど、ラモネースの頭には血が上っている。
にしても……一体どの口で一体感なんて言っていたのか。
でもそれを指摘して更にこの男を刺激すれば、最悪俺かメリクに攻撃を仕掛けかねない。
それよりも、今言うべきは――――
「ガーディアルさん。貴方はさっきの彼の証言、どう判断していますか?」
この場で最も権力を持つ人物への確認。
彼の発言によって、今後の流れが決まると言っても過言じゃない。
ラモネース寄りの見解を示すか、それともメリクの声に耳を傾けるのか。
「……ラモネース」
まず、名前を呼んだ男の方へと顔を向ける。
表情は……読めない。
威圧感はないけど、安堵を与える顔つきでもない。
「レベルの低い人物が一人混じっている、その事を偶然知った。ここまではいい。なら……何故会議の前に私へそれを確認しに来なかった?」
だから、この発言がラモネースに対する叱咤なのか、純粋に確認作業の続きなのかは判別出来ない。
とはいえ、少なくともラモネースへの疑念が彼の中で消えていないのは確かだった。
そしてこの質問と同時に、ウォーランドサンチュリア人達の空気が変わる。
俺に対する猜疑心や敵対心を一旦脇に置き、ラモネースへの嫌疑を強めている様子が窺えた。
恐らく日頃から引っかかるような物言いを平気でする奴なんだろう。
さっきからまるで擁護の声が聞こえて来ないのは、単に他のウォーランドサンチュリア人達がガーディアルさんの顔色を窺っている事だけが原因じゃなさそうだ。
「会議中に突然それを言えば、彼の参加を認めた私の顔に泥を塗る事になる。それくらいわかりきっているだろう。何故怠った」
「そ、それは……そこまで気が回らなかったんだよ。誰も彼もアンタみたいに頭が良い訳じゃねーんだ。気に障ったんだったら謝るよ。黙ってて悪かった。これでいいだろ?」
「おい! 何だよその言い方は! ふて腐れてるようにしか聞こえねーぞ!」
ガーディアルさんに対するラモネースの態度に対し、怒気を強めたのはジョーだった。
確か会議中も、彼が途中で宥めていた。
少し不思議なのは、ガーディアルさん以外の四城騎士の面々がまるで会話に加わってこない事だ。
団長のガーディアルさんが一人抜きん出ているのかもしれないけど、それにしたってラモネースとの間に入って場を取りなすくらいはしても良いだろうに。
守備専門の人達だから、積極性に欠けているのか?
いや、勿論違う。
どうやら突くならここか。
「四城騎士のお三方にもお聞きしたい。貴方がたの見解、というか……スパイが存在する可能性について、どう思っているのか。ラファルさん、どうですか?」
「わ、私ですか?」
最初に話を振られたのが意外だったらしい。
でも俺としては必然だ。
彼女は会議中にグレストロイとやり合っていたけど、会議の空気を悪くする為に最初から結託してあんなやり取りを行った可能性もある。
そして、彼女はきっと俺のその疑念に気付く。
もし本当に彼女までスパイの一員だったら、疑念から遠ざかる為にラモネースを切り捨てる筈だ。
今まで全く擁護していなかったのに、ここでラモネースの肩を持てば自分まで疑われかねない。
「私は……仲間にそういう事をする人がいるとは信じたくありません。でも、メリクが何の根拠もなく貴方を支持するとも思えません。すいません、こんな事しか言えなくて」
「いえ、ありがとうございます」
どうやら、彼女はシロだ。
そして恐らく、他の二人も。
ずっと黙っている理由は、何となく想像が付いた。
そして多分――――
「……どうやら、見抜かれたみたいだな。オレ達の現状ってやつを」
もとい。
確実に、ノーレさん達は俺のやろうとしていた事を理解した。
「もう気付いているだろうが、オレ達はずっとこんな感じだ。バラバラになるのが怖くて、意見を言えなくなっちまった。不満や疑念を声に出して衝突すれば、空中分解しちまうかもしれねー。これ以上、もう散り散りになりたくねーんだよ」
「……」
訴えるノーレさんの隣で、マリーさんも沈痛な表情を浮かべている。
四城騎士という立派な肩書きがあるだけに、余計辛いんだろう。
彼等は故郷をイーターに滅ぼされた。
多くの仲間を失った。
最早絶滅寸前の少数民族になってしまっている。
仲間割れしてこれ以上数が減っていくのは、俺が考えるよりずっと怖い事なんだろう。
だから何も言えない。
団長のガーディアルさんの声すらも絶対にはならない。
今の彼らは、一体感の奴隷だ。
一つにならなければならない強迫観念に駆られている。
そう仕向けたのは、恐らくラモネースなんだろう。
自分に疑惑の目を向けさせない為に。
わかった事が二つある。
一つは、この場でラモネースを糾弾したところでどうにもならない事。
もう一つは――――
「メリク、俺と組まないか?」
唯一、反旗を翻した彼こそが、ウォーランドサンチュリア人の希望。
彼だけが、衝突を恐れず自分の意見を発した。
俺はてっきりラモネースへの敵対心がそうさせたと思っていたけど、どうやら違うらしい。
「……どうして、僕だけを?」
「今、この場で何かを変えようとしているのが君だけだからだ」
イーター討伐という大きな目標を掲げ、ヒストピアに協力しようとしてくれた心意気には感謝しかない。
でも、彼らはまだ完全に立ち直れていない上、スパイの存在を肯定も否定も出来ていない状況。
組織としては致命的な欠陥を抱えている。
なら、一旦解体するしかないだろう。
「はは……ははははは! 聞いたかよオイ、この中でわざわざその弱虫を選ぶなんてあり得ねーよ! 自分の味方をしてくれたのはソイツだけだった、の間違いだろ!? 化けの皮が剥がれたな!」
「……」
敢えて言葉にする必要もないだろう。
化けの皮が剥がれたのは、果たしてどっちか。
いや――――本当に剥がれたのは、ウォーランドサンチュリア勢の『結束』と思い込んでいた別の何かなのかもしれない。
「団長…………」
「メリク。ウォーランドサンチュリア人の生き残りとして、お前が別行動をとる事は許可出来ない」
当然だろう。
そうならないよう、彼らはずっと不穏分子さえ無視して来たんだから。
「だが、私の許可なくとも、お前は彼について行く事が出来る。我々はもう、部隊でも兵団でもないのだから」
「団長!?」
驚きの声をあげたのはラファルさんだった。
彼女だけじゃない。
好青年のドエム、大柄で育ちの良さげなオニック、あと殆どの女性陣も、メリクが離れるのを許可したとも取れるガーディアルさんの発言にショックを受けているように見える。
「シーラ君、だったな。君はあの討伐隊には加わらないのだな?」
「元々アドバイサーではあっても戦力じゃないですから。でも、少し考えは変わりました」
あの会議に参加して良かった。
自分の立ち位置がハッキリと見えたから。
「俺は俺で、独自の討伐隊を組みます」
一つになる。
それはとても大事だ。
上手く固められれば、雪や砂だって立派な兵器になる。
でも、無理矢理一つにまとめたところで、上手く固められなければ、単なる脆い塊。
投げつけてもぶつかる前に空中でバラバラになる。
だったら、小さくても固いもう一つの団子を作れば良い。
「……それは、国王陛下の意に反する行いではないのか?」
「勿論、そうはならないように工夫しますよ」
レベル12にだって、大切な役割が担える。
「団長…………ありがとうございます」
メリクの勇気が、俺にそう思わせてくれた。
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