7-25

 もう終わっちまってる国――――


 これは致命的な発言だった。

 ウォーランドサンチュリア人にとって、絶対に許容出来ない侮辱に他ならない。


「話は終わりだ。撤収するぞ」


 ガーディアルさんの対応は迅速だった。

 言い合いにすら発展させず、有無を言わせずに拒絶。

 いや……断交だ。


 他のウォーランドサンチュリア人も全員が立ち上がり、殺気立った様子で会議室から出ようとする。

 その様子を――――


「……ヘッ」


 グレストロイは半笑いで眺めていた。


 これは……


「待ってくれ。今のはこちらの失言だ。彼に謝罪を……」


「必要ない。もう終わった事だ」


 先程までの、努めて平静を保っていた声とは明らかに質が違う、底冷えのするような声。

 立ち去ろうとしているガーディアルさんの顔は見えないが、目もそれ以上に冷え切っているだろう。

 慌てて止めようとしたヘリオニキスもその静かな怒気を感じ取っているらしく、緊張感を漂わせている。


 エルオーレット王子のいないこの場では、彼がヒストピア人代表。 

 会議が進まないどころか、ウォーランドサンチュリア側と断交という結果に終われば、責任を取るのは彼だろう。


 ……それを狙っての、さっきの暴言か?


 幾ら野蛮で粗暴な性格でも、あの発言が致命的なのは容易に想像出来る筈。

 挑発とは全く意味が異なる。

 喉元に剣を突きつけたのと同じ、或いはそれ以上の――――宣戦布告だ。


 迂闊だった。

 あの発言の直後にそう判断出来ていれば、他のヒストピア人の反応も確認出来たんだけど。

 もしグレストロイ以外にもニヤケ面してる奴がいれば、故意に会議と交友関係を潰したのが確定したんだが。


 残念ながら、現状ではグレストロイ一人の暴走の線を捨て去る事は出来ない。

 俺の心証としては、その可能性は低いんだが。

 さっきのあの男の表情は、言い過ぎたという後悔など一切なく、寧ろやり切ったという満足感が垣間見えたから。


「我々ウォーランドサンチュリア人がヒストピア勢と共闘する事はない。エルオーレット殿下には、私から断りの手紙を書いておく」


 これまではヒストピア人への配慮から抑えていたと思われる、問答無用の迫力。

 ガーディアルさんの真の姿だ。

 それはヘリオニキスが気圧されるほどの、凄まじい圧力だった。


 修復は不可能だ。

 俺でさえそう思うんだから、他のヒストピア人全員がそう確信しただろう。


 ガーディアルさんを先頭に、ウォーランドサンチュリア人の面々が一人、また一人と会議室を出て行く。


 会議は最悪の形で幕を閉じた。

 その直後、ヘリオニキスが苦悩に顔を歪ませグレストロイを睨み付ける。


「グレストロイ殿……!」


「先にケンカを売ってきたのはあっちだ。この重要な会議の場で、これから協力し合おうって相手に難癖付けてくるような連中と命懸けで戦えると思うか? ましてこの討伐隊には殿下も参加している。戦場で裏切られたらどうする? 俺はそれを憂慮したまでだ」


 一見すると筋が通っているような発言だけど、それが相手の尊厳を踏みにじる発言を正当化する理由になる筈もない。

 ケンカを売ってきたっていうのは、多分『低レベルの実証実験士がいる』っていう指摘の事なんだろう。

 つまり俺の事だ。


 でも、俺を批難したのはウォーランドサンチュリア人だけじゃない。

 一部のヒストピア人も賛同を示した。

 それが指摘の正当性を示している。


 ……まあ、当事者の俺としては面白くない指摘だったけど。


「ま、悪く思うなよな。ボーヤ」


「貴方は……!」


 思わず詰め寄ろうとするヘリオニキスと、尚も挑発するグレストロイ。

 そして、それを止めようとする周囲の実証実験士達。


 どうやら一体感以前の問題だったらしい。

 ヒストピア人がそもそも一枚岩じゃないのは明白だった。

 俺には彼等の関係性なんて知る由もないし、そもそも興味もないんだけど。


 さて……


 今、この会議室に残っているのはヒストピア人のみ。

 その全員が、今にも取っ組み合いを始めようとしている二人に意識を集中させている。

 ブロウも例外じゃない。


 俺の事は誰も見ていない。

 今がチャンスだ。

 聖水一つ無駄になるが――――元々オーダーで使い切る予定だった余り物だ、ケチる必要もない。


 刹那移動。

 移動先は勿論、城門。

 位置が多少ズレても問題はない――――





 ――――っと。


 こういう時に限ってズレないもんなんだよな。

 ドンピシャで城の前だ。


 会議室は一階だから、それほど待たなくてもそろそろ……


「……止まれ」


 案の定、もう来たか。


 会議室を出て、怒り心頭のまま城を後にしようとしたウォーランドサンチュリア人の面々。

 そんな彼等を先回りした俺に対するガーディアルさんの目は、これまで俺に向けていたものとはまるで違い、猜疑心と警戒に満ちていた。


「我々が来た道が最短経路だと思っていたのだが……慌てて別の通路を走ってきたとしても、息切れ一つしていないのは腑に落ちない」


「特殊な方法で移動したんです。貴方がたと話をする為に」


 答えを言っているに等しい、いわば刹那移動の暴露。

 これは、俺なりの彼等に対する礼儀だった。


「生憎だが、我々は先程決別した。あの男の発言は、到底許容出来るものではない」


「同感です。全面戦争に発展しても不思議じゃない。誰一人声を荒げもせずに立ち去った貴方がたの姿に、気高さを感じました。本来なら、同じヒストピア人としてあの男の暴言を陳謝するべきなんでしょうが……生憎、同胞の意識は微塵もないんで謝罪は出来ません」


 ここで俺が形だけでも謝罪すれば、俺はヒストピア勢の一員という事になる。

 さっきまではそうだった。

 でも、今はもう違う。


「なら何の目的でここにいる?」


「俺個人が貴方がたと協力して、イーター討伐を行いたい。そう意思表示する為です」


 せめてブロウにだけは先に伝えるべきだったかもしれない。でも説明する時間なんてなかったから仕方がない。

 この後に及んで足の引っ張り合いをするような連中とは一緒に戦えない。

 仮にあのグレストロイが討伐隊から離脱したとしても、あの男を討伐隊に加えている時点で信用は出来ない。

  

「おいおい、低レベルの分際で何偉そうに言っちゃってるワケ?」


「そしてもう一つ。その今喋った男がヒストピア側のスパイである可能性も指摘します」


「……はァ?」


 俺に対し、真っ先に絡んできたのはまたしてもラモネースというあの柄の悪い男だった。

 好都合だ。

 せいぜい利用させて貰おう。


「貴方がたの尊厳を著しく破壊する罵倒を口にしたあのヒストピア人は、最初から両国を決裂させる発言をするつもりだったと思われます。ああ言えば貴方がたの気持ちが離れるなんて誰でもわかる。ガーディアルさん、貴方もそれはわかっているでしょう」


「……ああ」


 敢えて彼を名指しにしたのは、他の連中の介入を許さない為。

 ガーディアルさんとの会話の途中に割り込めば、彼に対して礼を失する事になる。

 案の定、スパイ呼ばわりされたラモネースは今にも爆発しそうな顔だけど、声は発していない。


 これは、さっきの会議室での一幕から十分に予想出来た。

 

「ただ、ごく普通の事務的な会議の途中であんな発言をすれば、当然言った本人が責任を負う事になる。この討伐隊は国王陛下が結成したもの。決裂の原因を作ったとなれば重い処罰が下されるのは目に見えています。それを逃れる為には、大義名分が必要になる。例えば……」


「会議の空気を極端に悪くし『このまま組めば仲間割れは必至』との言い訳を成り立たせる事、か」


「はい。その空気を作ったのが、彼です」


 会議が始まる前に俺にケンカを売り、場の空気を悪くした張本人。

 そのラモネースに、ウォーランドサンチュリア勢の視線が集中する。


「ラモネース。彼の発言に対し、論理的な反論は可能か?」


「論理的も何も、なんで俺がスパイなんてする必要があるんだって話でしょ。オイオイ、ちょっと待ってくれよ。まさかそんなゴミみたいなレベルのザコが言ったのを真に受けてるワケじゃねェよな? 真面目に答えなきゃダメなやつなのかよ、これって」


「無論だ。お前が雑魚呼ばわりしている彼は、自分の特殊能力を敢えて露呈してまで我々を引き留めに来た。それを、人種という理由だけで無視する事は出来ない」


「な……! 俺よりそいつを信用するって言うのかよ!」


「ラモネース。私の目を見ろ」


 ガーディアルさんの顔がラモネースに近付く。

 これは……凄まじい迫力だ。


 ブロウをはじめとした高レベルの実証実験士や、ステラなど高貴な身分の方々と何度も対峙したけど、この感覚は初めてだ。

 まして、俺は傍から見ているだけなのに。

 当事者が受ける重圧は如何ほどばかりか。


「理路整然としている必要はない。ただ、冤罪なら堂々と潔白を証明すれば良い。精神論ではなく、理由を付けてな。何故あの時、お前は彼を侮辱した?」


「ぶ、侮辱ってワケじゃねェよ……だっておかしいだろ。全員がLv.100の集まりの中に、こんなクソザコがいるなんてよ。俺だけじゃねェ、他にも賛同者はいただろ? 俺は普通の事を言っただけなんだよ」

 

 彼の発言は間違っていない。

 たった一つを除いて。


「俺のレベルが20にも届いていない。そう小耳に挟んだって言ってたけど、いつどこで誰にその話を聞いたんだ?」


「――――!!」


 途端に、ラモネースの顔色が変わった。


 やっぱりそうか。

 俺の正確なレベルなんて、知ってる奴は殆どいない。

 当然ブロウはそんな事を誰かに話す奴じゃないし、リズやエルテなんて遭遇する機会すらなかっただろう。


 残るはメリクだけ。

 彼には話している。

 Lv.138の1/10にも届いていないと。


 だから普通に考えれば、メリクからの情報って事になる。

 そう答えられたら、こっちは返す言葉がない。


 これは賭けだ。

 もしメリクとラモネースが、俺のレベルの話をするほど親しい間柄ならば、俺の負け。


 尤も――――


「……」


「どうしたラモネース。彼の質問は何も難しくはない。答えられない事などない筈だ」


 勝算は十分にあった。

 メリクがこの男と親しくしているとは到底思えないし、コンプレックスなのが明白な俺のレベルを安易に話すとも思えない。

 彼とは出会ったばかりで、性格を正しく理解出来ているほどの仲じゃないけど、自信はある。


 さあ。

 どっちだ。


「……噂だよ。城の中でそういう話を偶然耳にしただけさ」


 間違いない。

 こいつは故意に会議の空気を悪くした。


 だが同時に、この追い込まれた状況での虚言にしては、覆すのが厄介な内容だった。


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