7-17

 王都エンペルドはずっと閉塞感を払拭出来ずにいた。

 そしてその原因を、市民の誰もが知っていた。


 もう五年以上もの間、イーターの討伐を果たせていない。

 これに尽きる。


 急速に凶悪化し、人間側の攻撃をまるで受付けなくなったイーターだけど、凶悪化直後はまだ外郭が薄めのイーターもいたらしく、頻度は激減したものの討伐自体はかろうじて行われていた。

 けれど約五年前、攻撃が通るイーターを全て狩り尽くして以降は、ただの一体も倒せていない。

 そして世界各国の世界樹はイーターによって喰われ、辛うじて生き残っているこのエンペルドも、状況を打破出来るような発明は生み出せず、消耗戦の果てに沈滞ムードが漂っている。


 このムードを払拭し、士気を上げる為には、イーター討伐が必須。

 例え一体葬ったところで戦局には何のプラスにもならないが、『イーターを倒せる』という事実を打ち立てる事で未来に希望を持てるのは確かだ。

 何より、前に進む感覚を全員で共有出来る。


「ウォーランドサンチュリアの代表が必死に王をそう説得したらしいよ。守りに長けた国の生き残りが言うんだから、説得力はあるよね」


「守ってばかりではいずれ滅びる。そう言われれば、確かに動くしかないかもな」


 討伐隊に指名されたのは、Lv.100を越える猛者だけ。

 俺達のラボ【モラトリアム】からは、Lv.150のブロウのみ選出された。

 エルテは87だからギリギリ対象外だ。


「それで、勝算はあるのか?」


 ステラと別れた直後、宿に荷物を取りに来たブロウと合流し、大方の事情は聞いた。

 でも、その中に攻勢に打って出るだけの判断材料はない。

 単に頭数が揃ったから……で通用する相手じゃないのは、実際に母国を滅ぼされたウォーランドサンチュリアの連中こそ嫌でもわかっているだろう。


「ないね。劇的に通用する武器も、魔法も、今のところ発明出来ていない。ミョルニルバハムートを越える火力の武器は幾つかあるらしいけど、大差はないそうだよ」


「だったら……」


「まずは一体のイーターに絞って、弱点を見つける事に全てを賭ける。人類はそこまで遜らないとイーター討伐は叶わないって、ウォーランドサンチュリアの代表が熱弁したそうだよ」


 俺の懸念は、その一言で払拭された。

 彼等はどうやら苦い経験を活かすだけの度量があるらしい。


 実際、この世界のイーターにも弱点……というほどじゃないけど、攻撃を通す穴はある。

 前に遭遇した鳥型イーターにはビリビリウギャーネットが一応通用したからな。

 とはいえ、現状で最強の雷系魔法をあの鳥型イーターにぶつけたところで、大したダメージを与えられないってのがテイルの見解であり、だからこそカスダメでも多段攻撃でそれを蓄積させていくビリビリウギャーネットの開発を行っていた。

 

 あれを使えば、もしかしたらあの鳥型イーターは倒せるかもしれない。

 でもテイルは国家に協力するつもりはなく、独自路線で研究を続けている。

 彼女の発明品は使えない。


 発明品といえば、彼等に頼んで作って貰ったオーケストラ・ザ・ワールドもある。

 使用者が多ければ多いほど威力を増す武器。

 でもあれ、まだ量産体制築けてないから全く使えないんだよな……


「それはそうと、今回の討伐には君も加わるようになってるから、そろそろ支度した方が良いよ。もうすぐ顔見せ目的の決起集会が始まるから」


「……は?」

 

 いや、俺のレベル知ってるだろ?

 12ですよ12。

 8倍しても100には届かないぞ?


「以前、君はイーターをかなり良いところまで追い詰めた事があったよね? その話をしたら、みんな興味津々でさ。僕も鼻が高いよ」


「お前は嘘をついたら鼻が伸びるのか?」


「そんな訳ないよ。そもそも嘘はついてない。テイル様から預かったネットを使ったって部分を端折っただけだよ」


「俺の見解だと、そこ以外に重要な部分は何一つないんだけどな……」


「戦闘要員としてじゃなくアドバイサーって立場だから、そんなに身構えなくても大丈夫だよ。何しろこの世界ではイーターと渡り合えたってだけでレアケースだ。君の経験は僕には語れない。君の力も必要なんだ」


 あの場にいたんだから語るくらい出来そうなものだけど……ブロウはブロウなりに、俺の見せ場を作ってやろうとしてるのかもしれないな。

 

「本音を言うと、Lv.150って肩書きの所為で少し堅苦しい役所を背負わされてしまってね。残念だけど、討伐隊の面々にロリババアを語れる人もいなかったし、今のままだと僕はプレッシャーと疲弊で潰れてしまいかねないんだ」


「俺がロリババアを語れる人みたく言うな!」


 とはいえ……仲間がこう言っている以上、無碍には出来ない。

 まあ、戦わないんだったら別に良いか。

 他にやる事沢山あるんだけど、実際この討伐の成否は今後のヒストピア国の展望に大きく関わってくるだろうし、最優先事項にせざるを得ない。


「ま、だったら今まで貰った物を全部持っていってみるか。一つくらい役立つ物があるかもしれないし」


「ありがとう。君なら了承してくれると信じてたよ。親友と仲間を融合した間柄だからね」


 相変わらず物言いが気持ち悪いな……どんな融合だよ。

 友達以上恋人未満押しのリズと言い、関係性を奇妙な言葉にするのが流行りなのか?


 さて、そんな事より準備準備。

 一体どんなメンツが集まっているのやら――――





「此度は自分の呼びかけに応じて頂き、大変感謝している。ここにいる全員で、共に反撃の狼煙を上げたい」


 決起集会は、王城の食堂を使って仰々しく行われた。

 参加者は討伐隊総勢30名(俺は除く)とビルドレット国王陛下、そして研究畑の代表格数名のみ。

 主目的はあくまで顔見せだし、人数はこんなもんだろう。


「ビルドレット国王には最後までご自身が討伐隊に加わると意思表示して頂いたが、私達には荷が重すぎる故、その高潔な意思を御子息のエルオーレット王子に託して頂く事となった。第一王子でありながら優秀な実証実験士でもあるエルオーレット王子には、討伐隊の総司令官を務めて頂く。王子自ら戦地を駆け抜け難敵に挑むその姿を是非、各々の目に焼き付けて欲しい」


 努めて冷静に挨拶をしているのは、ウォーランドサンチュリアの誇る『四城騎士』の一人、ガーディアル。

 ヒストピアにまでその名を轟かせるほどの有名人だ。


 四城騎士はその名の通り、一人一人が城将に匹敵するほどの実力を持ち、男性の彼とノーレ、そして女性のラファルとマリーの四名が該当する。

 戦闘力の高さ、特に堅守においてはそれぞれが超一流レベルで、その中でもガーディアルは代表格と言われている。


 年齢は40手前。

 優しげな顔立ちでありながら、場を引き締める為か、表情は常に険しい。


「ただ今紹介に預かったエルオーレットだ! 第一王子なんて肩書きは戦場では関係ない! 憎きイーター共に一矢報いたい気持ちは諸君らと何ら変わらない! 気持ちだよ! 大事なのはハートなんだよ!」


 ……相変わらず熱いな王子。

 父親もそんな彼の挨拶に何度も何度も頷いている。

 この国が状況の割にあまり悲壮感がないのは、この方々のおかげなんだろうな。


「討伐隊は我がヒストピアから15名、ウォーランドサンチュリアから駆けつけてくれた精鋭から15名をそれぞれ選抜した30名で結成した! 集団戦はチームワークが鍵を握る。此度の集いで是非親睦を深めて欲しい! 以上だ!」


 潔い終わり方で場を締め、腕を突き上げながらエルオーレット王子が所定の位置に戻っていく。

 しかし、王子自ら出陣か……まあ士気を上げるのが目的なら、そういう選択肢もあるんだろう。


 その王子の両脇には、ヒストピアを代表する騎士が二人ついている。

 "炎凰"ヘリオニキスと、"氷楼"ラピスピネルだ。


 それぞれ炎系、氷系の魔法を得意としつつ、ハルバードで近距離戦もこなす実力者。

 王族の護衛を任されているほどの二人で、国内では知らない者はいない。

 彼等も討伐隊に加わっている。


 ヒストピアの面々で他に知っているのは、ブロウ、エメラルヴィ、アイリス、シャリオ……あたりか。

 エメラルヴィもLv.100以上だったんだな。

 まあ行動を共にしてるフィーナが確かLv.144だったしな。


 そのフィーナは依然見つかっていないらしく、討伐隊にも入っていない。

 当然だけど、キリウスの姿もない。


 あとは知らない連中ばかり――――


「……もしかしてシーラちゃん?」


 不意に、覚えのある声を耳が拾う。


 忘れる筈がない。

 そんな呼び方、他に誰もしない。


 でもここで聞こえる筈のない、そんな男の声。

 幻聴を疑いながら振り向くと……確かに声の主は記憶と一致した。


「おいおいおいおい! 嘘だろ!? マジかよ! 超久々じゃん!」


「……本当に」

 

 どちらかと言えば、向こうの方が信じられないかもしれない。

 ここはトップクラスの実力者だけが集う場所。

 俺なんか本来お呼びじゃない。


 でも、こっちも驚く権利くらいはあるだろう。

 もう二度と会う事はないと、そう思っていたんだ。

 まさかこっちの世界に来ているなんて。


 前の世界――――10年前の世界で、ソウザと共にパーティを組んでいたラボ仲間。

 ムードメーカーと言えば聞こえがいいけど、やたら煩くてやかましくて騒々しかった。

 そして、気さくで面倒見が良くて頼もしくもあった。


「また会えるなんて思わなかったよ。アポロン」


 久々に呼ぶ名前。

 どこか気恥ずかしい、奇妙な感覚だ。


「だな! つーか、まだ続けてたんだな、実証実験士!」

 

「お陰様でね」


「でも、ここに呼ばれるって事は、まさかLv.100越えたのかよ」 


「いやいや、それはないよ。っていうかレベルは全く上がってない。ここじゃ上げたくても中々ね……」


 アポロンは俺が新人だった頃に快くラボに招いてくれた実証実験士。

 この仕事を続けられたのは、彼の存在が大きい……とまで言うとちょっと癪だけど、小さいとは言えない。


「だよな! あービビッた。もしお前に抜かれてたら屈辱なんてモンじゃねーよ。つーか俺この中じゃ多分一番レベル低いしな。100ちょうどだし」


「ああ、それじゃ主に雑用係だね。ご愁傷様」


「ンな訳あっかよ! この俺様だぞ? レベルは100でも実質150だろうがよ!」


 相変わらず何を言っているのかわからないけど、勢いは感じる。

 ああ……この感じ、凄く懐かしい。


「なあ、ソウザも来てるんじゃねーか? つーかよ、てっきりお前じゃなくてソウザと再会するモンとばかり思ってたんだけどな」


 確かに、少なくとも俺よりソウザの方が遥かに格上だった。

 でもソウザの姿をした実証実験士は視認出来ない。


「ソウザは、見当たらなかったよ。探してみたけど」


 少なくとも――――記憶の中の彼と一致する人物は。


「そっか。久々に三人揃うと思ったのにな」


 心から残念そうに呟くアポロンに、微かな罪悪感を覚えたりもした。

 俺の直感が正しければ、それは嘘になるから。


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