7-18

「で、結局お前はなんでここにいんの?」


 相変わらず何も考えてなさそうなアポロンの質問に、懐かしさを覚える。

 そういえば、こんな奴だった。


「前にイーターと戦った時の話を聞きたいって人がいるみたい。参考にするのかもね」


「へぇ……でもそんなアドバイサーっぽい奴他に見当たらねーのに、お前だけ選ばれたのか?」


「知り合いにブロウって実証実験士がいて、その紹介で強引にだよ。お陰で劣等感が尋常じゃない」


「ははは! シーラちゃんらしいな。本当シーラちゃんお久って感じだわ。変わってなくて安心したぜ」


「俺もだよ」


 旧交を温めるのがこんなに気分を高揚させるとは思わなかった。

 ブロウには感謝しなくちゃな。


「アポロン!」


「ああ悪ぃ! じゃあシーラちゃん、積もる話はまた後でな!」


 約束があったのか、アポロンは仲間と思しき男に呼ばれ、そそくさと駆けていった。


 あの三下っぽい挙動も変わってない。

 そんな昔の事じゃないのに、懐かしさすら覚える。


「真夜中の散歩だな。予想しない人物に会うと通常の三倍増しで驚くという意味だが」


 そして相変わらず例えとも言えない謎の謎かけをしてくるのは――――アイリス。

 隣にはシャリオもいる。

 こっちは比較的新しい知り合いだから、流石に懐かしさはない。


「まあ、変則的な勝負とはいえ私を負かした男だ。選ばれていたとしても不思議ではないのかもな」


「それはどうも。そっちは王女の件は良いのか?」


「……そっちは余り思い出したくない」


 アイリスの顔が瞬時に青ざめる。

 あの影武者、Lv.150の実証実験士に何やらせてるんだ……?


「君がそれだと、シャリオはもっと大変なんじゃないか? 確か精神的にも打たれ弱くなってるんだよな?」


「パールベリー1日三つ支給」


「え? ああ、その報酬があるから頑張れてるのか」


 コクリと頷くシャリオ。

 引きこもりじゃないとはいえ無口だし、壁を作られていそうな印象だったけど、割と普通に意思の疎通が出来た。

 

「その、具体的に何やってるのか聞いても良いのか?」


「特に口止めはされていないな。基本的には歌とダンスの稽古だ。問題は、画一的な指導ではない点だな」


「……というと?」


「私も良くわからないが、シャリオはダウナーな感じをそのまま活かしたいから、歌う声は小さくて良いそうだ。だがダンスはキレのある動きを要求されている。私は変に可愛くせず今のままの声で歌えと言われた。踊りは下手で構わないそうだ。何故かはわからない」


 俺もわからないけど、恐らくリッピィア王女なりのこだわりがあるんだろう。


「リズとエルテはどう? ちゃんとついて行けてるかな?」


「エルテは優秀だな。王女殿下の無理難題にもしっかり答えている。リズは……」


「あれは酷い」


 予想はしていたが、シャリオが即答するほど悲惨な状況らしい。

 だが彼女の発言は同時に、両者がある程度打ち解けている証でもあった。


「彼女は随分と人見知りなんだな。反抗期を乗り越えた親の気分だ。最近ようやくまともに会話出来るようなって、正直ホッとしているという意味だが」


 珍しくわかりやすい例えをありがとう。

 その苦労が忍ばれる。


 リズの方も相当頑張ったんだろう。

 この戦いが終わったら褒めてやらないとな。


「さて、身内でばかり話していても仕方がない。この決起集会の目的は、ウォーランドサンチュリアの者達と相互理解を深める事だった筈だ」


「だな。二人は知り合いがいたりする?」


「生憎まだいない。無論シャリオもな。そちらは?」


「俺は……」


「シーラさん……またお会い出来ました……」


 名前を出そうとした瞬間、まるで図ったかのようなタイミングで間延びした声が届けられた。

 とはいえ、最初に接した時と比べると、間延び度合いが薄れている気もする。

 打ち解け度合いと反比例しているのかもしれない。


「メリク。ちょうど君の事を紹介しようとしていたところなんだ」


「それは……丁度良かったですね」


 相変わらず、大きな盾と小柄な身体のアンバランスさが際立っている。

 顔立ちも幼く、とてもこんな巨大な盾を装備出来るようには見えないけど、実際には相当鍛え込んでるらしく、足取りに乱れはない。


「彼はウォーランドサンチュリア人のメリク。Lv.138の厚き盾だ。こっちは俺と同じヒストピア人のアイリスとシャリオ。共にLv.150の実証実験士」


「………………………………メリクです………………よろしくお願いします……………………」


 凄い間延びしてる。

 やっぱ初対面の相手だとこうなるのか。


「アイリスだ。こちらこそよろしく。ウォーランドサンチュリア人の実証実験士は優秀だと聞いている。是非勉強させて欲しい」


「…………………………………………こちらこそ……………………」


 ん……?

 間延び具合が増してないか?

 もしかしてアイリスみたいな圧のあるタイプは苦手なんだろうか。



「……シャリオ」


「あ……はい。メリクです……よろしくお願いします」 


 うわ露骨だ!

 好みが露骨に出てるよメリク君!

 そうか、シャリオみたいなタイプが好みなのか。


「何故だ。屈辱的な扱いを受けた気がする」


「人間誰しも得手不得手があるから、気にしない方がいいよ」


 若干傷付いている様子のアイリスを慰めてはみたけど、余り要領を得ていないフォローだった気がしないでもない。


「皆さんを……僕の仲間に紹介したいのですが……良いでしょうか?」


「それは助かります。是非お願いします」


 ともあれ、事前にメリク君と知り合っていたのは幸運だった。

 こういう場で最初誰に話しかければ良いのかって、よくわからないからな。

 リズほどじゃないけど、俺も社交的とは言えない性格だし。


「こちらです……」


 メリク君に誘導され、食堂の円卓の間隙を縫いながら移動する。

 途中、ブロウがエメラルヴィと一緒にいるのがチラッと見えたけど、向こうは向こうで別のウォーランドサンチュリア人と話しているみたいだったから、声をかけるのは自制しておいた。


「団長……この方がさっき話したシーラ君です……」


 どうやら目的の人物に辿り着いたらしい。

 団長って言うくらいだから、上の立場の人間なんだろう――――って、さっき挨拶してた人だよおい!


「御足労誠に感謝する。私はガーディアル。先刻は同胞がお世話になったそうで、お礼を言わせて欲しい」


 まさか世界に名を轟かす大物といきなり挨拶する事態になるとは……

 でも俺の場合、弱小過ぎてその偉大さがピンと来ない立場だから、意外と緊張はしなかったりもする。


「いえ、お世話になったのはこっちです。聞きたい事があって声をかけたので」


「いや。この子は知っての通り癖のある話し方をするものでね。中には苛立ちを態度で示す者もいる。君は全くそういう素振りを見せなかったと、メリクがとても嬉しそうに話してくれてね。私まで心が和らいだよ。おかげでスピーチの大役もどうにか乗り切る事が出来た」


 流石は大物、相手を立てる為の話の持っていき方が手慣れている。

 お世辞でも悪い気はしないし、実に紳士的でスマートだ。


「そちらのお嬢様方は彼の仲間かい?」


 そして、二人に話を振るのを忘れない。

 こういう当たり前の事をサラッとやれる人間は間違いなく大物の器だ。


「あ……ん、んん。いや、知人だ。私はアイリス。ガーディアルの名はここヒストピアにも幾度となく届いている。お会い出来て光栄だ」


 アイリスでも緊張するんだな。

 彼女のレベルだからこそ緊張するんだろうけど。


「……」


 シャリオは――――なんかフリーズした時のリズみたいになってるな。

 ナイトメアの所為で精神的に打たれ弱くなっているらしいから、大物を前に萎縮し過ぎてしまったのかもしれない。


「こちらはシャリオ。訳あって今は少し精神が不安定だが、十分な戦力になれる力を持っている。イーター討伐の際にも役立つ筈だ」


「それは心強い。私達は守りが専門だから、攻撃はあなた方に一任する事になる。共に力を尽くして貰えるとありがたいね」


 力強く、それでいて上品に差し出される手を、アイリスは慌てて握る。

 Lv.150以上の実証実験士はいない筈だから、レベル的には同等なんだろうけど、この光景を見る限りではガーディアルさんの方が格上だ。

 一体どれほどの実力を持っているのか、興味深い。


「お、団長が女口説いてるじゃないか」


 握手するアイリス達に高身長の人物が近付いていく。

 彫りが深く、面長で髭の濃い愛嬌ある男。

 彼もウォーランドサンチュリア人か。


「オレはノーレだ。聞いた事ある?」


 ノーレ……確か四城騎士の一人だ。

 また大物登場か。


「勿論だ。四城騎士の名は世界的に有名だからな。"完璧コンプリート"の異名を持つ貴公も当然、この国には知れ渡っている」


「それは嬉しいね。折角だ、残りの二人も連れて来るかい?」


「いや、その必要はないようだ」


 ガーディアルさんの言うように、わざわざ呼びに行くまでもなく、その二人は既に近距離からこちらを眺め、笑顔を見せていた。

 顔は知らなくても、雰囲気でわかる。

 あの女性二名が、残りの四城騎士の面々だ。


「右の長い髪の巨乳女がラファル。左のショートでスレンダーなのがマリーだ。どっちもイイ女だろ? でもな、あー見えてヤバい奴らなんだ。見てくれに騙されるなよ」

 

 ノーレさんの助言を聞くまでもなく、明らかに強者の雰囲気を持っている。

 勿論、ノーレさんも。

 相当な実力者達なのは、低レベルな俺にも伝わってくる。


「彼の言う事は真に受けないで。宜しくね、アイリス」


「あ、ああ。こちらこそ」


 話を聞いていたらしく、既にこっちの名前は把握済みらしい。

 ラファルさんは物腰柔らかくアイリスと話を始めた。


「やっほ。仲良くしてくれると嬉しいな」


「……ん」


 一方、マリーさんの方は気さくにシャリオを接している。

 年齢は――――詮索するのは野暮か。 


「どっちも20代後半な。オレもだけど」


「20代?」


「おいおい、あんま驚いてやるなよ! 可哀想だろ? 幾らアイツ等が老けてるからってよ!」


 なんか凄く笑い始めたけど、彼女達は見た目通りの年齢だと思いますよ。

 彼女達は。


「……まぁ、老け込むのも仕方ないんだけどな」


 笑顔の中に寂寞感と哀愁が混じる。

 真面目な話をするらしい。


「前にいた世界じゃ、オレ達は無敵だった。どんなイーターが侵攻して来ようが、突破される事なんて絶対になかった。でもどうだ、こっちに来た途端無力な役立たずになっちまった。国が滅びるのを傍観するしかなかったんだ、オレ達は」


 そのノーレさんの呟きは、俺だけじゃなく、他の四城騎士にも聞こえていたらしい。

 空気が途端に重くなった。


「残念だが、彼の言う通りだ。私達は国を救えないばかりか、見殺しにしてしまった。世界樹を全て食い尽くされてしまった」


 ガーディアルさんの言葉が示すように、国が滅びるのは王族が滅亡する事が条件じゃない。

 国内の世界樹が全部イーターの餌になってしまう事。

 本来、守備に特化した彼等は最も滅亡とは遠い筈だったのに……


「私達の存在理由は最早ない。だがせめて、まだ残されている世界樹だけは守りたい。この国の世界樹だけは」


 それは恐らく、彼等の本能なんだろう。

 世界樹を守る事に特化してきた彼等の――――


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