7-16
目を覚ましたステラは、テイルと意識を一部同期しているからか、現状をほぼ正確に把握していた。
ディルセラム島を訪れた際に大規模な幻覚を見せられていた事、その後自分がずっと眠りに就いていた事。
そして――――自分がこのまま目を覚まさないかもしれないと予感していた事。
「あの島はね、自己の恐怖心を幻覚として見せるんだよ。それに囚われると、心が一度プツンって切れちゃう。ステラはそういう状態だったんだと思う」
意識を失っていた理由を、まるで他人事のように告げている。
悲壮感は薄まったものの、まだ覇気のない顔で。
「あの幻覚はきっと、それ自体が孤島の防衛手段として機能しているんだと思う。だれだって、自分が怖いと心の中で思っているものには近付かないもん」
「確かに……」
あの島で俺が見たイーターはヴァイパー。
俺がこっちの世界で最初に遭遇した凶悪イーターだ。
ある意味トラウマでもある。
でも、それだと説明が付かない点が一つ。
「ただし主観的な幻覚じゃないかな。あのヴァイパーはシーラ、君にとっての恐怖の対象なんだよね?」
「ああ。それをステラも共有したって事は……」
「恐怖心を幻として具現化しているの。つまり、心の中を操作するんじゃなく、心の中から記憶を抽出してるの」
会話に入って来たテイルもまた、ステラの意識を共有している為、俺達が遭遇したディルセラム島での危機を正しく把握している。
だから、彼女の仮説は恐らく正しい。
ディルセラム島のあの幻は、俺達の恐怖心を増幅させて妄想させているんじゃなく、実際に可視化させているんだ。
「人類を超越した力なの。幾ら研究が進んだ国でも、人の記憶をかすめ取るなんて不可能なの」
「そんなの作れるのは神サマくらいだね★」
ネクマロンの言うように、神の所業だ。
そして俺は、それに限りなく近い存在を知っている。
世界樹の支配者であり九人の盟主。
アスガルドは九幹と呼んでいた。
恐らくその連中なら、人間の心の中を可視化させるくらい出来るだろう。
って事は、ディルセラム島には九幹の中の一人がいる可能性が高い。
そして、あの島にあった世界樹は――――
「でも、あの世界樹はきっと本物」
ステラも俺と同意見だったらしい。
多分、世界樹を守る為にあんな仕掛けをしているんだろう。
この世界にいて、イーターを恐れない人間はいない。
だから島を訪れた人間は例外なくイーターの幻を見る。
結果『イーターが存在しているのに世界樹が喰われていない』という、半分正しく半分間違っている噂が広まったんだろう。
「だったらどうして、あの島が天国に最も近い島なんて言われ方をしてるんだろう? むしろ地獄なんじゃないか?」
何気なく口にした疑問が、ステラとテイルの視線を集める。
「言われてみればそうなの」
「不思議だよね。少なくとも、あの島に天国と呼ばれる理由はないと思う。まだ何か隠された秘密があるのかも」
謎は深まるばかり。
そもそも俺、なんであの島に行ったんだっけ?
……ああ、そうだ。
こっちのオーダーを手伝う条件としてステラに頼まれたんだった。
確か、あの島の世界樹の調査をしたいとか。
「まだ完全とは言えないけど、ステラの調べたい事はこれで一段落したよ。シーラは何を手伝って欲しいの?」
どうやら彼女も覚えていてくれたらしい。
でも、長らく意識を失っていた女の子に手助けを頼むのは正直気が引けるし……
……待てよ。
オーダーの有効期限っていつまでだったっけ?
確か大まかな内容をメモしてたような――――
「あれ★ シーラさん、どうしたんですか? 顔色悪いですよー?」
「……やらかした」
ディルセラム島での出来事が余りに衝撃的だったのと、ステラの意識を呼び覚ます事で頭が一杯になっていたから……と自分に言い訳するしかない。
俺が受けたオーダー《No.p236 ルルドの聖水を大量生産しよう!》の依頼書にはこう記してあった。
『それだけの覚悟があるのなら、今日の夜、一日時計の砂が全て落ちた頃に地下牢を訪れる良い。』
……つまり、オーダーを受注した日の夜に地下牢で依頼主と会うって手筈だった。
けど、もうあれから三日経ってる。
完全に失念してた……
「手伝って貰う予定のオーダーが期限過ぎてた」
「マヌケなの。約束を守れない人間はどの世界でも信用されないの。挑んでの失敗なら信頼は落ちても信用は落ちないの。信用されない人間に次のチャンスはないの」
ぐ……完全正論。
テイルらしい辛辣な物言いだけど、全て仰る通りだ。
一度冷やかしと判断されたら、二度と接する事は出来ないだろう。
こうなったら、他の誰かがこのオーダーを成功させて、ルルドの聖水が普及するようになるのを待つしかない。
依頼人の話だと、聖水を大量生産する事で城内に敵を作る事態になりかねないらしいから、俺以外に受注する実証実験士がいるかどうかは怪しいところだけど……
「仲間に頼めば良いんじゃない?」
「……あ」
ステラの言う通りだ。
俺は今回単独で動いているから、俺がオーダーを失敗してもリズやエルテやブロウには関係ない。
三人の内、誰かに達成して貰えば良いんだ。
ただし、その為には彼女達が極力恨まれないようにしないといけない。
魔法研究者を有利にするオーダーだから、それ以外の勢力に根回しして、摩擦を最小限にしないと。
でも、それを実現させるコネというか人脈が……
「そういえばステラって王女様だったよな」
「王女でもオーダーの再発注を無理強いするのはダメ。そもそもステラは権力を行使出来る立場じゃないし。そういうのも全部リッピに任せてるから」
影武者の権限凄いな。
でも、だったらリッピィア王女に『各研究者に圧力かけといて』と頼めば良いのか。
勿論、表現はもっとソフトにするけど。
「顔色良くなったね★」
一応、やるべき事が見えてきたからだろう。
オーダーは失敗に終わったけど、重要な情報は入手出来た。
もしかしたら、ディルセラム島にいる九幹の一人が俺の探している『この世界の支配者』かもしれないし。
問題はルルドの聖水の在庫だな。
ステラを送り届けないといけないから、どの道使うしかないんだけど、これで残りは二つか。
大量生産は無理でも、どこかで補充しないとな……
「そういえば刹那移動の実験でルルドの聖水を結構使ってるんだけど、これって必要経費にならない?」
「……セコい事言い出したの」
ならない、とは言わないところがテイルらしい。
「生憎ここに在庫はないの。代わりに……助手、アレを持ってきてあげるの」
「アレですね? わっかりましたー!」
期待通りの展開とはいかなかったけど、テイルは何か俺に贈呈するつもりらしい。
言ってみるもんだなと思う反面、若干気まずい。
「どうせ今の世界の情勢では大して役に立たないけど、使い方次第では役に立つかもしれないの」
「お待たせー! ハイこれ★」
凄い勢いで戻って来たネクマロンが持っていたのは、例によってレジンの容器。
また新しい世界樹魔法を俺に実証実験させる気か?
「これは《クラルス》って魔法なの。使うと透明になるの」
……。
「は?」
「だから、使うと透明になる魔法なの」
「いやちょっと待ってよ! そんな魔法あるの!? っていうか、それメチャクチャ有効なんじゃないの!?」
「生憎イーターには利かないの。あいつら匂いとか視覚以外で判別しやがるの」
仮にイーターに通じなくても人間から見えなくなるだけで十分ヤバい魔法なのでは……?
「所詮試作魔法だから、いつ魔法が解けるかわからないの。それこそ使って数秒で解ける事もあるの。だから使いどころがないの」
「ああ……そういう事か」
確かに、効果時間がランダムじゃ潜伏はもちろん、悪用も無理だな。
一か八かの賭けになるし。
寧ろ犯罪者を炙り出す魔法って感じだ。
「使用MPは微々たるものなの。だから状況によっては、切れたらかけ直すを繰り返せば少しは有効利用出来るかもしれないの」
「了解。ありがたく受け取っておく」
低レベルのまま変な魔法ばかり覚えていく自分を疑問視しつつ、《クラルス》を習得した。
「それじゃステラ、城に戻ろう」
「そうだね。テイル、ありがと」
「本心からのお礼とは思えないの」
「……」
同一存在同士の何とも言えないやり取りを聞きながら聖水を使用し、刹那移動を使う。
そういえばこの魔法、他とは名称の傾向が違うな。
もう少し実験が進んだら正式名称を付ける段取りなんだろうか。
「テイルの言ってた事、本当だよ。目が覚めなきゃ良かったんだ、ステラなんて」
まだまだ精度の低い為、城から少し離れた城下町の路地裏に転送した瞬間、ステラがそんな事を漏らした。
「世界と世界樹を破壊する為にいる……だったっけ。キャラ作りでそう言ってたんじゃなかったの?」
「そうだよ? でも、ステラの中からそういう言葉が出て来るのも本当。ステラはきっと、ステラであってステラじゃないんだよ」
彼女自身、良くわかっていないのかもしれない。
中身は10歳とは思えないくらい聡明な少女だけに、具体性のないこの言葉がやけに空虚に感じる。
「俺には何の力もないけど……」
そんな彼女にかけられる言葉は一つだ。
「味方ではいられるから、何かあったら言ってくれな。力になれる誰かを探すくらいなら、出来るかもしれないから」
「シーラ……」
まあ、それも刹那移動あっての事で、俺自身の力とは言えないけど。
「ちなみにさっきの透明の魔法、作ったのはステラね」
「そういえば、変な魔法ばっかり作ってるって話だったな」
「今度もっと変なの覚えさせてあげる」
ともあれ、ステラの顔に活気が戻った。
元々笑顔を振りまくタイプじゃないけど、決して表情が乏しい訳じゃない。
大人と化しているその姿は、それでも何処かあどけない。
「さて、取り敢えず城に――――」
「決まったぞ! ついに討伐隊が結成された!」
誰にともなく叫ばれた町民の声が、耳を劈く。
何が決まったのか、そして何が起こったのか、想像するのは難しくなかった。
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