6-32
シャリオという女性は、部屋の隅で膝を抱えて座っていた。
アイリスに聞いていた外見的特徴とは一致しているけど、髪はボサボサで目の下に隈が出来ている。
そして、その瞳にはハイライトがなく、わかりやすい病んだ目をしていた。
「彼女がシャリオだ。シャリオ、客人だ。故あって、我々はこれから彼らと協力する事になった」
どこからどう見ても心に問題を抱えているけど、確かに怯えている様子はない。
初対面の人間が一度に四人も現れたのに、驚いた様子も見受けられない。
引きこもりのイメージとは明らかに違う反応だ。
とはいえ……とてもアイドル活動が出来るような状態には見えない。
彼女に協力を仰いでも良いものなんだろうか……?
「陰でコソコソ話すのは嫌いな性分でな。本人のいる前で、彼女に何が起こったのかを話したかった。取り敢えず適当にかけてくれ」
恐らく、俺以外の三人も若干困惑気味なんだろう。
アイリスにそう促されても、どこにポジションを取っていいかわからず、室内の中央で固まったまま動かない。
シャリオの傍に行って、急に話しかけられても対応に困る……ってのが本音だ。
「シャリオはイーターロウの実証実験を行っていた。実験内容は単純で、彼女に結界を張り、その結界が破壊された際に防御力が想定通り低下するかどうかを確認する、という内容だった」
「結界を破壊する役目はアイリスさんだったんですか?」
「ああ。イーターロウによるイータ討伐は、人間側がイーターに結界を張って壊す作戦だからな。当然、結界を壊す実証実験も人間によって実施される必要がある」
リズの発言に、アイリスはすぐさま反応を示した。傍から見ているとイベントシーンやNPC同士の会話としか思えないほどスムーズだ。
「私が結界を破壊し、その後シャリオのステータスを確認するだけ。勿論、結界の破壊によるリスクはある。オーバーキルによるダメージが、極度に防御力の低下したシャリオに襲いかかる可能性があるからな。そこは細心の注意を払って実施した」
結界破壊の為には、武器による通常攻撃、スキル、魔法など様々な方法を試す必要がある。
どの攻撃手段が一番効果的かつ合理的に結界破壊を行えるか、攻撃手段によってデバフ効果に差異がないかの確認が必須だからな。
そこまでやらないと実証実験とは呼べない。
「結界破壊には成功した。オーバーキルにもならず、結界だけを壊す事が出来た。想定通り、防御力も大幅に低下した。ここまでは良かったんだが……」
ああ、何か別のデバフ効果、若しくは呪いのようなものがシャリオの身に降りかかったっぽいな。
これは比較的良くあるタイプのナイトメアだ。
実証実験の多くは、武器や魔法が想定通りの効果を発揮出来るかという内容。
例えば、単純に物理攻撃のみの剣を実験する場合、失敗のパターンとしては『想定ほどの威力がなかった』ってパターンが多いけど、稀に『剣が折れて破片が肩に刺さった』みたいな大失敗のケースがある。
それがナイトメアだ。
魔法の場合は、魔法の暴走によって術者にマイナスの効果を与えるパターンが多い。
世界樹の祝福によって攻撃力をアップさせる魔法を実験した結果、術式のミスによって祝福が反転して呪いとなり、攻撃力が一定期間ダウンする……みたいな。
それと同じような事が、シャリオにも襲いかかったのか。
「シャリオは凄まじく精神的に打たれ弱くなってしまった。肉体面の防御力だけじゃなく、精神面の防御力まで大幅に下がってしまったんだ」
やっぱりか。これは恐らく呪いの類いだろう。
「以前のシャリオは不貞不貞しいくらいにサバサバした性格だったんだが、今の彼女はちょっとした言葉に傷付き、打ちのめされてしまう。だが性格までは変わっていないから、怯えたり自分の殻に閉じこもったりはいない。赤く燃える馬車だ。面妖という意味だが」
だからわかり難いってその例え……
『引きこもりで打たれ弱いのに、サバサバしているって言われてもピンと来ないとエルテは懐疑心を記すわ』
「そうだな。本人と接するのが手っ取り早いだろう。シャリオ、朝食の時にお前が落としたパールベリーを買ってきた。みんなで食べよう」
「パールベリー……」
……あ、目にハイライトが。
どうやら好物を誤って落とした事で凹んでいたらしい。
パールベリーってのは、アカデミック・ファンタジアの世界に存在しているブルーベリー的な果物だ。
中々高級そうな名前だけど、大衆が食しているありふれたフルーツらしい。
光沢があって見た目が綺麗らしく、女性の間で人気があるとか。
にしても立ち直りがチョロいな。
成程、確かに打たれ弱いけどサバサバしている。
思ったほど厄介な状態じゃないのかも――――
「ほら、遠慮せず食べろ」
「……」
あれ、またハイライトが消えた。
しかもノロノロと部屋の隅に戻っていく。
心が折れるような事は何もなかったと思うけど……
「ひぇぇぇ! な、なんですかこれは!」
『気持ち悪いとエルテは直感的な感想を記すわ』
「うーん、さすがにこれはちょっと食欲なくすね」
アイリスが運んで来たパールベリーに対し、ウチのメンバーも一様に悲鳴をあげている。
そんなに見た目が悪い食べ物なのか?
でも好物ならそれも折り込み済みなんじゃ……
「ああ、間違えた。これはパールベリーじゃなくて釣り餌用のワームベリーだな」
いやいやいや……細かい事気にしなさ過ぎだろこの人。
何処の世界に果物と釣り餌を間違えるアホがいるんだ。
そりゃ名前は似てるけど。
あ、いや待て。
この流れは――――
「……と、このようにちょっとした事で凹んでしまうのが今のシャリオだ。だが塞ぎ込んでいる訳じゃないから、意思の疎通は可能だ」
やっぱりわざとか。
そりゃそうだよな、幾らなんでも素でこんな勘違いはしないよな。
「実は二日前に全く同じミスをしてしまってな。それと同じ事をまたやっても同じように凹むあたり、日照り続きの川だな。かなり心の防御力が低くなっているという意味だが」
……協力関係を見直した方がいいか?
実際、ここまでの豆腐メンタルの状態でアイドルなんて務まるとは思えない。
もし他のNPCも選択肢に含まれるのなら、そっちを当たった方がいい気が――――
「シャリオ、彼らの中には私達と同等の経験を積んでいる猛者がいる。経験不足の者もいるが、私を勝負で負かすほどの知恵と行動力を持っている。彼らと協力関係を結ぶ為にも、まずは彼らの要望に応えなければならない。ついて来い」
「わかった」
えらくアッサリ決まってしまった!
「いや、まずは内容を伝えてやる気があるかどうか聞かないと……」
「心配するな。シャリオは要領が良いから大抵の事はこなせる。実を言えば、この状態のこの子がどうすれば元に戻るか全くわからない状態でな。戦力の補充、そして情報収集という意味でも新しい仲間を欲していたんだ」
そういう事だったのか。
だったら当分仲間って感じになっていきそうだな。
MMORPGじゃなく、普通のRPGでよくあるNPCのゲストキャラが一時パーティに加わるアレみたく。
「そもそも、私もまだこれからやる事を完全には把握しきれていない。王都の市民を元気づける女神と言われても、今ひとつわからない」
成程、これで詳しい説明を受ける為にリッピィア王女の所へ行くって流れか。
実際、候補が揃ったら彼女を尋ねるのは当然の流れ。
シャリオって子がどういう人物なのか、まだ完全には把握しきれていないけど、取り敢えず紹介してみよう。
……リッピィア王女の不興を買わないといいけど。
「良い感じじゃない! バランス的にもキャラ被りないし、みんなそこそこ可愛いし、何より私が一番可愛いっていうのが大事だから、そこも問題なしよ! シーラ君は良い仕事をしました! イェイイェーイ!」
あ、良いんだ。
なんか思いの外すんなり上手くいったな。
だとしたら、他に候補となるNPCはいなかったのかもしれない。
取り敢えず、これで王女のオーダーはクリア。
でも問題はここからだ。
一体どういう活動を考えているのか――――
「それじゃ、これからさっそく歌と踊りの練習よ! あ、その前に衣装合わせしないとね! 女神パーティとしての活動名も考えないと。さー忙しくなって来たーーーー!」
影武者の王女様はハイテンションになっておいでだ。
伝説作るとか言ってたからな……この企画に色々賭けてるのかもしれない。
全身からやる気が溢れている。
「……」
一方で、新入りの二人は完全に呆気にとられている。
アイリスは王女の威厳なき姿に驚きを隠せていないし、シャリオの方は露骨に嫌な顔をしている。
大丈夫かな……
「シーラ君、その他一名、ご苦労様。これからは女の子達だけで打ち合わせするから、貴方達は現地解散してくれて大丈夫よ。好きに生きなさい」
「いや、なんか今生の別れっぽく言われても困るんですけど。リズとエルテは一時預けるだけですからね?」
「ちぇー」
しれっと人の仲間奪おうとしやがったな……油断も隙もない。
でも、これでしばらく女二人とは別行動って事になるのか。
「行こうか、シーラ。僕達の居場所はここにはないらしい」
「ああ。俺等は別件で動くとするか」
さて、何をすべきか。
個人的には、キリウスの動向が気になる。
奴が率いるアンフェアリって組織の全容もまるで明らかになっていないし。
でも、俺はもう一つ大きな案件を抱えている。
世界樹のエラーを引き起こした奴を見つけ出す事。
『世界樹の支配者』の中の誰からしいが……恐らくその該当者が、このゲームのラスボスだ。
ぶっちゃけ、エルテは100%違う。
水流と話した限りでは、あいつはランダムで選ばれたラスボス候補みたいだからな。
真のラスボスがプレイヤー側である筈がない。
勿論、水流が嘘をついていたとしたら、この前提は崩れる。
でもそれはないだろう。
中学生にそんな大役をやらせるとは思えないし、水流が初対面の俺を完璧に騙せるほど器用とも思えない。
何より――――仲間を信じなくてどうする。
仲間を疑いながら冒険するRPGなんて疲れるだけだ。
「シーラはこれからどうするつもりだい?」
ラスボス探しの件は、ブロウには言えない。
一人でやれって言われてるしな。
「そうだな。刹那移動を使って、いろいろ情報を集めてみようかと思う。キリウスの事とか」
「そうか。僕はあのフィーナって女性について調べてみようと思う」
……今の俺は多分、シャリオと同じ目をしているという自覚があった。
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