6-33

 恐らく彼は誤解している。

 しかしそれを指摘する事が、果たして彼にとって良い事なんだろうか。


 空想なら良い。

 自覚がある上で、遊びの範疇や精神衛生上の問題でそうしているのなら全く問題ない。


 でも、もし自覚なしに妙な妄想に取り憑かれているのだとしたら――――


 仕方ない、強烈な拒否反応を示されるのを覚悟の上で指摘しよう。

 それが、ここまで彼と付き合ってきた者としての責務……!


「ブロウ。フィーナさんはロリババアじゃないと思う」


「知ってるよ」


 なーんだ。


「いや待て。ならこれは矛盾だ。なんでフィーナさんを調べようと思った?」


「君は僕がロリババア以外のあらゆる女性に興味がない事を前提にしているみたいだけど、いや実際そうなんだけれども、事情がある場合は話が別なんだ」


 ……事情?


「君がアイリスさんと勝負している間、僕とエルテプリム様は女神候補としてフィーナさんに白羽の矢を立てたんだ。元々女性の知り合い自体が少ないっていうのもあるけどね」


 成程、そうだったのか。

 確かに彼女の凛とした感じは、なんとなく美形のように思える。

 二次元的表現は美女とそうでない容姿との境目が全くわからないから実際どういう設定かは不明だけど……


「けれど、彼女には会えなかった。この王城から姿を消してしまっていたんだ」


「遠征にでも出かけたんじゃないのか? それか、俺達みたいな野良状態の実証実験士を探しに行ったとか」


「エメラルヴィさんに後で確認したんだけど、そういった話は一切聞いていないそうだ。今までの傾向からして、どちらも彼女一人で出かける事はないと言っていた」


 仲間に何も話さず、単独で城から出て行った……?


 となると、イベントのトリガーっぽいな。

 彼女を追う事で何らかのイベントが発生する、みたいな。


 実際、フィーナは俺にとってキーキャラクターなのは間違いない。

 この裏アカデミに俺を導いた張本人だし、王城まで連れて来たのも彼女。

 テイルほど関わりが多いキャラじゃないけど、重要なポイントで俺をナビゲートしているのはフィーナだ。


 他のプレイヤーにとってもそうなのか、俺にだけそうなのかはわからない。

 終夜や水流に聞けばすぐにわかる事だけど……果たして聞いて良いものかどうか。

 それこそネットで攻略を見るのと同じくらい、ゲームの面白さを損なう行為のような気がして、中々そこには触れられない。


「キリウスが城内に出没して間もないこのタイミング、っていうのが少し気になってね。エメラルヴィさんからも探して欲しいと言われているし、足取りを追ってみようと思う」


「そうか。なら俺も気にかけておくよ。手がかりが見つかったら知らせよう」


「ありがとう。それじゃ、また暫く別行動だね」


 ブロウとは唯一リアルでは一度も会っていないから、こうやってゲーム内でしか行動の摺り合わせは出来ない。

 まあ、時間をかけて話し合えば正解に近づける訳でもないしな。


 イベントに入りそうな感じだったら、事前に伝えてくるだろう。

 彼もゲーム歴は長そうだし。


 今回の件でなんとなくわかってきたけど、このゲームは構造的にはそこまで複雑じゃない。

 表のアカデミック・ファンタジアは、金や武具を揃える為の手段としてオーダーが存在し、いわゆる『ストーリーモード』的な本筋の物語は別個用意されているけど、これは裏アカデミも同じだ。

 緊急の最優先オーダーが本編のストーリーを進める引き金になっていたりするしな。


 自由度が高いようで、実際にはナビゲートが完備されている。

 日本のオープンワールド風RPGにありがちな構造ではある。

 誰がラスボスかわからない、って設定でありつつ、対象がかなり絞られているところも同様だ。


 まあ現実問題、あらゆる面で自由ってゲームは当然存在しない。

 自由度の高さに定評のあるアメリカ産のRPGだって、お使い要素がない訳じゃない。

 重要なのは自由である事じゃなくて、いかに『何をやってもいい』『このプレイスタイルは自分が選んだ』とプレイヤーに思わせるかだ。


 そのアプローチは様々な方法があるんだろうけど、裏アカデミの場合はNPCをリアルタイムでスタッフが動かしている事によって、ゲーム内の住民がみんな自由に生きているように見えるところにある。

 自由村の住民だから自由だ、と思い込ませる……というか。

 だから、仮にお使いイベント的なものがあったとしても、それはキャラ同士の関わりの中からリアルに生まれた偶発的な出来事だと錯覚させる事が出来る。


 と、すると……


 この裏アカデミは、日本人向けのオープンワールドの究極を目指しているのかもしれない。


 オープンワールド、自由、何をしてもいい……とてもワクワクさせる言葉だけど、実際にそういうゲームが日本で爆発的にヒットした事はない。

 世界的に2000万本くらい売れているメガヒット作でも、日本ではその100分の1位程度しか売れないなんて事も珍しくないジャンル。

『何やってもOKです、さあどうぞ!』と世界を一つポンと与えられても、そこから何をするのがベストなのか自分で一人で決められず、結局ネット上にある最適なプレイ方法を模倣したり、それを若干アレンジしたりするプレイヤーが多い。


 俺も和製のレトロRPGに慣れきってしまっているから、自由を持て余す側だ。

 良くも悪くも『お使いイベント』に安心感を抱いてしまう。

 逆に、そういうイベントが多いゲームに魅力を感じない人も沢山いるだろうけど……


 そういう意味では、この裏アカデミは革新的かもしれない。

 俺等みたいな旧世代のゲーマーにも、自由を求めてプレイするゲームを探している層にも、一定の刺激と充足感を与えられる。

 オープンワールドとは明らかに違うけど、その魅力を要素の一つに組み込んでいるのは間違いない。


 和製オープンワールド、和風オープンワールド……呼び方は兎も角、そんな感じのゲームのように感じる。


 会社分裂騒動まで起こして、このゲームに賭ける終夜父が果たして正しいのかどうかはわからない。

 そもそも、このゲームを商品化出来るのかという懸念が強い。

 NPC役のスタッフを何人雇えばいいんだって話だし……


 まだ謎は多いけど、なんとなく裏アカデミってゲームがなんなのか、わかりかけてきた。

 あとは、そのゲームに対して俺自身がどうアプローチするか、だな。


 仲間内でこのゲームを楽しむのなら、現状維持でも問題ない。

 アイドル活動を始めた女性陣や、フィーナを探すブロウに協力して、目の前にあるストーリーを追いかけながら、NPCとの関わりを楽しむ。

 未だ成し得ていないイーター討伐を目指すのもいいだろう。


 一刻も早くラスボスを倒してクリアしたいのなら、アスガルドっていうあの異空間にいたキャラの依頼が最優先だ。

 世界樹の支配者を名乗る人物を見つけ出し、そこからラスボスを引き当てる。

 シーラのレベルで直接倒すのは恐らく無理だけど、アスガルドに報告する事でクリアって事も十分考えられるし、ラスボスが異様に弱いってパターンもあり得る。


 より裏アカデミへの理解を深めようとするなら、片っ端からイベントフラグを立てるって手もある。

 それっぽいオーダーを受けてみたり、色んなNPCに声をかけてみたり。

 王城から出て、他の街を探してみても良い。


 でも――――俺がすべき事はやっぱり一つだ。

 未だにこのゲームを『新時代のゲームだ!』と喝采出来ない理由。


 キリウス。

 現実世界でアカウント乗っ取りなどの疑惑を持たれているPCが、ゲーム内に存在している意味。

 当初の予定通り、それを明らかにするのが俺の望みだ。


 多分、MMORPGの醍醐味はそこじゃないんだと思う。

 元々仲の良かった友達、ゲームを通して仲間になった人達と一緒に行動し、敵を倒し、嬉しさや楽しさを共有する。

 優秀な戦績を納めて秀でた存在になり、同じゲームをプレイしている人達から一目置かれる存在として称えられる事に優越感を覚える……そういうところを目指すのが普通なんだろう。


 でもやっぱり俺の根っこは家庭ゲームRPGなんだろう。

 謎を片付けたい、って気持ちが一番強い。

 クリアはあくまでもその延長線上のものだ。


 単独でキリウスの手がかりを探す。


 でもそれは決して独りよがりの行動じゃない……と思う。


 一つの組織を動かし、不気味な動きをしている奴が、世界樹の支配者の一人という可能性は十分にある。

 ブロウが懸念していたように、フィーナが関わっているかもしれない。

 奴を追う事が、別の案件と繋がっていく事も考えられる。


 リズとエルテが別件で行動を縛られているのも幸いだ。

 万が一、キリウスを操作している奴がガチの犯罪者だったら、終夜や水流は巻き込めないからな。

 この好機を逃す手はない。


 とはいえ……取っかかりをどうするか。

 キリウスを目撃したのは、あの世界樹の旗を立てたフィールドだけど……あの近くに奴の拠点があるとは限らない。

 それよりは、各所に建てられている白い謎の建物を追いかけた方が良さそうだ。


 となると、アイリスとの勝負で使ったあの世界地図が役立つかもしれないな。

 主要な街や村に行けば、あの建物が見つかるかもしれないし、もし建設中だったら当人がいるかもしれない。


 刹那移動なら、街や村の名前さえわかれば移動は可能。

 あのランダムでの転送失敗だけは怖いけど、それを恐れていたら何も出来ない。

 ただ、MP回復用のアイテムは補充しておいた方が良さそうだ。


 リッピィア王女のオーダーをクリアした事で、新しいオーダーが出ているかもしれない。

 取り敢えず、見に行ってみるか。



《No.p236 ルルドの聖水を大量生産しよう!》



 ――――そんな軽い気持ちで受付にやって来た俺にとって、この新オーダーは決して渡りに船と素直には喜べない、不気味さを感じさせるものだった。


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