6-31

 アイリスというこのキャラがNPCなのはほぼ確定している。

 あの世界樹の旗を使った勝負は明らかにイベントだったからな。

 設定は俺達と同じ『十年前世界から来た実証実験士』だけど、ゲーム進行に関わっている以上PCって事はないだろう。


 という事は、これから紹介される彼女の相棒もNPCで間違いない。

 こっちは現地組――――今いるこの十年後世界の人間らしいから、尚更そうだ。


 このゲームの凄いところは、イベントシーンがイベントシーンらしくないところ……ってのはずっと前から感じている。

 NPCがまるで他ユーザーのPCのように振る舞い、イベントもPCとの交流と錯覚するようなものになっている。

 これが裏アカデミの大きな魅力だ。


「相棒さんはどういう人なんですか?」


 珍しくリズが進んで話しかけている。

 あいつもアイリスがNPCなのを見抜いているっぽいな。


 幾ら人見知りでも、NPC相手に緊張するって事はないだろう。

 まあ中身がスタッフってのを意識したら、その瞬間フリーズしそうだけど……


「名前はシャリオ。前髪が目を覆うくらい伸びているが、長髪という訳ではない。髪の色は黒。世の中の全てを恨んでいるような目付きをしているが、睨んでいる自覚はないらしい。鼻筋は通っているが、鼻の穴が小さ過ぎて呼吸が若干心配になる。口はいつも口角が下がっていて――――」


「いえ、あの、そこまで外見を詳細に語られても」


「ん? 中身か? そうだな、中身は引きこもりという時点で察して貰いたい。虹のない空だ。雨は止まないという意味だが」


 例えも意味も抽象的過ぎて訳がわからない……


『自分の意思で引きこもっているのではない、とエルテは解釈を記すわ』


 成程、自然現象に例えたのは、自分の意思ではどうにもならない問題を抱えているって言いたかったからなのか。

 中学生なのに理解力凄いな水流。

 あの変なテンパり癖がなかったら……って、それはリズも同じか。


 欠点のない人間なんてまずいない。

 その中で好かれるのは、欠点がわかりやすい人間だ。

 弱い部分やダメな部分がある人間は好感を持たれやすいし、それが明確だと自然と親しみを持たれる。


 終夜も水流も、案外クラスとか職場に狙ってる男子がいるかもしれない。

 そう思うと……なんだろう、若干モヤモヤする。

 今まで仲の良い異性なんて身内の来未やアヤメ姉さんくらいしかいかなかったからな……なんか同じような、身内みたいな感じでこいつらを見ている自分がいる。


 ブロウも含めて、この『モラトリアム』の四人でいる事に、なんとなく居心地の良さを感じているのかもしれない。

 多分、距離感が絶妙だからなんだろう。


 ブロウ以外の二人とは、SIGNで頻繁に話してるし、偶に直に会ってもいる。

 でもゲームの事で揉めたりギスギスしたりは一度もしていない。

 これは単純に、性格の悪い奴が一人もいないからだろう。


 俺はその点恵まれてるけど、中には煽る事やマウント取る事しか興味ないような奴もいる。

 もしそういう人間がこの輪の中に入ろうとしたり、人間関係を破壊しようとしたりしたら――――俺はどうすべきだろう。


 まあ今はそんな事よりもシャリオって娘だ。

 性別は話してなかったけど、アイドル……女神の一員にするって流れなんだから、当然女だろう。

 ……また男の娘って可能性も完全否定は出来ないけど。


「引きこもりだったら、わたしと気が合うかも知れません」


「リズ君もそうだったのか?」


「あっいえ違います。今のは今のはなんでしょうなんでしょう」


 ……現実の自分とゲーム内のキャラ設定をごっちゃにしちゃうやつ。

 これやらかすのが怖くて、素の自分をそのままゲーム内で出してるプレイヤーもそれなりにいるって聞く。

 実際、その方が気楽ではある。


「リズは昔、誘拐されて暗所に閉じ込められた経験があるんだ。それを言いたかったんだろう」


「それです! シーラ君は良い事を言いました! 私は神なので事ある毎に狙われ誘拐されたのです!」


 一応良い感じのフォローになったらしい。

 俺の場合、こういう積み重ねでパーティの役に立つしかない。

 戦力になれない事をグダグダ悩んでも仕方ないし、焦りも禁物だ。


 なお、『私は神である』っていうリズの痛い発言をアイリスは華麗にスルーしていた。中の人が『こいつヤベーからあんま話しない方がいいか』と感じたのかもしれない。可哀想に。


「引きこもりって事は、僕達を見て怯えたりはしないかな?」


 今回ロリババアが全く絡まないからか、ブロウの口数が少ない。

 シャリオって女性がそうかもしれないって可能性を全く感じていないみたいだ。

 まあ実際、そんなわかりやすい特徴があるなら真っ先にこのアイリスが言ってるだろうしな。


「怯える怯えないで言えば、確実に怯えないだろう。彼女は心に問題を抱えているが、それは他者が怖いとか、自分に自信がないとか、その手の問題とは根本的に異なる」


『だったら、どうして引きこもりになるのかエルテは疑問を記すわ』


「彼女が引きこもる原因となったのは、とあるアイテムの実証実験だ」


 宿に着くまでに、アイリスは絶妙な間で事情を説明してくれた。

 ナレーションベースにならないところは、このゲームの良さだな。


 アイリスとシャリオは俺達のように、アルテミオで知り合った。

 共に強者同士、経験も豊富な上、シャリオにはこの世界の現状を把握していた為、俺達よりも遥かに早く王都エンペルドへと辿り着いた。


 シャリオは相棒を探していたらしい。

 彼女は人類がイーターを倒せるようになるには、武器でも防具でも魔法でもなく、あるアイテムが鍵になると考えていたという。


 一つは世界樹の旗。

 イーターを一箇所に誘い込める、極めて効果的なアイテムだ。

 その効能は俺も目の当りにした。


 でも、あれだけでは倒せない。

 イーターにダメージが通るようにするには――――


「イーターに結界を張るアイテム。それを私達は実験していた」


「結界を……イーターに?」


 正直、驚きの手段だった。


 イーターにはあらゆるステータス異常が通じない。

 厳密には『ほぼ通用しない』で、実際スタンに関してはビリビリウギャーネットで効果が発揮されていたけど、あれは属性が関与していた。

 実際、ゴーレムに対しては足止め効果はあったけど完璧には効いてなかったからな……それで危うく殺されかけたんだけど。


 でも、マイナス要素が通じないからといって、プラス要素も受け付けないとは限らない。

 デバフが効かない相手でも、バフなら効くかも知れない。

 いや、寧ろ効く可能性の方がずっと高い。


 結界ってのは普通、守護する為のものなんだから、バフに該当するもの。

 自分に向けて使われたバフを無効化する敵なんていないのと同じように、『自分に張られた結界を無効化する』なんて性質を持った敵は多分いないだろう。

 

 勿論、普通の結界を張ったところで意味はない。

 そこで重要なのが、結界の性質だ。


「例えば、強力な結界だが壊されると本体の防御力が大幅に減少するとか、そういう条件を付随した結界を開発する。そうすれば、その結界を破壊する事さえ出来ればイーターを弱体化させる事が可能だ」


 成程……考えたな。


 イーターにはどんな強力な武器も通じないけど、結界なら多少強力でも破壊出来ない事はない。

 何しろその結界自体、こっち側で開発したものだからな。

 防御力はどうにでも調整出来る。


 後は条件付きってところがポイントだ。

 リスクが大きいほど効果も絶大ってのは、異能力とかでもよくある話。

『壊されるとデバフ効果が生じるけど、その分とてつもなく強力な結界を張れるアイテム』ってのは現実的だし、これをイーターに使って結界さえ壊せれば、通常の方法ではデバフスキルを一切通さないイーターにも通用するかもしれない。


「でも、結界って魔法の範疇じゃないのか?」


「普通はそうだ。だが、これだけ複雑な指定をするとなると、魔法では開発が難しい。それに、使用者が限られる魔法よりはアイテムの方が効率も良い」


「確かにね。その魔法だと相当なMPを消費しそうだ。結界を張る時点で一人が戦力外となると、かなり厳しい」


 実力者のブロウならではの見解だ。

 MP残量の重要性を俺よりずっと理解してるだろう。

 俺はこのゲームで魔法を使う機会が殆どないから、その辺は全然実感出来てなかったりする。


「そういう訳で、私とシャリオは『破壊されると防御力大幅ダウン』という結界を張るアイテムを実証実験する事になった。正確なアイテム名は決まっていなかったから、私達は『イーターロウ』と呼んでいた」


 ロウ……はLOWなんだろうけど、イーターロウだと『良い太郎』にしか思えない。

 太郎に良いも悪いもないけど……


「なんだ。産後の静寂か? ピンと来ていないという意味だが」


 いや、その例えの方がピンと来ない。


「イーターを倒せるようになる方策は、城内で様々な研究者が考案している。これは数あるアイディアの一つに過ぎない。有力視されている訳でもない。だが、私達は誇りをもって臨んでいた。イーターロウと世界樹の旗がこの世界の希望となる未来を信じて」


 色々変なところのある人だけど、根は真面目らしい。

 自分の仕事に誇りを持つ人間は、信頼は兎も角信用は出来る。


「だが……実験は失敗した。開発されたイーターロウは『破壊されると防御力大幅ダウン』ではなく、別のマイナス効果を生み出してしまった」


「『実証実験士の悪夢ナイトメア』ですね」


 実証実験士の悪夢――――と書いてナイトメアと読ませるこの用語は、表のアカデミック・ファンタジアで使用されている言葉。

 実証実験士が、実験用の武器や魔法、アイテム等の欠陥によって損害を被る事をこう呼んでいる。

 ゲーム中にも、オーダーの最中に一定確率でこれが起こり、PCに何らかのペナルティが生じる。


 とはいえ、ゲーム進行に多大な影響を与えるほどの深刻なダメージはない。

 一定時間オーダーが受けられなくなるとか、その程度だ。

 リターンの大きいオーダーほど、ナイトメアの確率が高くなる。


「そうだ。ナイトメアによって、シャリオは引きこもらざるを得なくなった」


 計算され尽くしたかのように、このタイミングで彼女達の泊まる宿に着いた。


 シャリオに生じたナイトメア――――それは一体何なのか。

 俺達はそれを目撃した刹那、強い衝撃を受ける事となった。


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