6-23

 ステラの協力のおかげで、勝負の準備は思った以上にスムーズに整った。

 さっき借り入れたばかりの鑑定用アイテム【真贋ルーペ】を世界樹の旗に使用してみたところ、アイリスさんから聞いていた情報通りだと判明。

 イーター感知魔法【ポジレア】に関しても、問題なく使用出来そうだ。


 ただ、問題が一つ残っている。

 どうやって設置した世界樹の旗をイーターに破壊されないようにするか、だ。


 この旗、どう見ても頑丈そうには見えない。

 頑強な装備品をいとも容易く砕くこっちの世界のイーター相手に耐えられる代物じゃないだろう。

 となると、なんらかの強化もしくは細工が必要になってくる。


 とはいえ、イーターを集める為のアイテムだから、イーターが寄ってこないようにする訳にはいかない。

 イーターが嫌いな臭いとか音を旗の近くから出す、みたいなアイディアは全部アウトだ。

 イーターを誘い出し、尚且つ旗に気付かせない、認知させないようにする必要がある。


 レジンと同じ香りでイーターを誘う訳だから、匂いを消す訳にはいかない。

 でもその匂いがある限り、旗は確実に破壊される。

 イーターは世界樹を喰う存在なんだから当然そうなる。


 この相反する状態を、どうやって最善の方向へ持っていくか。

 世界樹の旗というアイテムを有効利用する上で、ここを上手く解決するのは最優先課題だろう。

 そして、アイリスさんとの勝負の最大のポイントでもある。


 イーターは匂いを感知するから、例えば幻を見せる魔法なんかを使ったところで上手くはいかないだろう。

 旗を見えなくしても意味はない。


 特定のタイミングで匂いを瞬時に消す……ってのはどうだろう?

 いや、残り香まで完璧に消すってのは非現実的だ。

 仮にそれが可能だとしても、イーターがその場に留まらず直ぐにいなくなったら世界樹の旗の存在意義がない。


 というか……旗のカウント機能が『どれくらいの時間旗の傍にイーターが留まった時点で作動するか』ってのがわからない限り、この作戦は立てようがない。

 真贋ルーペでは『カウント機能あり』とは表示されるけど、流石にそのカウント機能の詳細まではわからない。

 そもそも、カウントされた数は開発者しか知り得ない訳だから、実証実験士に過ぎない俺がそこに踏み込むのは無理だろう。


 参ったな……手詰まりだ。

 こういう時、仲間に頼れないのは痛い。

 ブロウは現実的な案をくれるし、エルテは知性的な意見を出してくれそうだし、リズは突拍子もないアイディアを思いついてくれそうなんだけどな……


 それに、彼等と話している内にパッと良い方法が思いつく事もあり得る。

 客観的な叩き台があった方が、着想は大抵捗るものだ。

 自分だけでああだこうだと考えていても、中々思うような成果はあげられない。


 仲間って大事。

 それを痛感せざるを得ない。


 ……気分転換に世界地図を眺めてみるか。


 イーターの生息する地域は世界中にあるけど、その中でも特に危険区域と呼ばれているのは、全部で七つ。

 その中の二つが、この国――――ヒストピアにある。


 一つは、この王都エンペルドから遥か南西にある『ネトロ山地』。

 もう一つは、北東の『シュレクローヴァの丘』と呼ばれるだ。

 王都付近もかなりイーターが出没している地域だけど、この二箇所はその比じゃないらしい。


 恐らく、アイリスさんはそのどちらか、或いは両方に行くだろう。

 そして旗を一つずつ……


 いや、同じ場所に旗を一つしか立てられないなんてルールはない。

 もし無尽蔵なくらいにイーターが出没するのなら、そこに二つ立てればカウントを大きく稼げる。

 勿論、ベストなのはイーターが多く集まる三箇所それぞれに旗を立てる事だけど、中途半端な場所に設置するくらいなら、イーターが沢山いる場所にまとめて三つ置いた方が良い。


 旗がどれくらいの範囲でイーターをカウントするのかがわからないからだ。


 それどころか、例えば『旗に触れたイーターだけをカウント』だったら、一ヶ所に三つの旗を置いた場合、一体のイーターで三体分のカウントが期待出来る。

 カウントが重複する可能性は考慮しておくべきだ。

 というか、それも含めての実証実験なのかもしれない。


 もし重複カウントがアリなら、イーターの密集地に三つの旗を全て立てるのが正解だ。

 その場合、ネトロ山地かシュレクローヴァの丘にテレポートで移動し、即座に三つの旗を立てて直ぐに退散……って段取りになる。


 これは正直、かなり危ない。

 同じ場所で三つもあの重い旗を立てるとなると、かなりの時間留まらないといけなくなる。

 アイリスさんみたく風の魔法を使って上手く立てられたとしても、リスクは無視出来ないだろう。


 そもそも、アイリスさんと同じ場所に設置したところで、負けはしないまでも勝ちも出来ない。

 この勝負は勝たないと意味がないんだ。

 彼女を女神グループの一員にする為には。


 ……この際、他国に行ってみるか?

 刹那移動ならそれもきっと可能だろう。

 この世界のあらゆる場所に転送可能だってテイルも言ってたし。


 瞬間的な移動が出来ないアイリスさんは、そう遠くには行けない筈。

 もし外国の危険地帯が国内の二つよりもイーター出現数が多ければ、勝算が出てくる。


 ただ、その保証は何処にもない。

 あくまで情報は『イーターが数多く確認されている』止まり。

 具体的な数まではわからない……というか、わからないからこの世界樹の旗みたいなアイテムが開発されているんだろうけど。


 賭けに出る価値はある。

 でも、果たして賭けに出る必要はあるのか?

 その前にやれる事は何もないのか?


 俺には刹那移動がある。

 それを活かしてこの勝負に勝つ――――


 そこに拘り過ぎていないだろうか?


 自分に有利な点があるからと、それを活かすのを前提に考えて、本質的な部分を見落としていないだろうか?


 この勝負はあくまでもイーターを多く観測出来た者が勝つってルール。

 だったら、数さえ多ければそれでいい。


 沢山のイーターがいる場所へ自分一人で行って旗を立てる。

 これが、今の俺がやるべき事だ。

 仲間に頼らず、俺だけの力で――――



 待てよ。

 俺は以前、その沢山のイーターに苦しめられたじゃないか。


 

《No.4896 憎き放浪者達に鉄槌を》



 初めてブロウとエルテと出会った時に受けたオーダー。

 最強の武器ミョルニルバハムートでエキゾチックゴーレムを攻撃したのに、殆どダメージが通らず絶望していた時、ゴーレムが仲間を呼んだんだ。


 その時、大量の鳥型のイーターが現れた。

 名前はカラドリウス……だったか、あれは本当に絶望的だった。

 今思えば、よく生き残れたよな。 


 でも、今回重要なのはそれじゃない。

 あの鳥型のイーターだ。

 間違いなく、あの時現れたのは数百体のカラドリウスだった。


 鳥型だからといって、鳥の習性を持っているとは限らない。

 イーターである以上、世界樹を喰い潰そうとするのは間違いないだろう。


 だったら――――無力化させればいい。

 あの時と同じように。


 こっちの世界に来て、イーターには絶対に勝てない、全く歯が立たないって先入観が強くなっていた。

 だからつい、今回も逃げ回るのを前提に考えていた。

 俺達は既に、沢山のイーターに勝利した実績があったのに。


 とはいえ、あの束縛用のアイテム……ビリビリウギャーネットを使わなければ到底足止めは出来ない。

 あれはテイルとその助手で男の娘のネクマロンが作ったんだっけ。


 となると、もう一度ステラに会って話を通しておくべきだろう。

 テイルと彼女は同一人物なんだし。


 二度手間になるけどこの際仕方ない。

 あれほど大規模なアイテムは他にないだろうし、なんとか借りられるよう交渉するしか――――




「ダメ」


 ――――そんな浅はかな考えは、ステラに一蹴されてしまった。


「な、なんで? あれまだ試作品なんだろう? もう一度実験する意義は……」


「ない。カラドリウスへの有効性はもう認められた。実証実験する必要ない」


 ぐうの音も出ない。

 確かに彼女にとっては無意味なんだろう。


 でも俺にとっては必要不可欠なアイテム。

 あのカラドリウスはこっちのイーターとしては小柄な部類だし、あれだけの数が一ヶ所に集まるってのは他のイーターでは考えられない。


 もっとしっかり探せばいるのかもしれない。

 でも今回はそんな余裕はない。

 このワンアイディアに賭けるしかないんだ。


「なら、こういう実験はどうだろう」


 頭をフル回転させ、俺は一つの実験に辿り着いた。 


「俺が今預かっている世界樹の旗。その下にビリビリウギャーネットを敷く。そうすれば、旗目当てに集まったイーターがどんどんネットに捕まる。それが可能かどうかを確かめてみたくないか?」


 あの時は、上から被せる形での使用だった。

 今回は下。

 しかも世界樹の旗との連携だ。


「ステラ。お前はテイルなのかもしれないけど、俺が受けた印象は違う。テイルは流浪の研究者で、他の研究者から認められていなかった。そうだよな?」


「……それがどうかした?」


「テイルをこの王城で、国王や他の研究者に認めさせたい。そんな気持ちはないか?」


 あのビリビリウギャーネットは、テイルとその助手の発明品。

 それが成果を挙げれば、テイルは認められるかもしれない。


 同一人物といっても、両者は統合されず同時に存在している。

 だから、俺にとっては実のところ、未だに別人って認識だ。

 

 でも当の本人はそうじゃないんだろう。

 自分を認めて欲しいって気持ちが心の何処かにあるのなら、テイルを認めて欲しいって願いがステラの中にもきっとある。


 それに賭けた。


「ない」


 俺はその賭けに――――


「……とは言い切れない」


 どうやら勝ったらしい。

 アイリスさんとの勝負とは関係なく、少しホッとした自分がいた。


「勝手にテイルに頼めば。ステラは関与しない。でも……なんか、ありがと」


「礼を言うのはこっちだと思うんだけど。全面的に頼る形になってるし」


「あの子にそこまで構ってくれたのは、シーラが初めてだから」


 確かに、あの性格じゃ他人と仲良くするのは難しいだろうな――――という言葉は早々に呑み込み、なんとなく苦笑した。


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