6-16

 魔法の付与による形状変化で圧縮され、取れなくなってしまったフルフェイス型のヘルメット……


「やっぱりこれは叩き割るのが一番手っ取り早いかな」


「ですね」


 やけにアッサリ意見が一致したな。

 終夜も気付いたか。


 これがもしゲームじゃなく現実だったとしたら、こんなアイディアは出せない。

 危険過ぎる。


 でもこれはゲームだ。

 ヘルメットを叩き割ったからといって、中のキャラが負傷したりはしない。

 いや、実際にはちょっと負傷するかもしれないけど、所詮はイベントシーンだから大事にはならない。


「でも、好感度が隠しパラメータとして存在してたら、ちょっと困るな」


「オーダーの正否に関わるかもしれませんね」


 この〈裏アカデミ〉は、NPC毎に担当者がして、それぞれの判断(マニュアル的なのはあるだろうけど)で会話をしている可能性が濃厚だ。

 だとしたら、その中の人の裁量で好感度の上下動が行われるかもしれない。

 なら返答には相応の慎重さが不可欠だ。


 最終的に叩き割るにしても、人体に影響ない技術、またはそういうカラクリがある武器や道具を持っていないとダメかもしれない。


「質問してみるって手もありますね」


「そうだな……」


 とはいえ、流石に『叩き割ってもいいですか?』じゃ質問というより回答だし、『叩き割る道具とかないですか?』も似たようなものだ。

 ここは取り敢えず無難に――――


「魔法を解除する方法はないんですか? 例えば頭部装甲にかけた魔法を無力化する魔法やアイテムとか」


 勿論、そんなものはないんだろうし、あったとしても入手は困難だろう。

 これくらい本人でも思いつく――――って設定の筈だ。


「残念ながら、私の知る限りではありませんね。魔法無効化の魔法はあるかもしれませんが、仮にあったとしても使い手はこの城内にはいません」


 模範解答だな。

 こっちが欲しい情報を最低限くれるけど、発展性は何もない。

 そこはそっちで何とかしろ、それがこのオーダーの肝だ……ってトコか。


「どうします? そもそも、わたし達みたいな低レベルの実証実験士であのヘルメットを叩き割れるのか……」


「こっちのレベル次第で返答が変わる可能性もあるんだな」


 ……余り深く考え過ぎだろうか?

 でも軽はずみな言動で折角のオーダーを失敗したくない。

 ルルドの聖水が貰えるオーダーはそう多くない筈だし。


 だったら――――


「魔法を無効化するのが無理なら、効果を相殺するってのはどうでしょうか?」


 防御力を上げる魔法で圧縮されたのなら、防御力を下げれば形状が戻るかも知れない。


「成程、試してみる価値はありますね。お願い出来ますか?」


 お、中々色好い反応。

 防御力ダウンの魔法なら、そんなに高レベルじゃないし――――


「リズは使えません」


「シーラも」


 ……うーん、この低レベルコンビ。


 世界樹魔法は試用を依頼された魔法を戦闘中に選択して、その効果を確かめることで習得できる。

 防御力ダウンの魔法を実証実験するオーダーを受けて、何度か試用して、その戦闘に勝利すればいいだけだ。


 ただ、この〈裏アカデミ〉の世界では『戦闘に勝利』が絶望的。

 現状では実証実験による魔法習得は不可能だ。


 となると、防御力ダウンの魔法を既に使える実証実験士を探して連れてくれば良い。

 ……まあ、心当たりは普通にあるんだけど。


「エルテに頼むしかないか」


 魔法のスペシャリストなら、防御ダウンの魔法くらい当然覚えてるだろう。


 問題は、どうやって水流を誘うか。

 終夜が週末動けないって理由で本筋を止めてるのに、その終夜と今まさにプレイしているこの状況をそのまま伝えるのは……ちょっと気が引ける。


「わたしが邪魔なんですね」


「……いやいや、そこまで思ってない思ってない」


「二回繰り返すのは本音じゃない事を言ってる時って何かで見ましたけど?」


 う……当たってるかも。

 実際、終夜がいなければ誘いやすいのも事実。

 ついさっき『今は忙しい』って言ったから、少し時間を空ける必要はあるけど。


「わたし……役立たずですよね……ポンコツですよね……疫病神ですよね……父はあんなだし、あんな父に何も出来ないし、ゲームでも全然貢献してないし……」


「……」


「一つくらい否定して下さい! 否定して欲しくて言ってるんですよ!?」


 め、面倒臭い……こいつこんな性格だったっけ?

 まあ、面倒臭い子は妹で慣れてるし、全然良いんだけど。全然嫌いじゃないけど。


「よしわかった。終夜、そこまで言うのならこの件はお前に一旦預ける」


「へ? 急になんですか?」


「最終的にさっきの俺の案を試すとして、それまでの間はお前がこれって案を出して試してみてって事だよ。もしそれで上手くいったら、お前は役立たずなんかじゃないし足手まといでもないと証明出来るだろ?」


「足手まといは言ってませんけど」


「これも一つの実証実験だ。自分自身を実証してみせろ!」


 勢いで纏めてみた。

 でも間違ってない筈。

 実際、低レベルの俺達に出来るのって結局こういう事なんだと思うし。


 というか、出来ればリズにこのオーダーをクリアして欲しい。

 もしエルテに頼るのなら、一旦キャンセルしなくちゃいけないからな。

 このオーダーはシーラとリズで受けた訳だし。


〈アカデミック・ファンタジア〉では、キャンセルしたからといってペナルティは特になかった。

 でも〈裏アカデミ〉もそうだって保証はない。


「……わかりました。頑張ってみます」


「ああ。頼む」


 覚悟を決めた終夜は――――せかせかとスマホを取り出した。


「『ヘルメット 外れない』……もっと絞った方が……」


 ……それでお前の矜持は守られるのか?

 いや守られるのなら構わないけどさ。


「……春秋君。わたし、わかったかもです」


「え? マジ? どうすんだ?」


「熱膨張です」


 ……恐ろしい事に、終夜の言いたい事はその一言で全部理解出来た。

 要するに、ビンのフタがキツい時にフタの方を温めると簡単に開くようになるアレだ。


「あのヘルメットに炎系の魔法を叩き込めば、抜けるようになるのでは……?」 


「お前……それ……」


 これが現実だったら、ヘルメットをどれだけ熱したところで頭から抜けはしないだろう。

 大抵は耐熱性が高い素材使ってるだろうし。


 でもこれはゲーム。

 あの頭部装甲を魔法で熱して膨張させ、抜けやすくするってのは……アリかも知れない。

 どんなトンデモ理論だろうと面白ければそれでいいのがファンタジーって奴だ。


「OK最高だ。やったれ」


「わかりました!」


 という訳で実行――――は流石に無理だ(NPCに攻撃は出来ない)から、会話で方法を伝える。

『今からあなたの頭を炎の魔法で燃やします』と。


「なんて斬新な方法だ! 是非やって下さい! これは良いデータになりますよお……魔法は何を使うんですか?」


 確かに変わり者だった。

 ま、ゲームキャラはこれくらいイカれてる方が楽しいし、別に良いけど。


「では【ビージュ】を使います!」


 炎系魔法の最低ランクの奴。

 これくらいは流石に俺でも使える……けど、ここは終夜のアイディアだし彼女に任せよう。


 さて、どうなるか―――― 


 って……炎のエフェクト!?

 え?

 これもしかしてイベントに組み込まれてる?


 まさか、本当にこれで熱膨張――――


「熱! うわあアアアア熱! 熱ツツツツツ! ゥ熱ーーーーーーーーゥイ!!!!」


 ……そりゃそうなるか。

 凄い勢いで床をのたうち回ってる……幸い火は出てないけど。


「クソ熱いわやってられっかボケ!!!!!!!」


 そして最終的には熱膨張とか関係なく、命の危険を感じたフェスさんが自力で頭部装甲を引っこ抜いた。

 要は、彼を死に物狂いにさせるのが正解だったらしい。

 なんだこのオーダー。


「ハァ……ハァ……ありがとうございます。おかげで助かりました。お礼の品を受け取って下さい」


 あれでお礼を言われるのか……ご都合主義どころの話じゃないな。

 でも見事オーダークリアだ。


「やったな終夜。お前のおかげだ。ありがとう」 


「あ……いえ」


「お前、普通に戦力じゃん。何が役立たずだよ、謙遜しやがって」


「え、えーっ。そ、そうですか?」


 なんだろう。

 自分でオーダーをクリアするより、妙に嬉しい。


 たかだかゲームの、たかだか一つのサブクエスト的な依頼をクリアしただけに過ぎない。

 でもそれが、たまらなく心地良い。


 家庭用ゲームでも、オンラインゲームでも、ソーシャルゲームでも、この心地良さはきっと変わらない。

 仲間と一緒に、友達と一緒にプレイして何かを達成する喜び。

 こればかりは、一人で黙々とやるコンシューマのRPGでは味わえない感覚だ。


 その"一人で黙々とやるコンシューマのRPG"が好きな身としては、少し複雑ではあるけど。


「取り敢えず、これで聖水は確保出来ましたけど、もう少し他のオーダーも狙ってみますか?」


「そうだな。最低10個は欲しいかな」


 このオーダーはそんなに時間かからなかったし、多分大丈夫だろう。

 ……と、フラグを立てておく。

 

 さて、何時間かかるものやら――――


 



「ようやく10個揃いましたね……」


「ああ……フラグなんて立てるんじゃなかった」


 最初のオーダーが特別簡単だったらしく、結局あれから二時間以上かかってしまった。

 もう完全に夕飯時だな……


「っていうかお前、帰らなくていいの? もうすぐ七時だけど」


「そうですね……」


 親と同居してない終夜に門限はない。

 でも、だからといって県外に住む彼女がこんな時間まで遊んでいていいものなのか。

 明日は平日なのに。


 ……っと、SIGNだ。

 母さんからか。


『ささめちゃん夕ご飯食べて行くでしょ?一緒に来なさい』


 年寄りはすぐ名前で呼びたがる。

 でもま、この時間にメシも出さないってのはアレか。


「終夜、夕食ウチで食べていく? 母さん作ったみたい」


「え? お呼ばれしていいんですか?」


 ……最初からその予定だったと言わんばかりに躊躇ないですね。


「取り敢えずゲームはここまでだな。夜はどうする?」


「帰ってから……はちょっと無理ですね。明日にしましょう」


「了解。じゃ、行くか」


 そういえば、春秋家の食卓に家族以外が混ざるのって久々だな。

 親戚以外だと何年振りだろう。


 家族会議もそうだけど、我が家は食事の時間も大事にしている。

 そうする事で、努力する事で築いてきた絆だ。


 それは果たして脆いのか、それとも強固なのか――――なんてな。


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