6-15
圧迫面接の被害に遭った経験は勿論ないけど、どういうものかは一応知っている。
面接官が故意にストレスを与えるエグい言動を行う面接の事だ。
それでストレス耐性とか嫌な目に遭った時の対処の仕方を見るらしい。
間違いなくクソでゲスなやり方なんで、これをやった企業は確実に評判が落ちる。
SNSで直ぐに拡散・特定される現代においては単なる自爆でしかない。
自らブラック企業を名乗っているようなものだ。
尤も、有名なゲーム会社でその圧迫面接が行われたという話もあったりする。
ブラックな所が多い業界だから、ある意味妥当かも知れないけど……出来れば耳に入れたくない事実だ。
「一応断っておきますけど、ワルキューレでは圧迫面接はやっていませんよ?」
「そう言って貰えるとありがたい」
まあ、絶対に面接官じゃない終夜が言ったところで説得力がある訳じゃないけど、そこは触れないでおこう。
「圧迫面接からの解放、ですか。意味深なタイトルですね。何をするんでしょう」
「やっぱりスタッフでも知らないか」
「はい。〈アカデミック・ファンタジア〉に実装される予定のオーダーの中に、こんなのはなかったです。新規で作られた物だと思います」
となると、攻略法も当然存在しない。
自分達で挑んで、自分達で体験して、自分達で解決策を導くしかない。
いいね。
それがゲームの醍醐味だ。
『依頼主は三階、魔法開発エリアの東棟にいるフェス・オブライエンという名の研究者です。かなりの変わり者なので、気をつけて下さい』
変わり者か……まあ、ゲームキャラの場合変わり者じゃないキャラの方が珍しい気もするし特に問題はない。
そもそも研究者ってのは現実もゲームも変わり者だらけってイメージだ。
「東棟に行きましょう」
「ああ」
移動中、俺の操作するシーラの隣にはリズしかいない。
何気に新鮮だ。
こいつとパーティを組んでから割と直ぐブロウやエルテと仲間になったからな。
高レベルのあの二人がいると、この上なく頼もしい。
〈アカデミック・ファンタジア〉をやり込んでいる、つまりオンラインゲームに慣れている二人だから、あらゆる事態にも対処出来るって安心感がある。
でも、今はそんな猛者達の助けは借りられない。
終夜もゲームのスペシャリストではあるけど、こいつの場合はフリーズの悪癖もあるし、明らかに頼りない。
寧ろ俺が助けるくらいの感覚だ。
そもそも、この〈裏アカデミ〉はオンラインゲームの常識は通用しない。
ゲームそのものの常識さえも。
だったら――――精神的に弱っていて、しかも女子の終夜を守るのが俺の役目なんだろう。
こんなの当然言葉には出来ない。
思うだけで良い。
何があっても、俺がこの子を――――
「をををををををををををををををををををを!?」
思わず奇声を発してしまった!
っていうか、なんか急にゲーミフィアから警報音みたいな音が鳴った!
「終夜、今のは……」
「―――――――」
こ、凍り付いていらっしゃる……
成程、フリーズした時って本体はこんな風になってんのか。
目は見開いてるけど明らかに瞳孔が開いてるし、表情も弛緩したまま動かない。
……俺も傍から見るとこんな感じなのか?
いや、さすがにここまでじゃないだろう。
幾ら表情がなくても、生気はちゃんとあるし。
「終夜! 落ち着け! 固まってる場合じゃない!」
「……はっ」
おお、普通に再起動した。
でも身体に何の影響もないのかちょっと心配。
フリーズしたスマホをバッテリー外して無理矢理電源切った時みたいな気分だ。
「今のはなんだ? まさかお前の父親が何かしたんじゃないよな? それともゲーミフィアに何かあったのか?」
「わかりません……でも、私のゲミには異常ないみたいです」
「こっちもだ」
画面上でも特別何か変化した訳じゃない。
終夜父の襲来……とか一瞬思ったけど、よく考えればそんな筈ないよな。
そもそも〈裏アカデミ〉は彼のホームなんだし、警告音鳴らす意味がない。
だったら……ゲーム内の効果音って事になる。
あのけたたましい音が?
大してボリュームも上げてないのに――――
「っとぉ……またかよ」
予測していた訳じゃないけど、二度目の警告音はそこまでのサプライズにはならなかった。
慣れの所為か、さっきより音も小さく感じる。
「――――」
……おい。
「どんだけ恐がりなんだよ! っていうか男いる前で無闇にフリーズすんな!」
「はっ」
思わずおとんみたいな事を言ってしまった……
どうもコイツといると妙な庇護欲が湧いてきてしまう。
来未といる時でもここまでじゃないぞ。
「言われてみれば確かに……考えてみたらそもそも女子一人で住んでる部屋に男子を招くのも危機感の欠如ですよね。わたし、どうかしてました」
「今更!?」
「だって、あの時はそんなに……なんか今になって急に恥ずかしくなってきました」
こっちもだよ……つーかどんなタイムラグだよ。
まあ斯く言う俺も、あの時の非日常感は昨日の事みたいに覚えてるんだけど。
っていか、そんなの言われると今この瞬間も既に駄目なんじゃ……男と二人でゲームなんて……
「だだっ大丈夫ですよね。わたし達、恋人以上友達未満ですし」
「なんか友情度ゼロで愛情度マックスのいかがわしい関係みたくなってるぞ」
「ひああ」
大丈夫かこんなんで……
っと、また警告音か。
これってもしかして、城内の何処かの部屋から鳴ってるんじゃないか?
開発中のアイテムとか……
「あ、こっちの札に『フェス』って書いてます。この部屋みたいで……ふわっ」
廊下に面した無数の扉の中から、終夜が見つけ出したその扉の向こうから――――例の警告音が聞こえてきた。
……やっぱりか。
そんな気はしてたんだ、途中から。
「取り敢えず入りましょう。音量小さくすれば大丈夫ですし」
「そうだな。ってかお前、大きな音も苦手なんだな」
「はい。一度アニメロに行ったことありますけど、三分で帰りました。フェスはわたしの天敵です」
依頼主の名前で連想したらしい。
こっちのフェスさんとも天敵にならないよう願うばかりだ。
さて――――
「失礼します。オーダーを受けて来ました、シーラという者です」
「リズです」
扉を開けるとすぐ、研究者らしき人物の姿が画面に映った。
若い……かどうかはわからない。
そもそもゲームキャラに限らず、二次元絵は中年を若く描き過ぎだ。
10代とその親の区別が全然付かない絵の多い事。
俺的にはパーティ内で年齢差がある方が冒険感が出て好きだから、中年は中年らしく描いて欲しい。
でも、今回に限っては絵柄の問題じゃなかった。
「お待ちしておりました」
その声はくぐもっていた。
フルフェイス型のヘルメットを被っていらしたので。
「初めまして。フェス・オブライエンと申します。この度はご協力感謝致します」
「はあ……」
多分男性なんだけど、ヘルメット越しの声じゃ年齢はわからない。
ただ、変わり者という紹介に偽りがなかったのはよく理解出来た。
ヘルメットは赤をベースに白とシルバーでデザインされている。
そして目の部分は黒い線が入っていて、週刊誌に載った一般人みたくなってる。
それはいい。
問題は……身体付きだ。
こういうゴツめのヘルメットをしているからには筋骨隆々じゃないとサマにならないと思うんだけど……細い、細すぎる。
物凄くシュッとしていて、服装もタイト。
頭部とそれ以外のバランスが悪過ぎる。
「では早速だけど本題に入らせて貰えますか?」
「はい。お願いします」
出来ればどういう人なのか、もうちょい観察していたかったが……珍しく終夜が率先してコミュニケーションをとろうとしてるんで、素直にこの流れに乗る事にした。
「行って欲しいのは勿論、実証実験です。この頭部装甲の」
頭部装甲……これ防具だったのか。
いや、よく考えたらそりゃそうだ。
一瞬これがRPGっての忘れてた。
でも、それだと妙だな。
ここは確か魔法開発エリアだ。
防具だったら二階の戦闘研究棟の範疇だと思うんだけど……
「実はこの頭部装甲、魔法が掛けられています」
「魔法が? それってもしかして……」
「魔法防具です」
聞き慣れない用語だったけど、すぐにピンと来た。
いわゆる『魔法剣』と同じ要領で、防具に魔法を帯びさせているんだ。
良いね、厨二心を擽るね。
「それで、その魔法防具が圧迫面接とどんな関係が?」
「ええ。実はこの頭部装甲なのですが、かけた魔法が【ラコンドマ】でして」
ラコンドマ……ってどんな魔法だっけ。
「防御強化ですね。【ラコンド】の上級魔法です」
そうか。
確かパーティ全体の防御力を戦闘中のみアップさせる魔法だ。
防具に防御力アップの魔法か……余りにも平凡というか、誰もが思いつく組み合わせだな。
寧ろ研究の意味あるのか?
「そのような単純な組み合わせに何の意味があるのかとお思いでしょうが」
「あ、いや、すいません」
「その素直さは美徳です。しかし研究というのは、素直なだけでは出来ません。防御強化の魔法をかけることで防具そのものの性質が変わることを、私は発見したのです」
成程。
防御力を上げる為にかけたんじゃなく、魔法をかけることで起こる形状変化や質の変化に着目したのか。
『防御力を上げる』という効果によって防具に何らの変化が生じる可能性を考慮した……流石研究者、目の付け所が違う。
「その結果、頭部装甲は圧縮されました」
「圧縮?」
「格段の防御力向上と引き替えに、縮んだのです。恐らく防御力を引き上げる為に密度を上昇させるという機能的変化が起こったのでしょう」
よくわからん。
ただ、嫌なキーワードが聞こえたな。
「あの、もしかして圧迫面接というのは」
「お察しの通りです。この頭部装甲、取れなくなりましてね。実験中に」
ええと……圧迫面接の『面』が剣道のあの面と同じと考えると、つまり……
「圧縮された面が顔を圧迫・接着して離れなくなったから、解放して欲しいと?」
「その通りでございます」
全く、一切、一ミリも想定にないその内容に、終夜は俺と思わず顔を見合わせ、そして――――同時に頭を抱えた。
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