6-14

 終夜父が〈裏アカデミ〉にいるかもしれない――――という推測については、以前実際にいた訳だから驚くには値しない。

 ただ、仮にそうだとしても、終夜が今日から再開したいと言ってきたのは意外だったし、正直気の迷いとさえ思った。

 

「今の状況で裏の方にログインして、万が一ワルキューレのスタッフにバレたらどうするんだよ。それこそ共犯者としか思われないんじゃないか? 親子なんだから余計……」


「親子であればこそ、ですよ」


 でも、それは違っていた。

 リスクは百も承知。

 それでも終夜は――――


「身内の恥をこれ以上晒させる訳にはいきません。あの時ちゃんと止めようとしなかったわたしの、これは贖罪です」


 断固たる決意で、父親を止めようとしている。


 あの時――――俺と二人で終夜父と遭遇した時、終夜はまともに話が出来ていなかった。

 今にして思えば、父を止めようという意思もあって余計に感情がこんがらがってしまったんだろう。

 だとしたら、一緒にいた俺にも多少の責任はある。


「サ・ベルの探索なら俺が適任だろな」


「……春秋さん?」


「俺には《刹那移動》があるから、リスクの回避がしやすい。それに、お前の父親にもその実験中に遭遇した訳だしな」


 イーターへの対抗手段が全くない現状で、フィールドの探索は効率が悪すぎる。

 でも刹那移動を活用すれば、多少アバウトだけど目的地に一瞬で飛べるから移動時間と危険は最大限省略出来る。


 ネックは一回の使用でMPを全消費してしまう事だけど……


「全消費って事は、残りMP1でも使える。つまりMPを1でも回復できるアイテムさえあれば、刹那移動はその数だけ再使用出来る」


「確かに……攻撃魔法じゃないから、MPの残量で効果が変わる心配もありませんね。移動距離で消費MPが変わるシステムでもなかった筈ですし」


 常にMPが最低量になってしまうけど、刹那移動のみを使用する探索ならそれで十分。

 どの道、MPが潤沢に残っていたところであの世界のイーターには勝てないし。


「では今から始めましょう。ゲミ鞄に入れて持ってきてます」


 若干興奮気味な様子から、終夜が根っからのゲーマーなのが伝わってくる。

 この状況でも、何か進展がありそうだとわかるとワクワクを抑えきれないか……

 その気持ち凄くわかる。


 ゲーミフィアをゲミと略すのは個人的に微妙だけど。


「そう言えば〈アカデミック・ファンタジア〉ってスマホ版出す予定ないの?」


 今やMMORPGもスマホ向けが主流だ。

 ヒットしたスマホ向けMMORPGが家庭用ゲームに移植されるケースの方が、逆よりも多い。

 サービス開始当初はパソコンやコンシューマ専用でも、軌道に乗ればスマホ版をリリースするのが一般的な流れだ。


 でも、アカデミック・ファンタジアはサービス開始から1年が経っているのに、スマホ版をリリースするって話は一度も聞いた事がない。

 そのままスマホに移植するのがダメなら、アイテム収集などの簡易的なプレイのみ可能な本編と連動したアプリ版みたいなのを出すのが通例なんだけど、そんな動きもなさそうだし。


「ありましたよ。当初はスマホでも展開していく予定でした。でも、父が許可しませんでした」


 代表が首を縦に振らなかったのなら、そりゃ実現はしないか。


 でも……何故だろう。

 プラットフォームの一つってだけでも駄目なのか?


 家庭用ゲームを作り続けてきたメーカーとしてのプライド?

 ソシャゲと同じフィールドに立つのは抵抗があったから?


「実際、スマホ版に着手するには相応のリスクがあるんです」


「客層が違っててヒットしないかもしれない可能性がある……とか?」


「それもありますが、開発自体にリスクが伴います。ワルキューレにはモバイルコンテンツ事業部がありませんから、開発体制を整えるだけでも一大事業なんです。それをしない場合はソーシャルゲームの開発を行っているメーカーに委託しないといけませんが、これにも大きなリスクが伴います」


 委託するリスクか……

 思ってたのと違うゲームが出来上がる、みたいな単純な話じゃなさそうだ。


「同業種に対して余り言うべき事ではないでしょうけど、ソーシャルゲームのメーカーは玉石混交なんです。大手なら問題ありませんけど、そうでない所の中には開発中に夜逃げする……なんてケースもあるんです」


 ……は?


「いや、幾らなんでもそれは……」


「今の例はかなり極端ですし、滅多にはありません。でも、開発中に資金が尽きたからと追加の支援を要求してきて、その挙句に結局潰れてしまうというケースもあります。当然、支援資金は戻ってきません」


 う……それは普通にありそうだ。

 実際、一時期ソシャゲの会社が乱立してたらしいし、中にはそんなデタラメな事をやらかす所があっても不思議じゃない。


 とはいえ、それなら――――


「実績のある所に作って貰えば問題ないんじゃないの?」


「そういう所は数年先までスケジュールが埋まっています。そこに割り込めるほどワルキューレは大きくありませんので」


 中々の問題発言だな……

 でもスマホ版を作るリスクはよくわかった。

 プラットフォームの追加って外からは簡単そうに見えるけど、実際には大変なんだな。


「では始めましょう。でも、なんかちょっと緊張しますね」


 確かに。

 対戦が当たり前のゲームならそんな事もないんだろうけど、MMORPGをその場にいる人と一緒にプレイするなんて経験、まずないからな。

 自分以外誰も知らない『俺のMMORPGのプレイスタイル』を他人に曝け出すのって、何気に恥ずかしい。


 流石にこの状況ではいつもみたいな集中は無理だ。

 ノーマルモードでのプレイに徹しよう。


 確か前にログインしたのはソロプレイの途中だったか。

 rain君から描いて貰った看板キャラを活かす為のヒントが欲しくて始めたら、なんかいつの間にかリッピィア王女の依頼でアイドルグループ結成の手伝いをするハメになったんだっけ。

 終夜父の暴走ですっかり忘れてたけど。


「ところで終夜」


「なんですか?」


「アイドルになる気ない?」


 丁度良いタイミングで思い出せたな。

 他にそうアテがいる訳でもないし、まずは身内に声をかけておこう。


「……」


 ん? 

 なんか隣から禍々しい空気が……


「怖い……怖いよう……人が狂う時って突然なんですね……怖いぃぃ……」


「いや待て。確かに今のはお前をちょっと驚かせたくてわざと経緯を省略したけど、にしても酷い言い草じゃない?」


 緊張してるっつってたから、それを解そうとしたのに。

 ヘヴィランスが裏目に出てしまった。


「だって突然そんな事言われたら頭を疑いますよ……なんなんですか一体」


「リッピィア王女の依頼受けたら、なんかアイドルグループ作るの手伝う事になってさ」


「え゛!? もしかしてわたしハブられてます!?」


 何処から声出してんだ……


「ソロだよ。ちょっとした気分転換。ストーリーの本筋に絡まない依頼だったから受けてみたんだけど」


「吃驚させないでくださいよう……普通のゲームなら兎も角、〈裏アカデミ〉で自分だけ進行が遅れるのは凄く怖いです」


 俺はネトゲ初心者だから良くわからないけど、『自分の都合が付かないからパーティを組んだ他の人達にもプレイしないようお願いした』はどう考えてもアウト。

 当然、終夜もそんなお願いはしていない。

 でも本音はやっぱり『置いていかないで』ってなるんだろな。


 まして〈裏アカデミ〉は完全な未開拓のゲーム。

 自分がいない間にストーリーを進められてたら理解が追いつくのにも時間が相当かかりそうだし、何より『他のみんなはイーターを倒せるようになったのに自分だけ倒せないまま』って事になりかねない。

 そんな疎外感をゲーム内で味わうのを想像すると、終夜の『怖い』という言葉は大げさでもなんでもない……かもしれない。


 ……と、そんなやり取りをしてる間にログイン終わったか。


「無理強いはしないけど、折角の機会だし試しにやってみない? どうせゲームの中だしさ」


「なんか怪しげなスカウトみたいで怖いんですけど……アイドルって具体的に何をするんですか?」


「要は娯楽が不足してるこの城を盛り上げたいらしい。歌とか踊りとかって言ってたけど……踊りは兎も角歌はどうすんだろ。その辺はオーダーを進めないとわからないかも」


「本筋には関係ないんですよね。でも依頼人が王女ですか……なら報酬は相当良い物なんじゃないですか?」


「非公開オーダーだから報酬も表示されてなかったな。そもそも実証実験って感じのオーダーでもないけど」


 いや……待て。

 裏とはいえ、このゲームはあくまでも〈アカデミック・ファンタジア〉。

 実証実験の絡まないオーダーはない筈だ。


 となると、アイドルグループがこの城にもたらす影響を実験する、って感じか。

 なら、その影響を実測出来るようなアイテムを開発する流れになるのかもしれない。

 熱気を感知出来るセンサー的な。


 い、要らねぇ……


「このオーダーは後回しでいいかな……」


「では父の探索を優先的にお願いします。その為にはMP回復アイテムの調達が必要ですね」


「表の〈アカデミック・ファンタジア〉では売ってなかったよな。オーダーの報酬か、フィールドに落ちてる素材で作って貰うか……だったっけ」


「ですね」


 このゲームに限らず、MP回復アイテムはHP回復とは違って入手方法は『敵からゲット』や『宝箱からゲット』などに限られている事が多い。

 そりゃそうだ。

 回復魔法が序盤で使えるようになるゲームでMP回復アイテムを市販したら、HP回復アイテムの存在価値が早々になくなる。


「素材集めは無理だし、オーダーの報酬をチェックしてみよう」


 場合によっちゃ水流やブロウにも声かけないといけなくなる。

 でも『終夜父の探索』って動機を二人に話すのは……無理だな。

 終夜父と面識がある俺なら兎も角、他の二人をこの件に巻き込む訳にはいかないし、終夜が首を縦に振る事もないだろう。


 二人で受けられるオーダーの中から、MP回復アイテムが報酬のを探すしかない。


「っていうか、MP回復アイテムって何種類あったっけ」


「表の方に実装されているのは二種類です。【ルルドの聖水】と【ルルドの指輪】ですね。ルルドというのはカトリックの巡礼地で、その元になっているのは……」

「OK補足はそこまでで良い」


 長くなりそうだし。


 それより効能の方を知りたい。

〈アカデミック・ファンタジア〉の方では一回も使ってなかったんだよな……そもそも低レベル過ぎてMP回復アイテムを使うまでに至っていなかったんだけど。


「聖水は20、指輪は50回復です。指輪は複数回使えて、ランダムで壊れます」


 ……何処かで聞いた事ある設定なんだけど。

 そういうのって大丈夫なのか?


「できれば祈りの指輪が欲しいところだけど、それが報酬のオーダーとなると相応の難易度だよな。聖水が複数手に入るオーダーの方が良さそうだ」


「わたし達、レベル低いですからね……って、祈りの指輪って言わないで下さい!」


 この世界ではレベルカンストでもイーターには手も足も出ないから、特に劣等感はなかったけど……オーダーを受ける時には自分のレベルの低さが嫌でも気になる。

 足切りもあるし。

 低レベルでも受けられて、かつルルドの聖水が報酬で手に入るオーダーとなると、果たしてどれだけあるか……


「あっ。ありましたよ。これなら受けられます」


 お、意外と簡単に見つかったな。

 一体どんな――――



《No.p077 圧迫面接からの解放》

 


 ……気の所為か、見覚えのあるような気がするオーダー名だった。


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