6-13
自分が社交的だと思った事はないけど、表情を作れない分、声のトーンや言葉で他者と繋がる意識は人一倍持っているつもりでいる。
それでも――――今の終夜にどんな言葉をかけていいのか、正解はわからない。
「終夜ってファンアートから絵を描き始めたって言ってたけど、それもワルキューレのゲーム?」
我ながら、あんまり気の利いた話題じゃないなとは思った。
でも、遠慮や躊躇で無言の時間を増やす方が、今は嫌だった。
「えっと……そうですね。家に資料が沢山あって描きやすかったんです」
この後に及んで『友達の話』の整合性を保とうとしている往生際の悪さ……いや、それも美徳か。
「ならワルキューレのゲームは一通り知ってるよな。もしかしてあの『友達以上恋人未満』ってやつ、ワルキューレと関係ある?」
俺はワルキューレのゲームに苦手意識があったから、全クリしてるゲームばかりじゃない。
中には途中で投げたのもあるし、全く手を付けてないゲームもある。
もしかしたら、俺のプレイしてないゲームのキャラが友達以上恋人未満って関係性を築いていて、それに終夜が憧れていたのかも……と思った訳だが。
「いえ、ないですよ」
「……」
なんか棒読みっぽかったな……
「じゃあ、どういう理由でその関係を俺に求めたのか、そろそろ教えて欲しいんだけど」
「契約違反です」
そんな契約事項設けた記憶はない!
とはいえ……結構頑なに拒否してる辺り、それなりに恥ずかしい理由なのは想像がつく。
「俺は、もっと終夜の事が知りたいって思ったんだけどな……」
「え……」
「友達以上って言うくらいだからさ、相手の事をかなりのところまで理解する努力が必要じゃないかな。それなのに、話して貰えないのか……寂しいな。それってもう、友達未満の関係だよな」
「むう……一理あります……けど……」
契約を逆手にとって追い詰めた……までは良かったが、それでも終夜は意地でも話そうとしない。
まあ、俺が知りたがってるって伝わっただけでも今日は良しとしよう。
これ以上この話題で時間食っても仕方がない。
「話は変わるけど、これから〈アカデミック・ファンタジア〉はどうなるんだ?」
「本当に変わりましたね……実はそんなに興味ないんじゃないですか……?」
そんな事はない。
寧ろ『友達以上恋人未満』をスマホで検索したら、結構エロい関係も含まれてるっぽいからゾクゾクしてるくらいだ。
終夜がそういう関係を望んでる訳じゃないのは、これまでの関わりからわかってるけど。
「はぁ……まあいいです。今日はそれメインで話をする為に来ましたから」
「そうなのか」
「ここってWiFi使えます?」
「勿論。無料WiFiは導入済だし、ウチのWiFiも飛んでる」
今の時代、ゲームカフェみたいなニッチ産業で無料WiFiスポットがなかったらガチで客入らないからな。
資料やコラボメニューはあくまで家庭用ゲームがメインだけど、客がカフェに来てソシャゲやる分には何の問題もない。
まあ無料WiFiでゲームやる猛者はそうそういないけど……今はアカウント乗っ取りの事件が公になってるから尚更。
「使うならゲストポートのパスとか教えるけど」
「いいんですか?」
「その為のゲストポートだし。一旦部屋に戻るから待ってて」
流石にパスワードは暗記していない。
普段使う訳でもないしな。
「では、お言葉に甘えて」
そう答えた終夜は、もう落ち着いているようだった。
さっきは少し感情的……というか感傷的になってたからな。
泣いてはいなかったけど。
パスワードは確か、部屋の重要書類置き場(押し入れ)だったな。
ついでに飲み物くらい持って行くか。
一応、ミュージアムは飲食禁止にしてるけど……ペットボトルくらいなら構わないだろう。
それにしても、家に女子がいるってのにあんまり緊張してないな、俺。
初めてじゃないってのもあるし、つい先日rain君が来たばかりだから、妙に免疫ついたのかも。
最近まで妹以外の女子と殆ど縁がなかった事を思えば、かなりの出世だ。
積極的に恋人を作りたいとかはないけど、同じ趣味を持った恋人ってやっぱり憧れるよな。
終夜に対してそんな感情はない……と思ってはいるけど、ふとしたきっかけで変わるかもしれないし、実際今若干意識したしな。
何にしても、こういう機会は貴重だし、もう少し気持ちを盛り上げて――――
ん?
SIGNか。
『先輩今暇』
水流から謎の四文字熟語が……
これ聞いてるの?
それとも自分の状況説明?
女子中学生の行動はイマイチ読めない。
これがよく親父の言うジェネレーションギャップってやつか。
『俺はまあまあ暇じゃない』
取り敢えずこう返したけど……終夜が家に来てる事を言うべきだろうか?
別にどっちも彼女とかじゃないし、隠す理由もないんだけど、なんかこう……アレだよ、話すのがちょっと怖い気がしないでもない。
やっぱ自分の家に女子が来るって結構大事なんだよな。
こういうので実感するのもどうかと思うけど。
『お店忙しい?』
『うん』『今ちょうどミュージアムに客が来てる』
結局名前は伏せてしまった。
微妙な背徳感が……何故だ?
『わかった』『ごめんね』
『全然』『8時からは空いてるけど』
『ちょ!』『せんぱい』『それやばい』
……何が?
『また連絡するね』
よくわからないけど、最後の方やたら連投だったな。
ま、テンポが良いのは何事も良い事だ。
俺もさっさとパスワード探そう。
「お待たせ。あとこれも」
終夜が何飲むのか聞いてなかったから、無難にオレンジジュースをセレクトした。
俺はあんまり好きじゃないけど。
「ありがとうございます」
パスワードには目もくれずに飲み始めた……そんなに喉渇いてたのか。
俺相手でも緊張してるのかと思うと、若干複雑だ。
まあ、多少親しくなったとはいえ他人の家に行くのは俺でも少しは緊張するか。
「アカデミック・ファンタジアに関してですが」
一気に半分以上飲み干したのち、終夜はパスワードの設定を始めた。
「今のところ、サービス中止やストップは予定していません。ただ、父の調査にリソースを割く分、一部のイベントは予定を延期するかもしれません」
「何気に影響デカいな」
「はい、損失も小さくありません。前代未聞ですよね。メーカーの代表がこんな自分の首を絞めるような……」
さっきの感傷的な表情とは対照的に、今は激おこだ。
ちょっとは余裕が生まれたっぽいな。
「今後はアカウントだけじゃなく、ゲーム内に出没する可能性も視野に入れています。パスワードは既に変更済ですが、それでも万全とは……」
「それって、やっぱり内部データの少なくとも一部は父親が所持してるって事か」
「あ」
……あ、じゃないだろ。
なんでそんなに守秘義務ガバガバなんだよ。
まあ、大方予想されてた事ではある。
何にしても、今後あんな乗っ取りみたいな真似をされる可能性は低いみたいだけど。
「秘密を知られてしまったからには仕方ありません。春秋くんにも協力して貰うしかありませんね」
……はい?
「よく考えてみてください。春秋くんは父と何度か接触しています。直接会話もしていますよね。当然、容疑者です」
「はぁぁぁぁぁ!?」
俺、いつの間にか終夜父の協力者って疑われたの!?
おいおい……高校生だぞ俺。
「非常識だろうと不合理だろうと、理屈の上で疑う余地があるなら容疑者なんですよ。そういうものらしいです」
「警察の取り調べじゃないんだからさ……まさかお前も俺を疑ってるんじゃないだろな」
「……」
なんだその含み笑い!
腹立つな!
でも、もしそうなら地味にショックだ。
こいつがわざわざここに来た理由がそれだとしたら、必然的に――――
「疑う訳ないじゃないですか。私が」
――――
それは不意打ちだった。
言語化が難しい感情が、背中の少し内側を滑走した。
信じて貰えた喜び……とは少し違う。
寧ろ逆かもしれないけど、そうとも言い切れない。
これは……寒気?
いや、そんな筈がない。
終夜が信頼してくれているんだ、嬉しい筈なんだ。
感情回路が誤作動を起こしたのかもしれない。
俺の表情がないのと同じように――――
「……春秋くん、今」
「え?」
「今、ちょっと笑いました? 口元が少し弛んだ気がしました」
意外にも、困惑の中で半ば強引にひねり出した解釈は当たっていたっぽい。
俺は今、笑ったのか?
「自覚はなかったけど……本当に?」
「そう言われると少し自信ないです。ちょっとだけそう感じた、くらいですから」
「そっか。そうだよな」
他人の表情なんて、そんな注意深くチェックするものじゃない。
確信が持てないのは残念だけど、アヤメ姉さんに良い報告が出来る。
俺はきっと、少しずつだけど良くなってるんだ。
「すいません。大事なこと、ですよね」
「いや、全然良いよ。寧ろ言ってくれてありがとな」
俺に関しては特殊なケースなんだろうけど、それでも他人が笑ったかどうかなんて思ってもそう口にはしない。
終夜の報告は、それだけでビッグプレイだ。
精度なんて関係ない。
「でも、私が信じる事と会社の人達を納得させるのは別問題で、それでちょっとお願いしたいんですが」
「何か証拠が要るって訳ね」
「はい。出来れば、ゲーミフィアのログイン情報とかを見せて頂ければ」
「いいよ。なんならスマホも見る?」
「え? で、でも……」
「もし俺とお前の父親が協力してるんなら、連絡手段はこっちの方が本命だろ? そっちで管理してるゲームの中じゃモロバレだし」
「それはそうですけど……」
「ほい」
俺は――――上機嫌だった。
嬉しい報告をくれた終夜にお返しをしたいって気持ちもあった。
だからこんな、とんでもない事をやらかした。
「……あ!」
スマホを見られるのは特段問題はない。
普段なら。
でも今は違う。
さっき水流とSIGNでやり取りしたばっかり。
しかも、終夜がここにいるのを隠して――――
「やっぱなし。今のなし。スマホ見せない」
「へ? なんですかその片言」
「俺スマホ見せない。それ返す」
ダメだ!
全然頭が回らない!
語彙が死んだ!
「えっと……嫌です」
「えっなんで!?」
「その、なんというか……手元にあると好奇心がムクムク湧いてきて」
こ、こいつ……いつからそんなドS属性を……
「取り敢えずSIGNだけでも確認しますね」
「それだけは止めて! 他はなんでもするから!」
「『連絡手段はこっちの方が本命だろ?』って言ってたじゃないですか」
うわあああああああああ恥ずかしい!
そのテンション上がってた時のちょっとカッコ付けたやつ、死ぬほど恥ずい!
そういえば水流とのSIGNのやり取りもそんな感じがちょっとあった!
「もう返してって! 頼むから!」
「えー? いいじゃないですかー」
こういう時、スマホを取り合ってもみくちゃになって何かラッキースケベ的なエロいハプニングが起こるものだと期待するのが男の性――――
「……ったく」
――――なんだけど、今回はそんな余裕は微塵もなかったから、割とガチで強引に取り返した。
「むー」
つくづく、こいつとはそういう雰囲気にならないな。
もう八回ぐらいフラグ折った自覚あるぞ。
「まあ、いいです。さすがにスマホを見るつもりはありませんでしたし。でも今ので心証的に少し怪しくなって来ましたよ?」
「だよな……自爆もいいとこだ」
「取り敢えずゲーミフィアの履歴を見せて下さい。それで十分です」
当然、そっちは何の問題もない。
当たり前のように持ってきていたゲーミフィアを人身御供のように差し出そう。
「それと、〈裏アカデミ〉ですけど」
俺のゲーミフィアを受け取りながら、終夜の目はさっきまでの軽い感じをいつの間にか消し去っていた。
「私は今日から再開したいと思ってます。父がそっちにいる可能性があるので」
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