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オンラインゲームに詳しくない俺には、余りピンと来ない話だったけど――――
不正ログイン疑惑が生じた場合、そのゲームは少なからず信頼を失うらしい。
勿論セキュリティの脆弱性に対する不安や不信も大きいけど、それと同等に近いくらい問題視されるのは、スタッフへの不信感だ。
スタッフがユーザーの情報を流出させている可能性、そして……スタッフの誰かが不正ログインを行っている可能性。
どちらにせよ、ゲームを運営する会社としては致命的と言っても過言じゃない不祥事になる。
不正ログインされた理由が、公共の場でプレイしていた事に起因するなどユーザー側の失態の場合は大した痛手にはならない。
でも、そう特定できないケース――――運営側が状況を把握出来ていない場合は、極めて厳しい状況と言わざるを得ない。
ゲーム内外を問わず自分のデータがいつ誰かに盗まれても不思議じゃないゲームに好んでログインするユーザーがどれだけいるんだって話だ。
ただ、現実として不正ログインが事件として大々的に取り扱われるケースは殆どない。
せいぜいネットニュースの隅っこで犯人が逮捕されたと事後報告的に取り扱われる程度だ。
終夜の話では、殆どの不正ログインは個人のユーザーをターゲットにしたもので、ゲームそのものを標的とする事件ではないから……らしい。
個人を標的とした不正ログインだけなら、他のユーザーに被害が出る危険性が小さいため、大事にはならない。
発展性のない犯罪は軽視されがちだし、そもそも大半のユーザーからしてみれば他人事に過ぎない。
でも、一目で個人ではなくゲームが標的にされたとわかった場合は?
間違いなく大問題に発展するだろう。
ゲームの知名度によっては、夜のニュースのトップを飾るかもしれない。
事実上、大手企業の顧客情報流出事件なんだから。
そして……それが今日、発覚してしまった。
トップニュースではなかったし、世間が大騒ぎになるような事件でもなかったけど――――
『アカウント乗っ取り? 人気ゲーム〈アイオリアオンライン〉のwhisperに謎の呟き』
このニュースは地上波のテレビでも放送され、衆目を集めた。
便宜上『人気ゲーム』と紹介されていたけど、アイオリアオンラインはお世辞にも人気があるとは言えないゲームだ。
そもそもオンラインゲーム自体が下火の今、人気ゲームがどれだけあるのかって話だけど……
ゲームとしてはシンプルなファンタジーRPGで、アカデミック・ファンタジアと同系統の作品。
そのアイオリアオンラインの公式whisperが、突然意味不明な呟きを始めた。
『ASC warning warning Killews』
これ一つだけなら、ただの担当者のミスという受け止め方も出来る。
でもこの呟きが全て同内容で50もズラッと並んでしまうと、そういう訳にはいかない。
アイオリアオンラインのユーザーはその不気味な連投に絶句し、すぐにゲームの運営会社へと連絡。
そこでようやく運営会社は自分達の公式アカウントが乗っ取られている事に気付き、調査を開始した。
――――6月12日(水)。
終夜からこの話を聞いてから丸一日が経過したけど、調査に進展はないらしく、アイオリアオンラインの公式ホームページは調査中である事を伝える文章が既に三回も投稿されているものの、ユーザーや野次馬にとって必要な情報は一切記されていない。
いや……野次馬と断ずるのは早計か。
ユーザーでなくても、この件が他人事じゃない人物は大勢いる。
例えば、アイオリアオンラインのスタッフの同業者。
彼らにとって、こういった事件は決して対岸の火事じゃない。
ゲームそのものや会社が標的にされているのだとしたら、今度は自分達が標的になされても不思議じゃない。
当然、その中には終夜も含まれている。
彼女はワルキューレの社員なんだから。
そして当然、俺や水流、ブロウの中の人にとっても。
呟きの最後に書かれている単語が、嫌でもそう訴えてくる。
Killews――――キリウス。
恐らくそう読むんだろう。
それなりに有名人だから、ネット上でもこの話は至るところで取り上げられている。
不正ログイン疑惑がかけられていたユーザーネームが、アカウントを乗っ取ったと思われる書き込みに表記されていた。
普通に考えれば、署名のようなものと受け取るしかない。
ただ、その前の『warning warning』って部分を考慮すれば『キリウスを警戒しろ』という解釈も可能だけど……
更にその前のASCに関しては全くわからない。
検索しても『水産養殖管理協議会』とか『航空支援集団』の略称と出てくるだけで、とても今回の件に関係ある団体とは思えない。
SQL言語がどうのこうのっていうのもあったけど、これに関しては意味すら理解出来ない。
仮に何かの略語だとしても、ゲームに関する用語だと考えるべきなんだけど……
関連しそうなのはアメリカに『ASC Games』というゲーム会社があるくらい。
しかもこの会社は二十年くらい前になくなっている。
この事件が一体何を意味するのか、正直なところよくわからない。
ただ単に、アカウント乗っ取りを自己顕示欲の充足に利用したのなら、こんな意味不明な呟きじゃなくても良かった筈。
何らかのメッセージと考えるのが妥当なんだけど……
「にーに、どったの。スマホとにらめっこって珍しい」
「うおっとお!」
思わず変な声を出してしまった……
そりゃそうだ、自室にいて突然話しかけられたら普通はビビる。
決して俺がビビリとか、そういう問題じゃない。
「ノックの精神大事! いつも言ってるだろ!」
「したよー。来未基準のボリュームで」
「何そのこっちには聞こえない大きさだったの確定な言い方」
「それより、ゲームもしないでスマホ見てるにーにってレアだよねー。もしかして恋人決まった?」
「いやだから、お前の発言っていちいち自分勝手過ぎるんだよ。いつ俺が選別状態になった? 候補もいないのに」
「でも最近、にーにの周りって微妙に女子がいるし」
……いますね、それも可愛い子が。
それに関しては幸せを噛みしめていますよ。
今が人生のピークかもしれないってね!
で、自分でこんな事思うのはアレなんだけど、割と良い感じに会話出来てると思うんだよ。
終夜に対しても、水流に対しても。
なのにそれっぽい感じには一切ならない……恋愛フラグって一体どこがどうなれば立つんだ?
例えばギャルゲーとか恋愛ゲームなら、攻略可能なキャラって時点で運命の相手なんだろう。
そんな相手が周囲に五人も十人もいるってんだから、都合の良い話だ。
でも現実には、どれだけ良い雰囲気になったつもりでいても赤の他人以上の関係にはならない異性が圧倒的に多い。
自分を恋愛対象としてくれる相手を見分けられる器具とかあればいいのに。
「……」
「何? にーに急に黙って。もしかして……お前、泣いてるのか?」
「なんだよそのキャラ」
勿論泣いていた訳じゃない。
引っかかったんだ。
自分の中で発した心の中の声が。
一体どの言葉が引っかかったんだ?
……ダメだ、わからない。
何か重大な事と噛み合いそうな気がしたんだけど――――
「で、それより勝負の件、どんな感じ?」
「ん? 勝負?」
「うわ、その反応って素じゃん」
勝負……勝負……ああ、星野尾さんとの勝負か。
にしてもあの人、何気に裏アカデミでは超重要人物だったな。
テイルとステラが同一人物だからといって、中の人まで同じとは限らないけど。
まあ、それは置いといて。
裏アカデミやキリウスの事ばっかり考えてたけど、カフェ盛り上げの件もちゃんと考えておかないとな。
実家が潰れるなんて、幾ら覚悟してても簡単に耐えられるものじゃない。
えっと……確か何日か前に、朱宮さんの紹介でPBWを運営してる会社の社長と面談したんだっけ。
もう半年くらい前の感覚だな。
あれから特に進展はない。
まあ、ウチみたいな傾きかけのカフェとコラボしても旨味がないってのは向こうも当然承知してる訳だし、普通に流れそうな感じだな。
仕方ない、他の方策を考えて……ん、SIGNか。
終夜はキリウスの件で昨日からワルキューレに籠もりきり。
セキュリティ面、特に個人情報の取扱いについてかなり真面目に話し合いが行われてるらしい。
特に終夜の場合は学生だから、周囲からしたら危なっかしく映ってるのかもしれない。
だから連絡を寄越したのが終夜じゃない事は想像出来たけど……
『や』『今時間あるかい?』
まさかこのタイミングで朱宮さんとは。
『大丈夫です』『もしかして何か進展ありましたか?』
期待はしていないけど、それを悟られるのは失礼極まりない。
一応素振りだけでもしておかないと。
『大進展だよ』『ちょっと意外な方向に転がりそうなんだ』
『それまさか転がり落ちる方向じゃないですよね?』
『ははは』『逆だよ』
転がり上るって事か?
それもよくわからないけど……
「にーに、顔ニヤけててくっそだらしないんだけど……」
「くっそ言うな。あと女じゃないからな。相手」
「ふーんふーんふーんへーへーほーはー」
妹がふて腐れている。
こいつ……自分に恋人いないもんだから兄が異性と仲良くするのが嫌なんだろな……なんて心の狭い二次中だ。
久々に二次中って言ってやったな、心の中だけど。
『前にも言ったと思うけど、会沢社長は顔が広い人でさ』『PBWそのものでは関わりなくても、営業や趣味で関わったクリエイターは沢山いるんだ』
おっと、いつの間にかメッセージが増えてる。
確かにこの件は前も聞いたな。
父曰く、顔が広いっていうのは業種を問わず社会人最大の武器らしい。
個人事業者の色合いが濃い小説家などの職業でも、そこが一番重要なくらいだとか。
学生の俺にはあんまりピンと来ないけど。
『で』『結構いろんな所で君やミュージアムの話をしたみたいなんだ』『レトロゲーム好きな高校生がいて頑張ってるって』
『ありがたいような恥を晒してるような』
『するとね、君に興味を持った人がいたんだって』『rainっていうイラストレーターだけど、知ってる?』
……見覚えある名前だな、おい。
横文字だからなのか、イマイチ確信が持てるほどハッキリした記憶じゃないけど、多分間違いない。
「来未、悪いけど『rain』って名前のイラストレーターがいないか調べて。小文字の英語でrainな」
「え? 何? rain先生がどうかした? 近くでサイン会でもするの?」
「……知ってるの?」
「だって有名だもん。ラノベのイラストもいっぱい書いてるし、アニメのキャラクター原案とかゲームのキャラデザとかも」
やっぱりか!
もう完璧に思い出した。
ゲームのキャラデザも何も、〈アカデミック・ファンタジア〉のキャラ原案担当の人だよ!
……と、早く返事しないと。
『知ってます。有名な絵師さんですよね』
『そうそう』『その人もレトロゲーマニアで、昔のゲームのイラストを趣味で描いてるんだって』『whisperで頻繁にアップしてるらしい』
まあ、有名なプロのイラストレーターがしれっと二次創作してるなんて今時珍しくもないけど、割とその辺ってグレーだよな……
『深海くんは自分のアカウント持ってる?』
『いえ。カフェの公式アカウントならありますけど』
『そっか』『いきなりお店のアカウントからリプするのも少し抵抗あるよね』『了解。ちょっと待ってて』
こっちが高校生なのを考慮してくれているらしく、朱宮さんは俺の返事を先読みして別の手段を講じようとしているみたいだ。
……なんかもう、すっかり親戚のお兄ちゃんみたくなってきたな、あの人。
そろそろ冗談抜きで朱宮さんがメインキャラやってるアニメの円盤買わなくちゃいけないレベルで親しくなってきたような……
『グループトークしたいんだけど、構わないかな?』『レトロゲー部で招待するから、承諾お願い』
『あ、はい』
会沢社長と連絡取ってくれたっぽいな。
こっちとしても、事情を詳しく聞いておきたいし丁度良い。
社長と話すの二度目だけど、あの人結構圧があるから緊張するんだよな。
でもまあ、SIGNならそこまでのピリピリはない……といいけど。
にしても、この一ヶ月でいろんな知り合いが増えていくな。
ゲームクリエイター、声優、他校の中学生女子、社長……あと芸能人も。
ここにイラストレーターまで増えるかも――――
『朱宮が春秋深海、rainを招待しました』
『rainが参加しました』
……その画面を見た瞬間、反射的に来未の方を見た。
それはきっと反射とか防衛反応をも越えた、俺の中の切なる願いだったんだと思う。
「……?」
来未は俺の顔を見て、キョトンとしていた。
これだけ不意を突かれても、有名イラストレーターとこれから会話しなくちゃいけないってプレッシャーがあっても、俺の表情に変化はなかった……らしい。
沢山の出会いがあった。
やりがいのある難しいゲームに挑んだ。
充実した日々を送っている実感はあった。
でも――――水面よりも上の世界で弧を描く夢は、まだまだ見られそうにない。
『はじめまして。rainと言います』
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