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同一人物と言われても――――正直なところ、驚く事が出来ない。
疑ってはいなかった。
この流れで彼女が『テイルと同一人物』などという虚言を吐く理由が思いつかないし、口調というヒントが事前にあったから俺の中で一定の納得がある……からだろう、多分。
だけど、それでも今ひとつピンと来ないというか、『おおっ!?』ってならない。
理由は割と自覚があった。
『あの女とはあまり絡みたくないとエルテはげんなり記すわ』
「それだ」
だから、彼女がステラでありテイルでもあるとわかった時、驚愕よりもただただ萎えた。
『うわぁ……』って感じだ。
「お前たち酷いの。せっかく親切に色々やってあげたのにガッカリなの」
親切の押し売りほど厄介なものはない……
「シーラ、エルテ様。失礼だよ。テイル様が姿を変えて僕達を見守っているというこの現実、僕はたまらなく嬉しい」
テイルが絡むとブロウがゴミになるのも悪感情の原因だよな。
厄介毎が増えるばかりで何も良い事がない。
「なんっ……かよくわかんないんだけど、ステラなんでこんなに不評なの? っていうか、テイルって何? 誰?」
事情を知らないリッピが狼狽えるのも無理はない。
彼女の視点で見れば、俺達は明らかに態度を豹変させてるしな。
「テイルという方はですね、辺境の研究者さんです。スクレイユ跡地にいて、わたし達を小間使いに仕立てた悪女なんですよ」
「えっ!? ステラって悪女だったの!? やっば……付き合い方見直した方がいいのかな……」
「他はともかくリッピにまでそんな言われようするのは堪える」
リッピと話す時はステラの口調に戻るのか。
そういう所も含めて、色々鬱陶しい。
『口調は統一して欲しいとエルテは強い筆跡で記すわ』
「他人の事言えないの。さっきその定型句止めてたの」
『発音しない口調なんて別に誰も気にしないとエルテは正論を記すわ』
確かに……筆談の口調だと特に気にはならんな。
「あぁあーもーぉ面倒臭い。じゃあステラの方に統一するよ、今はこっちの世界なんだし」
世界?
また訳のわからない事を言い出したな……
「世界……わたし、俄然興味が湧いてきました。テイルさん、いえステラさんのお話、ぜひ聞かせて欲しいです!」
女神に憧れている一般人は『世界』って言葉に弱いらしい。
まあ、そうだよなって感じだ。
「リズ、なんて良い子。テレポートの実験体、シーラじゃなくてお前だったら良かったのに」
「それは遠慮したいです。水浴びしてる時に呼び出されたら嫌ですし」
にっこり笑顔で拒絶。
リズも結構いい性格してるよな。
「はぁ……ま、嫌われるのは慣れてるからいいけど。それじゃお望み通り、聞かせてあげる。この世界の理を。ステラがテイルなのも、それを聞けば多分納得するから」
別段――――彼女が何かした訳じゃない。
目つきを変えた訳でも、声を冷たくした訳でもない。
何故、こうも空気が一変するんだ?
まるで金属の擦れた音がしたような、神経を逆撫でするような空気だ。
その理由として思い当たるのは一つしかない。
彼女は……テイルでありステラでもあるこの女は、やっぱりまともな人間じゃないんだろう。
そう解釈するしかなかった。
「そもそも、十年後の世界にやって来た……それ自体に疑問を持つべきだよ、君達は」
テイルよりも穏やかな口調で、ステラはまずハッキリとそう告げてきた。
前提の裏返し……?
でも……『確かに』って奇妙な感覚が今、頭の中に生まれた。
ピンと来てる訳でもないのに、妙に納得してしまった。
十年後の世界にやって来た――――俺はどうして、それを大した疑問も持たずに受け入れていたんだろう?
「でも、仕方ない。そうならざるを得ない理由が君達にはある。逆らいようがないんだ」
「あの、一体何の話を……?」
ロリババアであるテイルにブロウが口を挟んだ……
でも無理もない。
彼女の話は漠然とし過ぎている。
「抽象的なのは仕方ないんだよ。この世界自体が、抽象的だから」
「ど……どういう事ですか?」
リズがそう問いかける直前、俺はエルテと顔を見合わせていた。
別に抽象的って表現に心当たりがあった訳じゃない。
ただなんとなく、不安を抱いていた。
孤立するのが怖い……そんな不安で、誰かと視線を合わせたかっただけだ。
「今、世界は二つあるんだ。大きく分けて二つ。二つの世界が折り重なっていると考えて貰えると手っ取り早い」
「世界が……二つ……」
「リッピ。君には心当たりがあるだろう? 君は数少ないその一人なんだ」
どういう事だ……?
でもステラの言うように、リッピには何か思うところがあるらしく、明らかに顔色が悪い。
何か嫌な事でも思い出したかのように。
「物凄く単純化して話すよ。厳密には原理自体が異なるけど、別にそこを細部まで正しく説明しても意義は薄いし。だから、御伽話を聞く程度の感覚で聞いてね」
前置きが長いのは気にならなかった。
彼女の話について行くので精一杯だ。
ここは十年後のサ・ベルじゃない。
恐らくそうなんだろう。
だとしたら……どうして俺達の知るサ・ベルとは違うんだ?
「ステラ達が今いるこの世界は、ある一本の世界樹が生み出したものなんだ」
……世界樹が、生み出した、世界?
「ちょ、ちょっと待ってくれ。世界樹って……そういう物なの?」
「世界樹は世界を生み出すから世界樹。これ以上簡単なネーミングないよ?」
ごもっとも……だけど、ちょっと考えが追いつかない。
リズも、エルテも、ブロウも、怪訝そうに眉をひそめている。
リッピだけが、俯いたまま何かを諦めたような、穏やかな顔をしていた。
「元々、世界は一本の世界樹だった。つまり、世界樹とは世界そのもの。あまりに巨大な樹の中で陸と海が生まれ、植物が多様化し、生物はやがて人間へと行き着いた。全ては樹の中での出来事なんだよ」
……なんか色々拗らせた結果、こういう事を考えるようになった――――と解釈出来なくもない。
でも、今の彼女の持論を覆すような知識を俺は持たない。
信じるか否かは別にして、彼女の話を中断させる権利は、俺にはなさそうだ。
「けれど、世界樹も無限の容量を持っている訳じゃない。やがて限界は来た。それでも内部の生命は増殖と進化を止めない。そこで世界樹は選択を迫られたんだ」
『破壊、分裂』
……エルテ?
「そう。破壊か分裂。詳しいじゃん?」
『そうでもないと慎み深いエルテは謙遜を記すの』
世界樹の支配者――――彼女は以前、そう言っていた。
おいおい、まさか本当にそうなのか……?
支配者だから、事情に詳しいのか?
『事情を知らなくても予想は難しくないでしょ? 限界を超える前にどうにかするには、中の一部を壊して新しいスペースを作るか、中の一部を他に移動させるか。それしかないとエルテは断言を記すわ』
「ま、それもそうだね」
本当に……そうか?
いや、確かにそうかもしれない。
でも、こんな突拍子もない話をされて、冷静にステラの言う事に思慮を傾けられるって時点で普通じゃない気がするんだけどな。
「そういう訳で、究極の二択。世界樹はどっちを選んだと思う?」
……明らかに、俺の方を見てやがるな。
「なんで俺に聞く?」
「ステラは研究者。それが答え」
「答えになってない」
「君がどう答えるかに興味があるんだ。凄くね」
テイルとしての彼女は厄介極まりない存在だったけど……こっちはこっちで癖の強い女だな。
今となっては、中身が十歳って言うのも真実じゃなさそうだ。
そもそも人間かどうかさえわからない。
いいさ、答えてやる。
実のところ、少し彼女の話に引き込まれていた。
だったら、付き合うのが筋ってもんだ。
「分裂」
「何故?」
「この世界に、世界樹が複数存在しているから」
正直、難しい質問じゃなかった。
だからこそ、質問した意図が読めない。
俺をアホだと思っていた……のなら別に構わないけど、どう考えてもそういう理由じゃなさそうだ。
「その通り。世界樹は何度も分裂を繰り返し、枝分かれしてきた。世界の一部を閉じ込めて。そうやって、世界樹は自分の中にある一つの世界を保っていた。分裂の際に幾つかの文化も失われたけどね」
「文化……ね」
少しずつ話の全容が見えてきた気がした。
ブロウもそうらしく、強ばっていた顔が少しずつ普段の表情に戻っている。
まあ、『結局このステラはロリババアなのか? 違うのか?』みたいな事を考えてるだけって可能性も否定出来ないけど……
「分裂した世界樹には役割があった。とても重要な役割。リッピ、それが何かわかる?」
「え? 今度は私? なんで?」
「話、聞いてなさそうだったから」
……確かに、さっきこっそり欠伸してたな。
こういう話には興味がないんだろうか、影武者さん。
「そ、そんな事ないもん! ちゃんと聞いてたよ? えっと、あれでしょ? 世界樹が分裂して破壊されるんでしょ?」
なんかごっちゃになってるぞ……聞いてなかったな、こりゃ。
「そう。正解」
「え!? 正解なんですか!?」
リズが叫ばなかったら俺が叫んでたところだ……
どういう事だよ一体。
「分裂した世界樹は元の世界樹の外に生える。中じゃ意味ないし、分裂って言わないから当然だけど。その世界樹の外の世界が『サ・ベル』って訳」
「ん? ちょっと待って下さい。いや、確かにそれならこのサ・ベルに世界樹が複数存在している事と辻褄は合いますけど、だったら何故僕達は世界樹の中じゃなく外にいるんですか?」
塩対応覚悟でブロウが切り込んだ。
幸い、今回は頭ごなしに拒絶はされなかったみたいだ。
「良い指摘。一瞬でそこに疑問を持つのは中々冴えてる」
「その割にとてつもなく嫌そうな顔をしているような……」
「条件反射だから気にしないで。ステラの気の持ちようだけじゃどうしようもない」
……ある意味、拒絶より酷い扱いになったらしい。
まあ、この人がテイルと同一人物なら当然か。
かなり気持ち悪い接し方してたからな……ブロウ。
『今の話、さっき彼女が言っていた"二つの世界が折り重なっている"って言葉と関連しているとエルテは鋭く記すわ』
だろうな。
これに関してはエルテと同意見だ。
「世界樹の中の世界と、外の世界。それが今、重なっている状態なんだな?」
俺のその言葉に、ステラは満足げに頷いた。
研究者って自分の話をちゃんと聞いて貰えると機嫌良いんだよな。
大抵小難しいか独りよがりの説明だから、滅多にしっかり聞く気になれないけど。
ただ、今回は別だ。
十年後の世界っていう前提が覆される可能性さえある。
でも、もしステラの話が本当だとしたら、イーターっていう存在は……
「どうして、世界樹の中の世界が外と重なってるんですか? というか……どうしてそれをわたし達に話してくれるんですか?」
俺の思考は、リズの真剣な横顔によってかき消された。
普段ポーッとしてる割にこういう時は核心を突くんだよな、こいつ。
本来なら前者が気になるところだけど、それ以上に気になるのは後者かもしれない。
ステラとテイルが同一人物だとして、果たしてこの女は何者なのか?
敵なのか? 味方なのか?
どちらでもないのなら、敵寄りなのか? 味方寄りなのか?
この情報はとても重要だ。
彼女の話全てが妄言の垂れ流しなら別に良い。
オーダーをクリアしたついでの、ちょっとした戯れで済む。
でも、もし今の話が俺達を騙す為のもので、国王やオルトロスに不信感を抱かせる話に繋げる意図があるとしたら?
事実、そうなる下地は既に出来上がっている。
ステラの話が真実なら、イーターは分裂した世界樹を消滅させる為に存在する事になる。
奴らは世界樹を喰らう存在なんだから。
そして恐らく、元となっているオリジナルの世界樹だけは喰らわない。
その事実を国王とオルトロスは隠蔽し、イーターの殲滅を命じている。
すなわち、世界にとって真の敵は――――
「後者から先に答えた方が良さそうだから、答えとくね」
相変わらず、妙な口上を除けば淡泊な話し方だ。
そんな彼女の眼が、妖しく光った……気がした。
「ステラの研究チームに、君達が欲しいから」
それは、甘美な光だった。
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