5-38

 高貴な身分や富豪には人格破綻者が多い――――なんてのは偏見以外の何物でもないとわかってはいるんだ。


 お金や立場によって性格がねじ曲がる人間は確かにいるだろうけど、不安定だった心に余裕が生まれ人格者になる人間だっている筈。

 だとしたら、二極化する可能性は高いものの、性格が悪い人間の比率は大して変わらない。

 頭では正しく理解しているつもりだ。


「ねえ、お願いだからあの子をここに連れて来てよ! 私昨日一睡も出来なかったんだから! もしあの子がお父様に私の事喋ったら破滅じゃん! 一時の気の迷いとは言え盗賊と手を組もうとした王女なんて磔にされて通りかかる民衆全員から唾かけられる奴じゃん!」


 でも――――こうして目の前で両手足をジタバタさせて泣きわめく、決して幼くはない年齢の王女を見ていると……やっぱり人格に問題を抱えている王族って多いんだろなと思わずにはいられない。

 まあ基本的に甘やかされて育つんだし、そうなるよな……


「落ち着いて下さい殿下。大丈夫ですから」


「殿下なんて可愛くない呼び方止めて! 親愛を込めてリッピちゃんって呼びなさい!」

 

「い、いや、それは幾らなんでも……」


 王女様相手に友達感覚で話しかけているのを第三者に見られたら、問答無用で不敬罪の適用だ。

 っていうか……既に第三者に見られているんだけど。


『これは一体どういう事なのか一刻も早く説明して欲しいとエルテはずっと記し続けるわ』


「……」


 俺とリズの後ろで待機しているエルテとブロウが、終始ジト目でこっちを見ている――――そんな光景を振り向かずとも容易に想像出来る。

 これまでずっと、この一件に関しては秘密にしてきたからな……


 二人は当然、リッピィア王女と俺達が面識を持っていると知らない。

 だから、突然王女から依頼が来た時点で意味不明。

 実際、受付でオーダーを聞いた時はかなり混乱していた。


 そして、一体何事だと頭を抱えて王女の部屋へ入った直後にこの有様。

 最早混乱というより混沌が頭を支配しているだろう。


 キリウスの件、王女の行動の秘匿性を考慮して、エルテ達に内緒で事を進めていたのが完全に裏目に出た。

 だってなあ……まさか王女がオーダー寄越してくるなんて思わないだろ普通。

 王女の方も、俺が仲間に事情を話してないなんて知る由もないから、悪気があってオーダーを出した訳じゃないんだろうけどさ……


「シーラくん。一度全員で情報を共有した方がいいのでは。もう隠せる段階じゃないですし」


「そうするしかないか」


 ま、キリウスが周囲から去った時点で当面の危険は去ったし、エルテも怯えずに済むだろう。


 そんな訳で、説明――――説明――――説明――――終わり。


「そういう事情だったんだ。だったら昨晩は僕に声を掛けてくれればよかったのに」


「いや、昨日のブロウは明らかに精神不安定だったし……」


「そう言われると、余り強くは言えないね。確かに少し荒れていたのは否定出来ない」


 ブロウが大して怒らないのは予想出来た。

 問題はエルテだ。


 彼女がどんな反応をするのか、正直怖かったんだけど――――


『気を遣わせて悪かったとエルテは心底反省を記すわ』


 意外にも、俺を責めるどころか謝罪してきた。


『キリウスに関わりたくないって気持ちは今も変わらないけど、それで仲間を危険に晒すのは矜持に反すると明記するわ』


「つまり、出来れば関わりたくないけど、向こうが敵として現れたら迎え撃つ気はあるって言いたいのか?」


『肯定と記すわ』


 力強い筆跡だった。

 エルテも既に覚悟を決めていたんだろう。

 だとしたら、相談すらせず一人で全部決めてしまった俺の失態か。


 実証実験士としての未熟さは自覚していたけど、人間としてもまだまだ半人前。

 そう痛感せざるを得ない。


 でも同時に、仲間の頼もしさを実感出来た嬉しさもある。

 何事も一人で溜め込まないようにしよう。


「シーラって口が堅いんだね。仲間からは良く思われなかったかもしれないけど、私は貴方の行動を支持しちゃう」


 ありがたき幸せ、とでも返せば良いんだろうけど、この人の場合は堅苦しいとか言いそうだよな……

 普通の目上の人と話すくらいの方が良いのかもしれない。


「ありがとうございます。そう言って貰えると、アレコレ悩んだ甲斐もあります」


「そうそう、それくらいで良いよ。私だって、別に馴れ合いしたい訳じゃないんだからね」


 こっちの意図をしっかり読んでる辺り、思ったほどポンコツ王女って訳ではないらしい。

 なら、さっさと本題に入ろう。


「ステラなんですけど、一応向こうから話があるって言ってきてますから、無理に捕らえる必要はありません。っていうか、そもそも王女様なんですから呼び出して口止めするだけで良いんじゃないですか?」


「それが出来たら苦労しないんだって」


 心底ゲッソリといった面持ちで、リッピィア王女がそう吐き捨てる。

 俺は思わず仲間の三人と目を合わせ、嫌な予感を共有した。


「ここだけの話ね……ステラってば本物の第一王女なんだよね」


「……うわぁ」


「うわぁって何? また面倒臭そうな事実が発覚したな、みたいな言い方しないでよ」


 残念ながらリッピィア王女、異論はございません。

 どうやら思っていた以上に、このヒストピアって国はヤバいらしい。


「ちなみに私はステラの従姉ね。王様の弟の娘。だから王族の血はちゃんと流れてるんだけど、王位継承権はないんだー」


「でも第一王女のフリをしてる。んー……なんかおかしくないですか? 仮にステラ……様付けておいた方が良いかな、ステラ様が生まれたばかりの頃に身分を入れ替えたとしても、当時貴女は八歳くらいだった筈。国民には隠し子とでも紹介したんですか?」


 そもそも、10年前の段階で王女がいたことは俺自身も確認している。

 生まれたばかりの赤子って情報はなかったし、恐らくこのリッピィア王女の事だったんだろう。

 

 でも当時、突然八歳くらいの王女が国民に紹介された――――なんて話は聞いていない。

 もしそんなニュースが飛び込んできたら、国中大騒ぎだった筈だ。


 10年前の王女は、生まれた頃から王女として広く周知されていた。

 それは間違いない。

 なのに、この矛盾……おかしい。

 

「この件、深く聞いても大丈夫ですか? 秘密知ったら黒装束の怖い人に頸動脈切られたりしないですよね?」


「大丈夫大丈夫。そういうのじゃないから多分」


 ノリ軽いな……

 でもまあ、仮にも王女の立場にいる人間の言葉だし、信じない訳にはいかないか。

 不敬罪の範囲って意外と広いって聞くからな。


「深く、って言ってもそんな深い事情がある訳じゃないんだけどね。要は影武者って事。本物の王女が生まれて来る前に、王女の影武者を王女として全世界に周知させとくんだ。そうしたら、その後に生まれてくる王女は安全でしょ?」


 な、なんて理屈だ。

 いや……理屈の上では理解は出来る。

 でも、王女として後に生まれた女の子の人生はどうなる?


「本物の王女は公務をしなくていいから花嫁修業に時間を割ける。そして政略結婚を成就させる。良い事尽くめでしょ?」


「……今サラッと怖い事言いませんでしたかぁ?」


『エルテも聞いたとここに証拠として記すわ』


 女性陣が怯えている。

 無理もない……政略結婚に"成就"なんて表現使うの初めて聞いたよ。


「政略結婚なんてどの国でもやってる事じゃん。それに、私達影武者の方がよっぽど悲惨なんだもん。本物の王女が結婚したら、私達はお払い箱。一応名前を変えて遠い国で暮らせるよう手配するとか言ってるけどさ、絶対口封じで消されるよね。何年後かはわからないけど」


 しれっと――――本当にしれっと、リッピィア王女は痛烈な現実を口にした。

 そんな反社会勢力みたいな真似を、国家が、王族がするって言うのか?

 だとしたら、夢も希望もない国だと嘆かざるを得ない。


 でも……説得力はある。

 彼女が王女を辞めようとしていた事実と見事に辻褄が合うからだ。

 正確には『王女の影武者を辞めようとしていた』だけど。


「こんな私でもね、長生きしたいって思っててさ。だから、生き長らえるチャンスがあるんなら、縋りたいなって思ったんだ。まあ、やっぱりうまい話には裏があるって事を実感しちゃったけど」


「リッピィア殿下……」


「殿下は止めてって言ったでしょ! 何聞いてたのさボケ!」


「はっ! も、申し訳ございません!」


 ブロウ、弄られてんな……案外気に入られてるのか?


 まあそれはいいとして、話が一つに繋がった。


 リッピィア王女は実は影武者で、将来的に口封じされるのを恐れていた。

 そんな彼女の元に、キリウスが現れた。

 そして人生をやり直したい彼女の手助けをすると約束した。


 ……けれどそれは、城内にあるというイーターに通用する武器を盗み出す為の口実に過ぎなかった。

 彼女は利用されたんだ。

 

 纏めたらこんなところかな。


 でも、一つ疑問がある。

 それは――――


『今の話が本当だったら、どうしてステラ様を呼びつけようとしていたのかが不明だとエルテは記しますわ』


 そう、それだ。

 幾ら体面上は王女でも、所詮は影武者。

 本物の王女を呼び出せる権限はないんじゃないか?


 それにもう一つ。

 本物の王女のステラはなんで研究者なんてやってる?

 あと彼女の場合、テイルとの関連も気になるところだ。


「それは全然問題ナシなんだよ。私とステラ、年は離れてるけど仲良しだから」


 ああ、成程。

 本物とその影武者が身分を越えて親しくなるって、割と良く聞く話だ。

 大抵は悲劇の物語なんだけど……


「私の名前を出して、ここに来るように言えば必ず来るから。それでオーダーは達成。悪くないでしょー?」


「シーラくん、どうします?」


 小声でリズが尋ねてくるけど、ここで迷う意味は何もない。

 とっととステラ様を連れて来よう。

 もっと詳しい話が聞けるかも知れないし。


「そんな訳で連れてきた」


「禍々しき悪霊の呪縛に簒奪の恐れを抱きながらステラ参上」


 相変わらずな口上はさておき……リッピィア王女が言うように割とすんなり付いてきてくれた。

 いいのか、仮にも王女がこんなんで。


「リッピ、何か用? ステラ研究で忙しいから手短に」


「……何が手短に、よ! そもそもなんでそんな立派な姿になってんの!? なんか怖いんだけど!」


 そういえば、突然の大人化についても謎のままだった。

 そしてテイルとの関連性が疑われる理由の一つでもある。

 でも、今はテイルの話し方じゃないし……じゃあ昨日の口調はなんだったんだ?


「っていうかステラ、なんで昨日の夜にあんな所にいたの?」


「昨日……ああ、あの時の。そこにいる二人、そう言えば昨日会ったね」


 すっかり忘れていたのか、今ようやく認識されたらしい。

 マイペースな人だな。


「もしかしてステラの事、リッピから聞いた? それとも神託的な?」

 

「え? え、えええええいあああああ」


 不意に質問を投げつけられたリズが困惑の余りフリーズ気味だ。

 こっちに飛び火しないよう、顔を背けておくか―――― 


「まーいっか。ステラはね、この世界と世界樹を破壊する為にいるんだよ」


 飛び火どころか、隕石のようなが発言が飛んで来た。


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