5-37
なんでも知っている――――
まるでそれは、全知全能の神であるかのように傲慢な言葉だった。
けれど俺は知っている。
神を騙る人間は、必ずしも悪気がある訳じゃなく、まして神を模すつもりなんてない。
そう嘯くだけの自信があるんだ。
リズは実証実験士としての能力は低い。
経験も浅い。
だけど彼女には、天啓を得る才がある。
どういう理屈なのかはわからない。
でもリズには、この世界の理を理解しているかのように、或いは予言者のように、事象の真理を読み解く能力が備わっている。
だからあいつは女神を自称しているんだ。
だとしたら、あのステラという女性にも何かしらの根拠がある筈だ。
自分なりの――――他人がどう認識するかは別にして、自らそう公言出来るだけの根拠が。
「それが本当なら、俺の正体もわかってるってのかい?」
「当たり前。だからステラはここに来た。お前をこの城の中で野放しにするのは危険だから」
「……チッ」
舌打ちは意図的か、それとも苛立ちの表面化か――――いずれにしても、キリウスとステラの会話が途切れたのは凶兆だ。
この二人、今直ぐにでも戦闘を始めかねない。
ステラは研究者だった筈。
戦闘能力には期待出来ないけど、彼女の明らかにケンカを売っているこの口振りからは、寧ろ自分から戦火に飛び込んで来たとしか思えない。
ここにも根拠はある筈だ。
何か強力な武具か魔法でも使う気だろうか……?
「シーラ」
「……え?」
俺をそう呼び捨てにしたのはリッピィア王女じゃなく、当然リズでもなく、ステラだった。
「お前がテレポート使えるのも、ステラはお見通し」
な……
いや、見破られた事はこの際もういいとして、なんでそれをここで言いやがるんだ!
こっちが必死になって隠してた切り札なのに!
「テレポートだと? おいおい、そんな夢みたいな能力……そうか、だから地下牢から抜け出せたのか」
状況証拠がある以上、向こうがすんなり信じるのは自然だ。
知られたからといって無効化されるような能力じゃないけど、不意を突いての離脱は難しくなった。
それどころか、もしキリウスが俺達の明確な敵だった場合、俺が最初に狙われかねないぞ。
仮にこの場を切り抜けたとしても、執拗に狙われる可能性さえある。
瞬間移動ってのはそれだけ敵に回すと厄介な能力の筈だ。
実際にはそこまで使い勝手の良いスキルじゃないんだけどな。
移動先を完璧には指定出来ないし、魔力全消費だし。
「きっとそう。だから覚悟した方が良いよ、キリウス。テレポートが使えるって事は、自分だけじゃなく他人も瞬間移動させる事が出来るんだからね。例えば、君でも」
……何?
当然だけどそんな能力はないぞ。
これはあくまで、そういう体質にされている事が前提の能力なんだし。
ステラ……一体何を企んでいる?
そもそも、こいつは何者なんだ?
身体は大人、中身は子供じゃなかったのか?
キリウスと対峙してからの彼女は、とてもじゃないけど10歳の少女とは思えない。
「おいおい。もしそれが本当ならたまったモンじゃねぇな。でも俺は別にその男の敵じゃねぇんだぜ。寧ろ協力者だ。そうだろ?」
その言葉は俺じゃなく、リッピィア王女に向けられていた。
彼女は何も答えない。
そりゃそうだろう、ステラがこの場にいるのに、如何にも怪しいこの侵入者と手を組もうとしているなんて言える訳がない。
参ったな……正直身の振り方がわからない。
キリウスが何者なのか、一体何を企んでいるのかは一切わからないし、ステラも同様。
正直どっちも胡散臭いから、無条件でどっちかに付く気にはなれない。
だったら――――
「わたし達は貴方の協力者じゃありません。貴方が何者なのかを聞きに来たんです」
リズ……!?
「ほう……やっと喋ったな、お嬢ちゃん。俺に興味があったのかい?」
まさか彼女が率先してキリウスと会話するとは思わなかったけど……言うだけ言って俺の後ろに隠れるとも思わなかった。
こいつ……ここから先は俺に丸投げするつもりか?
ま、でも見当違いの事を言ってた訳じゃない。
この男についてはしっかりと把握しておく必要があるのは事実だ。
「犯罪者って噂は聞いてる。それが本当かどうかを知りたい」
「知ってどうする? 俺が違うって言えば信用するのかい? 既にこの城に無断で侵入している俺を」
「さあね。でも、こっちには全てお見通しの人間がいるから。『お前が嘘をつく人間かどうか』はわかるんじゃないか?」
ステラが本当にそういう能力を持った人物とは思わないけど、ここは利用させて貰おう。
……待てよ。
もしかしてあいつ、今の俺と同じ事をさっきしたのか?
だとしたら――――
「嘘をついたとわかれば、ここからお前を別の場所に飛ばす」
このハッタリは多分、効く。
奴は俺のテレポートについて既に信じた。
なら当然、それを示唆したステラの言動にも一目置かざるを得ない。
俺が『敵をテレポートさせる』というスキルを持っているというステラの言葉も、鵜呑みにはしないまでも一笑に付す事は出来ない。
「チッ」
二度目の舌打ち。
今度は紛れもなく、不機嫌な証だ。
「テレポート……信じ難い能力だが、王女の護衛に連れて来られるくらいだ。ないとは言い切れねぇ。潮時か」
「逃げるつもり?」
「ああ、出直すぜ。対策不足を露呈しちまったしな。それに、俺が逃げても"あの武器"は逃げねぇ」
なんだ……?
キリウスの身体が、少しずつ消えて――――
「必ずあれは俺達が貰う。お前らにあれは使いこなせねぇよ」
おいおい、嘘だろ?
このまま完全に消えるって、それじゃまるでテレポート……
「テレポートじゃないの。姿を消すアイテムを使ったの」
「……え?」
今のは……ステラ?
声は確かに彼女だ。
でも今の口調は――――
「でもあれを使っている間は人や物には触れないし、攻撃も出来ないの。消えるだけだから、扉や壁をすり抜けたりも出来ないの」
攻撃が出来ない……つまり離脱用のアイテム。
もしそれがあれば、イーターが相手でも逃げられる。
この時代、この世界において最重要アイテムだ。
もしそんな便利なアイテムが普及しているのなら、この王都に入る際にフィーナ達が使っていた筈。
つまり、開発はされていても量産はされていない。
その段階のアイテムを、キリウスは所持しているのか……
「嘘つき呼ばわりされるのは気にいらねぇから、さっきの質問に答えておいてやるぜ」
ますます謎が深まる中、張本人の声が何処かから聞こえる。
もう姿は完全に見えない。
厄介な事に、声の出所もハッキリしない。
「俺は犯罪なんてやってねぇ。だが俺は犯罪者だ」
「……?」
禅問答のような事を言い出しやがった。
犯罪をやっていないのに犯罪者……?
冤罪でも被ってるのか?
「俺とアンフェアリについて知りたかったら"白い建物"を巡りな。そこに俺達の思想がある」
それが――――奴の、キリウスの発した最後の言葉だった。
翌日。
「やあ、おはよう。今日からオーダーを受けるんだよね」
『久し振りに自分が実証実験士だって自覚を持てるとエルテは自虐気味に記すわ』
あれから俺とリズは王女たちと別れ、フィーナが手配してくれた宿に戻り、普通に寝た。
特に寝付けないという事もなく、それはもうぐっすりと。
色々あり過ぎて精神的な疲労が限界値を超えていたのかもしれない。
昨夜のキリウス襲撃事件は、当事者だった俺達以外の人間に対し口外される事はなかった。
なにしろ、王城で盗みを働こうとしていた奴と王女が結託しそうになっていたんだ。
こんなの国王にだって報告出来ない。
キリウスの事は置いておくとして……問題はステラだ。
昨夜の彼女は間違いなく途中からテイルと同じ口調になっていた。
これが何を意味するのか、昨日は結局聞けなかった。
『詳しい事は明日の夜にでも話すの』
深夜、それも女性相手にそう言われてしまったら、こっちが引くしかない。
そこで踏み込むのは幾らなんでも非常識だ。
本当なら今すぐにでも王女も交えて会合の一つでも開きたいけど、今日は俺達がオルトロスに加入しての初仕事の日。
社会人である以上、こっちを優先せざるを得ない。
「焦らなくても大丈夫ですよ。ステラさんはオルトロスの研究者ですから」
晴天に目を向け陽気に闊歩するブロウとエルテの後ろで、リズが小声でそう囁く。
確かにその通りだ。
直ぐにテストの答えを知りたい子供みたいな心境だけど、今は気持ちを抑えよう。
「でも、わたしは少し嬉しいです。二人だけの秘密が出来て」
「その友達以上恋人未満アピールちょくちょく挟んでくるけどさ、正直止めて欲しいんだけど。特に朝はクドく感じる」
「クドいって何ですか! そんな酷い事言うなんて信じられません! もう!」
怒られたけど間違った事は言っていない。
さて……さっきブロウが言っていたように、今日はオーダーを受ける日だ。
一体どんな仕事が待ってるのか――――
「初日で申し訳ありませんが、最優先オーダーが届いてます。まずはこれを受けて下さい」
受付に着くや否や、にべもなくそう告げられた。
選ぶ楽しさ……まあ良いけどさ。
「ここでは僕等は新米だからね。それくらい構わないよ。みんなもいいかい?」
「わたしは構いません。女神は全てを許容します」
『右に同じと記すわ』
リズとエルテに続き、俺も首肯。
気の所為か、その瞬間に受付嬢の雰囲気が変わった気がした。
というより、明らかにピリピリしていた空気が少し和らいだと言うべきか。
「ありがとうございます。では、早速手配致します。場所の指定がありますので、しばらくお待ち下さい」
昨日初めて会話した受付嬢だから、彼女の事は一切わからない。
仕事中はこういう緊張感を醸し出すタイプなのか、それともこのオーダーが緊張を要するものなのか。
答えは早々に明らかとなった。
記念すべき、オルトロスでの最初の仕事は――――
「あ、来た来た。おーい、こっちこっちー」
リッピィア王女が依頼主だった。
そしてそのオーダーの内容は、ハッキリ言って実証実験士の範疇を明らかに逸脱しているものだった。
「えっとね、ステラを拉致してくれないかなー? 彼女の全てを暴く為の実験をしたいからさー。ふふっ」
目が、本気だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます