5-36
異国情緒溢れる街並みになっていた王都エンペルドだけど、幸いにも王城は外装、内装共に目立った特異点はなく、10年前からやって来た俺達が狼狽するような造りにはなっていなかった。
けれど懸念はある。
そもそも、夜のお城に慣れていない。
「怖いですよう……嫌な雰囲気ですよう……」
冷たい城壁に囲まれた薄暗い廊下を彷徨うようにぎこちなく歩くリズを横目で見ながら、後悔すべきか否かの判断に迫られている――――それが今の心境だ。
背に腹は代えられない。
キリウスに接触させる訳にはいかないエルテ、そして王女と接触させると色んな意味でヤバそうな今のブロウを消去法で退場させた以上、リズを選ぶのは必然だった。
幸いにも、エルテとブロウは試験の疲労からか宿に着くなり自室に向かい、恐らく現在は就寝中。
怪しまれる事なくリズと二人で城まで引き返せた。
ただし問題が一つある。
彼女は弱い。
俺よりも弱い。
戦力面は言わずもがな、精神的にも脆過ぎる。
『強い人連れて来て』という王女のリクエストに全く合致しない人材だ。
「本当にキリウスは来るんでしょうか……? どっちかって言うと来ないで欲しいんですけど。こんなお化け出そうな場所で曰く付きの人物と会いたくないです」
「気持ちはわかるけど、この機会をみすみす手放す訳にはいかないだろ。王女様に名前を売るチャンスでもあるんだ」
「それって何か得ありますか?」
「……」
正直なところ、余りない気もする。
王族に気に入られたから出世できるって職業でもないし。
しかも今回の王女の行動は完全に隠密だからな……国王から褒められるって展開もあり得ない。
「そもそも、なんでこのお城の照明はこんなに暗いんですか? これって10年前と全然変わってませんよね。薄暗い上になんか不気味なんですよランプの炎って」
確かに……ちょっと引っかかるところではある。
10年前の世界では、城の廊下には等間隔で壁面設置型のランプが配置されていた。
燭台よりはマシだけど、それでも明るさで言えば微々たる差。
辛うじて壁面や床の表面が見える程度でしかない。
あれから10年――――城の照明は当時と変わっていない。
これだけ色んな物を研究している国の最も重要な拠点だというのに。
幾らイーター討伐の為の研究が最優先されているとはいえ、人の暮らしを豊かにするのだって重要な筈。
実際、実証実験士以外の職種の適性を試すくらいにその点は徹底されている。
なのに、日々の生活水準に影響する照明に関して一切研究が進んでいないってのは、どうなんだ……?
「……まあ、それは今考えても仕方ない。それよりもこれからの段取りだ」
「偶然居合わせたって装う為に、少しだけ遅れて合流するんですよね?」
「そう。で、それから王女様に頼まれる形で同行する。キリウスが少しでも不審な動きを見せたら、お前は王女様を連れて逃げる。俺はキリウスの足止めだ」
「大丈夫ですか? シーラくんが一瞬でやられて追いかけられるの想像するだけで心臓がキュッてなるんですけど。わたし、得体の知れない人に追いかけられるの嫌いです」
そんなの誰でも嫌だろ……真性のマゾでもきっついわ。
「仕方ないだろ。俺とお前、どっちが足止め出来るかって言ったら、そりゃ俺だろうし」
「えー。わたしの方が強いですって。わたし、魔法7つも使えるんですよ」
「おい。城の中で、しかも王女様が内密で動いてるって状況理解してるか? 攻撃系の魔法なんてやかましいのばっかなんだからほぼ使えないぞ」
「ふえっ!?」
「だから静かにしろって。そもそも俺とお前の実力差はほぼないに等しい。でも俺の方が足止めには向いてる。いざって時にはテレポートで逃げられるし」
「王女様も一緒に瞬間移動する訳にはいかないんですか?」
「恐らく無理だ。お前とならもしかしたら出来るかもしれないけど」
俺とリズは同時期にテイルの謀略でテレポート体質にされたからな。
恐らく可能だろう。
でもそれ以外の第三者を同行するのは多分無理だ。
試した事ないから確証はないけど、それを本番で試す度量は俺にはない。
「それより問題は、お前をどう紹介するかだな……」
リズにキリウスと王女の件を話してからずっと、この事ばかりを考えてきた。
でも一向に良い案が思い浮かばない。
女神って紹介するのは論外だし、ハッタリかませるような能力も実績もない。
「あ、誰かいます。誰かいますよシーラくん」
「げっ、マジか」
これは計算外。
地下牢に降りる階段の前に、確かに人影が見える。
今から最後の悪あがきをしようと頭の中を整理してたのに……
「仕方ないです。わたしもお腹を括りました。頑張って強者のオーラを出してみます。はァァ」
ツッコミ所満載な発言だったけど、珍しくリズが頼もしい事を言っているんだし、ここは黙っておこう。
さて、あそこにいるのは一体誰――――
「なんかシルエットがちっちゃいです。キリウスってあんな感じでしたか?」
「いや、普通にゴツかった」
「なら王女ですね。良かった」
安堵しているリズには悪いけど……何か違う気がする。
身長は大体合致してるんだけど、王女はあそこまで痩せていなかったような記憶がある。
あれは――――
「誰?」
間違いない。
この声には聞き覚えがある。
三階西棟の一室で、黒煙と共に現れた大人の女性。
でもその中身は10歳の女の子。
テイルと真逆の現象で変貌を遂げた、その謎の人物の名前は確か――――
「ステラさん……?」
「そう。我が名はステラ。宵の明星と暁の明星を同時に内包せし紅の円環」
何を言っているのかはわからないけど、顔が見える距離まで近付いた時点で正解なのは把握出来た。
何故彼女が一階に……と言いたくもなるところだけど、この城で研究をしている人間が城を徘徊していても別に不自然じゃない。
怪しいのは寧ろ俺達の方だ。
まだここへ来て二日目、しかもこの城が寝床じゃないっていうのに、こんな深夜にうろつき回っているんだからな……
「ねえ、今のどうだった? カッコ良くなかった?」
「カッコ良かったです! 意味は不明ですけど、カッコ良いのは確かです!」
「だよね! ステラもカッコ良いのが思いついたから早く誰かに聞かせたかったの!」
……何故かリズと意気投合してしまった。
俺にはさっきの口上の良さは全く理解出来ないけど、ここで敢えて印象を悪くする必要性はないし、傍観に徹しよう。
「あれ、あなた見覚えある。昨日ステラがこんな姿になった時に駆けつけてきた子」
「そうです。覚えてくれていたんですね。リズって言います」
「リズ。覚えやすくて良い御名ね。ステラはリズをお友達認定しちゃう」
「わあい」
完全に同じレベルで会話している。
確かあのステラって女性、元々は10歳の女の子なんだよな。
リズの精神年齢は10歳並か……
「それで、リズはなんでここにいるの? もう遅い時間だよ? そっちの男の人も」
俺はあの騒動の時、テイルに強制テレポートで呼び出されたからほぼ面識はないんだよな。
自己紹介も当然していない。
外見的には少し年上くらいの相手にリズみたいな話し方するのは気が引けるんだけど、多分この手のタイプは畏まった話し方を嫌うよな……
「俺はシーラ。そこのリズの保護者みたいなものだ」
「保護者じゃないです! 友達以上恋人未満の関係なんです」
「え!? 何それステキ! リズ、青春してるんだね! わおわお!」
「えへへ、照れますね」
……会話についていけない。
なんか急に凄く年を取った気分だ。
って、時間!
マズいな……ここで慌てて地下に向かったら嫌でも怪しまれる。
いっそリズにステラを足止めして貰って、俺だけでも先に向かうか……?
「わかった! 二人は深夜デートの真っ最中なんだ。だったら邪魔するのは良くないかな?」
よっしゃ!
なんて都合の良い解釈してくれるんだこの子。
これならなんとか間に合うかも――――
「だったらステラが良い所に案内してあげる。誰にも邪魔されないから、キスもし放題よ」
「ちょっ! ステラちゃん、そんなのまだ早いです! わたし達は恋人未満なんですよ!?」
「えー、恋人じゃなくてもキスくらいするんじゃないの? ステラ知ってるよー」
……本当にこの子中身は10歳なのか?
外見だけじゃなく発言も年上のお姉さんっぽいぞ。
「良い所っていうのはね、この先。地下よ」
「へ?」
「地下……?」
思わずリズと貌を見合わせる。
この階段の下は――――
「地下牢なの。でも今は罪人なんていないし、誰も寄りつかないから朝まで二人でいられるよ。ほら、こっちこっち」
「な――――」
俺達の反応を待たず、ステラは先に階段を下りて行ってしまった。
おいおい、シャレにならないぞ。
もしあの子とキリウス達が鉢合わせになったら……
「追いかけましょう!」
「ああ」
追うのは当然だけど――――少し腑に落ちない。
階段が明るくて降り易い……のは、別に不思議じゃない。
さすがに普段から地下牢へ続く階段を照明で明るくしているとは思えないけど、今日は王女様がこの階段を使うんだから、事前に本人か直属の召使いが壁掛け用のランプに火を灯していたんだろう。
納得出来ないのは、ステラの言動だ。
言ってる意味自体は理解出来た。
でも普通、デートの行き先として地下牢を勧めるか?
なんか怪しい。
「リズ、気をつけろ」
「はい。キリウスが現れたら……」
「そっちもだけど、ステラも方もだ。まだ彼女に気を許すな」
「え?」
訳を話している時間はない。
地下牢は地下一階じゃなくもっと下まで降りた所にあるけど、下りだからそんなに時間は掛からない。
「良い子かもしれないし、違うかもしれない。判明するのは直ぐだから、それまでは肩入れするなって事」
「わからないけど、わかりました。大丈夫です。わたし、ポッと出のお友達より友達以上のシーラくんを信じます」
……結構辛辣だな。
清純そうに見えて結構黒い所あるんだよな、こいつ。
なんて心の中で苦笑している間に、地下牢に着いてしまった。
結局追いつけず仕舞いか。
中身は子供でも身体は大人だから、足の速さで俺達(主にリズ)より大幅に遅いって訳にはいかなかったらしい。
「あ、シーラくんあれ……!」
リズに教えられるまでもなく、俺の視界にも地下牢の扉の前にいる三人が既に収まっている。
リッピィア王女、キリウス、そして――――ステラだ。
「なんだぁ……? こんな時間に追いかけっこか?」
最初に俺達を発見したのは、キリウスだった。
その声から感情を推し量る事は出来ないけど、俺達を王女の護衛だと見なしている様子は今のところ感じない。
ドタバタ劇っぽい登場が、却って偶然性を高めたのかもしれない。
「ってお前……おいおい、どういう事だよ? なんで外に出られてるんだ? 仮にも城の牢屋だぞ? 簡単に抜け出せる訳ない筈だがな」
俺に気付いたらしい。
勿論、こう問われるのは想定しているし、答えも用意している。
「冤罪で入ってたんだよ。誤解が解けて出して貰った。自力で抜けたんじゃない」
「成程な。だったらなんで戻ってきた?」
「別に好んで戻った訳じゃない。その事を仲間に話したら、地下牢を見てみたいって言い出してな。夜にこっそり忍び込もうとしたら、偶然そこのステラと鉢合わせになった」
元々用意していた答えに、ステラの件を足した格好。
一応矛盾はない筈だ。
後は、キリウスが納得するかどうか――――
「そうかい。なら、そっちの姉ちゃんは?」
よし、なんとか第一関門突破。
少し遅れた事もあって不安だったのか、リッピィア王女は顔を強ばらせながらも俺にこっそりウインクをしてみせた。
後は……ステラだ。
彼女は今回の件に関しては無関係だったけど、目撃者になってしまった以上はそうも言っていられない。
王女に説明して、囲って貰うしかないか――――
「ステラは貴方に用があって来たの。キリウス」
……何?
今、なんて言った?
「……俺が今夜城に忍び込むのを知ってたってのかい?」
「そう、知ってた。ステラはなんでも知ってる。なんでも」
お互い笑みを浮かべつつ、睨み合う二人。
事態は全く予想しない方向へと、崖から転がり落ちる岩石のような速度で向かって行った――――
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