5-35
「これで試験は終了です。長い間お疲れ様でした」
あれから――――無事リズ達との合流を果たし、試験の続きも滞りなく終え、ようやく一息つける時間帯を得た。
この二日間、余りにも色々とあり過ぎた。
けれどそれは、この世界で生きて行く為には全て必要事項。
泣き言なんて言っていられない。
王女の護衛に関しては、後でブロウにだけ話そう。
俺一人では戦力的に無謀だし、女性陣……特にキリウスに拒否反応を示しているエルテを危険に曝すのは気が引ける。
ブロウなら実力的にも申し分ないし、王女も満足してくれるだろう。
……本当なら、俺一人でキリウスの正体を突き止めて、王女を魔の手から救うくらいの事をしてみたかった。
でも無理だ。
所詮、俺は駆け出しの実証実験士に過ぎないんだから。
俺が実証実験士になった理由は、誰にも話した事がない。
話すだけの価値もないからな。
親の後を継いだ訳でもなければ、先輩の実証実験士に助けられた過去もない。
自分の才能を評価してくれる誰かがいた事実もない。
単に、未知の世界に飛び込んでみたかったから。
それだけだ。
それまでの日々が退屈だった訳じゃなかった。
実家の飲食店は繁盛こそしていなかったけど明るく楽しい雰囲気で、居心地も良かった。
父も母も妹も、仲は良かった。
母とは血が繋がっていないけど、それを特別視した事は一度もない。
要は理想の家庭だった。
でも、家を継ぐ気はなかった。
自分には何かやれる事があるんじゃないか――――そんな夢を見ていたから。
実証実験士は、研究者が開発した試作品を実際に使い、その性能の分析は勿論、想定されていない欠陥や新たな使い道についても模索する必要がある。
もし、研究者が全く予想もしていなかった試作品の活かし方を発見出来れば、それは自分の存在意義として申し分ない。
そりゃ……誰も見た事のない物を開発する研究者には及ばないかもしれないし、所詮は他人の生成物にぶら下がるだけのしがない職業かもしれないけど、イーターという人類共通の大敵を退治する為にこの人生を役立てる事が出来るんだ。
やりがいはある。
でも――――
「それでは皆さん、あらためて問います。皆さんは実証実験士の他になりたい職業はありますか?」
そのフィーナの質問は、何故か俺の心を激しく揺さぶった。
実証実験士以外の人生を歩む――――そんな未来が自分にあるのか?
考えた事もなかった。
『それはもしかして不合格って意味なのかとエルテは怯えた瞳で質問を記すわ』
「若しくは、この質問も試験の一部……とかね。だとしたら少々意地悪だけど」
高レベル組の二人は、特に動揺した素振りもなく各々の考えを述べている。
俺にはそんな余裕はなかった。
「違いますよ。前にも言いましたが、今回受けて貰った試験は実証実験士以外の適正も試しているんです。もし別の道をと考えているのならば、私達はその支援も行いますので」
「良いんですか? 今は一人でも多くの実証実験士が必要なんじゃ?」
「はい。でも一番大事なのは、なりたい職業に就ける未来です。その未来があれば、ヒストピアは必ず活性化します。元気のない国では人材は育たない。私達はそう考えていますから」
言いたい事はわかる。
確かに今、この国はイーターの脅威で完全に沈んでしまっている。
ここに来るまでに沢山見てきた。
「もう一つ踏み込んだ発言をするならば、実証実験士からの転職というのは市民に大きなインパクトを与えます。本当にやりたいお仕事がやれるんだ、と思えるだけの」
「成程、理に適ってますね。僕はそれでもこの仕事以外に就く気はありませんが」
真っ先にそう表明したのはブロウだった。
まあ、こいつの場合は実証実験士の道を極めてるからな。
今更別の職に就くメリットなんてないだろう。
『エルテはまだ道半ばなのでこの職を全うする以外にないと断固記すの』
「そうですか。リズさんは如何ですか?」
「へ? わたしですか?」
対人スキル皆無のリズが話を振られて動揺している……のはまあ仕方ないとして。
「女神って職業に入るんでしょうか……でもこれ聞いたら頭のおかしな女神って思われそうだし……」
その呟きには二つ三つ、過ちを指摘したいところだ。
そもそも、女神らしい力なんて何一つ見せられないのに未だに女神を自称するのはどんな精神構造に由来してるんだ?
「ええと、現状維持で大丈夫です」
「わかりました。ではシーラさん。貴方はどうですか?」
答えは決まってる。
でも、どうしても一つ聞きたい事があった。
「俺には実証実験士以外、何の職業に適正があるんですか?」
ずっと引っかかっていたのは、そこだった。
今のまま、ブロウとエルテに頼りきりで他力本願な状況が続けば、俺はいつか足を引っぱる事になる。
そうなる前に、自分の持ち味を活かせるような何かを見つけたい気持ちはある。
適正があるとしても、その職業に就く気はない。
でもその適正を実証実験士としての今後に活かせるかもしれないし、イーター退治の一助になれるかもしれない。
そういう希望を持ったって――――
なんか……沈黙が長いな。
フィーナさん、さっきから全然答えないんだけど……もしかして皆無なのか?
俺には何一つとして才能がないのか!?
「非常に言い難いのですが……」
「ちょっと待って下さい。さっきの質問はなかった事にして下さい。俺は実証実験士、その現実だけを胸に生きていきますから――――」
「貴方は全てにおいて、平均を上回る才能の持ち主です。音感、空間把握能力、観察眼、想像力……どれにも長けています」
……え?
それって、もしかして……
「ですが、どれも突き抜けてはいません。十段階評価で言うところの七か八。なので、適性を判断するのが極めて困難なんです」
それって要するに――――器用貧乏。
わかってた。
大方予想通りだ。
昔から、俺はそうだった。
ある程度の事は言われればこなせるし、言われなくても自分で身に付けられた。
武器の扱いも、仲間との対話もそつなくこなせた。
でも……それだけだ。
これという売りが俺にはない。
これだけは誰にも負けたくないという強い意志もない。
明確な目標も、生きる意味も、才能も……何も見い出せていない。
実証実験士なら、それを見つけられる――――なんて思っちゃいない。
でもこの器用貧乏な性質は、数多の種類の試作品を扱わなくちゃいけない実証実験士の職務に向いていると思った。
この仕事なら、俺みたいな人間でも未踏の地に行けるんじゃないか……そんな過大な期待をしていた。
何かを極めた人間だけが辿り着ける、特別な景色を見られるんじゃないかって。
でも現実は、掃いて捨てるほどいる実証実験士の一人にしかなれなかった。
まだ見習いレベルの経験しかないんだから、これから才能が開花する――――なんて楽観視は出来ないし、空元気でも叫べない。
特別な存在になるって夢は、とっくに諦めた。
その夢の残骸を、まさかこんな所で拾う事になるとはな……
「わかりました。言い難い事を言わせてしまって申し訳ないです」
「いえ。でも総合的に見れば貴方は優秀です。その事は誇りに思って下さい」
空しいフォローだった。
案の定、リズもエルテもブロウもなんて話しかけていいかわからない空気で明後日の方を向いている。
総合的に優れているとはいっても、所詮は平均よりちょい上くらい。
どの職業の適性にも届かない水準なんだから、タカが知れてる。
自分の能力の限界を突きつけられた気分だ。
ま、聞いた自分が悪いんだし、自業自得だ。
この件で落ち込むのは今この瞬間で最後にしよう。
俺にはまだやる事がある。
その間は、器用貧乏な自分を活かしていくしかない。
「俺も実証実験士を続けます。このオルトロスで俺に出来る事があるのなら、是非やらせて下さい」
「そのお言葉に甘えさせて頂く事になると思います。皆さん、共にイーターの殲滅を目指し頑張りましょう」
つまり、試験そのものは全員合格だったらしい。
ま、フィーナが俺達をここに連れてきた時点でそうなって当然なんだけどさ。
使えない実証実験士をわざわざ王城まで連れて来ないだろう、普通に考えて。
「明日から早速オーダーを回します。単独で受けられるものも、集団でないと受けられないものもあるので、内容を吟味した上で選んで下さい。寝床については受付に話を通しているので、そこで詳しい説明を受けて下さい」
「ありがとうございます」
「一応、所属という形にはなりますが……根本的なところで貴方がたは自由です。協力は強制ではありませんし、身の危険を感じたら逃げ出しても構いません。それが人生というものです」
最後に意味深な言葉を残し、フィーナは自分の持ち場へと戻って行った。
本当は、もう少し彼女に聞きたい事があったんだけど……人材確保を目的に行動していたんだとすれば、その大半は聞かずとも納得出来てしまう。
この世界に来た直後、俺がイーターに殺されかけた状況で姿を消したのは、絶望を味わった上でどう動くかを見極める為だったんだろう。
自分という案内役がいなくなってからでも、未知の世界でたった一人でも、動き始める事が出来るかどうか。
生き残る為の行動を選択出来るかどうかを。
そして、王都へ向かうという"正解"を選択をした人間だけを人材として迎え入れる。
つまり……この世界へ来た時点で試験は始まっていたんだ。
じゃなきゃ、たった二日を『長い間』なんて表現しない。
……いや、するかもしれないし全然的外れかもしれないけどさ。
でもここで答え合わせする為にフィーナを追いかけて問い詰める度胸は俺にはないし、そんな時間的余裕もない。
今日はこれからが本番なんだ。
「それでは、受付に戻りましょうか」
『エルテは今日あらためて試験が嫌いだと思い知ったことをここに深く記すわ』
「わたしもです。女神は人を試す事はあっても試されるのはダメなのです」
今後の見通しが立った安心感からなのか、女性陣は軽やかな足取りで先に先に進んでいく。
一方でブロウは妙に元気がなく、やたら動きが鈍い。
俺にとっては都合の良い状況。
ここで話をしておこう。
「ブロウ、ちょっといいかな」
「何だい?」
「今晩、お姫様を守るっていう美味しい仕事をするんだけど、一緒に来ないか?」
「……ダメ元で聞くけど、そのお姫様はロリババアかい? 僕はちょっと限界が来てるんだ。ロリババアがいない。何故いないんだ? 僕の近くに麗しきロリババアが。おかしい、こんなの許されない」
あれ……なんかヤバい人になってる。
ロリババア分が不足するとこんな状態になるのかこいつ。
なんだかんだで、最近までは定期的にテイルと顔合わせてたからなあ。
「エルテじゃダメなのか? 前にあいつの事そういう目で見てただろ?」
「彼女がこの世界を治める存在である可能性……それについて完全否定する材料はないけど、肯定する要素も今のところない。僕の見立てでは、残念だけど厳しい。空想だけで補うのはもう限界なんだ」
……要するに、割と無理して強引にロリババアかもって思い込んでたって訳か。
「王女には今日初めて会ったから、彼女がロリババアかどうかはわからないけど、多分違うと思う。世界中の女性のうち九割九分九厘以上がロリババアじゃないってのが根拠だ」
「うわあああああああああああああああああああ!」
しまった、つい現実を突きつけてしまった。
だって気持ち悪いんだもん。
今のこいつと一緒に行動する気にはとてもなれない。
困ったな、他に強い奴っていったらもうエルテしかいない。
でも彼女を連れて行く訳にはいかないし、当然フィーナやエメラルヴィにも頼めない案件だ。
どうする……?
「どうしました? シーラ君」
あれ、いつの間にかリズが目の前にいる。
逆にさっきまでいたブロウの姿がない。
考え事している間に入れ替わったのか。
「ブロウは?」
「とっくに先に行きましたよ。『背に腹は代えられない』とか言ってましたけど」
妄想の中で生きるのを選んだのか。
エルテも気の毒に。
「……」
「?」
背に腹は代えられない――――か。
「リズ、ちょっといいかな」
無謀なのは重々承知。
でもこれが最良の選択だと信じ、俺は後でブロウに『さっきの話は嘘だった』と伝える際の言い訳を考えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます