5-34

【刹那移動】の着地点は、どうやら目的地の敷地内からアバウトに選出されるらしい。

 移動は宙に向かって浮く訳じゃなく、特にエフェクトも何もない。

 本当に瞬時に画面が切り替わる。


 もし壁の中など移動出来ないエリアにめり込むような形で着地してしまったらシャレにならないけど、その手のバグはない……と思いたい。

 所詮まだ試行回数たったの二回だから、確信なんて持てる筈もないんだけど。


 ともあれ、その二回目も王城の敷地内へと移動する事に成功した。

 地下牢から地下牢へといった最悪のシナリオでもなく、無事脱出。

 目出度し目出度し……となる願望を抱いていた。


 ついさっきまで。


 けれど現実は斯くも厳しいもの哉。

 再び来訪した気さくな試練に対し、急に肩が重くなったような気がした。


「あなた、なにもの?」


 ……テレポートした先にいた女性が、全部平仮名で問いかけてくる。

 それがキャラ作りなのか、単に驚きの余り漢字変換する事さえ失念してしまったのかは定かじゃないが、その人物が何者なのかは即座に想像出来た。


 ここは、王女の部屋だ。


 一瞬宝物庫かと思うくらい、宝石を惜しげもなく使ったアクセサリーが散布された空間。

 でもベッドやクローゼットなどの家具もある。

 そして目の前には金髪の美少女――――となれば、彼女が王女だと決めつける事に躊躇はいらない。


 確か、この城には二人の王女がいる筈。

 10年前の話だから、もしかしたら増えているかもしれないけど、最低でも二人はいるって訳だ。

 その内の一人がこの……18歳くらいの彼女だ。


「もしかして暗殺者? 私、これから殺される?」


 どうやら平仮名の理由は後者だったらしい。

 あのステラっていう大人の身体になった少女と同じ現象が起こっていて、中身は子供って可能性も一応あったんだけど、それは今の発言で消え失せた。

 まあ、王女がそんな状態になってたら城中大騒ぎか。


 ……って、そんな事より弁明しないと!


『違います。自分はオルトロスでお世話になる予定の実証実験士のシーラと言います。テイルという研究者から貰い受けた新種の魔法を実験中、ここに瞬間移動してしまいました』


 ――――と素直に白状してしまうのが一番楽なんだけど、それをするのは躊躇われた。

 別に瞬間移動を信じて貰えないとかいう話じゃなく、テイルと結託してると思われるのが嫌だったからだ。

 例え名前を伏せても、【刹那移動】はこの城で研究されている魔法じゃないから、どの道追及は免れない。


 なら、どう答える?

 相手は多分王女。

 嘘を重ねて看破されようものなら、偽証罪に問われて今度はナチュラルに地下牢行きだ。


 だったら……


「暗殺者ではありません。むしろ逆です。この城の地下牢に賊が忍び込んでいたので戦った結果、ここに飛ばされてしまいました。転送攻撃……とでも言いましょうか」


 真実の中に嘘を隠す!

 これなら、キリウスが発見されない限りバレる事はないし、仮に発見されても賊を見つけた手柄で相殺出来る。

 キリウスを売る形になったけど……立場上あの男に義理立てする理由もないし、売ったところで問題はない。


「賊ですって?」


「そうです。前髪を上げた強面で筋肉質の男で、如何にも強そうな外見をしていました。なんでも、イーターを倒せる武器を奪いに来たとか言ってました」


「わかった! それってキリウスの事でしょ?」


 ……んん?


「知ってるのですか? あの男の事」


「知ってるよ! だって仲間だし!」


 ど、どうした現実?

 バグか?

 俺が思い描いていたのとちょっと違うぞ?


「自分は実証実験士です、シーラと言います。付かぬ事を伺いますけど、貴女様は王女様でいらっしゃいますよね?」


「もっちろん。私はリッピィア。ヒストピア国の第一王女よ! イェイ!」


 ……まあ、あの父とあの兄だし、こんな仕上がりになるよな。

 でも今は彼女のパーソナリティに言及してる余裕はない。


「王女様がなんでキリウスと仲間なんですか?」


「え? 知らないの? 知っててここに来たんじゃないの?」


「いや、だから飛ばされて」


「そんなの信じる訳ないじゃない。飛ばされたとか意味わかんないし。キリウスの知り合いだから、私を訪ねて来たんじゃないの?」


 ……マズい、非常にマズい。


 キリウスを『正体不明の謎の敵』として扱うからこそ謎の転送攻撃も成立するんであって、このリッピィア王女がキリウスと知り合いだったらそりゃ嘘だってバレるに決まってる。

『敵を遠くに転送させる』なんて特殊攻撃を都合良くあの男が使えるなんて事はないだろうし。


「一体どういう事? あなた、突然現れたでしょう? 暗殺者じゃないんだったら何? キリウスの目撃者で、でも知り合いじゃなくて、え? 何? 誰?」


 なんだかよくわからないけど、こっち以上に王女様は混乱しているみたいだ。

 俺を暗殺者と誤解している辺り、キリウスの知り合いと落ち合う段取りだった……とかじゃなさそうだけど、キリウスの使者だったら納得って感じだったらしい。


 ああもう、昨日からやたら頭使わせて来やがるな!

 どうすりゃいいんだよこれ。

 シチュエーションが特殊過ぎて対応が追いつかないぞ……


 仕方ないな。

 これといった円滑な解決方法が思いつかない以上、一番安易で一番確実な方法を採るしかない。


「冗談です。自分はキリウスの知り合いです。彼と今夜落ち合う約束をしていて、その前に貴女に挨拶に来ました」


 話を合わせる。

 リスクは伴うけど、今はこれしかない。

 キリウスと王女が仲間同士っていうスクープも気になって仕方ないけど、それよりも保身を最優先しないと。


 にしても……一人称『自分』ってどうなんだろう。

 相手が高貴な身分だし、俺は流石にないと思って変えてみたけど、無難に私とかの方が良かったか?

 いやでも、もう自分って使っちゃったしな……今更変えるのもおかしいし、このまま貫き通すしかないか。


「なあんだ。ビックリさせないでよもー。私のしてることがお兄様にバレたのかと思っちゃったじゃん」


 ……どういう事?

 さっきこの人、俺を暗殺者と間違えたんだよな。

 兄にバレたら刺客差し向けられるような事してるの……?


 っていうかあの王子、この王女様が何をしてようが、実の妹で王家の血を引いてるような人間に殺し屋を差し向けるような人物なのか?

 とてもそうは見えなかったけど……


「実は自分、あんまり事情を詳しく聞いてないんですよ。キリウスって秘密主義なところありますし」

 

 キリウスがどんな人物なのかなんて知る由もない。

 完全にブラフだ。

 あの勿体振った話し方からしてあながち間違ってもいないと思うけど。


「そうなんだ。実は私もよく知らないんだけどさ。仲間って言っても私王女だし、一緒にいる時間なんてちょっとしかないんだよねー」


「でしょうね。公務とかもありますもんね」


「そうそう。公務超めんどいんだよー。外交しなくなったから楽出来るって思ったのに、なんか毎日城下町を歩き回って市民を勇気付けろーとか言われてさー。市民だって私みたいな世間知らずの子供に励まされても嬉しくないに決まってるじゃん。もうホントやりたくない……」 


 愚痴が始まったぞ……まさかこれ延々と聞かされるんじゃないだろな。

 取り敢えず俺の素性がバレる心配はなくなったし、ボロが出る前にさっさと話を切り上げたいんだけどな。


 にしても、王女様とお近付きになれて嬉しい感が微塵も湧いてこないのはなんでだろう。

 やっぱアレか。

 ファンタジー系のゲームに王女様は付きものだし、全然レア感ないからかな。


「私さ、王女辞めたいんだよね。堅苦しいし、自由もないし、この国の為に……とかもあんまりないし。そういう人間が第一王女とか、国にとっても良くないって思わない? 世のお父様方もさ、一生懸命働いて税金納めてるのにずっと年下でやる気のない女が上で偉そうにふんぞり返ってるのって堪らないと思うんだ。でしょ?」


 前言撤回。

 こんな目線の低い王女様見た事ない。

 王女辞めたいとか言い出すからワガママ系かと思えば妙に謙遜してるし……かといって庶民感覚って感じでもないし。


「だから私、決めたの。自分をやり直すって。キリウスはそれを叶えてくれるって約束してくれたんだけど、本当に信じていいのかな。あなた、どう思う?」


 自分をやり直す――――それをキリウスが叶えてくれる……?

 あの男、一体何を企ててるんだ?


 まだ断片的な情報しか得られていないけど、どうもあいつはこの王女様を誑かしているらしい。

 恐らく、イーターに通用する武器の在処を彼女から聞き出す為だろう。

 軍事機密であろうと、王女様なら知っていても不思議じゃない。


 その見返りが『自分をやり直す』って事か?

 彼女を攫って王女という身分から遠ざけるつもりなのか、或いは……『これでやり直せるぜ。天国でな』とか如何にもなセリフを吐いて殺すつもりなのか。

 後者も十分あり得そうな気がする。


 今出会ったばかりで思い入れも特にないんだけど、流石に知り合いの王女が殺されるのを見て見ぬフリは出来ない。

 でも所詮、殺されるかもしれないってのは俺の憶測に過ぎない。

 ついさっき事情を詳しく聞いてないと言った手前、『キリウスは信用出来ないから奴と関わるな』とも言えないしな……どうしたものか。


「ねえ、どう思うか聞いてるんだけど?」


「あ、はい。自分も正直迷ってます。彼の発言を鵜呑みにしてもいいのかどうか」


「そうなんだ。だったらさ、私と手を組まない?」


 ……何ですと?


「もう話は聞いてるかもしれないけど、実は今夜、キリウスと落ち合う予定なんだよね。そこに立ち会ってよ。それで、もしキリウスが私を裏切るような素振りを少しでも見せたら、構わないから殺っちゃって。実証実験士なんでしょ?」


「いや、自分激弱なんで。無理です」


「えー? そうなの? だったら強い人連れて来てよ。私今単独で動いてて、味方になりそうなめぼしい奴もいないんだよね。王女辞めるから手伝ってなんて誰にも言えないでしょ?」


 そりゃそうだ。

 今、この城を拠点にしているオルトロスをはじめ、国中がイーターの脅威に立ち向かおうと必死になってる最中。

 そこで王族、それも第一王女が『一抜けた』なんて宣言しようものなら、全国民のモチベーションがガタ落ちだ。


 彼女は俺をキリウス側の人間と思っている。

 でもそれは、彼女の思い込みだ。

 彼女自身、今日キリウスと会って何か大きな事をやらかすって意識が頭の中に強くあるから、俺が突然部屋に現れるという特殊な出来事もそこに結びつけてしまうんだ。


 そして、そんな俺を味方に引き入れようとしている。

 つまり――――キリウスの事を全面的に信用していない。

 それなのに、王女ではない自分に生まれ変わらせてくれるかもしれないって期待が強過ぎて、騙されてるかもって危機感を行動に反映出来ていない。


 俺がもし本当にキリウス側の人間だったら、ここで完璧に買収しないと今のやり取りは全部キリウスに筒抜けになる。

 なのに買収条件を一切提示していない。

 自分の一声で俺が言いなりになると思っている。


 要するに……王女様なんだ、この人は。

 どれだけ辞めたがっていても。


 脚本通りなのか、演じている人のアドリブなのかは相変わらず不明だけど、見事としか言いようがない。

 ここまで見事なポンコツ王女を見せつけられると、嫌でも感情移入しちゃうな。

 損得勘定抜きで手助けしたくなる。


「わかりました、リッピィア様。今宵の宴、お供させて頂きます」


「宴? 何それ」


「洒落た感じの例えです。あと、恥ずかしいから真顔で聞き返さないください」


 ……今のレスポンスを見る限りでは完全に脚本ありきって訳じゃなさそうだ。

 ある程度自由に発言出来るっぽいな。


「私がキリウスと待ち合わせしてるのは午前0時。場所は地下牢の入り口。そこにあなたは偶然居合わせる。それでお願い」


 地下牢……?

 そうか、だからキリウスは地下牢にいたのか。


 そんな場所を待ち合わせ場所に指定した時点で、隠された兵器は地下牢にある、もしくは隠し場所に向かう隠し通路があると思うもんな。

 あれは下調べだったのか。


「了解しました。あなたが後ろ盾になってくれるのなら、自分も気持ちが楽になります」


「なら、その変な言葉遣いも無用よ。私はもうすぐ王女じゃなくなるんだから」


 こういう展開、嫌いじゃない。

 どんなにベタだろうと燃える――――





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 ……





「お願いシーラ。私を守って」


「任せて下さい」


 まだお互い何も知らない間柄だとしても。

 俺は彼女を何があっても守ろうと、そう心に誓った。


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