5-33
『見つけて欲しいのは、キリウスという人物なの』
『元・実証実験士なの。今は職種を変えてイーターハンターとして活動しているの』
『10年前の世界では、ラボに属さずに単独行動していたよ。実績は国内随一。あらゆるオーダーをいち早くクリアしていて、僕達は彼の背中を追いかけている感覚だった』
『そんな彼が、武器や魔法の検証を捨てて、一傭兵としてイーターを狩っているらしいの。ぜひ味方に引き入れたいの』
……それが、ゲーム内におけるキリウスという人物の評判。
『キリウスというキャラクター名を使って、いろんなオンラインゲームで無双しているプレイヤーがいるんです。アカデミック・ファンタジアでもトップの実績を誇っています』
『キリウスというキャラクターを使用しているプレイヤーには、不正ログインに関わっているという噂があるんです』
『悪い噂が流れているのに、名前を変えずに堂々それを継続するケースは稀、って訳か』
『犯罪者と接点を持ちたくないから』
……そしてこれが、ゲーム外――――現実におけるキリウスの評判。
当然、気にしなくちゃいけないのは後者だ。
キリウスというプレイヤーネームは実在し、その名前を使っているプレイヤーには不正ログインの疑惑がある。
終夜も、そして水流もそう解釈していた。
あくまでも噂のレベルであって、これが正しいかどうかなんてわからないけど、少なくとも疑惑自体は実在している。
だとしたら、今目の前にいるキリウスというキャラクターを操作している人物は、犯罪者の可能性がある。
それも、実害を被る類の犯罪だ。
オンラインゲームにおける不正ログインの主な目的は乗っ取りだ。
特定のアカウントを乗っ取り、そのアカウントで作成されたキャラクターを自由に操作出来るようにする。
そして、そのキャラを自分のものにする。
と言っても、その乗っ取ったキャラをそのまま操作し続ける馬鹿はいない。
そんな事をすればすぐに特定され、相応の罰を受けなければならなくなる。
実際、書類送検された例は沢山あるからな。
通常はそうなる前に、乗っ取ったキャラが所持しているアイテムを自分のキャラに譲渡する。
つまり"奪う"。
または、アイテムを消したりチャットで問題発言を繰り返し評判を落とすなどの嫌がらせを行ったりする。
それだけならまだいい。
中には課金決済システムを操作して、膨大な額を動かすというケースも確認されている。
当然足跡を残さないよう、事前に入念な手続きを行っているだろう。
そうなると、被害者側はお手上げだ。
メーカーや警察に相談したところで、取り合って貰う事は出来たとしても、現実的な解決には結びつかない。
数千万という被害が出る可能性だってある。
その数千万を被害者が支払わなくちゃいけないかどうかは、俺にはわからない。
温情措置があるかもしれないし、ないかもしれない。
ただ、現実の自分が破産し、人生が台無しになるばかりか家族さえも巻き込むようなとんでもない事態に陥る事だって、絶対ないとは言い切れない。
不正ログインという犯罪は、それだけ恐ろしいものなんだ。
そんな疑惑をかけられている人物を前に、どうすればいいのか――――
『反応が鈍いぜ。その様子だと、俺の事を随分と知ってるみたいじゃないか』
実のところ、答えはもう出ていた。
キリウスというキャラを探せと言われ、その不正ログイン疑惑について聞いたのはもう大分前の事。
とっくに遭遇した際の想定は出来ている。
それでも尚、いざ目の前に現れたとなると、緊張は禁じ得ない。
怖い。
別に遭遇したからといってIDだのパスワードだのが盗まれる訳はないんだけど、それでも相手がどんなやり口で犯罪を犯してるのかなんてわかる筈もないんだから、怖くて仕方ない。
尤も、彼が犯罪者だという証拠もまた何処にもない。
なら、どう対応すべきなのかは決まってる。
この男を――――
「知ってるよ。イーターハンターなんだろ? いろんな噂を聞いてるよ」
――――知る。
そして食い止める。
絶対に、終夜や水流には近づけさせない。
幸い、俺は〈アカデミック・ファンタジア〉において熟練者じゃない。
乗っ取られたところで、失ってショックを受けるアイテムもなければ課金用のチャージ金額も微々たるもの。
クレジットカードはそもそも作ってないし、ケータイ支払いの登録も行っていないから、万が一何らかの方法でIDやパスワードを盗まれても大した痛手はない。
でも他のパーティメンバーがそうとは限らない。
なら、このキリウスを関わらせるのは極力避けたい。
彼の相手をするのは俺だけで十分だ。
『いろんな噂ねえ。悪い噂もあるのかい? 参考までに聞かせてくれよ』
常に挑発的な物言いはキャラ付けによるものなのか、それともプレイヤーの素なのか……
そもそもこのキリウスという人物が曰く付きの張本人なのか、それともスタッフ側が用意した『同名の別人』なのかさえわからないんだ。
まずはそれを明らかにしないといけない。
……やっぱり、この〈裏アカデミ〉はゲームとは呼べない気がする。
娯楽なら、こんなしんどい思いをしてまでプレイする必要はない。
昨日見た夢は、多分俺の中にある終夜父のイメージが見せたものなんだろうけど……〈裏アカデミ〉を通して彼の思想を覗き見しているような現状では、割と的を射ていたのかもしれない。
「悪い噂? それは知らないな。俺はあんたの名前と10年前の世界での実績、そして今単独行動している事しか聞いていないよ」
当然、ゲーム内で不正ログインの話なんて出来ない。
でも、無難な話だけをしていても、欲しい情報は手に入らない。
「こっちこそ参考までに聞いたい。あんたにどんな悪い噂が立ってるのか。心当たりがあるから聞こうとしたんだろ?」
向こうが喧嘩腰だから、自然とこっちの言葉も刺々しくなる。
弱気な態度は見せられない。
シーラというキャラにそんな設定は一切ないけど、自然とそんな考えになってしまっていた。
「シラを切るなよ。俺のことはテイルから聞いたんだろ? だったら調べた筈だ。調べればすぐに俺の悪評は出てくるからな」
……そうきたか。
こいつの言う『調べた』は、作中でキリウスという人物について聞いて回ったというゲーム内での行動と、「ネット上で自分の名前を調べた」というゲーム外での行動の両方を含んでいる……としか思えない。
もし前者だけなら『テイルから悪い噂を聞いたんだろ?』と言う方がよっぽど自然だし、俺が言った『心当たり』に対しての根拠はそれで十分な筈だ。
敢えて「テイルから聞いた」→「調べた」と段階を踏んだのは、言葉の裏……ゲーム外での行動まで視野に入れた発言だったからだ。
となると、このキリウスを操作している人物は、完全な無法者じゃなさそうだ。
少なくとも『ゲーム内でゲーム外の話をする』という禁忌を避けている。
ゲーム空間における最低限のルールは遵守している訳だ。
それがこの人物を犯罪者じゃないと断定出来る材料じゃないのはわかってるけど、少しだけ安堵した。
「調べたっていうより、別件で訪ねた村で偶然あんたの名前が出た事はあった。村に現れた謎の集団の代表者だって言ってた」
「ほう。そこまで嗅ぎ付けたか」
「いや、だから偶然だって。テイルにあんたを勧誘するよう頼まれてるのは確かだけど、正直俺はあんたと関わる気は今のところない」
「悪い噂を聞いてないのにか? 随分と不人情じゃねえか。テイルの世話になってるんだろ?」
「テイルの性格をわかってるのなら、想像は付くんじゃないの?」
……なんか不毛な鎌掛け合戦になってるな。
向こうは自分の名前を聞いた経緯とテイルとの関係を探ってるっぽい。
こっちはこっちで、奴とテイルの関係を知っておきたい。
なんでゲームでこんな駆け引きしなくちゃいけないのか……と愚痴りたい反面、少しギラついている自分も感じられる。
こんな感覚、今まで一度も味わった事がない。
楽しい――――と言えるかどうかは微妙なところだ。
「こんな牢獄に入れられてる奴がどんな野郎かって思って覗いてみれば、随分と面白い奴じゃねえか」
……話を変えてきたか。
この流れで話題転換するとなると、NPCの可能性が高いな。
こっちがどう回答したとしても、結局向こうの用意した展開へと強引にいざなう事が出来る。
油断は出来ないけど、必要以上に構えるのはよそう。
終夜父を全面的に信用するのは無理だけど、一応安全確認は取ってるしな……
「一体何の罪で入れられたんだい?」
テレポートの事は黙っておいた方が良さそうだ。
と、なると――――
「不法侵入だよ。ちょっと失敗してな」
地下牢は普通、関係者以外立ち入り禁止。
そこにテレポート失敗で飛び込んでしまったんだから、何も嘘は言ってない。
「おいおい。まさかあそこに忍び込んだのか? お前、思った以上に深入りしてやがるな」
あそこ……?
こいつの立場上、この城の中に特定の『忍び込むべき価値のある場所』があるって訳か?
だとしたら、キリウスはオルトロスと敵対している可能性が高い。
そんな人間を引き込もうとしているテイルもまた同様。
テイルは他の研究者と馴れ合わず孤立していたから、辻褄は合う。
でも、あいつ俺を呼び出した時には特に何も言ってなかったな。
『オルトロスに与するな』とか警告してもよさそうなのに。
まだ何か裏がありそうだな……
「ちょうどいい。お前、俺と組む気はないか?」
「組む? あんたは何かの集団の代表者なんだろ? 仲間になれ、じゃないのか?」
「その認識は間違いじゃねえ。確かに俺は『アンフェアリ』って組織の頭だ。だが別にお前を組織に入れる気はねえよ。俺個人と組まねえかって話さ」
「組んでどうする? 一応言っておくけど、俺は弱いぞ」
……自分で書いておいてなんだけど、なんだこの情けないセリフ。
ついさっき『弱気な態度は見せられない』とかキメ顔で思ってたばっかだってのに……
「ますます気に入った。中々いねえぞ、俺は弱いぞなんて自分で言う奴」
「でも本当だから仕方ない。そっちは強いんだろ? そのナリと態度で弱かったら詐欺だ」
「評判は聞いてるんだろ? これでも10年前は最強の一角を担ってたさ。ま、この世界じゃ大して意味はないがな」
カンストのブロウよりも更に格上だって話だけど、それでもイーター相手には無力なのか。
まあ予想は付いてたけど。
「だからこそ協力者が必要なんだよ。イーター共をブッ殺せる武器を手に入れるにはな」
「その武器が、ここに隠されてるとでも?」
「御名答。それが、ここに俺がいる理由だ」
奴は地下牢にいるとはいえ、俺みたいに鉄格子の中じゃない。
どこかで鍵を手に入れ、調査してたんだろう。
「もし協力するってんなら、ここから出してやる。少し時間は貰うがな。夜まで待て」
「まだ答えたつもりはないけど」
「あそこに不法侵入したんだろ? ここから出して貰えるとは思わない事だ。お前に選択肢はないんだよ」
……確かに、もし本当にイーターを倒せる武器が既に開発済みで、それを何らかの理由で隠蔽しているのだとしたら、最重要機密なのは間違いない。
それを知られたとなれば、確実に口止めされるだろう。
ま、実際にはそんな武器のある所に不法侵入なんてしてないし、自力で出られるんだけどね。
「夜まで待てば、出られるんだな?」
「決まりだな。任せておけ」
勝手に契約成立したと解釈したらしい。
満足げに出て行きやがった。
……疲れた。
いや、マジで過去最高の疲労度だこれ。
色々考えたい事があるけど、どう考えてもあいつ悪党っぽいし、これ以上関わるのは御免だ。
さっさとテレポートで脱出しよう。
予想外の収穫も得た事だしな。
『アンフェアリ』か……
テイルに話を聞いてみた方が良いかもしれないな。
さて、今度は変な場所に転送されないでくれよ――――
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