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 ――――ゲームとは何か?


 その問いに千差万別の回答があるかといえば、ないと言わざるを得ない。

 無論、広義的解釈と狭義的解釈における大きな相違点はあり、『勝負』とシンプルに定義付ける者もいれば、マイノリティな遊戯に限定する者もいるだろう。

 しかしそれらは極論に属し、大抵の人間は『遊戯』『勝敗のある娯楽』を指す言葉として使用している。


 いつからだろう。

 家庭用ゲームが、ゲームの代名詞ではなくなったのは。


 1980年代。

 家庭用ゲームが世に出回った時代。


 1990年代。

 家庭用ゲームが日本の娯楽を支配していた時代。


 2000年代。

 インターネットの一般化によってオンラインゲームが市民権を獲得した時代。


 2010年代。

 スマホの爆発的普及によりスマホゲームが主流となった時代。


 これらの歴史を繙くならば、2000年代に家庭用ゲームが衰退し、2010年代にはごく一部のタイトルを除き完全に『少数派の遊び』となった――――そう見なせるだろう。


 つまり、家庭用ゲームがゲームの本流ではなくなって既に10年以上、考え方次第では20年くらいの年月が流れたと言う事が出来る。

 20年という時間は余りにも長い。

 高校生であれば、まだ生まれてさえいないのだから。


 なら、今の高校生は家庭用ゲームの全盛時に一切触れていないどころか、ゲームという言葉に家庭用ゲームを想起する事さえない世代。

 その世代に家庭用ゲームの魅力をどれだけ訴えたところで、『海外で起こった一風変わった事件』がニュースで流れているのを漫然と眺めている時の感覚程度にしか頭には入って来ないだろう。

 要するに、響かないという訳だ。


「響かない物を、一体いつまで作り続けるのか。どれだけの時間と情熱と資金を浪費すれば、この業界は気が付くのか。骨董品を作り続けている事実に」


 それが誰の声なのか、特定する事は出来ない。

 その意思もない。

 ただ静かに、声に耳を傾けるのみ。


「無論、骨董品には骨董品の価値がある。特に、過去数百万人から愛された品であれば、色を変え素材を変え、それでも作り続ける事に意味はある。そういった作品には、それを生き甲斐とさえしている者もいる。他人の生き甲斐を作る喜びは、何事にも代え難い。だから、家庭用ゲームの全てを否定している訳では決してないのだよ」


 好きなものが否定されれば、誰だって腹立たしい。

 例外を持ち出して、そのごく一部のみを認められたからといって、全体が非難されるのであれば同じ事。

 実に不愉快だ。


「しかしそれは、ある意味では文化の継承に似ている。いや、そもそも文化とはそういうものだ。だから娯楽とは相性が悪過ぎる。料理や薬剤であれば、継続に価値を見出す物は多い。芸術についても、新進気鋭と伝統主義の双方に受け皿がある。だが娯楽は違う。古い物を上書きする事が求められる。グラフィックとインターフェイスは時代を遡ったところで懐古主義でしかない。ノスタルジーを求めたところで、結局は幻想に過ぎないと皆気付いている」


 抽象的な言葉が多いが、要するにレトロゲームという概念を批判している言葉だ。

 となれば、やはり不快感しかない。


 それでもこの場を去らずに話を聞き続けているのは、その声に説得力があるから――――じゃない。


「娯楽に必要なのは、ビジネス。金だ。金を生む娯楽だけが正解であり、金を積み続ける娯楽だけが正史たり得る。娯楽に限った話ではないが、市場が潤わない分野に人材は集まらない。豊かな知恵も大胆な着想も生まれない。それが何を意味するか? 停滞だ。停滞した娯楽に価値などある筈がない。娯楽とは、それこそ知人と会話するだけで成立する。事実、それをフォーマット化しただけで世界最高の娯楽が生まれたのだから。停滞した娯楽など、あっという間に取って代わられる」


 言っている意味は理解出来る。

 家庭用ゲームは最早、他の娯楽――――ゲームですらないものに取って代わられたと、そう揶揄しているんだろう。


「今や世界の娯楽とは、いかに会話の内容を彩れるコンテンツであるか……その一点に集約されている。嘆いても意味はない。それが現実だ」


 知ってるよ。

 スマホゲーはその最たる例だ。

 ゲーム自体の面白さより、そのゲームを会話の種にする事が、ゲームの存在意義。


 だから『やり応えのある難しいゲーム』に以前のような価値はない。

 それ以前に、『攻略する喜び』自体が形骸化してしまっている。

 なら、もうゲームである事に何の必然性もない。


「家庭用ゲームは死んだ。オンラインゲームも死んだ。スマホゲームも死んだ。ゲームはもう、死んだも同然だ」


 ……悲観的になるのは簡単だ。

 誰だってそう言える。

 俺だって言える。


 でも違う。

 ゲームはまだ死んじゃいない。

 どれだけ流行のサイクルが加速しようと、『ゲームである事』を装っただけのゲームが蔓延していたとしても。


「だから私は、ゲームの概念を変える。今の時代、これからの時代を生きる人々が関心を抱くものに。人生に役立つと思って貰えるものに。金の集まるものに」


 いや違う。

 それは違う。


 それはもう、娯楽とは――――


「ゲームを娯楽と定義する時代は終わったんだ。10代が必要とするゲームとは、娯楽ではない。もっと切実で、もっと意義のあるものでなければ見向きもされない。骨董品に進んで目を向ける若者など、ごく僅かなのだから」


 大前提を変える?

 だとしたら、それはゲームである必要はないだろう。

 そうまでして生き残らせる事に、本当に意味はあるのか? 


「不思議なものだな。これだけ堂々と骨董品を、過去の遺物に縋る者達を否定しているというのに、私がやろうとしているのは彼等の足跡……積み上げて来た歴史を守る為に他ならない。その気はないのだがな」


 ゲームの概念を変えて、ゲームという分野を、市場を、歴史を守る。

 それが、ゲームを……家庭用ゲームを作ってきた先人へのせめてもの罪滅ぼし。

 そういうふうに聞こえた。


「私はゲームを変える。私の〈アカデミック・ファンタジア〉で。このゲームが……世界のシステムを変える。変えてみせる」


 まるで正気を失ったラスボスが誇大妄想に取り憑かれて譫言を呟いているかのように、その声は大言壮語に満ちていた。

 でも同時に、心が割れそうなくらい冷たく鋭利な声だった。


 その冷然とした響きが、俺に夢である事を悟らせた。


 でもそれは――――予知夢だったのかもしれない。


 勿論そんな能力なんてないし、ゲームを終えた直後に寝落ちしていた自分がゲームについての夢を見るのは自然な成り行きだ。

 不自然さや特別感は微塵もない。

 けれど、俺はなんとなくこの日、今までとは違う何かが訪れる気がしていた。





 6月12日(水)





 それは予感……というより予兆。

 昨日のイレギュラーなログアウトが、そのまま今の緊張感に繋がっているのかもしれない。


「……」


 学校にいる間、そして下校の最中も、俺はずっと肩や首に強い張りを覚えていた。

 特に肩胛骨付近の筋肉がやたら硬直してて、凝っている。

 この感覚は、現実世界特有のものだ。


 どんなに緊張感のある展開を迎えたとしても、ゲームではこんなフィーリングにはならない。

 大昔のゲーム機……アルファあたりのゲームカセットはたまにセーブ記録が消えるんだけど、その厄災が実際に降りかかってきた時でさえも、こうはならない。


 例えば試験当日とか、両親が壮絶なケンカした日の帰り道とか、不穏な様相の客が現れた時とか、知らない親戚の家に行く事になった日の朝とか。

 そういう『現実の自分になんらかの悪影響が及ぶ』という条件下でのみ、この緊張感は身体への苦痛となって現れる。

 アヤメ姉さんに相談した事もあったけど、別に俺特有のものじゃなく、誰にでも起こるごく普通の変調らしい。


 けど稀に、特に思い当たるフシもないのに、何故かこの緊張状態が不意に訪れる日がある。

 今日がそれだ。

 こういう時は決まって良くない事が起こる。


 いや、多分『思い当たるフシがない』っていうのが間違いなんだ。

 意識的にか無意識的にか、認めたくないだけ。

 本当は、その根拠に心当たりはあるんだ。


 勿論、昨日のテレポートでの地下牢行きが直接的な原因じゃない。

 あれで緊張する理由もないし、憂鬱になった自覚もない。

 もうとっくに6時間以上が経過しているし、またテレポートは使えるんだから、脱出は簡単だ。


 だったら俺は一体、何に緊張しているんだろう?

 きっと、その答えを俺は知っている。

 知っていて、気付かないフリをしているんだ。


 自分で自分が制御出来ないのは、表情だって同じ。

 だから今更嘆く理由にはならない。


「……ふう」


 気付けば、目の前には自宅兼カフェがある。

 今日は水曜。

 明日の準備で忙しいとはいえ、客は少ない日だし、トラブルが起こるとは思えない。


 ええい、自分の家に入るのになんでこんな緊迫しなきゃいけないんだよ!

 入れ入れ入っちまえ!


「おかえり深海。明日は『逆襲判決8』の発売日だから、お釣り渡す時には『釣りあり!』と指差しながら叫ぶのを徹底してくれよ」


 ……入って三秒で親父と長話。

 当然、これが緊張の原因とは思えないけど……


「逆襲判決もいよいよ8まで来たか。アニメで逆に勢い落ちると思ったが、よく続いているな」


 もしかしてこの親父の発言を偶々アニメスタッフが客として来てて聞いていたとか……ないか。

 考え過ぎるのは止めよう。

 そもそも超能力者じゃないんだ、悪い予感なんてのが当たるとは限らないし、ましてそれにビビってちゃ余計具合が悪くなるだけだ。


「なんだかんだで面白いからね。固定ファンも多いし。で、来未はやっぱり巫女衣装?」


「当然だ。どれだけ新しいヒロインが出てこようと、このシリーズのヒロインは一人しかいない。そうだろう?」


「親父も偶に良い事言うねー」


 ……結局、特に変わった事は何もなくその日の手伝いは終了。

 午後八時、ゲーミフィアと向き合う事になった。


 ま、考えても仕方ない。

 兎に角、まずはログイン。

 そしてテレポートだ。


 実のところ――――何かあるとすればここだと思ってた。

 変な終わり方をしたから、ログインが出来なくなったとか、出来ても別の場所から始まるとか、操作に支障が出るとか。

〈裏アカデミ〉は現状テストプレイなんだから、そういう事があっても全然不思議じゃない。


 でも、それもない。

 ログインした瞬間、シーラは地下牢の中にいた。


 結局、思い過ごしだった――――


『よう』


 それはまるで狙っていたかのように、脱力した瞬間に表示された。 

 たった二文字が、ゲーミフィアの画面を凶事で染めた。


 心臓が暴れる。

 下手に予感があったのが良くなかった。

 神経過敏の状態でこの不意打ちは……キツい。

 

『まずは俺を視界に入れな。振り向いて鉄格子の方に目を向けろ。話はそれからだ』


 このチャット上の言葉が、NPCによるものなのか、他のPCによるものなのか、〈裏アカデミ〉はわからない。

 NPCともチャットで会話出来てしまう、このゲームでは。


 マズい。

 動揺が半端ない。

 ゲーミフィアを握る手が震えそうだ。


 ずっと不安に思っていた。

 オンラインゲームは、危険人物と遭遇するリスクがある。

 今まではずっと、その不運に見舞われはしなかったけど――――


『こっちを見たな。なら話の続きだ』


 ……見た。

 鉄格子越しに、誰かがいる。

 黒髪で、前髪をアップにした強面の男が。


 そのキャラクターは、顔だけでなく身体も厳つい。

 それがゲーム内における強さとは無関係だとわかっていても、威圧されてしまう。


 俺はきっと、予感していた。


 この男は――――



『俺はキリウスだ。知ってるな?』



 ――――俺のゲーム人生を、変える。



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