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 パーティメンバーと離ればなれになって一人になった所為か、それとも集中が途切れてシーラとの同一化が解かれた反動か――――頭の中に浮かぶのはゲーム内のストーリーじゃなく、このゲームそのものに関する俯瞰的な見解だった。


 テイルを操作しているのが星野尾さんだと判明している今、このゲームの全体像が少しずつ見えて来た気がする。

 少なくとも、彼女が純粋なプレイヤーとは思えない。

 ウチのミュージアムに足を運んでまでゲームについて知ろうとしていた人物が、一般ユーザーとして〈裏アカデミ〉に参加しているとは到底思えない。


 星野尾さんは間違いなく、スタッフから何らかのアプローチを受けてテイルを演じている。

 彼女の場合、アイドルや声優の経験がある芸能人だから、そういう人に仕事として依頼してると考えるのが妥当だろう。


 となると、それなりの報酬になるし、一人のキャラに複数人の演者を雇うのは幾らなんでも現実的じゃない。

 一キャラに一演者、と断定しよう。


 恐らく、その演者がログイン出来る時間帯だけそのキャラは稼働して、それ以外は人目に触れない場所にいる設定で実際には休止しているから……じゃないだろうか。

 今この場にネクマロンがいないのもそのシステムだからと考えれば辻褄が合う。


 もしそうなら、この〈裏アカデミ〉ってゲームは『NPCをリアルタイムで演者(声優など)が操作している』というのが大きな特徴って事になる。

 未だに目を奪われてしまう圧倒的グラフィックと、リアルタイム・ロールプレイ。

 この二本柱で、本家〈アカデミック・ファンタジア〉にケンカを売っている……そんな構図が浮上してきた。


 でも実際、もし本当なら結構革新的なゲームになる。

 ユーザー側だけじゃなくNPCまでリアルタイムってのは他にない形だし、話題性は抜群だ。


 NPCとチャットで会話するだけでも新鮮だけど、それがプログラムじゃなく同じ人間――――それも芸能人が書き込んでいると思うと、怖さもあるけどワクワク感が半端ない。


 ただ……この事を売りにするとなると、態度の悪いユーザーも必ず出てくる。

 有名かどうかに関わらず、芸能人を叩いて喜ぶ奴はいるからな……

 SNSで対応間違えて炎上するのと同じように、ゲーム内で失敗して炎上した場合、その張本人は勿論ゲーム自体の評判を落とす事になりかねない。


 魅惑的ではあるけど、かなり危険だ

 だからこそこうしてテストしてるのかもしれないけど……


「話は大体わかったの」


 頭の中でアレコレ考えている間に、テイルへのステラの件の説明は終わっていた。

 事実をそのまま書き込むだけだから、ながら作業でも特に問題はない。


「偶然の一致とは思えないの。何者かが優秀な研究者を狙った犯行に違いないの」


「自分で優秀って言っちゃったよ。言わなきゃこっちで言ってあげられたのに」


「うるさいの黙るの」


 ちっちゃい研究者がキレ気味だ。

 こういう本筋と関係ないやり取りは、多分アドリブなんだろうな。

 いかにも星野尾さんらしい反応だし。


 それはともかく……本当に無力化が目的なんだろうか?

 混乱はするだろうけど、そんなの最初だけだしな。

 研究者を無力化させるだけなら、方法は他に幾らでもあるだろう。


 テイルは若返り。

 ステラは大人化。


 状態変化という点は共通しているし、テイルの言うように優秀な研究者が被害者って点も同じ。

 同一人物が同能力(時間操作か何か)を使ったと見なすべきなんだろうか……?


「そういえばお前、そんな姿になった原因って調べたりしてるの?」


「お前って何なの。失礼なの」


「人を騙して利用するような奴に配慮する訳ないだろ」


「なら仕方ないの。調査はずっとしてるの。謙虚にもあたしの研究が原因だった可能性さえも考慮してるの」


 いや、謙虚も何も普通にそれが一番可能性高かっただろ……今となっては否定されたけど。


「でも全然手掛かりなしだったの。だから情報提供にはとても感謝してるの。刹那移動のレジンを提供したのはその表れなの」


「やっぱり、これって相当凄い魔法なんだよな?」


「当たり前なの。これが完成すれば世界は救われるの」


 ……そこまでスケールのデカい魔法だっけ?


 古今東西、いろんなRPGをプレイしてきたけど、転移系の魔法なんて大抵のゲームで序盤か中盤に覚える定番中の定番。

 確かに便利だけど、利便性以上のものでもないような……


「極端な話、この魔法を意のままに操れるようになれば、イータを遥か彼方に飛ばす魔法も応用で作れるの」


「……確かに」


 その発想はなかった。

 予めプログラミングされている魔法しか使えない従来のゲームとは違うんだ、この〈裏アカデミ〉は。

 あらためて、このゲームの奥深さというか難しさというか、そういうのを感じた。


「当然、イーターの質量を転移させるなんて現状では到底無理なの。それでもやり遂げるのが、この天才研究者テイルの宿命なの」


 おお……なんかカッコいいな。

 一語一句台本のまま読んでいるだけかもしれないけど、それでも星野尾さんらしさが透けて見えて違和感が全くない。

 やりおる。


「そういう訳で、あたしは引き続き研究がてら犯人調査も行うの。そっちはテレポートの実証実験よろしくなの」


「まあ、便利だし使わせて貰うよ。行き先は声に出せばいいのか? それとも念じるとかそっち系?」


「声なの。魔法を出力させながら、到着場所を言語化するの。この原理は、魔法内に地域名と座標を予めインプットしていて……」


「王都エンペルドの王城へ」


「あっ、説明は最後まで聞くの。逃げるのは反則なの――――」


 テイルの声が途中で途切れた。

 同時に、周囲の景色が全て消え、一瞬凄まじい浮遊感に囚われる。


 前に『転送装置』と称した液体を飲み、瞬間移動した時とは少し違う。

 あの時は本当に一瞬の出来事だった。

 確か露天風呂に飛ぶっていうベタな展開だったっけ。


 今回は当然、そんな失態はあり得ない。


 ……そう思っていた時期が数秒前にありました。


 いや、ここは恐らく王都エンペルドの王城で間違いはなさそうだから失敗の範疇には入らない。

 今、俺の目の前にある壁はさっきまでリズ達と一緒にいた時に散々見てきた城壁と同じだ。

 だから実証実験の結果をテイルに報告する時、この魔法は欠陥だと声を大にして訴えるのは難しいかもしれない。


 けれど、違う。

 違うんだ。


 普通、この手の魔法は王城っつったら王城の入り口に飛ぶんだよ。

 なのに……今シーラがいる場所は、恐らく入り口から最も遠い場所だ。


 目の前には壁が見える。

 ただその壁は、鉄格子越しに見えている。


 そう。

 ここは牢屋。

 そして城の牢屋と言えば、地下牢と相場が決まってる。


 ……なんだこれ。

 テレポートの魔法使ったら地下牢に閉じ込められちまったぞ?


 いよいよこのゲームがよくわからなくなってきた。


 NPCを人間に操作させてるんだから、てっきりオープンワールド並に自由度の高いゲームと思ってたんだけど……これ、流石に固定のストーリーだよな?

 このテレポート魔法を使ってエンペルドの王城を指定したら、ここに飛ぶって決まってるんだよな?

 元いた場所に戻ろうとするのは人間の心理として当然だし、十中八九この城にまず飛ぶもんな。


 ……もしそうじゃないのなら、余りにも運が悪過ぎる。

 ピンポイントで地下牢の中に飛んできたなんて。

 まだ未完成とはいえ、着地点が固定化されてないのはキツいな……


 しかもMP全消費だから、もし周りに人がいなかったら暫く出られそうにない。 

 MP回復アイテムも持ってないし、回復させるにはコマンドの『ねる』を実行する必要がある。


 フィールド上でも何処でも使える回復手段だけど、一旦寝るとリアルタイムで6時間以上放置が必須なんだよな。

 完全に緊急手段用のコマンドで、まず使う事はないと思ってたけど……他に方法がないんじゃ仕方ない。

 今日はここで強制終了だ。


 ログアウト……と。

 不本意な終わり方だけど、まあ色々あってちょっと疲れたから丁度良いタイミングで終われたとも言える。

 ストーリー上必須の展開なのか、俺の運が異常に悪かったのかは気になるけど……


 さて、それより終夜達に連絡しとこう。

 テイルからの強制テレポートで呼び出されたってのは想像に難くないだろうけど、ログアウトしたのにはまだ気付いてないだろうし。


 SIGNで終夜に……『地下牢に閉じ込められてMPも0になったんで落ちた』『今日はここまで』……よし、これでいいか。

 お、もう返事来た。レスポンス良いな。


『何があったんですか?』


 まあ、シンプルにそう来るよな。


『テイルからテレポート魔法を譲ってもらった』『それで飛んでみたら行き先が地下牢の中だった』


『罠に引っかかったんですか!?』


『いや、今更俺を罠にはめる理由はないだろ』『こっちはテレポート体質の件と引き替えに頼まれ事されてる身だぞ』


『そうですね。でもだったらなんで?』『まさか犯罪行為に手を染めたんじゃ』


『PKも出来ないのにゲーム内でどうやって犯罪者になれと』


『不法侵入とか、器物破損とか』


 どこぞの国民的RPGじゃないんだよ。

 この〈裏アカデミ〉でそんなの出来るか!


『でも、さっきの話が本当なら、テレポートが自分で使えるようになったんですよね?』『もう一回使えばいいじゃないですか』


『聞いて驚け』『消費MP有り金全部だ』 


『無一文になったんですか』『極端な魔法ですね……』


 相変わらずの三点リーダー使いめ。

 取り敢えず終夜への報告はこれでOKだな。


『悪いけどエルテとブロウにも報告しておいて。それで、そっちは今どんな感じ?』


『ステラさんが大人の女性になったとお城の中は大騒ぎです。彼女、城内の人気者だったみたいで』


『元はロリっ子研究者だもんな。そうなるわな』


『あとブロウ君が苦悩の余り動かなくなりました』『私がテンパるとこんな感じになるんですね』『客観的に見るとなんか恐いです』『いつもご迷惑かけてすいません』


 あいつ、そこまで思い詰めてたのか……今はどうでもいいが。


『無反応でも構わないから一応伝えておいてもらえるか』


『了解しました。お疲れさまです』


『お疲れ様』


 終了……と。

 色々あったけど、取り敢えず今日はもう寝るか――――


 ……SIGN?

 水流からか。 


『お疲れさま』『リズから聞いたけどよくわかんなかった』『なんの罪で実刑食らったの?』


 あのポンコツ……適当に説明しやがったな。


『無実だ』『テレポート使えるようになったから使ってみたら牢屋にホールインワン』


『先輩すごーい』『持ってる』


『ダンベル並に重い悪運をな』


『それってストーリーイベント?』


『わからない』『そうであって欲しいんだけど、暫く待っても何も起きなかったからMP回復の為に寝る事にした』


『ああ、やっとわかった』『テレポートすると一文無しになるってリズが言ってた意味』


 説明下手だなあいつ……俺との会話をそのまま伝えたんかい。


『なら仕方ないね』『私もここで今日は落ちるね』『先輩いないと意味ないし』


『何その意味深な発言』


『シーラがいないと次にどう動くか決められないって意味!』『ばーか』


 ……ばーかの後にお休みのスタンプ置いていかれてもな。

 まあ、罵られた訳じゃないのはわかってるし、悪い気はしないけどさ。


 ってか、いい加減グループトークを導入しないとこういう時不便だな。

 ブロウが渋ってるから、あいつ以外でグループ作ると仲間外れみたいで嫌だったんだけど、あらためて検討するか。


 なんか眠くなってきたな。

 明日の学校の準備、どうしようかな。

 歯も磨かな……きゃ…―――― 


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