5-30



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「俺のこのテレポート体質をなくしてくれれば話すよ」


 画面に映る自分の声――――シーラの言葉に、思わず顔が引きつった。

 俺自身とシーラが乖離した証拠だ。


 自ら打った文章が、自分の意識を集中状態から逸脱させる事がある――――そんな事実を今、初めて知るハメになった。

 自分で書いておきながら『うっわ、俺性格悪っ!』って思ってしまったのが原因だ。

 これは家庭用ゲームでは起こり得ない事態だし、ちょっとしたサプライズだった。


 でも、これは怪我の功名かもしれない。

 ゲームの中に入り込んでいる最中、つまりシーラになり切っている時は無意識下で『功を焦る未熟な実証実験士』としての言動に終始しているけど、今のこのノーマルな状態ならもう少し俯瞰的な見知からの発言が可能だ。


 シーラは、テイルの性格を把握しきれていない。

 でも俺は――――テイルの中の人、すなわち星野尾さんの性格をある程度は理解しているつもりだ。


 これまで俺は、星野尾さんがどういう理屈でこのゲームをプレイしているのか全くわからずにいた。

 今もそれは変わらない。

 でも、このやり取り……というか交渉というか脅しというか、これを実行した事で実情を掴める可能性が浮上した。


 俺の知る範疇ではあるけど、星野尾さんはこの不測の事態に対して冷静沈着に対応出来るようなタイプの人じゃない。

 もしここで彼女が俺の予想を超えて来るような対応をした場合は、二つの事が考えられる。


 一つは、別人がテイルを操作している可能性。

 これは普通にあり得る。

 星野尾さんが嘘を吐いている訳じゃなく、複数人がテイルというキャラを演じてるという解釈だ。


 どう考えても人間がその場で対応しているような反応と会話内容だったから、少なくとも予め用意されたプログラムじゃないという確信はあった……けど、もし一人の人間が操作しているとなると、ゲームである以上24時間態勢で対応する必要がある。

 でも複数人で一人のキャラを共有しているのなら何も問題はない。

 あくまで人件費を度外視したらの話だけど、終夜父の経済状況やこのゲームの予算なんて俺が知る由もないからな。


 そしてもう一つは――――指導するスタッフが傍にいる可能性。

 これまでのテイルの会話の反応はとてもスムーズで、マニュアルを見ながらとか、SIGNやチャットツールで指導を仰ぎながら……といった感じじゃない。

 でも指導員が傍にいるのなら、その場で即座に適切な返しが出来るだろう。


 どっちにしろ、彼女らしさは一切ない返答になるのは確実。

 実際これまでのテイルからも星野尾さんっぽさは感じられなかったからな。

 今回も同じ事になるだろう。


 ……って考えてる傍からだんまりかよ!

 まあ、ずっと受け身だった俺からこんな発言をされて困惑しているテイルを演じている――――って可能性もある。

 あれこれ考えても仕方ないし、返事を待つしかないか。



 …………沈黙長いな。

 いやでも、不測の事態ならこれくらいの混乱は演出しないといけないのかも。

 




 ……………………おい。





「どうなんだ?」


 つい痺れを切らして念押ししてしまったけど、これにも反応ない。

 どうなってるんだ?

 さっきまで流暢に話してたし、何より向こうがシーラを呼び寄せたんだから、食事中とか別の仕事が入ったとかもあり得ない筈だ。


 まさかシステムトラブルとか?

 だとしたら、これこのままずっと沈黙が続くよな……


 こうなったら本人に直接スマホで聞いてみるか?

 でもそれって掟破りだよな……興醒めもいいとこだ。

 ゲーム内でテイルと連絡先を交換したのならそれもアリだと思うけど、仲間でもない彼女と馴れ合うのは控えたい。


 でも、このまま時間を浪費し続けるのはちょっとな――――


「その取引には応じられないの」


 お、ようやく返事が来た。

 でも悩んだ挙げ句この平凡な回答……スタッフが傍にいる線は消えたっぽいな。


 今回の交渉はプレイヤー側から持ちかけたものだから、普通に考えたらスタッフ側が首を縦に振る訳がない。

 ユーザーの希望を極力叶えたいという姿勢が〈裏アカデミ〉のスタッフにあるとしても、まず受け入れられないだろう。


 このゲームには、ユーザー毎に違う設定が用意されている。

 俺にだけテレポート体質を持たせたのもそうだし、水流がラスボス候補になってるのもそうだ。

 これ一つとっても相当に革新的なゲームだと思う。

 

 とはいえ、幾らなんでもユーザーの言動に対して逐一ストーリーを曲げていたらキリがないし、そもそも対応し切れない。

 でもゲームデザイン上は、そういったリクエストが容易に可能なのも事実。

 実際、今俺もこうして交渉を試みてる訳だしな。


 この辺りはテストプレイするまでもなく、無理なのはわかり切っている筈。

 なのに沈黙が長く続いたって事は、演出目的でそうした可能性が高い。


 だとしたら……この明らかに大げさな沈黙は、星野尾さんによる演出って可能性が高そうだ。

 あの人、色々と過剰だからな。

 ウチのミュージアムを参考にするくらいだから、ゲームにはあまり精通してないだろうし、何か別の分野の経験を活かした結果、ゲームのテンポを損なうレベルの沈黙が続いた……とかじゃないだろうか。


 いや、単に思考停止してただけかもしれないけど、もしスタッフが傍にいるのなら何かしらフォローが入るだろう。

 それでもあれだけ沈黙していたって事は、スタッフの怪訝な顔を無視して己を貫いた……って可能性が高そうだ。

 あの人、そういうの平気でやれそうだもんな。


「ならこの話はなしにしよう」


 取り敢えず試したい事は試せたし、交渉はもういいや。

 シーラ視点だとこの上なく厄介だけど、プレイヤー視点では結構美味しいからな、テレポート体質。


「なら最初から言うなの」


 ……これ、どっち?

 いや、文脈で否定の言葉なのはわかるけど……紛らわしい口調だな。


「でも正直気になるの。違う条件で教えてくれるのを所望するの」


「違う条件か……なら、何か役立ちそうな開発アイテム譲渡して欲しいんだけど」


「ちゃんと実証実験してくれるなら預けても構わないの。前にあげたバズーカはどうなの?」


「エルテが使ってるよ。威力を高めるだけじゃなく、弱める際にも有効だってわかった」


「詳しく聞きたいの」


「例えば、手加減攻撃をする際に手加減の度合いがより大きくなって、結果的に威力が小さくなったって言うか……」


「ふむふむ。つまり威力じゃなくて用途に対する効果が得られるって言いたいの」


 やるなテイル、いや星野尾さん。

 俺の言葉足らずな説明で全てを理解したか。

 言動に変人ぶりが滲み出ているとは言え、それなりに地頭は良さそうだったしな。


「ちゃんと実証実験してくれてるのがわかったから、条件を呑むの。どんなアイテムを欲しがってるのか言うの」


「外側からのあらゆる接触を無効化出来るアイテムとかない?」


「そんなのあったら無敵なの。っていうか、テレポート命令をシャットアウトする目的なのがミエミエなの」


 さすがにバレたか。

 まあ、そんな都合の良い物があるとは最初から思ってない。


「だったら、テレポートを俺の意思でも出来るようなアイテムは? どうせこの体質のままだって言うんなら、せめて活用したいんだけど」


 これも正直ダメ元だけど――――


「それならあるの。ちょっと待つの」


「え?」


 ……あるの?

 いや、テレポートだよ?

 そんなチートじみた能力を自在に使えるようになって良いの……?


「これなの。刹那移動のレジン」


「レジンってことは……魔法?」


「そうなの。元々は瞬間移動出来る魔法を開発してたけど、魔法だけじゃ不可能って判明したから、薬品と組み合わせてみようっていうのが現段階なの」


 薬品っていうと、前に騙されて飲んだアレか。


「薬品でテレポート体質を作って、魔法でその体質の人間を違う場所に転送する……って仕組みか。原理はよくわからないけど」


「間違ってはいないの。もう少し詳しく説明すると、テレポートはこの世界における対象者の情報を一度圧縮して、質量と摩擦係数を限りなくゼロにしてから魔法の力で特定の場所に移動させるの」


 ……余計よくわからなくなったんだけど。


 まあ、この手のゲーム理論は現実の物理学では到底説明出来ないようなものってのが相場だからな。

 とにかく『魔法と薬品を複合させた技術』って覚えておけば問題ないよな、きっと。


「早速使ってみるの。レジンを取り込むの」


「了解」


 液体化されているレジンを飲み込んで準備完了。

 これで俺はテレポートを使えるようになった……のか?


「使い方は普通の魔法と同じなの。圧迫でも温度変化でも何でもいいの」


「なら圧迫でいいかな。手を強く握り締めて――――」


「ただし1回テレポートで全MPを消費するくらいの大魔法だから、相応の圧縮方法が求められるの」


 ……なんだって?


「全MP消費? 1回で?」


「肯定なの。それくらい狙った場所にピンポイントで瞬間移動するのは大変な事なの」


 それはその通りなんだろうけど……


 大昔のゲームを除いて、RPGにおける瞬間移動魔法はMPを殆ど消費しない。

 中には消費自体しない、消費MPゼロってゲームもあるくらいだ。


 でも、さっきテイルが言ったように、瞬間移動なんて手から火とかビームとか出すよりよっぽど高等技術。

 消費量が図抜けて多いのも当然だ。

 そういう意味でのリアリティはあるらしい。


「移動出来るのは、俺が今まで行った事のある場所限定だよな?」


「違うの。この世界のあらゆる場所に転送可能なの」


 ……そういえば、俺がテレポート体質になった時も行った事ない場所に飛ばされたな。

 あれと同じ研究なんだから、当然っちゃ当然か。


「もう一つ質問。移動場所は自分で指定出来るんだよな?」


「そうなるのを目指してるけど、現実は厳しいの。自分の意図しない場所に飛ばされる事もあるの」


 まあ、実証実験ってそういうものだからな。

 それは仕方ないか。


 となると……ロマンはあるけどリスクもデカいな。

 もし使ってみて、移動先がMPの回復も出来ないような秘境の地だったら……?

 二度と戻って来れない可能性さえあるぞ。


「といっても、そうそうないトラブルなの。樹脂機関車が襲撃されて大破するのと同じくらいの確率なの」


 ……それって作中の世界じゃ滅多に起こらない出来事かもしれないけど、ゲームとして考えるとかなり良く見るイベントシーンなんだが。

 

「説明は以上なの。これで納得したら、さっさと情報を寄越すの」


「わかったよ。一応確認しておくけど、騙してないよな? もし後で『テレポート使ってみたけど全然移動出来ませんでした』とかなったら、俺何するかわからないよ?」


「大丈夫なの。研究で人を嘗めたりおちょくったりするような真似はしないの」 


 信念を感じさせる言葉だ。

 普段のテイルからは想像も出来ない。

 なんか、今の一言でテイルってキャラの人生観が見えた気がした。


 これは予め定められたセリフを星野尾さんが打っているんだろうか。

 それとも、彼女が自分の言葉でそうなり切っているんだろうか。


 何にしても、この展開は正直ワクワクする。


「了解、それじゃ話すよ」


 一通り納得したところで、テイルにステラの件を話す事にした。



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