5-29

 10年前の世界では、研究開発に爆発は付きものだった。

 といっても、開発に失敗したから爆発するって訳じゃない。

 そんなリスクの高過ぎる研究を好きこのんで行う研究者もそうそういないだろう。


 爆発が頻繁に起こるのは、魔法に関する研究だ。

 俺自身、研究者じゃないし研究畑の人間と親しい訳じゃないから詳細まではわからないけど、まだ世に出回っていない新たな世界樹魔法〈ユグドマ〉を開発する際には、世界樹の樹脂〈レジン〉を頻繁に揮発させなければならないらしい。


 世界樹の樹脂は普通の樹木の樹脂とは性質が全く違う。


 通常、樹脂とは樹液の不揮発性成分――――つまり樹液が揮発成分を失った残りの個体を指す。

 だから『樹脂を揮発させる』っていうのは矛盾を孕んだ表現だ。


 けれどレジンは違う。

 

 しばらく空気に触れると固形状になるが、水に浸すと液状化し、燃やすと気体になる。

 つまり、極めて容易に状態変化が出来る物質だ。


 樹液の状態から空気に触れて固形になった状態で採取される為、便宜上『樹脂』と呼んでいるものの、通常の樹脂とは根本的な定義が異なる。

 揮発性を有しているのだから。


 何故、世界樹だけ他の樹木とは違う性質の樹液が分泌されているのかはわからない。

 恐らく世界中の誰もが『世界樹だから』という認識だろう。

 というより、普通の木とは違う性質を持っているからこそ、世界樹と命名されたのかもしれない。


 兎に角、そういう訳だからレジンは頻繁に液体化、固体化、気体化が行われている。

 ただしこれにはリスクがあって、状態変化させる度に空気中の不純物が混じり、蓄積されてしまう。

 多少の不純物なら影響は殆どないらしいけど、それでも純度の高いレジンでなければ開発出来ない武器や魔法があるらしく、それらを研究する為にはレジンを大量消費しなければならない。


 そして、不純物が溜まりすぎたレジンを気体化すると、爆発が起こってしまうらしい。


 恐らく今の爆発音も、それが原因だろう。

 他にも『爆発系の魔法を研究中にうっかり暴発させてしまった』『俺も持っているバズーカのような武器を試行中に暴発させてしまった』等が考えられるけど、研究段階で発生する爆発の大半は不純レジンの気体化が引き起こしたものだ。


「恐らく、ステラの失敗だと思います」


「ステラ?」


「魔法を専門にしている研究者です。独創的な魔法を作る子で、期待されてるんですが……失敗も多くて」


 廊下を早歩きしながら、フィーナは怒った素振りも呆れた様子もなく、寧ろ何処か慈しみさえ感じさせる声でそう教えてくれた。


 なんとなく、まだ若い研究者のような気がした。

 そしてそれは、直ぐに答え合わせが出来た。


「やっぱり……」


 三階西棟の最奥――――しかも隣室から明らかに大きく離れた部屋の扉から黒煙が漏れている。

 ここは元々王城だったから、壁はかなり頑丈に作られているらしく、あれだけの爆発音だったにも拘わらず破壊されてはいない。

 その点においては、ソル・イドゥリマよりもリスク管理はし易そうだ。


「ステラ! 入りますよ!」


 慣れたものなのか、黒煙が漂う中を咳き込みもせずフィーナは入って行った。


「……俺達も行った方がいいかな?」


『――――』


「エルテ、見えない」


「え? なんで書いてるってわかったんですか?」


 リズの疑問に答えるのは、簡単なようで難しい。

 ペンを走らせる音が聞こえた訳じゃない。

 なんとなく、そうなんだろうなと察した……それだけだ。


「音が聞こえただけだよ。で、リズはどう思う?」


 でもそれを言うと変に思われそうだから適当に誤魔化した。

 なんで俺がリズにこんな気遣いをしなくちゃいけないのか……


「また爆発したら……と思うと、ちょっと恐いです」


「だね。ここは男性だけで行くとしようか、シーラ」


「……気の所為か、なんか生き生きしてないか」


 やけに早口だったブロウに若干嫌な予感を覚えてしまった。

 こいつがこんなに張り切る時は――――


「波動を感じるんだ。この部屋には、偉大な可能性を秘めた僕の女神がいるなじゃいか……ってね」

 

「やっぱ俺一人で行くわ。ブロウも待機」


「なんで? 僕は行くよ。例えここで君と殺し合う事になっても」


 恐い恐い恐い恐い。

 普段が好青年だけに、ロリババアが絡んだ時の狂気が余計恐い。


 ブロウのロリババアセンサーが反応したって事は、失敗した研究者はテイルみたく幼女化してしまった可能性もあるのか。

 そういえば、あいつの幼女化って結構謎なんだよな。

 調合を間違えたとか言ってたけど、それくらいで普通若返るか?


 もしかしたら、それだけのリスクがあるほどの強力な何かを開発していたのかも――――


「ステラ!? その姿は……どうしたの!?」


 中からフィーナの悲鳴に似た声が聞こえてくる。

 ステラという子に何かあったのは間違いなさそうだ。


「行こう」


 そう短く告げ扉に手を掛けたブロウの目が血走っているのは、煙にやられた所為じゃないだろう。

 こいつは……自分の欲望にどこまで忠実なんだ。


「でも、ここでボーッとしてても仕方ないです。私達も入りましょう」


「確かにな……爆発はもうなさそうだし――――」


 こっちの意思確認を待たずにブロウが扉を開けた為、話の途中で煙が漂ってきた。

 幸い、普通の煙と違ってレジンの爆発による煙は吸い込んでも重傷化したりはしないらしい。

 とはいえ視界はやっぱり悪く、室内に入っても中がどうなっているのか視認出来な――――


「うおおっ!?」


 一瞬、何が起きたかわからなかった。

 身体が奇妙な浮遊感に支配され、次の瞬間にはバランスを崩していた。


 敵――――と次の瞬間に思わず警戒し、そんな訳ないとその次の瞬間に思い留まる。

 イーターがこんな所にいる筈ないし、オルトロスに恨まれるような記憶もない。

 だとすると、今のは……


『風の魔法を使って煙を吹き飛ばしたとエルテは事後通告を記すわ』


 やっぱりか。

 あの視界じゃ会話もままならないエルテが業を煮やして魔法を使っただけの事。

 換気が目的だから大した風圧じゃなかったけど、それでも不意打ちだと思わず動揺してしまうな。


「うう……痛い……」


 それでも俺はマシだったらしく、軽量のリズは風に飛ばされ転倒してしまった模様。

 彼女には気の毒だけど、お陰で状況把握は出来そうだ。


「本当にステラなの?」


「……そう。我が名はステラ。十二色の光に導かれし世界の瘴気」


 フィーナの前にいる、奇妙な格好をしている女性が噂のステラらしい。

 喋り方も変だけど、それよりも衣服の方が更に奇抜だ。


 研究者らしく白衣を身に付けているんだけど……小さい。

 サイズが全く合っていない。

 袖は短いし、丈も随分中途半端だ。


 その所為で身体のラインがモロにわかる。

 相当細身だ。

 リズもエルテも体系的には痩せ形なんだけど、それ以上に細い。


 でも……出る所は出ている。

 そこが二人との大きな差だ。


 顔立ちも、幼さは一切なく目鼻立ちがクッキリした大人の女性。

 長く伸ばした髪も含めた外見からは、二十代中盤から後半くらいに見える。

 ただ、さっきのよくわからない自己紹介から察するに、精神年齢は低そうだ。


「嘘……なんでそんな姿になったの……?」


「わかんない。なんか失敗しちゃったみたい」


 ……低いどころの騒ぎじゃなかった。

 今のが素の喋り方なのか?

 言葉以上に口調が子供っぽい……っていうか、完全に子供だ。

 

「あの、一体何がどうなってるのか説明して貰えると」


「あ、すいません。ちょっと私も混乱していて……彼女がステラの筈なんですけど、私の知ってるステラとは違ってて」


「失敗の影響で一時的に混乱してるとかじゃないんですか? 話し方が安定してないし」


「いえ、その……見た目が全然違うというか……ステラはまだ10歳なんですが」


「何ィィィィィィィイイイイイイ!?」


 うわビックリした!

 誰の奇声かと思ったらブロウかよ……天敵に襲われた鳥類みたいな声出しやがって。


「その見た目で10歳……ですって……?」


「いえ、私が知っているステラは10歳の女の子らしい見た目だったんです。なのにどうして……」


 こっちも困惑してたけど、ブロウが発狂寸前の狼狽を見せている所為で妙に冷静になれた。


 これは――――テイルと真逆の現象だ。


 テイルは10代半ばの少女が幼女化していた。

 それに対し、ステラは少女が大人に変化した。

 あのやたら小さい白衣がその証拠だ。


 ……いや、現象としてありのままを整理したらそうなんだけど、正直意味がわからん。

 なんでこう頻繁に肉体変化が起こってるんだ?


「シーラ……この場合僕はどうしたらいいんだ。彼女はロリババアなのか? 本来ならババアロリと言うべきなんだろうが、身体と精神のアンバランスさという点では共通している。僕はロリコンじゃない。幼い外見だけに関心がある訳じゃないんだ。だけど今、僕は彼女を目の前にして心が全く躍らない。これはつまり、僕はロリババアの外見的幼児性にのみ反応していた証で……」


「気色悪いからその辺で止めとけ」


 奴にとってはアイデンティティを揺るがしかねない重要事項かもしれないが、俺には耳にも入れたくない話だ。

 それより問題は、ステラという女性の変化。

 流石に二例目となると無視出来ない。


「シーラ君、これってもしかして……」


『テイルの逆だけど、大きな括りで言えば同種の変化だとエルテは見解を記すわ』


「同感。ちょっとただ事じゃなさそうだ」


「……?」


 ふと、俺達にステラのあどけない視線が向けられた。

 いや……目自体はやたら艶がある二重のそれなんだけど、どうにも邪気がないというか、内面から妖艶さが滲み出そうな容姿なのにやたら純粋無垢な感じで……これはこれで恐い。


「フィーナ。取り敢えずこの部屋を片付けて、それから彼女も交えて話をしよう。残りのテストは明日に延期って事で」


「そうですね。貴方がたは何かを知っているみたいですし、共有出来るのであればお願いしたいです」


 さり気にこっちの話はしっかり聞いてたのか。

 流石にぬかりないな。


 にしても、いったいこれはどういうううううううううううううううううう――――






「こんにちはなの」


「……」


 このタイミングで強制瞬間移動……?

 これは――――


「やっぱり、俺の周囲が視えてるのか?」


「違うの。強い精神的負荷を感知したから呼び寄せたの」


 そう訴えるテイルの表情から、感情を読み解く事は難しい。

 ただ一つ言えるのは、例えこの女が何を企んでいたとしても、俺にとってこのテレポートは都合が良いものだって事だ。


「今日は助手はいないの?」


「あなたの企画した武器を開発中なの。もうすぐ完成なの」


「それは朗報だけど、こっちも興味深い話がある。君にとって重要な話だ」


「何それ。早く話すの」


「俺のこのテレポート体質をなくしてくれれば話すよ」


 この好機を逃す手はない。

 事実確認よりも何よりもまず、交渉を最優先した俺の判断は如何に――――

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