5-28

 双剣は二つ以上の刃を有する一個の武器に対して使用される名称だ。

 極端な話、剣を二本くっつけて鋏のような形状にしている物も双剣と呼ぶ事が出来る。

 そんな武器は見た事ないけど……


 通常、双剣というと剣柄の方にも刃が付いている物を指す。

 剣柄の下の先端、柄頭と呼ばれる部分に鉤状の刃を取り付けている物や、護拳という柄を握る手を保護するガードが刃になっている物が多い。

 前者は鉤状の刃を使って敵の武器を引っかけ奪ったり出来るし、後者は鍔迫り合いになった際に相手の手を斬る事が出来る。


 そう。

 どちらも対人間を想定して作られた武器だ。


 だから双剣って武器は、イーター討伐にはまるで向いていない。

 刃が付く事で重さが増し、振る際に負担が掛かるというデメリットがあるのに対し、メリットは全くないからな。

 元々使い辛く人を選ぶ武器だったけど、イーターと戦う事が日課になっていた10年前の実証実験士にとっては、ハッキリ言って死に武器と化していた。


 けれど世の中物好きが多いのか、目立ちたがり屋なのか……敢えて不利な武器を選ぶ奴も結構多い。

 見た目は派手じゃないし、外見的な華やかさでは到底選ばれる武器じゃないんだけど、それでも一定数の研究者が双剣を日々研究し、それを実証実験士が使っていた。

 マニアックな武器ってのは、それだけで価値があるらしい。


 俺はフィーナについてまだ何も知らないに等しい。

 でも、これまでの僅かな接点と会話から受けていた彼女の人物像は――――真面目で堅実。

 双剣のような、イロモノ……と言うと語弊があるけど、余り合理的とは言えない武器を扱うのは意外でしかなかった。


「ようこそ。四階でのテストは如何でしたか?」


 そのフィーナがいるという実験室は、二階に降りてきた階段のすぐ傍にあった。

 一日に何人の実証実験士がテストを受けているのかは知らないけど、これまで同様、俺達以外に受験している人達の姿はない。

 この実験室も閑散としていて、中央に打ち込みの訓練用と思われる巨大な木製の人形らしき物が四つほどある程度で、武器置き場すら見当たらなかった。


「正直、ピンと来なかったっていうか……」


「それが普通の感覚だと思います。あのフロアの研究は確かにイーター対策も兼ねていますけど、それ以上に別の職業への適性を見る為のテストでもありますので」


 ……え?


「別の職業って……実証実験士以外の、って事ですか?」


「はい。実証実験士といっても、中には戦いよりも芸術や文学に秀でている方もいらっしゃいます。そういった方々に、別の選択肢があると提示するのも職能適性テストの目的の一つなんですよ」


「……」


 質問を返したリズの驚いたような反応は、俺の心境とほぼ完全に一致していた。

 だったら『職能適性テスト』じゃなく『職業適性テスト』の方がしっくり来そうだけど……


『エルテはその必要性について説明を求めたいと怖ず怖ず記すわ』


 リズもその傾向があったけど、エルテは明らかに警戒心を最大限に抱きつつの質問だった。


 実際、俺も少し引いている。

 別の職業への適性を見ていた事に――――じゃない。

 フィーナの得物が、双剣は双剣でも……普通のレイピアに螺旋状の刃がまとわりつくように接着しているという、余りにも常軌を逸した武器だったからだ。


 正直、その形状の利点がまるで見えない。

 どう考えても扱い辛いし、イーター相手に有用な武器にも見えない。


 一体何のメリットがあるんだ……あの剣の形状に。

 そっちの必要性も聞いてみたいぞ。


「皆さんもご存じかと思いますけど、この王都は閉鎖政策によって自給自足が必須となりました。勿論、食べ物だけではありません。国民の生活を安定させるには、相応の数の働き口がなければなりません。働かない国民を抱える余裕はないのですから」


「まあ……そうだろうけど」


「しかし閉鎖された状況下では、自ずと職業も限られてきますし、雇用の数も限界があります。そこで、ビルドレット様は新たな雇用を生み出す為にもと、娯楽分野の充実と強化に着手しました。同時に国民を明るい気持ちにさせるために」

 

 成程……雇用拡大の為に職業の数を増やしたのか。

 そして、それらの新たな職業に関しての適性を見る為に、職能適性テストの少なくとも一部を利用している、と。

 確かに、声技や描画はイーターを倒す為の技術というよりは娯楽の為の技術と言われる方がしっくり来る。


「ですが、ここは違います。武具を扱う二階、魔法を扱う三階はあくまでイーター討伐の為の武器や技術の開発を行う為のエリアですし、この私の双剣もイーターを倒す為の武器です。疑念を抱いているかもしれませんが……」


「お見通しですか」


 ブロウが如何にも高レベルらしい返しをしていたのを見て、ちょっと羨ましく思った……りもしたけど、今はそんな話はどうでも良い。

 フィーナの持つ双剣がどうしてイーターに有効な武器なのかを知りたい。


「この時代のイーターを仕留めるには、生半可な武器では刃が立ちません。そこで、新たな提案としてこの『穿孔剣』が開発されました」


 どうやらあの螺旋の剣、穿孔剣って名前らしい。

 穿孔剣か……まあ明らかに振り回すような剣じゃないし、突き推奨は妥当……


「この剣は魔法と連動して使用します。特定の魔法を使うことで、剣身が回転を始めます」


「……はい?」


「では早速、この剣で室内の木偶人形を攻撃してみて下さい。こうすればイーターに嫌がられるという攻撃が好ましいですね」


 簡単に言ってくれるけど、そもそも特定の魔法についても教えてくれてないし。


 ……それとも、その魔法を選定する事自体が試験なのか?


 とは言っても、武器を回転させる魔法なんて心当たり一切ない。

 風車なら風関連の魔法で回せるかもしれないけど、これは武器だ。

 風を当ててどうこう出来る物じゃない。


「エルテ、これを回せる魔法に心当たりはあるか?」


『武器を回転させる魔法なんて10年前にはなかったと強めの断定を記すわ』


 だよなあ。

 魔法専門のエルテがこう言うんだから、少なくとも俺達にこの謎は解けない。


「……」


 でも、フィーナはこれ以上説明する気もないらしい。

 真剣な眼差しで、武器を手にした俺をじっと観察している。


 落ち着け。

 テストはテストだけど、これに落ちたからってオルトロスの実証実験士と協力関係を築けない訳じゃない。

 成り行きで組織に加入しようとしてはいるけど、俺達の目的はそれじゃないんだ。


 ……よし、少し頭の中がサッパリした。


 フィーナは『この武器を回転させてみせなさい』って言った訳じゃない。

 このテストの肝はそこじゃない。


 彼女の意図を汲むならば、『剣身が回転する武器を使って、イーターに通用する攻撃手段を見せてみなさい』ってとこだろう。

 この武器が本当に回転するとは限らないし、そこを気にする必要はないんだ。

 要は回転をどうやって攻撃に活かすか、それを提示してみろって訳だな。


 螺旋状の刃が回転するとなれば、突きの貫通力が増しそうな気がする。

 この世界の圧倒的な頑強さを誇るイーターの皮膚に穴を開ける……きっとその為の武器だ。


 だったら、答えは簡単だ。


「イーターの皮膚が最も薄い場所を特定する魔法やアイテムって、この世界にありますか?」


「……シーラ君?」


 俺のフィーナへの質問の意図がわからないんだろう。

 リズが眉を複雑な形状にして怪訝さを見せている。


「現在開発中です。恐らく近日中に完成すると思われます」


「なら話は早い。それとセットでこの武器を使って、イーターの皮膚に穴を開けて、そこに毒を吹きかけるっていうのはどうです?」


 我ながら、中々エグい発想だとは思った。

 でも、それくらいしないとこの世界のイーターには何も通用しない。

 俺達よりも、10年も絶望の中で試行錯誤してきたこの城の研究者と実証実験士の方がずっと実感しているだろう。


「毒がイーターに通じますか?」


「それを実験するのが俺達の仕事でしょう。通用する毒があると実証するまで、開発と実験を繰り返すしかないんじゃないですか?」

 

 気の所為か……いや、気の所為じゃない。

 リズやブロウの俺を見る目は明らかに、驚きや感心じゃなく困惑のそれだ。


「し、シーラ君……いつからそんな猟奇的なキャラに」


「確かに正攻法でどうにかなる相手じゃないかもしれないけど、幾らなんでも発想がエグいよね」


 ですよねー……

 でもま、そうやって口に出してくれる方がこっちはありがたい。

 何しろ冗談とかじゃなく、本気の提案だからな。


 エルテは……特に変わりない瞳を向けている。

 彼女は多分、俺の中にある黒い影に気付いているんだろう。


 俺は弱い。

 ブロウやエルテと比べると、余りにもレベルが低い。 

 だから、少しでも気を抜くと劣等感に押し潰されそうになる。


 そんな俺が彼等とパーティを組むからには、強さとは違うモノを見せていかないといけない。

 それは以前からずっとそうだし、今も何一つ変わらない。 


 彼等とは違う事を、彼等がやりたがらない事を俺はすべきだ。

 汚れ仕事だってやる心構えは出来ている。

 そうやって、お互いに足りない所や手が届かない分野を補い合う……それがパーティを組む意義なんだから。

 

「貴方は、実証実験士に向いていますね」


 フィーナのその言葉が合格を意味するものかどうかはわからなかったが――――取り敢えずホッとした。

 少なくともネガティブな評価じゃなさそうだ。


「よくそこまで私の真意を見抜きました。実証実験士としてのキャリアは浅いみたいですけど、貴方ならきっと戦力に――――」


 人に褒められる経験が希薄な俺にとって、この瞬間は天にも昇るような心地だった。

 でもその時間は、一瞬でブチ壊された。


 余りにも唐突な、耳を劈き脳を激しく揺さぶる謎の爆発音と地響きによって。


「な、なんですか!? 地震!? 敵襲!? で、であえーーーっ!?」 

 

「落ち着いてリズ君。ある意味神様っぽいけど。これは恐らく――――」


「三階ですね」


 特に動じた様子もなくフィーナがそう告げた通り、突如部屋を揺るがした謎の爆発音は、この一つ上の階――――魔法開発エリアの一角が吹き飛ぶという、以前どこかで目の当たりに事のある事態に起因するものだった。

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