5-27

 ――――王城で挑戦した職能適性テストは、テストと名の付く割には緊張感に欠けるものが多く、その傾向は最初の音楽の時点で相当に顕著だったけど……決定的なのは二番目に訪れた描画のテストだった。


「これはネ。タブレアという魔法を発展させて生み出した【タブレーラー】って魔法なのネ。これ使えば空中に自由に絵を描けるんだネ」


 そのタブレーラーって魔法は、タブレアによる白い空間内に特定の筆記用具を干渉させることが出来るというもの。

 描き終えた絵は空中で暫く留まり、触れるか一定時間が経過すると消える。

 今は白黒のみだけど、ゆくゆくは色を付けられるようにして、直線や円を簡単に描ける機能を実装する予定らしい。


 イーターがどのような視覚的刺激に恐怖などの反応を生じるかを試す為の魔法。

 対峙した状態で絵を描くなんて悠長な事が出来る訳ないけど、予め特定のイーターの行動範囲を把握し、そのイーターが移動してくる頃合いを見て移動ルートの途中に絵を描いておけば、安全に視界に収めさせる事が出来る。

 遠距離からイーターの反応を調べるアイテムも開発済で、それを使ってイーターの弱点を調査しているらしい。


 それは良い。

 意味も意義も理解出来る。


 問題は――――


「あの……シーラ君。その物体は一体……」


『エルテは大胆にもこの絵をリズの抽象画だと自信をもって断定するとここに記すわ』


「僕はエルテ様の抽象画だと思う。この沢山の突起はエルテ様の16のテールを表現しているとしか思えない」


『でもこれが人間を描いた絵だとは到底思えない、神をイメージしたのだとエルテは声高に記すわ』


「わたしは、世界樹を破壊したイーターを想像して描いたんだと思います。この禍々しさ……間違いありません」


 問題は、描画という技能は才能に大きく左右され、その才能が欠落している人間にとっては地獄の時間って事だ。


「チミ達、わかってないネ。この絵は古代より伝わる世界破滅の日『リュードエレナーダ』を描いているネ。ここは爆発と終焉を表現しているネ」


「いや、その……あの観覧車っていう遊戯施設と王都の街並みを描いたんですけど……」


 そんな俺の説明は、熱い議論を展開中の四人には全く届いていない。


 屈辱だ!

 なんて恥辱……


 昔から俺には絵心なんて微塵もない。

 子供の頃、近所の友達と一緒に地面に木の棒で描いた両親の顔は酒瓶だと思われたし、ならばと酒瓶を描いたら人間を呑み込んだ巨大なカエルだと言われた。


 そんなのはわかっていたんだ。

 でも……何かの間違いで、こういう特別な出来事をきっかけに覚醒してメチャクチャ上手く描けるかもしれないっていう根拠のない願望を胸に秘めて挑んだ結果がこれだよ!


「何にせよ、この絵はイーターに心理的ダメージを与えられるかもしれないネ。ワタシが預からせて貰うネ」


「別に良いですけど……」


 男か女か外見からも声からもわからない謎の実証実験士ベッダム=カイロマキルの薄ら笑いに辟易しつつ、二度目のテストは終わった。

 本当、緊張感のカケラもないな……


「次は何でしたっけ?」


 絵の上手いリズは俺とは全然違う意味で高評価を得た為、やたら機嫌が良い。

 おのれ……さっきまでフリーズの常連だったのに今は生き生きしてやがる。


『声技だとエルテは記すわ』


「うう、やっぱり表記が簡単過ぎます……」


 中々リズに心を開かないエルテは兎も角、さっきから妙にブロウに元気がない。

 絵のテストはリズと比べると流石に落ちるけど、俺よりはマシだったのに。


「あの、次のテストなんだけど、僕は棄権させて貰っても良いだろうか」


 そのブロウが突然、思い詰めた顔で辞退を申し出てきた。

 別に体調が崩れた様子はないし……声技に自信がないんだろうか? 


『決起集会の欠席に加えてテストの途中離脱までするなんて、それを堂々と言えるだけの理由がちゃんとあるんでしょうねとエルテは脅迫文を記すわ』


「う……そ、それは……」


 ロリババアを崇拝し、世界樹の支配者を自称するエルテをロリババア認定しているブロウにとって、彼女からの糾弾は死刑宣告に等しいほどの耐え難い誹りに違いない。

 不憫に思う一方で、ちゃんとした理由を聞きたいのは俺も同じ。

 ついさっき、とんでもない恥を掻いた身としては尚更だ。


「実は……子供の頃に演劇の舞台に立った事があってね。そこで大きなバッシングを受けたんだ。それ以来、人前で演技をする事が出来なくて」


「そんな事があったのか。でも声技のテストだからって演技するとは限らないだろ? 一旦参加してみて、ダメだったら退室すればいい」


「舞台に立つだけでもダメなんだ。そういう事をするというシチュエーション自体がトラウマなんだ」


 わからなくもないけど……どうにも嘘臭いというか、ブロウらしくない歯切れの悪さを感じる。

 とはいえ、嫌がっているのを無理矢理って訳にもいかない。


『仕方ないとエルテは理解を示すわ』


「すいません……」


 エルテが折れた事で、ブロウの不参加は決定した。

 ただ、彼のラボ内における発言力はこれで大きく低下してしまったかもしれない。


 ……まあエルテの下僕に成り下がったとしても本人は寧ろ喜びそうだし別に良いか。


「では三人で行きましょう。ブロウ君は……」


「僕は部屋の前で待ってるよ」


 心底安堵したような表情のブロウに小さく頷き、俺達は三つ目のテストを受ける事となった。


「アラ、もう来たのォ~? はっやァ~い!」


 ……見覚えのあるイケメン好きのオネエキャラがそこにはいた。


 まさかブロウ、エメラルヴィが声技テストの担当者なの知ってたのか……?

 いやでもずっと行動を共にしてきた訳だし、俺達に先んじて知るような真似は不可能だ。


 ……野性的勘?


『エルテはブロウの危機管理能力に思わず称賛を記すわ』


「同感です……動物より鋭いですよね」


 他の二人も同意見らしい。

 やっぱりLv.150ともなると一味違うな。


「それじゃ早速だけどテストを始めるわよ。アタシも暇じゃないんでね」


 ん?

 なんか急に声が低くなった……ような気がする。

 口調も至って真面目だ。


 何これ、今までのってキャラ作ってたの?


「あ、これ仕事用の喋り方だから気にしないで。素はさっきまでのだから」


 それはそれで、なら普段からこっちでお願いと言いたくなるけど……まあいいか、今後そんなに絡まないだろうし。


「声技のテストは、このアイテムを使うの。声を魔法化するのよ」


 違和感ありまくりなエメラルヴィの口調の所為でイマイチ集中出来ないけど、彼の差し出したアイテムは不思議な器具だった。

 形状は以前開発したバズーカに近いけど、それよりは砲身がかなり短く、グリップは片手分しかなくて砲口が外に広がっている。

 そして、その砲口の中央には何かを出力する細い管のような物が見える。


「【メガホルン】って言うの。こっちの広がってる方は前開口部と言って、反対側が後開口部。この後開口部に向かって声を出せば、前開口部から魔法が出力されるの」


「なんかバズーカと似てますね。形だけじゃなくて……」


 リズの言うように、魔法を出力する器具って意味では類似性がある。

 尤も、バズーカの方は魔法を増幅させるアイテムだから、目的はかなり違う。

 ってうか……


『声を魔法にする意義が見えないとエルテはジト目で記すわ』


「そりゃそうよ。これはあくまでテスト用なんだから。イーター対策のアイテムじゃないの」


「成程。でも、これで俺達の何がわかるんですか?」


「声質。声技って言ってもね、声に一定の力がないと役に立たない技術なのよ。向き不向きが一発でわかるから、ある意味素敵な分野よ」


 声質か……自分の声が良いのか悪いのかなんてわかりようがないし、良い機会かもしれない。

 でも、こういうテストで自分の声質が悪いっていうのを客観的事実として突き付けられたら結構凹むな。


「後開口部に向かって、自分が今抱いている不満やどうしても許せない事を思いっきり叫んでね。それに応じた魔法が出てくるから」


「……ん?」


 この野郎、今サラッと不穏な事言いやがった……!

 それって何気に今の自分の悩みを打ち明けるようなものじゃ……


「だ、ダメですよ! そんなの言えません!」


『エルテはこの由々しき事態をハラスメントだと断定して記すわ。断固反対』


 ま、そりゃそうなるよな。

 負の感情なんて露見させるようなものじゃない。


「仕方ないでしょ? 素人のアンタらに『イイ感じの魔法が出てくるような演技をしてね』なんて言ったって無理なんだから。だから己の感情が剥き出しになるような事言うのが一番わかりやすいの。そういうアイテムなのよこれ」

 

「なんかよくわからない仕組みですね……他の方法はないんですか?」


「ない。テストなんだから言う事聞いて」


 強制かよ……なんて理不尽な。

 いやでも、ブロウみたく辞退すればそれで済むのか?


「辞退しても良いけど、辞退者が多いほど責任者の評価が下がって、その責任者の怒りを買う事になるわよ。その後どんな行動に出るか、アタシには想像も出来ないわね」


「いやちょっと待って! 責任者ってどう考えてもアンタですよね!? 自分の行動くらい想像して下さいよ!」


「だって、キレたら自分で何するかわからないじゃない。そういうものでしょ?」


 何『それが人間だもの』みたいな言い方してんだこいつ……!

 くそっ、下手に知り合いだったのが良くなかった。

 あのブロウへの執着……っていうか粘着具合を目撃してる以上、希望的観測は無理がある。


「……わかりました。それじゃ、俺から行きます」 


「この部屋は魔法を無力化する壁で作られてるから、気にせずぶっ放しても大丈夫よ。最初はアンタでイイ?」


「……はあ」


 女性陣がさっきから一言も発していないのは気になるけど……ブロウのいない今、特攻隊長を務めるのは俺だろう。

 流石にその役割をリズやエルテに任せるのはなんか違う気がするし。


 にしても……不満だって?

 正直そんなのないんだけどな。

 割と楽しく生きてるし。


 10年前の世界と比べて、ここは余りにも廃れている。

 だけど、嫌かっていうとそうでもない。


 10年前は、俺は雑魚の部類に入る実証実験士だった。

 経験も実績も不足していたし、単純に弱かった。

 派手に活躍する周りの高レベルな連中を傍目で眺めながら、自分なんていてもいなくても世界は何一つ変わらないと半ば腐っていた……気がする。


 でも今は違う。

 敵の戦力が圧倒的すぎて、Lv.150でも俺達と大して変わらないような戦況。

 それは俺にとって、劣等感を帳消しにしてくれる環境だ。


 だから不満はない。

 でも、どうしても許せない事ならある。

 

 それは――――


「なんか思ってたのと違ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーう!」


 ……ふぅ。

 スッキリした。


「な、なんか魂の叫びでしたね……何が違ったんでしょうか?」


『エルテは余り掘り下げない方が賢明だと恐る恐る記すわ』


 なんか後ろの方でコソコソうるさいけど、気にしない。

 だって本当に違うんだから。


 もっとこう……緊迫感のある展開を予想してたんだよ!

 でも、この職能適性テストにしてもそうだけど、なんか空気がピシッとしない。

 いいのか、こんなんで。


「あ、そういえば魔法、出た?」


「へ? 気付いてなかったんですか?」


 リズの言葉から察するに、一応出てはいたらしい。

 でも俺の視界だとメガホルンの死角になって魔法は見えなかった。

 一体どんな……


「残念だけど、アンタには声技の才能はないようね。あんな美しくない魔法ではね」


「美しくないというか……」


『まさか魔法に汚いって概念があるとは思わなかったとエルテはげんなり記すわ』


 汚い魔法!?

 そんなの出たの!?

 っていうか、そんなの出した俺の声って一体……?


「あの、申し訳ないですけどわたし辞退します。今のを見ると、とても自分もやろうって気にはなれません」


『同右と記すわ』


「仕方ないわね。アンタら襲っても仕方ないし……それじゃァこれでテストは終了よォ~! あァ堅苦しかったァ!」


「いやいやいやいやちょっと待って! 全員のやる気削ぐ魔法ってどんなのだったんだよ! 汚いって何!? ヘドロとかそんなん!?」


『ヘドロなんてアレみた後だと普通の自然物だとエルテは物憂げに記すわ』


 だからどんなんだよ!

 あーもう、本当に緊張感ないな……なんか嫌になってきた。


「アッ、そう言えばフィーナもテストの教官やってるけど、もう行ったかしらァ?」


「いえ。最初に案内されたのは武具や魔法以外の三つだけで」


「アラ、忙しいのかしら。あの子のテストは激ムズだから頑張ってねェ」


 難しい……?

 今までの感じだと、緊張感はないけど難しいって感じもなかったぞ。

 

「ちなみに、何の実証実験なんですか? フィーナさんの担当は」


「双剣よン」


 それは――――緩んでいた空気を引き締めるには十分な、この世界で最も扱いが難しいとされる武器の一つだった。


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