5-26

 職能適性テストは、オルトロスという組織で実証実験士としてやっていく為には必須の試験らしい。

 このテストによって適性を突き詰めることで、ただ漠然と実験を行うだけでなく、その実験対象のポテンシャルをより発揮させる事にも繋がる。

 場合によっては研究者さえも想像しなかった使い方や力の解放を実践することもあり、新たな研究の萌芽となるケースもあるらしい。


 けれど、真の狙いは別のところにあるという。

 それは――――


「イーター相手に一切尻込みせずに戦える、イーター特化型の戦士を見つけ出す為なのさ♪」


 最初に訪れたのは、王城の四階。

 ソル・イドゥリマでいうところの文化研究棟に該当するエリアの一室――――『ヴィルテュ・ゼミ』と記した札が扉に掛けられている部屋で待っていた長髪の吟遊詩人みたいな実証実験士ヴィルテュが言うには、どうやらそういう事らしい。


 この王城は勿論、元々は研究施設でも実験場でもなく普通にお城だった訳だけど、現在はオルトロスの拠点ということもあって、研究者と実証実験士が連動して働く職場になっている。

 その為、同じ役目のソル・イドゥリマを意識しているみたいで、二階が戦闘研究棟と同じく武器・防具などの研究および実験を専門としたエリアに、三階が魔法研究棟と同質のエリアにそれぞれ割り当てられているみたいだ。

 ソル・イドゥリマはこの国の中核を担う施設だったし、殆どの実証実験士があそこで働いていたから、妥当なカスタマイズと言えるだろう。


 でも、解せない事もある。

 さっきの一言もそうだけど……


「イーター特化型の戦士だったら、実証実験士じゃなく戦闘の専門家の中から見繕えばいいのでは?」


 ブロウの言うように、戦うだけなら実証実験士である必要はない。

 実際、10年前の俺達はあくまでも実験を行う為の人材であって、十分なデータを得た武具や魔法はまず軍人に提供され、その後に量産が可能となったら一般流通を行う――――という流れだった筈。


 まさか……国防軍が壊滅したとか?


「ああ♪ そうだね、君達は10年前から来たばかりなのだから知らなくて当然なんだ♪」


 ……いちいちメロディに乗せて話すの止めて欲しいんだけど。

 作曲家ってみんなこんな感じなのか?


「この世界の、君達の視点で言えば"10年後の"イーターを倒すには、単に武器や魔法で戦うのでは無理だと結論付けられたのさ♪」


『それはつまり、正攻法では不可能という判断なのねとエルテは確信を越えた何かを敢えて記すわ』


「その通りさルララ♪」


 ルララの意味も確信を越えた何かもわからないけど、要するに火力のゴリ押しじゃ倒せないって訳か。

 そりゃそうだ。

 それが出来るのならこんなに苦労はしてないし。


「イーターには人間同様に五感がある事が判明したんだ♪ だから今はそれを効果的に刺激する方法も模索されているのさ♪」


「なら、ここでは聴覚を刺激するために音楽を研究してるんですね」


「その通りさルララ♪」 


 だからソル・イドゥリマにはなかった学科みたいな研究室もあるのか。

 ようやく理解が行き届いた。


 ……それでも描画の実証実験ってのは謎だけど。


「では君達にはまず作曲をして貰おうと思うんだ♪」


『そんなのいきなり言われてもエルテは楽器を演奏できないし鼻唄も歌えないから作曲なんて無理だと正論を記すわ』


「心配ない問題ない♪ 既に専用の音楽魔法が開発されているから、それを使って簡単に作れるようになっているんだ♪」


 音楽魔法……?

 そんなものまで発明されているのか。

 この10年間の研究者達の苦労が忍ばれる。


「それでは早速レジンを配るよォォォ♪」 


 何故かビブラートを利かせて渡された樹脂〈レジン〉の容器には、『世界樹魔法〈シンクル〉』と記されていた。

 これを摂取して、手に刺激を与えれば発動だ。


「そんなに怖がらなくても大丈夫さァァァ♪」


「――――」


 例によってリズはずっと固まってるけど、その内慣れるだろう。

 さて、シンクルってのは一体どんな魔法なのか……

 

「うわっ!?」


 今のはブロウの悲鳴か? 

 仮にもLv.150の猛者がここまで驚愕する魔法とは――――


『はじめまして☆ 歌の妖精シンクルだよ☆ みんなのお願いを歌にするよ☆』


 ……なんかいきなり妖精が現れた。

 見た目はマスコットキャラって感じの小さな女の子で、ポニーテールの毛先が翼になっている。


 これ、噂で聞いたことある召喚系か?


「この魔法は君達のサポートをしてくれるシンクルという妖精を喚び出す音楽魔法さ♪ 詳しい事は彼女が教えてくれるよ♪」


「成程。支援系の召喚魔法か」 


『高レベル帯の魔法だとエルテは率直に疑念を示すわ』


 実証実験士としてのキャリアが長い二人にとっては召喚魔法も驚くほどのものじゃないらしい。

 エルテに至っては『そんなハイレベルな魔法を俺やリズに使えるのか?』って暗に示してるし……流石魔法の専門家、視点が一つ先の未来にある。


「心配ないから♪ 心配ないから♪ 誰でも使える魔法じゃないと意味ないから♪」


『ないからないから☆』

 

 三人の妖精は何がそんなに楽しいのか、クルクル宙を舞いながらつられるように歌っている。

 そしてリズはまだフリーズが解けていないらしい。


『それじゃ早速はじめるよ☆ まずこれを見て☆』


『見てー☆』『見て見てー☆』


 これは……さっき受付嬢が使っていた〈タブレア〉?

 でも少し違うな。

 白い四角が宙に現れたところまでは一緒だけど、妖精が出したこれは……鍵盤っぽい。


 楽器には明るくないけど、鍵盤楽器くらいは見たことがある。

 実家の近くにあった教会に置いていたオルガンという楽器だったと記憶している。

 あの鍵盤がそのまま白い四角の上半分を占拠しているみたいだ。


 下半分の方は……大きな輪っかが中央にあるのみ。

 これは一体なんなんだ?


『えっとねー☆ 上のは鍵盤っていうの☆ 知ってる?』


「え? 会話出来るの?」


「無論であ~る♪ 妖精達はちゃんと自我を持って話してるのさ♪」


 魔法で生み出した擬似的な妖精……だよな?

 それなのに自我まであるのか。


『ねー☆ 知ってる?』


「あ、うん。見た事あるよ。押したら色んな音が鳴るんだよね」


『そうだよ☆ お兄ちゃんがさわったら私達がそれに合わせて歌うんだ☆ いっぱいさわってー』


 ……な、なんか変な気分になってきたけど、とにかくそういう事か。

 音が鳴る代わりに妖精が歌うんだな。


「ではやってみてくれたまえェェェ♪」


 ヴィルテュの口調がいちいちブレてるのが気になるけど、それよりまずはこの宙に浮いた鍵盤を触ってみよう。

 多分、これを使いこなせるかどうかがテストの筈だし。


「あ! わっ! 妖精さんがいっぱい!?」


 リズもようやく再起動したみたいだし、足並みを揃えてやってみるか。

 まずは一番左を押して……


『オォウ』


 ……妖精さん?


「なんでそんな低い声を……」


『こういうものだからでーす☆』


 何? 悪ふざけで作ったの?


「イーターの聴覚を刺激する音を探す為にトーン調整機能を付けているのさ♪ 下のリングを右回りにクルンと回すと音が一段階高くなるから♪」


「本当だ。いろんな声が出るようになってるんだね」 オォウ> ドゥワ> ヘァア> ンマァ>


 ブロウは順調に使いこなせているみたいだ。

 女性陣は……


「……」


「あ、あれ? リングが上手く回りません~」


 ……なんかダメっぽいぞ。

 リズはまあいつもの調子だけど……エルテが特にヤバそうだ。

 妖精さんは字が読めないっぽいし、声で会話出来ないから見つめ合って目で意思疎通しようとしているみたいだけど……そんなの無理に決まってる。


「鍵盤を長押しすれば妖精の声も伸びるようになっているよ♪ 一通り練習したら音を組み合わせて曲を作ってみてくれィェェェ♪」


 っと、他人の事気にしてる場合じゃないな。

 テストなんだし、ちゃんとしないと。

 

『ンマァ――――パオオジュワ――ジュワ――ンマァドゥワ――――――――オオゥ』


 よし、結構良い感じだ。

 鼻歌と同じ要領でやれば、取り敢えず曲っぽくはなるな。 


 にしても声のチョイスが酷すぎる!

 アーとかラララでいいだろこういうのは……


「あの、受け師の先生。見本をお願い出来ないでしょうか……」


 上手くいっていないのか、リズは神設定を忘れ下からお願いしていた。


「構わないよ♪ では早速シンクル起動!」


『はーい☆』


「行くぜオマエら! 俺の激しさと情熱と熱い魂をオマエらに届けてやる!」


 豹変!?

 さっきまでの吟遊詩人感が一気に消え失せて呪術師のように髪を振り乱し始めた!


『イャオ! イャオ! イャオ! イヤァオォォォォォォォォ! ペロンパオオバハンペロンペロンパオオバハンペロンペロンパオオバハンペロンペロンパオオバハンペロン! オオゥドゥワ――――――――ジュワバハンベロンペロン――――――――ンマァンマァンマァァァァ!』


 ……凄い。

 魔法の仕様で歌詞はムチャクチャだけど、メロディは激しさの中に切なさが入り乱れてて、壮大な曲に仕上がっている。

 これは……名曲だ!


「……どう♪ 今の曲はイーターを一瞬怯ませた実績のある数少ない曲の一つ♪ 突き詰めれば眠らせる曲とか痺れさせる曲も作れるかもしれないよ♪」


「そ、そうなんですか?」


「ただし音量は今の一〇〇倍は必要♪ 音量調整はリングの上の方をググッと前に押すと上がって下を押すと下がるんだ♪」


 音量まで調整出来るのか。

 まあ、それが出来ないなら実物の楽器でいいじゃんってなるしな。

 あんなデカいイーターの聴覚を刺激するには、相応の音量が必要なのは明らかだし。


「それじゃ各自どんな曲でもいいから作ってみて♪ 適当で構わないから♪」


『ないからないから☆』


 歌い終えた妖精さんも心なしか満足げに見える。


 なんかこう、あらためて実証実験士という職業の難しさと奥深さを思い知らされて、初心に返った気分だ。

 最初は『音楽の実証実験なんて……』と思ったけど、これはちょっと突き詰めてみたい。

 できればラボの全員で……


『エルテは意思疎通の限界を感じたので諦めたとここに記すわ』


 ……は無理みたいだから、三人で頑張ろう。


 俺達の、俺達だけのアンサンブルをイーター共に聞かせてやるんだ――――


 



「ペロンペロンオオゥジュワ――――ペロンペロンオオゥジュワ――――」





「……やっぱこの歌詞じゃ無理。集中出来ない」


「シーラくん!?」


 結局、音楽を武器にするのは断念し、次の実証実験を行う事にした。


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