5-25

 10年前――――ヒストピアという国には一人の王子と二人の王女がいた。

 その王子の名前が確かエルオーレットだったと記憶している。

 王子といってもまだ12歳くらいで、表に出て来る事は全くなかったから、漠然と名前を知ってるって程度だったけど――――


「君達は何も心配しなくて良い! 全てこのエルオーレットに委ねてくれればそれで良いんだ!」


 ……まあ、あの国王の息子だったら10年後はこんな仕上がりになるよなあ、って感じに育っていた。

 身体付きこそ標準的だけど、濃い顔と赤毛は父親譲り。

 何より、全身から沸き立つポジティブオーラはビルドレット様と瓜二つだ。


 国政にはとんと興味がなかったけど、ビルドレット様は国民から絶大な人気を誇る国王だった。

 だから王都封鎖のような思い切った決断も受け入れられたんだろう。

 その判断が正しかったかどうかは兎も角、少なくとも王都が死んだ都市にならずに済んでいるのは、ビルドレット様の求心力によるところが大きい。


 その背中を見て育ったエルオーレット様だ。

 信じて付いていくべきなんだろう。


「御意にござります」


「いや堅いな! もっと自分を出して行こう! さあ!」


 ……本当に大丈夫か?


 ハイテンションの王子を前に、リズもエルテもブロウも半眼になって言葉一つ発しない。

 明らかに困惑気味だ。


「しかし殿下に対して不躾な言葉を使う訳には……」


「気にするな! 我は確かに次期国王かもしれないけれど、今はそれどころじゃない世の中だろう? 一国民として接してくれて構わない!」


 どうしよう、一番対応に困るタイプのお人だ。

 幾らなんでも王子相手にフランクな話し方は出来ないし、かといって頑なに否定すれば機嫌を損ねるかもしれない。

 どうすれば……


「我も最初からこうだった訳じゃあないんだ」


「え?」


「次期国王としての矜恃を忘れず、立場に相応しい威容を身に付ける為に、周囲からの恭しい態度を苦々しくも受け入れていた。けれどな……皆、我と接していく内に『こんな暑苦しい奴に敬語なんて使ってられるか』オーラをビシビシ出すんだよ! だったら最初からそういう扱いの方がマシだろう!?」


 ……なんか俺の中の王子像とはちょーっと違うな。

 もっとこう、物凄くまともな人か、物凄くイヤな性格のどっちかだと思うんだよ、王子様って。

 この人は自分でも言っている通り言動が暑苦しくて全体的に鬱陶しいけど、自分を客観視できるまともさも持ち合わせてる。


「だから遠慮しなくて良いんだ。我の事は先輩くらいに思って欲しい。今更この性格を変えるのも無理なんでな」


『ではお言葉に甘えて、早く話を進めて欲しいとエルテは率直に記しますわ』


 エルテさん!?

 丁寧語使えば良いって問題じゃないですよ!?


「うむ! 君は筆談でしか会話が出来ない類の人間なんだね! 全て受け入れよう! その個性も発言内容もな!」


 おお……お咎めなしか。

 助かったけど、今後の国政には不安を感じざるを得ない。

 この人、他の国の主賓相手にもこんな接し方なんだろうか……


 とはいえ全然悪い人ではないし、暑苦しさを我慢すれば寧ろ器の大きささえ感じる……ような気もする。

 先輩としてなら意外と付き合い易いかもしれない。


「殿下、それではテストに関しては全てお任せしてもよろしいでしょうか」


「うむ。フィーナは自分の仕事に戻ってくれたまえ」


「ありがとうございます。それじゃ、夕方にでも合流しましょう。そこで今後についてお話します。それで良いですか?」 


「えっと、了解」


 俺の返事にニッコリ微笑み、フィーナは謁見の間から立ち去った。


 困惑していなかったところを見ると、フィーナにとってこの流れは想定通りだったんだろう。

 だとしたら、今日の服は冒険用じゃなく仕事用なのかもしれない。


「では新入りの諸君、自己紹介をお願いしたい。いつ、どの時代から来たのかも含めてな」


 そう言えば、王族相手に名乗ってすらいなかった。

 いやでも、聞かれる前に名乗るのもそれはそれで礼儀知らずなのか?

 王族と接した経験ないから礼儀作法とか全然わからないな……


「では僭越ながら、僕から。ブロウと申します。10年前のヒストピアから来た実証実験士です」


 こういう時はブロウが率先して先陣を切ってくれる。

 何気に彼みたいなタイプがパーティにいてくれると助かるんだよな。

 

『エルテプリムと言います。ブロウと同じで10年前から来た実証実験士で、魔法が得意です。訳あって話せないので、筆談で失礼します』


「気にするな!」


 何でも受け入れてくれるなあ……暑苦しいけど。

 ただ、リズはこういう人が明らかに苦手っぽいんだよな。

 小動物系というか、大声出されると途端に怯んでしまうタイプだし。


「――――」


 ……案の定固まってる。

 最早いつフリーズしたかもわからない。


 仕方ない、俺がフォローするしかないか。


「お……自分はシーラと言います」


「いつも通りで構わないって言ってるだろう!? 己を偽るなよ! もっと曝け出していこうよ! 自分を出していこうよ!」


「そ、それじゃ遠慮なく。俺の名はシーラです。そしてこっちにいるのはリズ。今は人見知りで固まってますけど、ちゃんと動きます。どっちも10年前から来た実証実験士です」


「なるほど! だとしたらリズ君には僕のテンションが合わないのかもしれないな!」


 暑苦しい割に理解力高そうだ。

 もしかしてこの方、実は凄く優秀なんじゃ……


「だが今更この話し方を変える度量も器用さも我にはない! すまん!」


「――――」


 固まったまま銅像のように動かない庶民に全力で謝罪する王子様……

 どういう世界観?


「では我も自己紹介しておこう。知っての通り、ヒストピア王国の次期国王にして現王子、エルオーレットだ! 趣味は音楽と演劇観賞、特技は外交! こう見えて四ヶ国語を操る! だが今は他国と交渉する機会がないから外交面での実績はない! はァーッはッは!」


 あ、暑苦しい……自己紹介で高笑いする人初めて見た……

 にしても、話し方と趣味特技のギャップが凄いな。

 実はこう見えてインテリなのか。


「では早速だがテストの内容を説明しよう! 君達にはこれから職能適性テストを行って貰う! 実証実験士としてどのようなジャンルの実証実験に適しているのかを見定めるテストだ!」


 切り替え早いな!

 でもその方が話が進むし良いか。


 職能適性テスト……10年前には聞いた事もないテストだ。

 実証実験士になる為のライセンス取得の試験はあったけど、それ以降は自分が受けたいオーダーを選んでいただけだからな。

 自分の適性なんて考えた事もなかった。


 でも、よく考えたら今のこの世界ではイーター相手に実証実験を行うのは余りにリスクが大き過ぎる。

 自分に何が出来るのかをオーダーを通して経験出来た10年前のようにはいかないよな。

 だからこんなテストが生まれたんだろう。


「テスト自体は簡単だ。これから武器12種、魔法6種、その他10種の実証実験を、各実験室で行って貰う。そこで適性を見極め、専門登録して貰う。それだけだ」


「専門登録とは、各自の専門分野をオルトロス内で共有するという認識で良いですか?」


 ブロウの質問……というより確認に対し、王子は力強く頷く。

 首の筋肉か骨がどうにかなりかねない勢いだ。


「他に何か質問はあるか!」


『実証実験はどんな形で行うのかとエルテは疑問を記しますわ』


「いわゆる『受け師』という仕事をしている人間相手にやって貰う。イーターを相手にする訳にはいかないからな」


 受け師……名前から察するに、攻撃を受ける専門の職業か。

 新しい武器や魔法に対し、何らかの防御手段を用いて受けに徹する。

 これも10年前には存在しなかった職種だ。


「実験はここにいる全員で行うのですか?」


「そうなるな。ただしどの部門も自由に、という訳にはいかない。何故なら受け師は実証実験士が兼任で行う副職のようなものだからだ。よって、本職の手が空いている時を狙ってテストを受けて貰う事になる。空いているかどうかはエントランスに構えている総合案内所で一括して確認可能だ」


 一括か……掛札か何で『受け入れ可』『受け入れ不可』を示しているんだろうか。

 でも、暇になったらその都度案内所に赴いて札を裏返すってのも面倒そうだな。


「他に質問はないな? では早速、案内所に行って来るが良い。本来なら我が案内役を買って出ても良いのだが、そこまですると王子としての権威が失墜すると周りが煩くてな」


 いや、ここでこんな説明してる時点で権威は……こっちとしては至れり尽くせりだけどさ。

 さっきのブロウへの回答も懇切丁寧だったし、なんかもう先輩っていうより学校の先生みたいだな。

 王族への先入観……どころか、暑苦しい人間全般への先入観を一気にひっくり返された気分だ。


「では征け新入り共よ! 己を見極めて来るが良い!」


 それでも、最終的に王族っぽい口調で声を張っただけで、一応それっぽい感じに纏まった。


 さて……行くか。


「緊張しました~~~……」


 謁見の間を出た途端、リズが口からプシュ~と息を漏らした。

 っていうか、フリーズしながら歩けたのかこいつ。

 それとも王子様の話が終わった瞬間に解けたのか?


『エルテはあの王子様嫌いじゃないと大胆にもここに記すわ』


「別に大胆じゃないと思うけど……それにしても、ようやく落ち着いてきたね。あの王都の光景を見た時にはどうなるかと思ったけど」


 ブロウも俺と同じ事を感じてたらしい。

 確かに、この王都へ来た直後はこれからどうなるのか想像も付かなかったけど、やっと腰を据えて現実と向き合えそうだ。


 まだこの王都やオルトロスがどの程度の戦力で、イーター達とどの程度渡り合えるのかは不明瞭。

 少なくとも、これから直ぐにバッタバッタとなぎ倒せるようになるとは思えない。

 でも、俺達だけで先の見えない旅を続けるよりはずっと良い。


 キリウスやあの妙な白い建物を各所に建設している連中の事は気になるけど、今はイーター達に対抗出来る戦力を確保するのが最優先だ。

 ここにいる実証実験士達と協力体制を築ければ、テイルが開発している俺考案の武器――――使用者が多ければ多いほど威力が増すオーケストラ・ザ・ワールドも使い物になる筈。

 ようやく光が見えてきた。


「それにしても、王城だけあって広いですね……」


『この無駄に長い廊下は嫌がらせだとエルテは舌鋒鋭く記すわ』


 数分ほど歩いたところで、女性陣がウンザリした様子で愚痴り始めた。

 っていうか、別に鋭くはない。


 とはいえ、実際アホみたいに広いのは事実。

 廊下は人が20人並んでも余裕あるくらいの幅だし、見上げると不安になるくらい天井が高い。

 幾ら城とは言っても、ここまで広いとエルテの言うように嫌がらせかと思うくらいだ。


 まあ、王城の場合大きさがそのまま権威の象徴みたいなところもあるし、この巨大さにもそれなりに意味はあるんだろう。 

 それは仕方ない……けど、エントランスは遠い。


 今のこの王城は、普通の王城とは全く違う用途になっている。

 城の形をした研究所だ。

 だとしたら、一見ただの城でも実際には研究所らしく何かしら改造しているのかもしれない。


「ブロウとエルテは高レベルだし、10年前の王城に入った事はあるよな? その頃と変わってたりする?」


「確かに招待を受けた事はあったが……少なくとも特別何かが変わっているような感じはしないな」


『多分10年前と変わってないとエルテは確証なく記すわ』


 まあ、封鎖の為に外壁を作るだけでいっぱいいっぱいだっただろうしな。

 城の改築なんてやる余裕はないか。


「ようやく階段に到着ですね……」


 すっかりヘロヘロになったリズをしんがりにエントランスへと続く中央階段を降りると、ようやく総合案内所のカウンターが見えた。

 入る時にも視界に収めていたから、場所の特定は簡単だった。


「この案内所は……」


「流石に10年前にはなかったよ」


 ブロウの回答に若干の安堵を覚えつつ、あらためて案内所を眺めてみる。

 基本的には、ソル・イドゥリマの受付と余り代り映えがしない。

 まあ、こういうのはお城だからどうこうってのはないか。


「こんにちは。新人の方々でしょうか?」


 おっと、向こうから話しかけてきた。

 施設は代り映えしないけど、受付嬢の容姿はなんとなく気品に溢れてる気がする。

 身に付けている貴金属も多いような……


「はい。職能適性テストを受けるよう言われていて……」


「承っております。少々お待ち下さい」


 そう俺達に告げた刹那、受付嬢は目の前でユグドマを使った。

 というか、それがユグドマ――――世界樹魔法だと気が付くのに、暫く時間が掛かった。


 受付嬢と俺達の間に、半透明な長方形が浮かび上がった。

 巨大な黒い四角の中に、白い四角がズラッと並んでいる。


 いや……白い四角だけじゃない。

 灰色の物もあるな。


「あの、これって……」


「タブレアという魔法です。簡易な情報をこのように空中に投影し可視化できる魔法です」


 魔法が得意分野のエルテと目を合わせてみたが、エルテは静かに首を横に振るのみ。

 彼女が知らないのなら、10年前にはなかった魔法だろう。


「ここで、現在お手すきの受け師の方が確認出来ます。といっても、武器や魔法の受け師は午前中急がしい方ばかりなので、それ以外の分野が多いですね」


「どんな分野が空いてますか?」


「今ですと作曲、描画、あと声技の実証実験が可能です」


 ……ん?


「えっと、もう一回お願い出来ますか?」


「現在は作曲、描画、声技の実証実験が可能です」


 それは――――俺達の知っている実証実験とは少しばかり違っていた。



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