5-24

 6月11日(火)。


 高校生の身分で平日にオフ会を開くという、我ながら常識外れな凶行が果たして正しかったのかどうか――――それは一日経った今でもわからない。 

 取り敢えず、水流と終夜が無事に家まで着いたとSIGNで報せてくれた事で、幹事としての最低限の責務は果たせた気がした。


 尤も、オフ会らしい楽しさは殆どなかったけど。

 ゲーセンでのプラカーも殺伐としてたし。


 女2男1のオフ会なんて、現実にはこんなもんか。

 いや、期待はしてなかったけどさ、全然。


 でも、続けるって方向で意思統一出来たのは良かった。

 こればっかりは、SIGNでグループトークすればそれで済むって話じゃないからな。


 お互い顔を見て話して、やっと得られる団結力ってのはやっぱりある。

 だから両親が若い頃から存在していたオフ会が今も廃れずに残ってるんだろう。


 まあ、二人の学生時代にはスマホどころかケータイもパソコンも普及してなかったらしいから、一体どんな段取りでオフ会なんて開いてたのか謎なんだけど……


「兄ーに、入るよー」


 来未のその声は、予定通り20時ピッタリに聞こえて来た。

 

「星野尾ちゃん、もうログインしてるって。夜ご飯はスーパーで買った半額の天丼らしいよ」


「今からファンタジー世界に浸ろうって時にそんな生活感ビンビンの情報要らないんだけど」


 余計な一言が多いのは来未の個性。

 今更直せと言っても無駄だろうし、接客業ではボロを出してないから別に良いんだけど……兄としては将来が若干心配だ。


 ……と、来未の事よりも今はゲームだ。


 最近、体調不良や疲労もあって客観性強めのモードだったけど、今日は何処も痛い所はないし倦怠感もない。

 集中力を切らすような展開もさすがにないだろうし、久々にゲーム世界にドップリと浸ろう。


「あ、兄ーにもしかして没入時間〈イマーシブモード〉入るの? あの時の兄ーにって目がイッちゃってるから見てて楽しいんだよね。小型犬が眠過ぎて白目剥いてる時みたいな」


「……嘘だろ? 俺そんななの?」


「冗談冗談。いつもより二割増しでカッコ良いよ。イケメンには届いてないけど」


 二割増しでも届かないのか……イケメンって遠いな。

 まあ、あの親父の息子にしては上出来だと自分で思ってるから別に良いんだ、普通で。


「出来れば中の上くらいって俺の顔を評価してくれる運命の人と出会いたい」


「運命の人のハードルちっちゃ! 低いっていうか踏み潰せそう!」


「煩いな……伝達係の仕事はもう終わっただろ、帰れよ部屋に。そろそろ深夜アニメの再放送始まる時間だろ」


「あ、そうだった!それじゃ兄ーに、くれぐれも星野尾ちゃんをイジメないように! 来未の大事なお友達なんだからね!」


「それは向こうの出方次第ですよ」


「兄ーにの敬語恐っわ! 兄ーにって無駄なトコでサディスティックオーケストラだよね」


 ……最後の意味不明な発言、なんか微妙に引っかかるけど――――ま、気の所為だろう。

 それより今は〈裏アカデミ〉だ。

 前回プレイした時の事を思い出して、集中しよう。


 



 俺の名はシーラ。

 つい先日王都エンペルドに着いたばかりの実証実験士。

 その王都が余りにも不可解な変貌振りを見せていた事に、他の【モラトリアム】の仲間と共に驚いたんだったな。


 イーターの脅威から国民を守る為、王都を封鎖した……はいいものの、外に出られない上に巨大な壁に囲まれた生活によって王都内の国民が滅入ってしまい、見かねた国王が娯楽の研究に注力するよう命令を下したんだ。


 あの娯楽施設に満ち溢れた光景は、今も目に焼き付いている。

 そう、確かにこんな――――





 ――――――――――――――――――――――――


 ――――――――――――――――


 ――――――――


 ――――


 ……





「――――こんな光景だったな」


 一夜明け、中央広場であらためて異世界のような王都の様子を眺めても、やはり慣れない。

 恐らく一生馴染む事はないだろう。

 そこはもう諦めるしかない。


「わたしは一晩で慣れました。今はもうここが安住の地と言っても過言じゃないです」


 さすが自称女神、このイロモノな景色をもう自分のものにしたか。

 まあ、創造神を謳う以上はいつまでも驚いてる訳にはいかないんだろう。


『エルテは早速幾つかの施設で遊んでみたけど、最高峰の楽しさだったと興奮気味に記すわ』


 前言撤回。

 女性陣の順応性の高さって異常だ。

 心強いと言えば心強いけど、正直それよりパーティ内のパワーバランスが心配だ。


「俺は正直どう頑張ってもこの情景に適応できる未来が見えないから、ここを王都とは思わない事にした」


「それはどうかと思いますけど……」


『現実逃避だとエルテは冷徹に記すわ』


 苦肉の策とは自覚していたけど、俺の対応法はやたら評判悪かった。


 いやでも王都って事忘れないと違和感に殺されるよ、これ。

 なんなんだよ、あの軽薄なデザインのスカスカな歯車みたいなでっかい奴。

 他国ではこんなのが流行ってるのか?


「あの、ちょっといいかな?」


 暫く雑談していたところに、ブロウが合流してきた。


「いやずっといたんだけどね。疎外感が尋常じゃないっていうか……」


「昨日の夜に催した食事会に参加しなかったからだろ。決起集会も兼ねてたから、こっちは結束固まったぞ」


「ですね。特にわたしとエルテはここに来て急接近です。やっぱり女の子同士は仲良くないと」


『エルテにはそんな実感はないと記すわ』


「そんな!? しかも本当に表記が素っ気ないです!」


 ……まあ、一日の食事会でそこまでの友情は深まらないよな。


「それより、フィーナとエメラルビィはまだかな。あ、エメラルビィってあの中身が中性的な人ね」


「説明されなくてもわかるけど……」


 そりゃブロウはここに来る道中で散々イジられてたからそうだろうけど、あんまり関わってない女性陣は名前忘れてそうだし。

 とにかく、あの連中が来ないと話にならない。


 うっかり忘れそうになるけど、俺達がここへ来た目的は、キリウス、研究者、他の実証実験士を探し出す事だ。

 そしてその中の一つ『他の実証実験士』については、早速達成しつつある。

 フィーナ達が所属する、世界樹の研究を行っている実証実験士達による機関『オルトロス』がそれだ。


 今日はその機関を紹介して貰える手筈になっている。

 その上で、今この世界で何が起こってるのか、どうすれば平和に近付けるのか、自分達が何をすべきなのかを見出す―――ってのが理想的な展開だ。


「お待たせ致しました。エメラルビィは先に王城へ向かっています。私達も向かいましょう」


 ようやくフィーナが来たか。

 ん、服装が変わってるな。

 これまでは布製のフード付きローブだったのに、今日は彩り豊かな革製の防具を着用している。

 

 っていうか……


「城に行くんですか? オルトロスっていうところの拠点に向かうとばかり思っていました」


「はい、その認識で間違いありません。オルトロスの拠点は王城です」


 ……なんだって?


「オルトロスはこの国の現状を打破出来る可能性を持った唯一の組織です。国王が指揮をとるのは自然の流れなのです」


 いきなりスケールの大きな話に飛躍したな……いや、理屈はわかるけど。

 実際、王都をこんなふうにしてしまう国王だ。

 それくらいの柔軟性は持ち合わせていても不思議じゃない。


「あの、それだと実証実験士の地位が高くなってるんですか?」


 リズの問い掛けは、今後俺達がどういう振る舞いをすべきかって意味でも結構重要だ。

 この10年で実証実験士の地位が向上していたとしたら、それなりに歓迎されるだろうし、協力体制も築きやすい。


「そうですね。二年前に国王自ら実証実験士になられたことで『国職』と呼ばれるくらいにはなっています」


 ……へ?


「冗談です。国職なんて言葉はありませんから鵜呑みにしないで下さいね」


「いやいやいやいやいや。そっちはどうでもいいよ! それよりその前の……」


「国王が実証実験士になられたのは本当です。お后様は研究者として働いておられます。ご子息であられる第一王子と第一王女が実証実験士、第二王女が研究畑を志望して現在猛勉強中です」


 な……何それ。

 国で一番偉い人……っていうか、一番大事な仕事に就いている方がなんでもう一つ仕事を持つ?

 まさかこの王都の光景を上回る意味不明な事実がこうもあっさりと出てくるなんて……


『この国は大丈夫なのかとエルテは本気で未来を憂いながら説明を求めるとここに記すわ』


 エルテの文章が回りくどいのは、彼女自身が強い関心を抱いている証。

 当然だ。

 俺だって一刻も早くこの訳のわからない状況について克明な解説を希望する。


「察するに、王族の方々はすべき仕事がなく時間を持て余しているのでは?」


 俺もリズもエルテも混乱でフリーズしかけていた中、ブロウだけは冷静に頭を動かしていたらしい。

 言われてみれば、外交が完全に断裂され、そればかりか外に出ることさえ出来ないのなら、国王の仕事は相当限られてくる。

 内政は大臣が中心となっているだろうし……


「正確には『少ない』ですね。この閉鎖された王都の国民を勇気付けるのも、国王様のお務めなのですから」


「その勇気付けも兼ねて、庶民の職種に就いたと?」


「はい。国王様はとても活動的で、常識に囚われない方なので」


 もう少し囚われていた方が良いんじゃないか……?


「なら、国王様がオルトロスの代表なんですか?」


 そのブロウの質問は、聞き流しても良いくらい当然――――そう思っていた。


「いえ。国王様たってのご希望で、特別な役職ではなく一兵卒として貢献したいと仰って頂いたので」


 ……国王がヒラ?

 ってことは、オルトロスの代表は勿論、何らかの役職に就いている奴は国王を部下にしている訳か……死ぬほどやり辛そうだな。


「いやでも、10年前のヒストピア王ってそんなでしたっけ? 普通、っていうのは失礼極まりないですけど、ちゃんとした人だったような」 


「当時の国王様と現在の国王様はもちろん同一人物です。でもこの10年であの方は苦労に苦労を重ね、当時とは別人のように逞しくなられました」



 あ、このパターンは――――



「よう! オレがヒストピア国の国王、ビルドレットだ。よろしくな!」


 ……案の定、本当に別人としか思えないような外見の変化。

 

 国王と名乗ったビルドレット様は、なんというか、その……謁見の間の椅子が小さく見えるほど凄くムキムキな外見をされていた。

 っていうか、筋骨隆々過ぎて軽く引いた。

 身長こそ俺とほぼ同じくらいだけど、面積は倍くらいありそうだ。


「こ、この度はお日柄もよく」


「いーいー、そんな口上。オレはお前等に会えてすげーワクワクしてっからよ、それで十分だろ?」


 何が十分なのか、これっぽっちもわからない。

 ヒストピアの未来はどっちだ。


「国王様、彼等には……」


「あー。早速だけど、オルトロスに入って貰いたいてーんだ。お願い出来っか?」


 こんなナリと口調でも、この方は紛れもなくヒストピアの国王。

 一番お偉い人。

 そんな方にお願いされて断れるほど、俺の人生傍若無人じゃない。


「畏まりました」


「おっしゃ! そんじゃさっそく、適性を見させて貰いてーんだ。悪ぃけどテスト受けてくれるか?」


「テストですか。自分は問題ありません」


 謁見の間に入ってからずっと沈黙を守っていたブロウの言葉に、リズとエルテも小刻みに頷く。

 流石にエルテの筆談は失礼かと思って封印していたけど、この国王なら意にも介しそうにない。

 気さくな王様って普通もっとカッコ良いものなんじゃないのかな……なんでこんな仕上がりになったんだろう。


「それじゃフィーナ、あとはよろしくな! オレはこれから【コンコルダンス】を試してくっからよ。みんな、期待してっからな!」

 

 謎の固有名詞を残し、国王は足早に謁見の間から消えた。

 まるで昼休みを終えた坑夫がツルハシ抱えて意気揚々と職場に向かう姿そのもの。

 なんていうか……見てるだけで不安になる背中だ。


「国王様が仰られたように、申し訳ありませんがテストをさせて頂きます」


『どんなテストなのかを単刀直入にお聞かせ願いたいと、緊張からの緩和で全身倦怠感に苛まれているエルテはここに記すわ』

 

 ずっと遠慮していた反動か、エルテの文章はいつも以上に冗長だった。

 にしても……テストか。

 まさか、ここに来て実証実験士としての素養を試されるなんてな。


 でも、案外良い機会かもしれない。

 自分の適性を知っておけば、実証実験の依頼を受ける際に役立つだろう。

 まあ、今はそんな事考えても仕方ない戦乱の時代なんだけど……

 

「そのテスト、このエルオーレットに預からせて貰おう!」


 国王と似たようなテンションの声が扉の向こうから聞こえて来た瞬間、どうせ王子なんだろうなとミもフタもない思考でゆっくりと振り向いた――――



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