5-23

「星野尾がスタッフな訳ないでしょ? 星野尾は誰にも縛られないから星野尾なの。これ常識だから」


 一切の言い淀みなし。

 勿論、それが本音で真実という根拠にはならないかもしれないけど――――ここで敢えて嘘を吐く理由も思い浮かばない。

 嘘吐くくらいなら、そもそも自分がテイルだと認めなきゃ良いだけの話だ。


「テイルはNPCじゃない……?」


 とはいえ、それを事実と仮定すると結構な衝撃度だ。

 確かに従来のNPCとは全く違う対応だった。

 でも、明らかにテイルはゲームのナビゲート役だったし、スタッフがNPCを演じているというのが一番しっくり来る推論だったんだ。


 それが今、脆くも崩れ去った。


 だとしたら一体、テイルとは何者?

 星野尾さんはどういう理屈で彼女を操作しているんだ……?


「もしかして、私と同じなんじゃないですか?」


 混乱の最中、水流の声が一筋の光を示した。

 つまり……彼女がラスボス候補の一人に指名されたように、星野尾さんもテストプレイヤーながらナビ役に指名されたと?


 でもそれは少し無理がある。


 水流はラスボス候補とはいえ、ラスボスらしい事は何もしていない。

 でも星野尾さんはテイルというキャラで俺達をかなり振り回してきた。

 少なくとも俺達にとっては未知のアイテムを使って、俺をテレポート体質にしたり目的の誘導を行ったりしていた。


 あれを、一介のプレイヤーが出来るか?

 どう考えても無理だ。

 仮にビリビリウギャーネットやテレポート体質にする薬があの世界では開発済だったとしても、それらを的確に用いて俺達をかき回し、本筋のストーリーに絡ませる……なんて器用な真似が出来るとは到底思えない。


 別に星野尾さんを軽んじてる訳じゃない。

 ゲームプレイヤーの数だけそれぞれの個性があり、沸点があり、好みがある。

 他人の行動を完璧に操って思い通りにさせるなんて、誰だって無理だ。


 とはいえ……〈裏アカデミ〉は正式なゲームじゃない。

 まだテスト段階だ。

 仮にテイルがナビ役を果たせなかったとしても、それはテストなんだから問題はない。


 寧ろ、テイルのようなキャラを演じられる人間をテストしている……と考えられなくもない。

 

「星野尾さん。どういう経緯でテイルとして〈裏アカデミ〉をプレイする事になったのか、話せる範囲で良いから教えて欲しい」


 目の前に本人がいるんだ。

 直接聞くのが一番手っ取り早い。

 どこまで話して貰えるのかはわからないけど――――


「構わないけど? 星野尾は隠し事なんてしないから」


「え……? 良いの?」


「逃げも隠れもしない。それが星野尾」


 ……取り敢えず色々な感情は仕舞っておいて、話を聞く事に集中しよう。

 終夜と水流も困惑しているみたいだから、口に指を当てて沈黙を促す。


「星野尾は別に興味本位であのゲームを始めた訳じゃないの。お仕事よ」


「お仕事……? スタッフじゃないってさっき言ったよね?」


「あのゲームのスタッフじゃないから当然でしょ? 星野尾は別の会社から依頼されたの。『こういうキャラを演じて下さい』ってね」


 それは――――思わず口から魂が漏れ出て来そうなくらい驚きの返答だった。

 でも同時に、一定の納得が得られる回答でもあった。


 星野尾さんの説明が真実なら、理屈は兎も角辻褄は合っている。


 終夜父の統率するメーカーじゃない他の会社が、星野尾さんにNPCを演じるよう依頼。

 星野尾さんはその仕事を受け、実際に演じてみたもののしっくり来なかった為、ゲームキャラを演じる参考にすべくウチのミュージアムを訪れた。

 一応、どんな資料館やゲームサイトよりも多くの作品を扱ったコンテンツって自負はあるからな。


 そして、ミュージアムは残念ながら参考にはならなかったみたいだけど、星野尾さんはそのままテイルを演じ続け、〈裏アカデミ〉の世界――――十年後のサ・ベルとヒストピアの現状を俺達に教示した。


 なるほど、不自然な点はない。

 ゲームスタッフ以外に〈裏アカデミ〉に関与する会社が存在する意義を除けば。


「その会社、なんでそんな依頼をしたんですか……? 普通に考えて、ゲームメーカー以外がそんな発注をする理由はないと思うんですが」


 終夜も当然、その疑問に行き着いた。

 水流もリアクションこそないが、同意という目をしている。

 当然、俺もそうだ。


「ところがあるのよ。あのゲームには何十社も関わってるから」


「「……え?」」


 その声は、俺と終夜のミックス。

 同じタイミングで同じ一字を発したのは、決して偶然でもなんでもない。

 誰だってこんなリアクションになるよ。


 一つのゲームに数多くの会社が『協賛』などの形で加わるのは珍しくない。

 要はスポンサー。

 大作RPGのクレジットを見れば、膨大な数の会社が絡んでいるのは一目瞭然だ。


 問題なのは――――まだテスト段階に過ぎない〈裏アカデミ〉に関わっている会社の数を、大まかとはいえ星野尾さんが知っている事だ。

 これはちょっとあり得ない。

 ここに来て、星野尾さんの発言の信憑性が揺らいできた。


「なんでそんな事を知ってるの?」 

 

「それは簡単よ。あのゲームが"そういうゲーム"だからでしょ」


「……?」


 要領を得ない、でも相変わらず迷いが一切ない星野尾さんの発言は、俺達を更なる混乱へといざなった。

 寧ろもう混沌の方が近いかもしれない。


〈裏アカデミ〉は多くの会社が関わるのが前提のゲームなのか?

 でも実際、あのグラフィックを生み出すにはとてつもない費用が必要……だと思う、多分。

 幾らなんでも終夜父の私財だけでどうにかなる金額じゃなさそうだし、出資者を多く募るのは必然だ。


 でも、アニメとは違ってゲームは資金調達の対象が狭い。

 アニメを主体としたメディアミックスプロジェクトなら、いろんな部門から出資を募って多面的なビジネス展開が可能だけど、ゲームにはごく一部のモンスター級ヒット作を除けばそこまでの受け皿はない。

 グッズ展開だって〈アカデミック・ファンタジア〉の知名度では厳しいだろうし、どんなジャンルの出資者が集められるんだ……?


 失礼だけど、終夜父の実績で融資先が引く手数多……となるとも思えない。


 ますます何がなんだかわからないな……


「そういう訳で、星野尾はクライアントの依頼に従ってテイルを演じているの。結構分厚い資料貰ったから、キャラを掴むのは問題なかったけど……ゲームでそれをどう表現するのかは少し悩んだのよね」


 だから、ウチのミュージアムへ来た――――そう言わんばかりの視線を星野尾さんは流し目で向けてくる。

 それはとっくに想定しているからどうでも良い。

 問題は、いよいよ〈裏アカデミ〉の正体がわからなくなって来た件だ。


 もし本当に多くの会社が関わってるのなら、当然下手な事は出来ない。

 その時点で十分な安全性は確保出来ているのかもしれない。


 けど……その会社っていうのが胡散臭い企業、最悪ヤクザやマフィア絡みの会社だったらどうする?


 いや、もちろんゲームにそんな連中が関わってるなんて普通はあり得ないとは思うよ?

 そんなの社会の仕組みを知らない子供の妄想だって。


 でも、何一つ『これだ』って保証がない中で、常識的にあり得ないって理由だけで心配や不安を完全に排除出来るかってーと、出来ない。

 例えばだよ、〈裏アカデミ〉が何らかの方法でギャンブルとして成立する要素を備えていたら?

 だったら、イリーガルな方々や反社会勢力が絡んで来ても何もおかしくない。


 スポーツの勝敗でとてつもない額の裏の金が動いているこの世界で、そういう発想が馬鹿げているとまで言えるか?

 俺は言えない。

 安全なゲームなんて到底思えない。


「水流」


 実際にどうなのかは現段階ではわからない。

 慎重になり過ぎている臆病者なのかもしれない。


「何?」


「水流は手を引いた方がいいと思う。〈裏アカデミ〉から」


 でも俺は、そう警告せずにはいられなかった。


「……どうして私だけ? リズは? 先輩は?」


「終夜と俺は引けない理由がある。ただゲームを楽しむだけじゃなく、それ以外の目的もあるんだ」


 終夜父の目論見を曝く。

 そして――――終夜の家庭環境を改善させる。

 後者は密かに考えていた、俺だけの目標だ。


 今の終夜はゲームに依存してる。

 ゲーム好き相手じゃないとまともに話せないなんて、幾らなんでも普通じゃない。


 例え高校卒業後もそのままゲーム会社に勤めてゲームを作る仕事に就いたとしても、ゲーム好き以外と話す機会なんて山ほどあるだろう。

 その度にフリーズしたり逃げ回ったりするようじゃ、まともな生活は出来ない。

 俺の表情ナシとは訳が違う。


 こいつと関わったのも何かの縁。

 この機会に、少しでもそこを良い方向に持って行きたい。

 まあ、これは俺の綺麗事好き……偽善者魂が疼いてるってだけなんだけど――――


「だったら、私は邪魔だから退けって事?」


 不意の怒り、だった。

 驚いた。

 水流の声は、初めて彼女が見せた感情の揺らぎがそのまま出ていた。


「私とは一緒にやりたくないから止めろって事?」


 水流は真剣に怒ってる。

 傷付けたのかもしれない。

 

 でも俺は――――不謹慎かもしれないけど、怒る水流に少し安堵していた。

 そこまで俺達と一緒に〈裏アカデミ〉を続けたいと思ってくれているんだとわかったから。


「オフ会まで開いてて、一緒にやりたくないとか思う訳ないよ」


「でも……」


「〈裏アカデミ〉は得体が知れない。星野尾さんの話を聞いて余計にそう思った。だから、ただ純粋にゲームを遊びたいのなら引く方が良い。他にもゲームは山ほどあるでしょ?」


「ちょっと、星野尾が関わってるのに得体が知れないってどういう意味!?」


「もし水流が〈裏アカデミ〉を止めて別のゲームをやるのなら、俺もそれに付き合う。時間は〈裏アカデミ〉と半々になると思うけど」


「え……」


 だからここは引いて欲しい……っていうのが本音だ。

 中三の彼女は受験を控えている。

 俺達とはそこも違う。


 ゲームは娯楽だ。

 娯楽が人生に多大な影響を及ぼしちゃいけない。


 だから――――


「わたしはエルテとまだあそこで冒険を続けたいです!」


 終夜も同じ気持ちだと、そう思っていた。

 だけどそれは、本人の言葉で一瞬にして砕かれた。

 彼女の言うあそこってのは、サ・ベルでしかあり得ないから。


「もし万が一、何か恐い事とかお金のトラブルとかに巻き込まれそうになったら、わたしがすぐ警察に駆け込みます! 『お父さんが犯罪を犯した』って。わたしが人質になります! だから……」


「おい終夜」


「こんな中途半端なところで【モラトリアム】が解散するのはイヤです!」


 こいつは……俺が思っていた以上に深刻かもしれない。

 ムチャクチャな事を言っている自覚はあるんだろうか?


 でも、恐ろしい事に理には適ってる。

 肉親で、しかもワルキューレに務めている彼女の言葉は、決して軽くはない。

 警察に駆け込んでも門前払いはされないだろうし、場合によっては身内の恥を晒す事になる。


 さっきも、俺にはそれが出来なかった。

 でも、出来ないのが正解だとも思ってる。

 終夜は……俺が超えられない一線を、既に越えてしまっているのかもしれない。


「私だって……イヤだよ。ここでは止めたくない」


 水流の視線は、俺の方に向いていた。

 恨めしそうな、でもそれだけじゃない――――そんな顔で。


「兄ーに。なんかよくわからないけど、女の子二人も泣かすのって控えめに言って死刑だと思う」


「どこの世界の法律だ……」


 暫くこのネタで弄られそうだと思うと辟易する。

 でも、ま……


「……小額でも課金要素が出て来たら直ぐに手を引く事。単独行動は控える事。それは守って」


「先輩、保護者?」


「いいから。守るって約束して」


 勿論、保護者目線なんてものじゃない。

 それでも水流は、危険な目には遭わせられない。

 俺にとって――――こいつは初めての後輩なんだ。


「わかった。約束する。何かあったら先輩にまず相談する」


「うん。それでお願い」


「えっと、わたしも一応春秋君と同い年なんで、相談OKですよ?」


「それは遠慮します」


「とほー……そんな頼りないですか」


 依然として、〈裏アカデミ〉が絶対に安全とは言い切れない。

 多数の企業が絡んでいるという星野尾さんの話をもう少し聞いておきたいし、可能なら裏も取りたい。

 そこまでやらない限りは不安を抱えたままになるだろう。


 でも終夜が『人質になる』とまで言った事で、一つ道が開けた気がした。

 結束、と言ってもいいのかもしれない。


 怖さはある。

 でも信じるしかない。

 終夜父を――――じゃなく、終夜と水流を。


 ゲームをゲーム以下にしない為にも。


「えっと、星野尾さん。もう少し詳しく話を……」


「……」


 なんだ?

 あんなにお喋りな人が急にそっぽ向いて無視してやがる。


「星野尾ちゃんはさっき兄ーにから無視されたのを根に持って、無言の抗議をしてる最中だよ」


「あー……ごめん」


 暫く星野尾さんの機嫌は直らなかったため、オフ会の大半の時間は気まずい空気のまま過ぎていった――――

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