5-21

 俺の視界に今、理解し難い存在が二つある。

 勿論、同じテーブルについている終夜と水流じゃない。


 隣、隣、も一つ隣……そこにいる来未と星野尾さんだ。


 偶々一緒の店でミーティングしてた――――なんてのはどう考えてもあり得ない。

 ここは山梨じゃなく東京・八王子。

 仮に星野尾さんだけだったら万が一もあり得るのかもしれないが、来未がいる時点で100%俺を尾行してきたと確信出来る。


 問題は、その意図が全くわからないところ。

 何しろこっちは八王子駅に来るまで、ほぼ最短時間・最短距離で移動して来た。

 仮にその途中で来未と星野尾さんが俺を見かけ、後を尾けて来たとして……奴等はほぼ全速力で俺を追いかけ、電車に駆け込んだ事になる。


 ……そこまで必死になって俺を尾行する必要があるか?

 しかも往復の電車賃を支払ってまで。

 余りにも意味不明だ。


 行動が謎過ぎるだけに、さっさと奴等に接触して答え合わせしたいところだけど――――


「実は、私も悩んでて……なんか騙されてるんじゃないかって」


「お気持ちはわかります。わたしも、父が関わってるから大丈夫だって言いたいんですけど……父が何を考えているのかわからなくて」


 今回最も重要視していた、ゲームの安全性について真面目に話している二人を邪魔するのは気が引ける。

 それに、あいつらが合流して男一女四になるのだけは避けたい。


 自分以外が女性ばかりって環境は、まるで一時期ラノベとかで流行っていた『ハーレム』ってのを想起させる。

 男にとって夢のような環境、と持て囃されていたらしい。


 でも実際にそんな状況に追いやられたら、ただただ居心地が悪いだけだと思うんだよね。

 昔の名作RPGで最終的に男一女三のパーティになるゲームがあるけど……あの時も正直全然ピンと来なかった。


 気になるところではあるけど、一旦来未達は無視しよう。

 それより終夜父の話をしないと。


「あれから連絡は取れてないの? 終夜父と」


「その呼び方はちょっと……」


「あ、悪い。心の中でずっとそう呼んでたから」


 マズい、我ながら動揺が顕著だ。

 でもなあ……『お父さん』も『京四郎さん』も『終夜京四郎』も『終夜代表』も、なんか全部違うんだよな。

 どう呼べばいいのやら。


「父とは連絡出来ていません。最近、向こうから一方的に『俺のゲームは安全だから安心しろ』って業務用のメールBOXに送られてましたけど」


 あの父親……もしかして娘とまともにコミュニケーション取れないのか?

 社長なんてやってるくらいだからコミュ力自体は問題ない筈だけど……年頃の娘相手にどう接して良いかわからない父親って大勢いるらしいからな。

 主にウチの父情報だけど。


「勿論、本人の言葉はアテにはなりません。あの男はワルキューレを裏切った大罪人です。信用は出来ません」


 終夜は終夜で、いつも父親には辛辣だ。

 でもこれは彼女が父親を一方的に嫌ってるって問題じゃなくて、父親の行動が自分や会社の人間を裏切っている事への、至極真っ当な怒り。

 同時に、妥当な評価でもある。


 流石に犯罪絡みの可能性はないと思うけど、例えばある程度まで進めたところで課金を促してくる……なんて事はあり得る。

 当然、テストプレイに料金が発生するなんて聞いた事もないけど、プレイヤーの募り方が特殊だから油断は出来ない。


 そう言えば……


「ソウザとフィーナがスタッフかどうか、確認する事は出来ないか?」


 水流と俺を〈裏アカデミ〉へいざなった二人について、出来れば裏を取っておきたい。

 特にソウザは俺にとっても重要人物。

 出来れば、アポロンやソウザと一緒のラボで過ごした時間は綺麗な思い出のままにしておいて欲しいんだけど……


「無理です。一方的に自分の意見だけ言って、わたしの話を聞こうとしない人なので」


「それ最悪ですよね」


「そうなんですよ。昔からそういうトコ大嫌いで……」


「私のお父さんも似たようなトコあります。偉ぶりたいのか知らないけど『お前は黙って俺の言う事聞いてればいいんだ』みたいな感じ」


「わかります」


 ……話がいつの間にか父親のディス大会になっている。

 どうしよう、超混ざりたい。

 日頃からあの親父には煮え湯を飲まされてるからな!


 でもなあ……あんな親父でも良い所もあるんだよな。

 それにウチは接客業。

 スタッフの要である親父を悪く言うのはデメリットにしかならないし、ここは自重しよう。


「イチゴとバナナとマンゴーとマロンと濃厚ビターチョコとアボカドのパンケーキはどちらのお客様でしょうか?」


「はい」


 ……水流、いつの間にデザート頼んだんだ。

 しかも何その全乗せパンケーキ。

 参考にさせて貰うしかないだろこんなの。


「あの……話の途中でごめんなさいですけど、先に食べちゃっていいですか?」


 気が逸ってるのか、敬語が若干変だ。

 水流、もしかし……なくても食いしん坊なんだな。


 ジャンクフードとデザート系は特に目がないらしく、パンケーキを食べる為のナイフとフォークを手にした水流は心なしか、幼い子供が大好物のお菓子を目の前にしたような高揚感を放出させてキラキラ輝いている……ように見える。

 普段の大人びた彼女とは全然違うな。


「ど、どうぞどうぞ。私も食べかけなので、全部食べちゃいます」


 気圧されたのか、それとも微笑ましく思ったのか、終夜は笑顔で――――でも少し戸惑い気味に対応していた。

 二人とも、俺にはない生き生きとした表情をしている。

 羨ましいと、率直に思った。


「春秋君はデザートは頼まないんですか?」


「家でタダで食べられるから、あんまり特別感ないんだよな」

 

 しかも母さんの作るデザート類は、その辺の有名ファミレスやカフェより余程美味しい。

 生クリームをやや固めにして砂糖を控えめにしてるから、クリームの主張が強い上にしつこくない。

 あれは本当に職人芸だ。


「俺はちょっとお手洗いに行って来るから、ゆっくり食べてて」


「はい」


 終夜は笑顔で返事したが、水流は食べるのに夢中で聞いてすらいなさそうだ。

 何気にパンケーキも相当分厚い。

 パンケーキ自体原価はたかが知れてるから、見栄えを良くする為に厚めにするのは有効だ。


 一方、上に乗せてるデザートはしっかり抑えてある。

 種類が豊富だから一見豪華だけど、いちごはかなり小粒だし、マンゴーはどう見ても缶詰。

 デザートの看板に出来そうなインパクトの割に、粗利が稼げそうなメニューだ。


 あとで値段チェックしておこう。

 

 それよりも今は――――


「くーるーみーさーん?」


「はうっ!?」


 トイレに行くフリをして、ずっとこっちの席の様子を窺っていた来未達に背後から接近を試みた。

 こいつ等が何を企んでいるか把握しておかないと、話し合いに集中出来ないからな。


「奇遇ですねえ、こんな所で。山梨県民の学生が八王子のファミレスで平日に出会う確率って、一体何パーくらいなんでしょうね?」


「や、やだなー兄ーに。身内に見せる顔じゃないよそれ。多分だけど来未がナンパされる確率くらいはあるよ。だからよくある偶然だってば」


「ふーん。この顔は通常営業なんですけどねー」


 ちなみに、来未が店でナンパされる確率は結構高い。

 勿論毎日とかじゃないけど、月イチくらいで一見さんから口説かれてるのを見かける。

 年齢層はかなり幅広くて、ませた小学生の時もあれば親父より年上にしか見えないロリコンの時もある。


 ……中身さえ知らなきゃまあモテそうな顔だからな、コイツ。

 一応芸能人の星野尾さんと並んでてもそんな見劣りしないし。


「星野尾さんも奇遇ですね。何をしてるんですか?」


「え? え、え、え、え、え」


 鳩みたいな頻度で首を色んな所に動かす彼女の動揺は相当なものだ。

 これはただの好奇心での尾行じゃないな……


 例の勝負の件で、俺と朱宮さんがスポンサー候補と打ち合わせするとでも勘違いして、それを邪魔しようとしてた……とか?

 来未はともかく、星野尾さんの朱宮さんへの対抗意識は相当なもの。

 ここまでしても不思議じゃない。


「な、何って? 星野尾はただ、来未と親睦を深めに一緒にご飯を食べてるだけだし?」


「……」


「ちょ、兄ーに! 何無言でスマホ弄ってるの!? お母さんに何か確認しようとしてるでしょ!?」


「あ、母さん? 今日来未夕食要らないって知ってた?」


「うわ! 事前に察知して指摘したのに全然止めなかったよこの人! セオリー無視最低、最低だよ!」


 あたりめーだろ、アホか。

 そして当然のように母さんは怒り狂っていた。


 事前に今日の段取りを説明していた俺と違って、来未は完全にサボり。

『そんな話聞いてないんだけど』の辺りで母さんのキレ具合が伝わってきたんで、最低限の事実確認だけやってそっとスマホの電源を落とした。


「……これで裏は取れたな」


「卑怯者! お母さんを巻き込むなんて反則! 兄ーには慈悲の御心的なのないの!? 来未このままだとお母さんから肘オトされるんだよ!? あれ三日くらい残る痛さなんだから!」


「知ってる。だからこれは取引です」


 俺は敢えて、来未じゃなく星野尾さんに向けてそう言い放った。


「え? 取引……?」


「はい。本当の事を教えてくれれば、来未が無事に済むよう俺が全力でフォローに回ります」


 星野尾さんが来未をお気に入りなのは明らか。

 来未本人にこう持ちかけるより確実に有効だ。


「星野尾ちゃん、ダメだよ。自分をしっかり持って。来未なら大丈夫だから」


「でも……今時自分を固有名詞で呼ぶ同志を酷い目に遭わせたくは……」


 ……濃いのか薄いのかわからない関係性だなコイツ等。


「……わかった。星野尾は敵に塩を敢えて贈る」


「星野尾ちゃん!?」


「これでいいの。この取引で星野尾は『安心』を買う。安心があれば次に進めるの。後ろを見なくていいから」


 誰かの名言を軽くアレンジしたかのような星野尾さんの発言は、今一つ胸に響かなかった……けど、来未はなんかパァって顔を輝かせているし、このまますんなり事が運びそうだから茶々を入れるのはやめておこう。



 ――――その時は、軽く考えていた。


 星野尾祈瑠という人物を、俺の人生には大して関わってこないサブキャラ程度に思っていた。


 でも――――


 

「来未のお兄様。星野尾達が貴方を尾行したのは、貴方が今日〈アカデミック・ファンタジア〉のオフ会を開くって知ってたからよ!」


 

 その認識は、一瞬で吹き飛んだ。

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