5-20
「やめられない」
――――水流は、意外な言葉を口にした。
『やめたくない』ではなく『やめられない』。
一瞬ゲーム依存を疑うような発言だったけど、直ぐにそれがあのキーワードと結び付いていると理解した。
「それって、ラスボスと関係あるの?」
「うん」
「ラスボス?」
聞き慣れていない筈もないけど、この場にそぐわない言葉。
終夜が怪訝な顔になるのも、無理のない話だった。
「終夜に話しても大丈夫?」
「いいよ。その為に集まったんだもん」
実際、それもある。
終夜がワルキューレのスタッフっていう件も同様。
ゲーム内で話すのが難しい情報をラボメンバー全員で共有するのも、主目的の一つだ。
ま、約一名参加しなかった奴もいるけど……
「水流が〈裏アカデミ〉に誘われた時、『支配者の証』ってアイテムが勝手に支給されてて、それを持っているPCがラスボス候補になるって説明書きがあったらしい」
厳密には『世界樹の支配者が持つ証。これを持つ物が倒された時、サ・ベルはある一つの結末を迎える』だったか。
印象的な言葉だから、一語一句違わず覚えている。
「念の為に聞くけど、終夜はこのアイテムは……」
「持ってません。そもそも、存在自体今初めて知りました」
「だよな……幾ら〈アカデミック・ファンタジア〉のスタッフでも」
「……え?」
今度は水流が驚く番だった。
「終夜京四郎……さんの子供なのは聞いてたけど……スタッフ……なの?」
「そう。お前の推理、実は結構惜しかったんだ。スタッフは俺じゃなくて終夜。リズの方だったんだよ。ただし、表の方限定だけど」
「表って……普通のアカデミの方?」
「そうそう。あのゲームのコンセプトというか、世界観を作ったのがこいつ。スタッフって言ってもクリエイターの方なんだ」
「クリエイター……ですか」
あらためてそう紹介すると、水流はどこか高揚したような顔で惚けていた。
そして終夜は何故か震えていた。
「いや、そこはドヤるか照れるところだろ」
「なんか緊張して……」
俺も他人の事は言えないが、独特な精神構造してる奴だな。
でも、今は終夜より水流だ。
同じラボにワルキューレのスタッフがいるって知って、果たしてどんな思いを抱くのか――――
「……サイン、いいですか?」
意外とミーハーだった!
「SIGNですか? あ、わかりました! 声での会話は苦手だから目の前にいる人相手にスマホでやり取りするんですね。そういうキャラ、私知ってます!」
「いえ、そっちのサインじゃなくて……芸能人とかがするサイン」
絶望的に噛み合わないなこの二人!
確かに水流の要求も唐突だし誤解しても不思議じゃないけど……
「この距離でSIGNじゃないとやり取り出来ないほどコミュ障じゃないだろ水流は」
「うーあー……私またやらかしました……」
頭を抱えて悶える終夜は、ここだけの話かなり可愛い。
なんかいつの間にかポンコツ愛好家みたいになってるな、俺。
「えっと、こっちこそ紛らわしくてすいません。サイン、欲しくて」
「え、え、え、なんで私のサインなんか……」
「ゲーム作ってる人、カッコ良いです。憧れます」
そんなにガツガツした表情じゃなく、捲し立てる感じもなかったけど、水流は明らかにいつもより興奮気味にそう動機を口にした。
正直、わからなくもない。
まして終夜は絵も描けるし、将来大化けする可能性を秘めている気がする。
もし本当にそうなったらと思うと、サインの一つくらい欲しい気持ちは俺にだってある。
そしてぜひ店に飾りたい。
朱宮さんのおかげで声優のサインは充実しているけど、ゲームカフェなんだからゲームクリエイターのサインも欲しい。
「そんな……カッコ良いなんて……どうしましょう、そんなの言われたの人生初の経験です。エルテはもしかして、わたしの運命のお友達なんじゃないでしょうか」
「いえ、そこまで大げさなものじゃないと思います」
……そういうのはバッサリなんだよな、水流。
ようやくこいつの性格が掴めてきた。
「まあ、ここでサイン書くのは無理だろ。色紙もないし。住所教えておいて、後日郵送して貰えば」
「わたしはそれでも構いませんが」
「ありがとうございます。それでお願いします」
なんかわからないけど、結果的に思ったより良い感じの関係を構築出来そうだ。
「でも、アカデミの生みの親の割にゲーム内では大人しいですよね」
「う……実はその……」
「裏の方はノータッチらしい。良い機会だし、その情報も共有しよう」
店員が注文した品を持って来るまでの間、俺と終夜は水流に〈裏アカデミ〉について知っている事を全て話した。
終夜の父親が、ワルキューレの代表である事。
その終夜父が、ワルキューレのスタッフとは別行動をとって〈裏アカデミ〉をどこかで開発し、テストをしている事。
よって、安全面に関して絶対的な信頼が出来ない事。
これらの話を黙って一通り聞いていた水流は――――
「……」
何かを話そうとした刹那、お腹をくるるるる……と鳴らしていた。
「……すいません」
身を縮めて恥ずかしがっている。
これは……可愛い。
いつもの大人びた水流とは違う、年齢相応の可愛さだ。
「先輩……そんな真面目な顔で見ないでよ。恥ずかしいじゃん」
あ、そっか。
水流にはまだ俺の顔の事は話してなかったな。
腹を割って話す為のオフ会で、俺だけ隠し事をする訳にもいかない。
まして終夜にも話してる事だし。
「悪い。俺には表情がないんだ。自分では笑ってるつもりでも、実際には全く変わっていないらしい」
「え……?」
水流の反応は自然だった。
そんな笑えない冗談を言わないでよ、っていう困惑がヒシヒシと伝わってくる。
幸い、冷めた視線や露骨な不快感はなかった。
それだけで、俺はちょっとした感動を覚えた。
この子も良い人だ。
俺はどうも、そういう出会いに恵まれているらしい。
この幸運がいつか、バランスを取る為に大きな不幸で埋め合わせされそうで怖くもある。
別に人間の幸福に上限なんてないとは思うんだけど。
「エルテ、春秋君の言ってるのは本当です。彼は全然顔が変わりません」
「……本当に?」
「ああ。お陰で接客業出来ないんだ」
「でも私がカフェに行った時は……」
そこまで声にして、思い当たる節があったらしい。
あの時も、当然俺は真顔のままで水流に接客した。
店員としては、あり得ない事だ。
例え知り合いだろうと。
「納得して貰えた?」
「うん。そういうの、初めて聞いたけど……」
「生まれつき、表情筋がガチガチなのかも」
精神科に通院している――――という事実は伏せておく。
精神科や精神の病自体に偏見がある、っていうのもあるけど、仮に水流がそういう偏見を持っていたとしても俺は別に構わない。
でも、俺と同じように通院歴のある終夜まで同じ目で見られるのは、折角仲良くなれるかもしれない今の二人の関係を思えば、出来るだけ避けておきたい。
敢えて言う必要はない。
何もかも包み隠さず話すのが誠実って訳でもないからな。
「そういう訳だから、不機嫌そうに見えても気にしないで」
「でもそれって、ホントに不機嫌な時もわからないって事だよね? ちょっと不便かな」
「確かにそうですね。春秋君、割と怒りっぽい人なんですよ」
……ここぞとばかりにプラカーの仕返しして来たがったな、終夜。
でも、こういう弄りはありがたい。
気持ちが楽になる。
例えそれが露骨なくらいわざとらしいとしても――――
「……ありがと」
礼を言わずにはいられなかった。
「え、何ですかそのリアクション。怖いんですけど……」
結果終夜にドン引きされたけど、気にしない事にしよう。
こいつがゲームの中でポンコツ行動を起こした時にいつもの倍キレてやればいい。
「それで話戻すけど、〈裏アカデミ〉は終夜の父親が運営と開発に関わってる。あの王都のデザインも、昔別件で終夜がデザインしたものを流用したらしい」
「それって……リズが許可したの? したんですか?」
「言い直さなくてもいいのに……実はしてないんです。表の方のアカデミには、使って欲しくて提出した事はありましたけど」
「じゃあそれって、リズの為なんだね」
「へ?」
終夜はピンと来てなかったみたいだけど、俺も水流と同意見だ。
一度ボツになった娘の案を、〈裏アカデミ〉で採用した。
彼女の夢……っていうと大げさだけど、願望を叶えたんだ。
表のアカデミでは、ただでさえ親の七光りと言われたくない終夜に肩入れするのは好ましくなかった。
ましてゲームの根幹でもあるグラフィックデザインに、ゴリ押しで娘のデザインを――――それも発注されていないデザインを採用するのは、越権行為も甚だしい。
でも、終夜が社員でもない、まして七光りなんて関係のない別の職場なら……その点はクリア出来る。
その代わりに無断使用の件がクローズアップされてしまうけど、発注されていないし作中で使用されてもいないデザインだから、著作権はワルキューレには帰属しない。
法律上の問題じゃなく、あくまで親子の問題だ。
「でも、だったら〈裏アカデミ〉って他にもリズの為に作ったところがあるのかな?」
「……あ」
思わず、水流の言葉に声が漏れた。
その発想は俺にはなかった。
俺はてっきり、あの王都のデザインだけが水流の為と思っていたけど……確かにそれ以外にも親バカを発揮した箇所があるかもしれない。
いや、それだけじゃない
もしかしたら〈裏アカデミ〉自体、終夜の為に作っているゲームなのかも――――
「季節の彩りサラダうどんをお待ちの方は……」
「あ、はい。わたしです」
その思想は、終夜のメニューが届いた事でプツリと切れた。
このファミレスのうどんにコシがない訳じゃない。
単に集中力が切れただけだ。
そもそも、考えが飛躍し過ぎていた。
幾ら終夜父が親子関係の改善を図っているからって、娘の為に自分の会社を裏切って関連ゲームを作るとは到底思えない。
もっと深い事情がある筈だ。
「それはないと思います。父はちゃんとした人なので」
割り箸を歪な形に割ってしまって若干凹みつつ、終夜は誰にともなくそう呟いた。
俺も水流も、それ以上は憶測で語れない。
この件はここまでにしておこう。
「兎に角、そういう訳だから安全については100%じゃないけど保証されてると思う。俺はちょっと不信感あるんだけど……」
――――不意に、近くの席から視線を感じた。
勿論、俺にゲームの中の達人みたいなスキルはない。
人の気配なんてわかりっこないし、視線についても同様だ。
でも、例外はある。
それは、良く知っている人物の視線の場合。
こればっかりは感覚的なものだから、理屈での説明は出来ない。
敢えて言えば……声とか見た目とか無意識の内に他の要素で察するのかもしれない。
何にせよ、視線を感じたのは背中越し。
恐る恐る顔だけ半分そっちの方に向け、客の顔を目でチェックしたところ――――隣の隣のそのまた隣の席に、信じ難い人物の姿があった。
そして同時に、これが偶然である可能性は万に一つもないと悟った。
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