5-19
プラムカートはコントローラーや携帯ゲームで操作するか、周辺機器のハンドルで操るか、筐体のハンドルで動かすかによって全然違うフィーリングになる。
それがこのゲームの凄いところ……って訳でもなく、そんなのは格ゲーをはじめどんなアーケードゲームでも同じなんだけど、とにかく筐体でのプラカーは家でプレイするのとは全く感覚が異なる。
画面や環境も別モノだから、操作性にだけ違いが特化しているとは言えないけど……ゲーセンのプラカーはとにかくハンドルが重く感じる。
これは以前のバージョンが軽すぎて操作し難いって声に応えたとの噂。
その前バージョンをプレイしたことないから、体感での比較は出来ないけど。
一方で、動きは一昔前のプラカーとは比べものにならないくらい滑らか。
それが逆に違和感になって、なんかシャカシャカ忙しない。
もう少しモッサリした動きの方が操作しやすいんだけど……
さて……挑発を受けた以上、こっちも全力で挑まないとな。
アーケード版の初心者なのは俺も同じだし、せいぜいジャンプドリフトが出来るかどうかくらいの差しかないだろう。
ここはやっぱりアイテムでの攻撃がキーになりそうだ。
回避は考えなくていいから、当てやすいのが良い。
緑ドリアン、黒ドリアン、赤ドリアン、ギラギラ星、殺虫剤、冷凍マグロ……色々あるけど、追尾型の赤ドリアンが一番好ましいな。
よしボックスだ――――
うわっ、鬼嫁グリズリーかよ!
これ設置型だから使い辛いんだよな……せめて冷凍マグロが欲しかった。
「う~……」
左隣から終夜の呻き声が聞こえる。
スタートの遅れを取り戻せないまま、俺と同じく設置型のアイテムを取ってしまったらしい。
しかも最弱の濡れ雑巾だ。
踏んだ相手を滑らせるだけのアイテムだし、最後尾では全く意味がない。
一方、俺の鬼嫁グリズリーは設置した瞬間その場で大暴れして近くのカートを吹っ飛ばす超攻撃的なアイテムなんだけど、大振り過ぎて外す事もある。
そもそも設置型だから後ろの相手にしか効果がない。
水流は……斜め後ろか。
初心者用のこのコースは直線と短いカーブだけだから、差が付け辛い。
もう少し引き離せたらアイテム使用の決断が出来るんだけど……
とか考えてる間にもう二周目突入か。
グライダーもないからあっという間だな。
全部で五周だから、それまでに一周差を付けるにはここらでぶちかまさないと厳しい。
仕方ない、これ以上持ってても仕方ないし、ここで鬼嫁グリズリーを使おう。
直撃の可能性は低いけど――――
「あああっ!?」
あ、終夜が食らったっぽい。
鬼嫁グリズリーの拳をモロに食らったら一気に後方まで吹っ飛ばされて、大幅に遅れてしまう。
可哀相な事をしてしまった……けどこれは勝負。
悪く思うな終夜。
「先輩、今私狙った?」
水流……アイテムが不発に終わった俺を煽ってるのか?
「いやいや。使い勝手が悪いアイテムを破棄しただけだし」
「そっか。イジワルされたのかと思った」
「おいおい、ルール知らない訳じゃないだろ? プラカーの攻撃アイテムは挨拶代わりじゃん?」
「先輩、ハンドル握ったら性格変わるタイプなんだ」
こ、こいつ……!
いいだろう、その宣戦布告受け取った。
必ず周回遅れにして言う事聞かせてやる……!
二周目のアイテムは――――カリフラワー!
……これ何に使うんだ?
アーケード限定アイテムなのか、全然記憶にない……
取り敢えず使ってみたけど……
「……何コレ」
俺の操作するアプル姫の頭がカリフラワーになっただけなんだけど……?
「せんぱい……」
「笑うな! っていうかこんな露骨な外れアイテムあんのかよ!?」
現実のカリフラワーだって色々言われながらも栄養素そこそこあって頑張ってるっていうのに。
とにかく、気を取り直して三周目のアイテムを……
……ジャイアニキ?
最早聞き覚えさえない単語なんだけど、これ何なんだ?
まあ、使うしかないんだけど……
「ほわっ!? なんか嫌な声が聞こえて来たんですけど!?」
「え、これ何? 怖いんだけど……」
終夜や水流の筐体のBGMに死ぬほど下っ手くそな歌声が流れた。
……それだけ。
な、なんか俺の知ってるプラカーと違うな……今こんななの?
アーケードゲームだから若干悪ふざけしてもその場のノリで許して貰えるだろ的なアイテムが多くないか?
まさか三周目までアイテム不発とは……
地力の差で多少水流を引き離してリードを広げてはいるけど、これだと周回遅れには程遠い。
っていうか、これくらいの差だと前方への攻撃系はほぼ無意味。
逆に設置系か自分を強化するアイテムで大きく差を付けないと
四周目のアイテムはかなり重要だ。
スピードアップするジェットエンジンかコース短縮が出来るワイロマネーが狙い目だ。
どっちか来い!
……バックファイヤ?
なんか良くわからないけど、背後を炎で攻撃するアイテムかな?
だとしたら良い感じだ。
攻撃範囲とか全然わからないけど、今更減速してまで攻撃するのはリスク高いし、水流が同じ直線に入った段階で使ってみよう。
……よし、来たな!
「食らえ水流!」
「え?」
これが俺の、ゲーマーとしての意地だ……!
「先輩……の車、燃えてません?」
「あれぇ!?」
なんでアイテム使った俺の車が燃えてるの!?
しかもあからさまに減速し始めたし、完全にダメージ受けてるじゃん!
自爆?
自爆用アイテムなの……?
「リズさん、チャンスですよ。そこの自爆先輩を抜いてください」
「わ、わかりました。わたし最下位嫌だし頑張ります!」
何気に俺をネタに二人が会話をしていたのは嬉しいけど……このポンコツの終夜に負けて最下位だけは避けたい。
でも全然アクセルが利かない……バックファイヤ怖すぎだろ。
もう終夜がすぐ傍まで来てるし!
「……お、やっと元に戻った」
「大分差を詰めました! 春秋君、覚悟!」
水流との一騎打ちだった筈が、終夜との最下位争いになったのは不本意だけど、ここはもう割り切ろう。
泣いても笑ってもラスト一周、意地を見せるしかない。
今まで俺は一度としてまともなアイテムを取っていない。
でも流石にここまで不運続きだと、最後に今までを清算するくらいの良いアイテムが手に入る予感がする。
ゲームってさ、特定のユーザーが損してばかりだとダメだと思うんだ。
っていうか頼むゲームの神様!
いないと思うし、いてもドン引きするけど……兎に角ゲームの神様!
もう水流に一周差付けるのは不可能だし、どうか、せめて……せめて終夜にだけは勝たせてくれ――――
「リズさん……」
レース終了直後、筐体の周囲は奇妙な虚無感に覆われる。
格ゲーもそうだけど、アーケードの対戦ってなんか終わった時の空気が独特なんだよな。
一言で言えば『あぁ。金、使ったな……』って感じ。
でも今はそれ以上に、レースの結果に思わず脱力していた。
「……この流れで2位になれるとはなあ」
「うううう」
完全に俺が最下位になる流れだっただけに、水流も拍子抜けしているらしくジト目気味だ。
しかもラスト一周はお互い攻撃アイテムが不発という体たらく。
史上稀に見る凡戦だった。
「お前、結構やり込んでるって言ってなかったか?」
「……一応、近所にあるゲームセンターで何度か」
ゲーセンをゲームセンターってちゃんと言う奴初めて見た。
いやそれより、そこそこの経験者がこんなザマでいいのか。
「私、こういうレース系とかアクション系は全然ダメなんです」
「それは俺も同じだけど、お前は特に酷いな。逆に水流は明らかに素人だったのにラスト一周はこの中で最高タイム叩き出してるし」
「でもやっぱりそんなに好きなゲームじゃないかな」
王者の余裕だ……
水流は多分、天才肌なんだと思う。
こいつと対戦すると自分のセンスのなさが次々と露呈しそうだな……
「よし、ファミレス行こう。目的は果たしたし」
水流はさっきまでの緊張モードから完全に脱した様子。
となると、これ以上ここにいても仕方ない。
今回のオフ会はあくまで話し合いの為だ。
幸い、ゲーセンのすぐ傍に有名なファミレスがあった。
東京の飲食店ってだけで緊張する田舎者あるあるも、地元にあるようなチェーン店ならば発動しない。
ちょうど込む時間帯だけど禁煙席が空いていた為、待つ事なく三人で座れた。
俺が一人で奥の席に位置取り、女二人が対面に並んで座る。
筐体で三人並ぶのとは違って、男一女二のオフ会なのを痛感するな……
「あの、エルテさん……」
お、今度は終夜から話し掛けてるぞ。
キャラの名前で呼び合うのはちょっとアレだけど、ゲームのオフ会って多分こんな感じなんだよな。
俺はちょっと無理だ……慣れてないし。
「はい。なんですか?」
「えっと、その、勝負に……負けたわたしは一体何を買えばいいんでしょうか」
1位の水流には最下位の終夜から何かを買って貰える。
そういう決まりだった。
多分、水流の事だから――――
「それじゃ、私と仲良しになる券を発行するから、それ買って下さい」
「……え?」
「なんで先輩が驚くの」
いや、てっきり『一番高いパフェ奢って』って言うものだとばかり……
何その平和な提案。
「私だって同性の友達欲しいし。普通に」
「お友達……」
終夜の顔がパアァと輝きを放った。
まあ、俺も他人の事は言えないが……終夜も友達いそうにないからなあ。
仕事仲間とも顔合わせないって言ってたし、そもそも社会人相手に友達ってのは無理がある。
「わかりました。ならエルテって呼び捨てにしてもいいですか?」
「はい。私もリズって呼びますね」
友達になっても呼び方はキャラ名のままか……
よくわからないけど、オンゲー仲間ってそういうものなのか?
「敬語も不要ですよ。春秋君と同じように話して貰って大丈夫です」
「あ、それは大丈夫です」
「……」
勇気を振り絞った提案をスッと躱された終夜が涙目でこっちを見ている。
生憎と女子同士の話に気の利いたフォロー入れられるようなスキルは持ってないです。
「すいません。年下の私だけ馴れ馴れしく話すのはちょっと不自然なので」
「……わかりました。では、この距離感を大事にします」
自分が敬語をやめるって選択肢はないらしい。
キャラを貫き通すその姿勢は嫌いじゃない。
にしても、もし俺が最下位だったら水流は何を要求するつもりだったんだろう。
仲良し券は俺には発行しそうにないし……やっぱりお高いスイーツを所望したんだろうか。
……考えても仕方ないな。
「んじゃ、本題に入ろうか」
各自メニューを凝視し店員に注文したところで、そう切り出した。
ここまで幹事らしい対応が出来てないし、ちょっと気合い入れよう。
「二人にはアカデミック・ファンタジア……っていうか、今やってる裏の方を続ける意思はある?」
率直に聞いた俺の質問に対し、終夜は即座に頷いた。
そして、水流は――――
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