5-18
子供の頃から家庭用ゲーム一筋だった俺は、ゲーセンに通う機会に恵まれなかった。
RPG好きとの相性も余り良くないし、同じゲームというカテゴリーではあっても、縁のない施設って印象は今も変わらない。
でも今日という日には、ずっと距離を置いてきたこの空間の力を借りなければならない。
あの二人を打ち解けさせる為には。
「先輩、ゲーセンよく来るの?」
「いや……ほぼ来ないね。どういうゲームがあるのか、くらいはちょっとだけわかるけど」
ゲーセンが不良の溜まり場なんて言ってた水流は当然、足を運ぶ機会なんてなかっただろう。
となると、経験者枠の可能性が残されているのは――――
「終夜は? 会社の人達と遊びに来たりは……」
「来る訳ないじゃないですか来る訳ないじゃないですか」
……なんで二回繰り返すんだ?
「なんか怯えてる? ここにいる連中は大抵ゲーム好きだから大丈夫じゃないのか?」
だからここを選んだってのもあるんだけどな。
病的な人見知りの終夜にとって、不特定多数の人混みは厳しいだろうし。
「そういうの関係なく、こういう場所は苦手なんですよ……なんか雰囲気がアングラ的っていうか」
「お前はゲーセンを闇カジノか何かと勘違いしてないか?」
俺も他人の事言えたものじゃないけど、こいつかなりの世間知らずだよな……
それなのに社会人メインで生きてるっていうんだから驚きだ。
会社には殆ど行ってないらしいけど。
そう言えば、終夜の学校生活って全然話に出て来た事ないな。
学校には通ってるって言ってたけど……こいつの人見知りの仕方だと相当辛いんじゃないか?
「……」
「……」
そして話さない、目さえ合わせない二人。
これオフ会だよな……?
少しくらい気を使えよ、初対面同士だぞ。
とはいえ、ここで俺がどっちかに肩入れすればもう片方が孤立してしまう。
男一女二の組み合わせって基本的にダメなんだよ。
だからブロウにも来て欲しかったのに……恨むぞブロウ。
「じゃ、じゃあなんかゲームしよっか。折角来たんだし。なんだったら奢るし」
実際にはそんな経済的余裕はないんだけど、この際仕方ない。
主催したのは俺だし、泥を被る覚悟はしないとな。
「えっと、水流はどんなゲームやりたい? 音ゲーとかクレーンゲームとか色々あるけど」
「……前に先輩と遊んだ『スミスプラッシュ!』はない?」
「アーケード版はないな。プラムカートならあるけど……あんまり好きじゃなんだったっけ」
「覚えててくれたんだ」
いや、そりゃ覚えてるよ……数日前の出来事なんだから。
なんでそんなに嬉しそうなんだ?
「……」
うっ……早くも孤立した終夜が恨みがましい目でこっちを見てやがる。
っていうか、コミュニケーションの方向を広げろよ!
なんでどっちも俺としか喋らないんだよ!
同性同士で仲良くするのが普通だろ?
「あー……終夜はなんかやりたいゲームある?」
「春秋君もプラカーは嫌いなんですか?」
「いや、俺は割とやり込んでたかな。コンシューマだけど」
プラムカートの歴史は古い。
シリーズ最初のオメガアルファ用ソフト『プラムカート』は1992年リリースだ。
今から30年近く前だな。
それから、柳桜殿の新ハードが出る度にこのシリーズもプラットフォームを変えて発売してきた。
そしてその全てでミリオンヒットを記録。
国内だけじゃなく国外でも大人気で、特に2008年発売の『プラムカート7』は全世界で3700万を売り上げたらしい。
日本を代表するゲームの一つだ。
「わたしも結構やってましたよ、プラカー」
「そっか」
「そっか、って……それだけですか?」
「いやだって水流が好きじゃないし」
敢えて三人の中の一人が嫌いなゲームで遊ぶ理由はない。
この敷地内にはまだまだ沢山のゲームがある。
その中にはどれか一つくらい、全員一致で遊んでみたいゲームがあるだろ――――
「いいですよ。私もやります」
「……水流?」
「食わず嫌いかもしれませんし。ちょっと興味湧いてきました」
何故か、終夜の方をガン見ながらそう言い放つ水流。
「……」
そして露骨に視線を逸らす終夜。
「……って、いやそこは睨み返せよ! 謎の対抗意識で先に挑発したのはお前だろ!?」
「ええそうですよ! なんかこの集いが今後のラボ内の発言力とかに影響出そうだから、少しでも自分に有利なゲームを選びたい一心ですよ!」
……なんという本音の暴露。
こいつの心スケルトン仕様なの?
どうもさっきから様子がおかしいと思ったら、オフ会を戦場と勘違いしてやがったのか。
中学生相手にラボ内カーストを意識して、逆に気を使われるとは……
「史上稀に見るポンコツぶりだな」
「うー……」
自覚はあったのか、唸りはするものの反論はなかった。
でも俺としてはちょっと安心。
思ったほどは人見知りが発動してないっぽいし、さっきまでの殺伐とした空気はなくなったみたいだ。
これなら、問題なくオフ会が――――
「……」
今度は何ー……?
なんで水流が不機嫌そうな顔してんの……
「やっぱり止めとく? 無理して嫌いなゲームする必要は……」
「無理なんかしてない。ほら、早くしようよ」
……なんか思わず赤面しそうになったのは内緒だ。
やっぱりゲームの中とこうして実際に会って話すのとは勝手が違うな。
水流はゲーム内では自分のキャラ設定に忠実だから、エゴが殆ど出ない。
でもこうして水流瑪瑙として対峙すると、普通の中学生だ。
「早くしてください、春秋君!」
「いつの間に筐体に……」
ま、折角こういう展開に持って行けたんだ。
ここはプラカーに熱中して、二人に友情を育んで貰おう。
俺は接待プレイに終始する。
まずはキャラ選びだけど、水流は初心者だから一番コントロールし易い旋回に強いキャラ……ではなく、そこそこスピードが出てそこそこ操作しやすいキャラを推薦しよう。
いわゆる万能型だ。
「プラムが良いんじゃない? 看板キャラだし」
「先輩は?」
「俺はアプル姫。折角だし女キャラ使ってみたい」
実際には、加速はスムーズだけど最高速度があまり出ない、タイムの出し難いキャラだ。
忖度ってやつだな。
終夜は……ザクロかよ。
最重量級のキャラで、最高速は一番出るけどコントロールがし辛い。
ある程度やり込んでないと扱い辛い、かなり尖ったキャラだ。
本当なら、何か賭ける方が熱い勝負になるんだけど、初心者の水流がいる以上それは出来ない。
俺と終夜だけで何か賭けるのも、水流を蚊帳の外にするみたいで気が引けるし。
ここは純粋にプラムカートを楽しもう。
「先輩」
俺の右隣に座る水流が、こっちを見ないまま話し掛けてきた。
「もし私が先輩に勝ったら、何か買ってよ」
「いやいやいや……こっちには損しかないし、流石に素人には負けないよ」
「だったら、周回遅れになったら私の負けでどう?」
……それなら、ちょうどいいハンデか?
一番簡単なコース『アプルキャッスル』なら、周回遅れにするのは簡単じゃないだろう。
俺だってアーケード版のは初診者だしな。
「私も乗ります」
左隣から、真顔で終夜が妙に自信ありげな顔で参戦してきた。
なんか結構大事になってきたな……
「エルテ……さんは一周ハンデで、三人で勝負。最下位の人が一番の人に何か奢る。それでどうですか?」
「私はそれで良いです」
……初めてのまともな会話がこれ?
なんでこんなに殺伐としてんだこいつら。
でもこうして物理的に間にいると、なんか俺を巡って二人が女の戦い繰り広げられてるみたいで謎の優越感に浸れるな。
いや、そんな冗談にうつつを抜かしてる場合じゃない。
ただでさえ終夜のタクシー代を別個確保しておかないといけないんだし、これ以上の出費は避けたい。
操作方法は誰でも感覚的にわかるくらい簡単。
ただ、コンシューマのプラカーとは操作性もグラフィックも別物だから、その経験は余り活かせそうにない。
でも確かロケットスタートはあったよな……
『カウントダウンが開始されます』
……と、もう始まるのか。
ロケットスタートの事は……教える暇がないからね、仕方ないね。
これは勝負。
勝負に情けは御法度だ。
ましてハンデ戦なんだし。
3、2、1……
GO!
「あああっ!?」
思わず声が出てしまった。
俺のタイミングがズレた訳じゃない。
まさか……水流がロケットスタートを決めやがった!?
「……」
思わず水流の方を見たくなるけど、もうレースは始まっている。
画面に集中しないと。
水流め……実はやり込んでるじゃないだろな。
いや、でもスタート後の操作は明らかにぎこちない。
ドリフトのやり方もわかってないみたいだし、初心者なのは間違いないみたいだ。
やっぱり偶然か?
「あうううう」
……逆に終夜はロケットスタート失敗でモロに出遅れてやがる。
あの謎の自信ありげな雰囲気はなんだったんだ……?
よくこれで賭けに参戦しようと思ったな。
さて……二人の事よりまずは自分のプレイだ。
操作は特に問題ない。
コースも初心者向けで直線ばっかりだから、アクセルベタ踏みでも余裕でイケる。
こうなってくると、一番ケアすべきは終夜のアイテム使用だな。
ロックオン型のアイテムは厄介だ。
出来るだけ終夜とは離れておきたい。
……ん?
ぼっち走行しようとしてた俺に近付いてきたのは……プラムか?
おいおい、さっき断定したばっかりなのに、本当に初心者なのか?
でもこっちに体当たりしてきたり、前に出ようとしたりする気配はない。
くそ……判断に迷うな。
まだ一周目だけど、もう仕掛けてみるか?
もう少ししたらアイテムボックスがあるだろうし、それを終夜じゃなく水流に使うって手もある。
周回遅れにさせるためには、出来るだけ早めにやっつけておきたい。
俺より少しでも前に出たら、ぶちかましてやるか……!
「……」
前に出ない……!?
これは……俺の目論見を読んでいるのか……!?
「ふ」
……なんだ、今右隣から聞こえて来た嘲笑らしき笑い声は。
まさか、一周目でもう天狗?
天狗ですか?
だったらその鼻、へし折らないとダメだな。
上等だよ水流瑪瑙。
お前の思い通りには決してさせないよ――――
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